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4話

 ぼんやりと、暗闇の中に浮いている。

 どこまでもリアルな癖に、現実じゃないとどこかで分かっている。

 きっと俺は夢を見ているんだな、と、理解した。


 意識すると、今まで上も下も分からなかったが、だんだんと上下感覚がはっきりしてきた。

 俺は暗闇の底に寝ていたらしい。

 体を起こす。感覚はしっかりしてる。有難いことに痛みも無い。

 ……さて、これが夢なら醒めるまでのんびり思い出に浸ってみてもいいかもしれない。

 多分、夢が醒めたらもう俺は死んでいるんだろうし。

 ……死んでるよな。あの重傷でまだ生きてるとかやめて欲しい。絶対死んでてくれ!頼むから死んでろ!死んでなかったら死ね!

 或いはここが既に死後の世界とかなのかもしれないが。

 ……うん、そっちの方がしっくりくる気がする。




 ふと、誰かの声が聞こえたような気がした。

 辺りを見回しても、ただ暗いばかりで何も見えない。

 耳を澄ますと、さっきよりははっきりと、その声が聞こえた。

 幽かな声を頼りに、その声の聞こえる方向に向かって歩き出す。


 柔らかく、しっとりとして冷たい暗闇の中を進んでいくと、ふと、赤い色が見えた。

 ただ黒く深い空間の中で、それはぽつん、と寂しげに光っている。

 近づいてみるとそこには、赤く透き通って輝く髪の小さな女の子が、膝を抱えて座り込んでいた。

 様子を窺ってみると、その女の子は俺に気付いて、こちらを向く。

 その瞳もまた、赤く透き通って輝いていた。

「かえりたいの」

 その瞳から零れる涙もまた、薄く赤色をしている。

「かえしてよ」

 ぐす、と鼻を啜りながら、女の子は俺を精一杯睨みつけてくる。

 ……俺、何かしたっけ。

 この子に睨まれるような事をした覚えは無いんだが……。

「ええと、俺もそうしてあげたいのはやまやまなんだけど……」

 帰して、と言われても、女の子が帰りたい場所がどこなのかも、そもそもここがどこなのかも俺には良く分かっていないんだから、中々に無茶な話だ。

 けれど、女の子は相変わらず泣いているし、俺もどうしていいのか分からない。ここはどこまで行っても暗闇だ。どうすれば出られるのか、まるで分からない。

「大丈夫だよ。帰れるよ」

 だから、せめて女の子を励ます事にした。

「俺もここを出るつもりなんだ。その時に、君もきっと出られるよ」

 きっとここは俺の夢の中だ。

 ここを出れば……俺の目が覚めれば、この女の子もここから解放されるだろう。だって、この女の子も所詮、俺の夢に過ぎない。

「でたら、かえれる?」

「帰れるよ。大丈夫」

 どうせ夢なんだったら、無責任でも何でも、女の子に笑っていてほしかった。

「ほんとに?かえれるの?……よかったあ」

 女の子が安心したように、ふにゃり、と笑う。

 それを見て、俺も何故か、酷く安心した。


「……あ」

 やがて、暗闇が白み始める。

 もうすぐ俺の目が覚めるんだろう。

 その時、俺はすぐ死ぬのか、もう死んでいるのか。

「……これで、かえれるね」

 白くなっていく世界を見ていた女の子が、俺を振り返って笑う。

「また、よろしくね」




 急に意識がはっきりして、俺は目覚めた。

 視界に映るのは、見知らぬ、薄暗い殺風景な空間。

 コンクリートの壁や天井をコードやパイプが這い、壁際には古びたオフィス机のようなものや棚、詰まれたダンボール箱。

 それらを窓からカーテン越しに漏れる光が薄青く浮かび上がらせている。

 静かだ。


 鈍く痛みを訴える右腕を庇いながら体を起こすと、掛けてあったらしい薄手の毛布が滑り落ちた。

 俺は粗末ながらも清潔に保たれているらしいベッドに寝かされていたらしい。

 いつの間にか、服も出撃前の軽装に……あれ。

 ちょっと待て。

 右腕はともかく……他は、どうしたんだ。

 というか、なんで俺、普通に生きてるんだ。


 部屋を見回してドアを見つけたので、とりあえずそれを開けてみる。

 少し蝶番が錆びついているらしく、やや重いそれを押すと、先ほどまでの殺風景な部屋とは大きくイメージの違う、応接間のような空間が広がっている。

