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40話

 茜さんと古泉さんは困っているみたいだったけれど、とりあえず……うん、多分、簡単だろう。

「怪我はもしかしたら医療機関に診断書貰わなきゃいけないかもしれないので治せないにしても、ご飯の方はそうでもないと思います。……俺の経験なんですけど、貧乏人は、得に腹が減ってる貧乏人は……食べ物をくれる人に懐きます」




 ということで、今晩の残りの豚汁を温め直して2人分お椀によそったものと、やはり温め直したご飯を持って桜さんに待機しておいてもらって、茜さんが少年2人を起こす。

「おはよー。まだ夜だけど」

 キスで起こされた2人の少年は、最初こそきょとん、としていたものの、すぐに警戒心をむき出しにする。

「さて、そっちの君。忘れたとは言わせないからな。君は俺に50万円分借金があるんだぞ」

「ああそうだよ!けどそりゃ俺の問題だろ!こいつは関係ない!」

 古泉さんが声を掛けると、恐らく古泉さんに掛けを申し出た方が、もう1人を庇うように半歩ほど前に出た。

「俺の腹開いてモツ売るか?それともそういう趣味の店に売り飛ばすか?何でもいいけどな、賭けたのは俺だけだ!俺じゃなくこいつに手、出したらただじゃおかねえからな!」

 半分自棄になっているのか、少年が古泉さんを睨みながら叩きつけるように叫べば、もう1人の少年が慌てたように縋りつく。

「ま、待ってください!僕も一緒に払います!払いますから、その、お願いです、僕たちをバラバラにしないでください!」

「ソウ!お前は黙ってろ!」

 ……そして、2人の少年は、「俺だけに払わせろ」「僕にも払わせてください」と、口々に古泉さんに言い……パン、と、古泉さんが手を打ち合わせる音でそれぞれ同時に口を噤んだ。

「分かった。じゃあ、借金を返してもらうのはそっちの君だけに頼むよ」

 安心した様な表情を浮かべる少年と、絶望したような表情を浮かべる少年を見て古泉さんは、ただし、と付け加える。

「君達2人は一緒にいていい。その代わりと言っては何だが、事情を聞かせてはくれないか。人に賭け事を持ち掛けなきゃいけない事情があるんだろう?……事情と状況と君達の協力次第では、50万はチャラにしてもいい」

 2人の少年はぽかん、と、お互い同じような表情を浮かべて、頭の上に疑問符を浮かべている。

「ま、働いてもらうにせよ、腹が減っては戦は出来ぬ、って奴だ。うちは肉体労働が多いからなぁ。とりあえず今日の所は食って寝るんだな」

 ますます混乱しているらしい少年2人の目の前に、桜さんが茶碗とお椀と箸を置く。

 そして、桜さんと、目の前で湯気を立てるご飯と豚汁を見て、それから……気の強そうな方が、古泉さんを窺いながら、豚汁に口を付けた。

 ……飲み込まずに暫く口に含んだままにしているのは恐らく、毒の危険を恐れているのだろうか。

 それを見たもう1人の、大人しそうな方はご飯を口にして、少し噛んでからやはり、飲み込まずに、何かを探るようにしている。

 そして、少ししてから、少年たちは決意したように口の中のものを飲み込んだ。




 それからは早かった。

 2人は堰を切ったように食べ始め、あっというまに食べ終えた。

「ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」

 そして、気持ちのいい完食の後には、2人揃ってぺこん、と頭を下げた。

 空腹がある程度満たされたからか、2人とも先ほどのような険は無い。

「うん。お粗末様でした。で、どーするよ君達。疲れてるようなら今日はもう寝る?それとも、先に色々お互い話しとく?」

 茜さんが尋ねると、2人はどうする?どうする?というように顔を見合わせて何かこそこそ話し合って結論を出した。

「このままでいるのも気持ちわりいから、先に話、済ませちまってもいいかな」

 そういうことなら、という事で、とりあえず聞くことから聞こう、という事になった。

 俺達の事情はその後だ。




「あー……えっとさ、俺達、ま、孤児で。物心ついた頃にはもう孤児院に居てさ。……そのまま、1年位前までは孤児院に世話になってたんだけど……孤児院って、金、ねえじゃん。だから俺ら、2人して売られちまった、っていうかさ……」