 そして、そこには人が居た。




 1人は30代半ばのエリート商社マン、といったかんじの男性で、電話で何か話している所だった。

 彼は俺に気付くと、『ちょっと待って』というようなジェスチャーをした。

 もう1人は、20代ぐらいだろうか、若い女性だ。

 ソファにうつぶせに寝転んで、長くすらりとした足をぱたぱたさせている。

 こちらも、俺に気付くとウィンクして、悪戯っぽい笑顔を向けてきた。

「……はい。じゃあ、そういうことでよろしくお願いします。『ガール・フライデイ』さんにもよろしく……あ、はい。そうですね。そうでした。ははは。……じゃあ、また連絡します」

 かちゃ、と受話器を置く音が響き、ふぃー、とその男性が気の抜けた声が続く。

「……ん。よし。じゃ、君の番。すまんなぁ、待たせた」

 そして、彼は俺に笑顔を向けて立ち上がった。


 男性は俺にソファを勧めて、その向かい側……女性が寝そべっていたのを退かして、そこに座った。

 女性はソファの上でもぞもぞ動いて男性の場所を作ると、その隣に座り直す。

「とりあえず、おはよう。具合はどうだ?」

「右腕以外は元気以外の何物でもないです。あの、俺は」

 聞きたいことは山ほどあったが、それを遮るように女性が手をひらひらさせる。

「ストップ。とりあえずショーネン君が聞きたいんじゃないの、ってこと、ざっと説明するから。それ聞いてから質問して。そっちのが分かりいいだろーし」

 ね?と首を傾げて、女性は癖のあるショートヘアを揺らすので、俺も頷く。

「ん。じゃ、叔父さん、説明よろしくねーん」

「えっ俺がするの」

「何か飲み物持ってくるからさ。あ、ショーネン君、水とお湯どっちがいい?」

「茶葉買ってきたから!あるから!右の棚の一番上!」

 2人のやり取りにぽかん、としている間に女性は席を立って奥の方へ引っ込んでいき、男性は気まずげに数度目を瞬かせた。

 ……さっきまでは、エリート商社マンみたいな、スマートな印象だったのに、やや遠い目をしている姿はごく普通の人、といった印象だった。


「あー……ええと……とりあえず、ここは零細だが、ヒーロー事務所だ。君の身の安全は保障しよう。詳しくは後でな。まずは君の説明からいこうか」

 仕切り直し、というように、男性はソファに座り直して、俺を見る。

 電話していた時と同じ、エリート会社員、というか……しっかりした印象に切り替わる。

「……Lv6のアイディオンと交戦していたことは覚えているかな?」

「覚えています。途中までは」

 全力の攻撃が効かなくて、でも撤退の指示も出なくて、そうしている間に攻撃を食らって……そこまでは覚えている。

「そうか。じゃあ、うちのヒーローが君を助けたのは?」

「ヒーロー……」

 そういえば。

 意識が途切れる最後に、何か見たような気がする。

「はっきりとは、覚えてません」

「ん、じゃあそこからだな。……この建物は、君が交戦していたエリアにある。つまり、君はうちの近所で戦ってた訳だ」

 ……ええと、つまりこの建物、廃墟寸前ってことだろうか。

 大丈夫なのか、それ。

「それで、丁度カミカゼ……うちのエースが帰ってくる所だったらしくてなぁ。君が吹き飛ばされるのを見て、君の救助活動をしたみたいだ。その後、重傷だった君を治療する為に、ひとまずここに連れてきた。……ほら、今お茶淹れに行ってるけど、彼女。うちの唯一の回復要員で」

 槌で思い切り吹っ飛ばされたんだから、間違いなく肋骨は折れていただろうし、内臓は傷ついていただろう。

 けれど今、右腕以外、どこにも異常は感じられなかった。

「……ただ、彼女も回復専門じゃないんだ。だから、とりあえず命に関わりが無さそうな腕とか、細かい擦り傷とかは後回しにして、先に内臓とかを治したらしい」

 成程、それで。

 不自然に治っている体と、残された右腕の理由はこれで分かった。

「どうもありがとうございました」

「いや、ヒーロー同士、このぐらいは当然、っていうか、まあ、下心が無かったと言ったら嘘になるんだが……ええと、この話はちょっと後にするとして……先に、こっちの話だな。うん」

 男性は席を立って、机の辺りでごそごそしたかと思うと、暗い紫色の結晶を持ってきた。

 ソウルクリスタルだ。


 ソウルクリスタルは、アイディオンの異能の源と言われている。

 そして、俺達ヒーローも、これと似たものを持っている。それがカルディア・デバイスに使われている訳で。

 アイディオンを倒した時にはこれが残るので、アイディオンを倒した証明として使われている。

「君が交戦していたアイディオンのものだ。……ソウルクリスタルを見るのは初めてかな?」

「いえ、ヒーローになる前も、真似事をしていたので、その時に」

 俺が倒していたアイディオンはLv1やLv2だったから、見たことがあるのはこれよりずっと小さいものだったけれど。

「ああ、成程。じゃあ説明はいらないか。……で、だ。君もアイディオンと交戦していた訳だし、うちだけの手柄にするのもどうかと思ってね。何割、そちらに渡せばいいだろうか」

「いえ、俺は何も……あ」

 俺は当然、何もしていない。

 功績らしいものは何も無いし、むしろこちらのヒーローに迷惑を掛けてるぐらいなんだから。

 ……でも、これで得られる金の十分の一でも持って帰るべきだろうか。

 俺は『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローなのだし、俺の一存で決めていいことじゃないかもしれない。

 そこまで思い至って、右腕に端末が無いことに気付いた。

「あの、右腕にあった端末なんですけれど」

「ああ、そのことなんだがなあ……」

 男性が困ったように言い淀む。

 ……何かあったんだろうか。


「はいはーい、お茶でーすよ、って、話どこまで進んだの」

 その沈黙を裂くように、女性がお茶……とその他いろいろの乗ったお盆をもって戻ってきた。

「ああ、ありがとう。ソウルクリスタルの所かな」

「おっそ!」

 女性は男性の言葉に目を見開く。

 綺麗な人なのに、表情が豊かで、いい意味で人間っぽい人だ。

「……はい、ショーネン君。お茶。お腹減ってたらこっちもどーぞ。あと砂糖とミルク。これね」

 そして、俺の目の前に紅茶のカップと、焼き菓子の皿と、砂糖壺と、1Lの牛乳パックが置かれた。

「……そのまま持ってきたかあ……」

 男性が何とも言えない表情で牛乳パックを見ながら、受け取ったカップに砂糖を一匙入れた。

「洗い物増やしたくないし」

 女性もストレート派らしい。そのままカップに口をつける。

 ……牛乳パックを開けるのも躊躇われたので、俺も砂糖だけ貰って紅茶を飲む。

 この女性が淹れたにしては……って言ったら失礼だけど……美味しかった。淹れ方が上手いんだろうな、と思う。


「……で。叔父さんに任せてたら説明の半分が優しさで水増しされちゃって終わんなそうだし、私がちゃちゃっと説明しちゃうね。その分、オブラート一切なしで行くから、覚悟しといてね、ショーネン君」

 女性はカップを置いて、表情を引き締めた。

「君は、君が所属してた会社から見捨てられました。というか多分、簡単に捨てられるように、最初から仕組まれてました」




 衝撃的な内容だったが、割と、すとんと納得できてしまった。

「思い当たる節、ある?」

「……なんとなく、は」

 呼んでも一向に返事の無かった端末は記憶に新しい。

「けど、その……最初から仕組まれてた、ていうのは」

 頭が思考を止めている。

 考えればきっと分かるのに、分かりたくないとでもいうように、全く頭が働かない。

「君、身寄り無いでしょ。で、会社の方でもそれ、調査済みだったんじゃない?」

「……はい」

 言われてみれば、書類関係の処理をしている時に、緊急連絡先を書かなくても何も言われなかった。

 あれは、まさかそういう意味だったのか。

「身寄りが無ければさ、戦死した、って役所に届けるだけでいいから。慰謝料とか文句とかの面倒、無いもんね。だから大事に育てなくてもいいや、当たりだけ拾って他はどうでもいい、って、君みたいなヒーローの卵拾ってきては使い潰してく企業もあんだよね」