 俺は運が良かったからそんなことは無かったが、こういうことも良くある話だ。

 特に、俺や2人の少年が子供の頃が丁度孤児ラッシュだったから、そういう孤児を集める施設も沢山できた。

 ……あの頃は結構酷くて、俺が普通に育てて貰えたのはかなり運が良かった、という事になる。

 今ですら、売った買ったは少なくない話なのだから。

「売られた、っていうか……僕達、孤児院の借金のカタにされちゃったんです。そのころにはもう僕達は異能を使えたので、お金になると思われたらしくって」

「……院には俺らの友達もいたし、俺らが働いて稼いで借金返さないとあいつらがひどい目に遭わされるっていうから……繁華街で賭け吹っかけて巻き上げてた」

 成程、それで賭けで儲けていたらしいにも拘らず、この栄養失調気味と、打撲痕、か。

「……君『達』の異能、というと、2人とも異能持ちか?」

 古泉さんが不思議そうに聞くと、2人は同時に頷いた。

「俺達、2人で1つの異能持ちなんだ」




 ……異能は、1人につき1つ。それが常識だ。

 桜さん、という2つ異能を持っているイレギュラーが居ることに居るけれど……まさか、1人につき0.5、っていうケースもあるとは……。

「君達の異能はどういう能力なんだ?賭けを了承した相手をフィールドに連れていく、っていうのは分かるんだが……その後、賭けたもののやり取りは強制できるのかな?けれど賭け自体は強制できなさそうだね」

 古泉さんがそう言うと、2人は顔を見合わせて少しこそこそ話した後で、頷いた。

「そうだな。賭けには相手が乗らないと駄目で、賭けるものとゲームの内容のどっちかは相手が決めないと駄目なんだ。でも、賭けの結果と賭けたもののやり取りはきっちりさせられる。フィールドに行けるのは俺達2人と、賭けの相手。それから賭けの対象が人だった場合はそいつも行ける」

「僕達は別々にフィールドを作ることはできません。2人で1つのフィールドを共有してるんです。でも勿論、同じフィールド内で別々の賭けを同時にやることもできます。2人で一緒に何かやることもできるし、便利な事の方が多いかな。その分、身体能力の強化は多分、弱めです」

 フィールド系の異能は珍しいのに、更にそのフィールドの共有、となると……本当に珍しい、という事になるのだろう。

 古泉さんも茜さんも、桜さんでさえも驚いたような顔をしている。


「あ、念の為聞いとくけどさ、君達、双子だよね?」

 そういえばまだ、この2人自身の事は聞いてなかったな、と思ったら、茜さんが聞きはじめた。

「多分な。俺達物心つく頃には孤児だったから、年子なのか双子なのか、はたまた滅茶苦茶に似てるだけの他人なのかは分かんねえんだけどさ」

「でも、僕達ずっと一緒にいた記憶はあります。多分双子です」

 だとしたら、双子だという事が2人で1つの異能、という結果を生んだのかもしれない。

 異能については分からないこともまだたくさんある。

 ……レアケースであることに変わりはないけれど!