 ……思い返せば。

 俺以外に居たはずの、研修中のヒーローたち。

 恐らく、かなり居たはずだ。地下2階と3階には、どのぐらいあのワンルームが収まるだろうか。

 ……そして、接触しなかったのは当然、『慰謝料とか文句とかの面倒』を避ける為だったんだろう。

 勿論、ヒーロー同士がヒーロー同士の個人情報を知らない方がいい、という理由だって、正しい理由なんだろう。

 けれど、だとしても……やっぱり、あれは異様だった。

 だって、多すぎる。

『ミリオン・ブレイバーズ』で公に活動しているヒーローは、精々20人程度。

 ここ最近で増えたのは恐らく、1人か2人だろう。

 3か月の研修が終われば一人前で、ヒーローとしての活動が始まるのだとしたら、大量に集められていたはずの研修ヒーローたちが全員ヒーローになれた訳じゃ無い、っていうこと位、簡単に分かる。

 ……分かるけど、まさか、その全員が。

「俺みたいな、ヒーローの卵、って……」

「……ま、死んじゃってるだろうね。君を見る限り、死んでも問題なさそうな卵ばっか選んで集めてそうだし」

 いつからか、物音がしなくなった、隣の部屋。

 ……俺の隣の部屋の住人は、もしかしたら、死んだのかもしれない。




 混乱が少し落ち着いてきた所で、男性が何かを目の前に差し出した。

「……と、いうことで、君がさっき気にしていた端末だ。申し訳ないが、うちのエースが独断で破壊した」

 右腕に付けていた端末、だったものだ。

 中央に大きく亀裂が走り、スクラップ同様になっている。

「私はその判断グッジョブだと思うけどな。下手に生きてるのばれたらヤバそーじゃん」

「え」

 俺は……そうしたいかは別としても、一度、『ミリオン・ブレイバーズ』に戻るつもりでいた。

 一応、そうしないといけないんだろうな、位の認識で。

「とりあえず、今の君の状況だが、おそらくはもう死んだことになっている。届け出ももう出ているかもしれない。これは明日にでも調べてこよう」

 死んだことになっている、と言われて、はいそうですか、となってしまう自分は案外豪胆なのかもしれない。

 実際に死に直面したからか、『ミリオン・ブレイバーズ』のやっていたことを知ってしまったからか、大抵の事ならあっさり受け入れてしまえそうだった。

「……君がどこの企業のヒーロー卵なのかは分からないが、無理な出撃で君が死にかけた、という事が公になったら企業のイメージダウンだからな。確実に君の口を封じようとするだろう。金で釣るか、飼い殺すか……なんていう、穏便な手段をとってもらえるとは考えにくい」

 ……ましてや、俺は、『ミリオン・ブレイバーズ』が沢山の研修ヒーローを集めて、そして恐らく彼らを死なせている、という事を証明する材料になってしまう。

 ……考えすぎかもしれないが、確かに、俺は『ミリオン・ブレイバーズ』に始末されてもおかしくないかもしれない。

 勿論、まともな企業だったらそんなことしないだろう。

 けど、『ミリオン・ブレイバーズ』がまともな企業だったとは思えないのも事実だ。




「ということで、君が生きていることは君のいた企業に知られない方がいいだろう。君、こういう時に身を隠す場所に心当たりは?」

 自分が通っていた高校の友人、も考えたが……こういうケースなら、迷惑を掛けてしまうだろう。

 前住んでいたアパートは危険だろうし。

 匿ってもらえる場所、となると、そんな場所は俺には無かった。

「……ありません」

 しかし、そんな俺の心情を知ってか知らずか、目の前の2人は視線を交わして頷き合っている。

「じゃーさ、君、生活の基盤は無いって事でいい?収入のアテとか、貯金とかはある?」

「いや、全く……」

 あったら、もうちょっとマシな生活をしてこれたと思う。

 答えると、いよいよ2人は笑みを深める。

「じゃあ……君は、もうヒーロー業は、嫌かな」



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