「そっかー。双子かー。うん、ま、そっくりだもんね、君達。絶対双子だよ。うん」

 なんとなく嬉しそうにしている2人は、同じような表情を浮かべていれば本当に区別がつかない程に似ている。

 これで他人だったら奇跡どころじゃないな、うん。

「ところで、2人はカルディア・デバイスは持っていないのかな?」

「そんな高価なもん買う金あったら食いもん食ってるよ」

 うん、そうだろうなあ……。

 なんとなく、俺自身の生活を思い出してしまって遠い目をしたくなる。

「じゃ、君達は異能はあってもヒーローとして活動してる訳では無いんだな?」

「どちらかというと悪の組織みたいな所にいたわけですし……」

 少ししょんぼりする少年を見て、ふむ、と古泉さんが顎に手を当てた。

「……叔父さん、分かってるよね。うち今、火の車だからね」

 何かの気配を察知したのか、茜さんが古泉さんを小突くが、古泉さんはにっこりと笑って、そんな茜さんにこう言った。

「うん。分かってるさ。ということで茜、恭介君に、ありあわせで2人のカルディア・デバイスを作れないかちょっと聞いてきてくれ」




 やっぱり分かってなかった!と叫びながら、それでも茜さんは恭介さんの部屋へ向かった。

 唖然としている2人の少年に古泉さんは笑いかける。

「ま、聞いての通りだ。君達にはこれから借金を払ってもらうために働いてもらう事になる。うちはヒーロー事務所だから、当然ヒーローとして働いてもらう事になる」

「え、ちょ、ちょちょちょっと待てよ!え!?俺達が!?」

「え、ひ、ヒーローって、え?」

「あ、その前に私達の依頼達成の為に、君達のいた所をちょっと潰してこなきゃいけないだろうが……違法な事やってる連中を押さえる位ならそんなに難しいことでも無いな。こっちにも戦力が増えた訳だし多少の無理はきくだろう」

 この世にのさばる違法な組織なんて、ザラにあるだろう。

 俺達だけでは当然、片づけきれない程に。

 ……けれど、俺達が通りがかった所にそれがあるなら、それを片付けるべきだと思う。

 俺達はヒーローなのだから。

「そこで被害者の分の金銭と時計をなんとかできれば依頼達成だな。こてんぱんにする、の部分はなんとでもできるな。うん、問題ない」

 ……ただ問題があるとすれば、うちでこの2人の少年も雇ってしまって大丈夫なのだろうか?という事なんだけれど……。

「組織の規模にもよるが、うまく芋蔓式にいければ褒賞もでるだろうし、依頼達成で入る分もあるし、あとは恭介君次第だが、そこまでの損失にはならなさそうだな。よし」

 金銭の問題は大丈夫、らしい。

 ……あとは、信頼の問題だが。

「君達の初仕事は君達が居た組織を潰すことだな。……そうだ、真君。念のため、彼らを『縛って』おいてくれないかな。彼らの異能の話が本当なら、賭けた50万を返してもらうまでは俺に危害は加えられないだろうが、もう1人の方は分からないしなぁ。うちを裏切ったりできないようにしておいてくれないか?」

 ……成程、そうきたか。




「わかりました。いつもの形状でいいですか?」

 にやり、とした笑みの古泉さんに笑い返すと、それでいいよ、と、やはり笑顔で返ってくる。

「桜さん、紙とペン、持ってきてもらえるかな」

「分かった」

 桜さんに紙とペンを持ってきてもらう間に、簡単に文言を頭の中で組み立てる。

 桜さんから紙とペンを受け取って、『これから先、『ポーラスター』の許可があるまで『ポーラスター』の許可無く『ポーラスター』の不利益になる事はできない。また、その間『ポーラスター』からは寝食の提供を受けることができる』と書く。

「はい。じゃあ、サインして。……俺も異能持ちなんだ。悪いけど、一応、ね?」

 何の異能持ちかは言わないけれど、彼らは古泉さんとの会話や文書を目の前にして、それを『信じた』らしい。

「あー、よかった。正直、あんた達、警戒しなさ過ぎてちょっと怖かったんだよな。いいぜ、これで信用されて飯と寝床貰えるなら安い安い」

「コウ、いいの?」

「いいだろ。どうせしくじった以上、戻ったら俺達も院も酷い目に遭わされる。……それに、これで終わらせられる可能性があるなら、賭けるべきだ」

 その少年はペンを取って、『コウタ』とだけ、サインした。

 物心つく頃にもう孤児だったというから、自分の名前も碌に分からないのだろう。

 それでも当然、『俺の異能』は発動する、という事で、僅かに紙面の文字を発光させた。

「はい、オーケー。……君はどうする?サインしてもらえないなら、ここに置いておくことはできないけれど」

 俺が尋ねると、もう1人の少年も意を決したようにペンを取って、『ソウタ』とサインした。

 同じように文字を光らせて、契約完了、という事にする。

「古泉さん、終わりました」

 紙は畳んで、俺のポケットに入れる。

 後でどこかに隠しておこう。

「そうか。……じゃあ、コウタ君、ソウタ君。改めてようこそ、『ポーラスター』へ」

 俺達が笑いかけると、少年達……コウタ君とソウタ君も緊張気味に笑みを浮かべた。


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