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37話

「やっぱ、見つかんないかー」

 そしてそれから1週間ほど経った。

 ニュースは連日、『ミリオン・ブレイバーズ』について報道している。

 色々な組織が動いているようだが、未だに重役5人は見つかっていないらしい。

 世間としては、責任を追及する相手を失い、その矛先を他のヒーロー企業に向けている状態だ。

 無論、悪いことじゃない。

 それは監視でもあるのだから。もし、また『ミリオン・ブレイバーズ』みたいなことをやろうとするところがあったら、今度はもっと早く発覚するんじゃないだろうか。

 それに、ヒーローの卵たちについても、スカウトに簡単に応じない方がいい、という常識が定着しつつある。

 彼らの警戒心が育つことで、きっと被害は減っていくだろう。

「ま、見つからない方が後で楽しいか」

 茜さんも、『表ではできないような事をやりたい』タイプらしく、微妙に楽しそうにしている。

「何かやるにしても、どうせもう少しほとぼりが冷めた頃でしょうけど」

「そして今月のうちのノルマを何とかしてからだな。茜、出撃してきなさい」


 ……そして、『ポーラスター』はというと……今回の件について、俺の素性は公開されなかった。

 そこら辺はマスコミに対して、ヒーロー協会の人達が突っぱねてくれたらしい。

 ……なので、『ポーラスター』には何も変化が無い。

 つまり……依頼もろくに来ない、そしてノルマに追われている。

 先月より楽になるはずが、いつの間にかもう今月もあとわずかになっている。

 ……どうしてこうなった!


「私もう今週8回目だよ!?」

「ノルマは待ってくれないんだよ、茜……」

 そして、俺達は終わらないノルマに奮闘している所だった。

「なんかさー、アイディオンが全然居ないんだよね」

 茜さんはぶつぶつ言いながら、それでも外に出ていった。

「……そういえば、昨日の桜ちゃんも同じような事を言ってたな」

 ヒーローが歩けばアイディオンに当たる、とは限らない。

 当然、アイディオンに出くわさない日もあるし、むしろ、ヒーローとしてはそれを喜ぶべきなのだが。

 ……しかし、それにしても最近、あまりにもアイディオンが出てこない。

 これじゃ、本当に今月のノルマが達成できなくて、火の車がますます炎上する。

 今も茜さんのモデルとしての稼ぎにまで手を付けているような状態だ。

 今月分のノルマが達成できなかったら、本当に、まずい。

 給料どころじゃない。

 衣食住の根幹すら、危うい。

「これでせめて、依頼が入ってくれればな……」

 古泉さんはそう零しながら電話を見やるが、依然として電話は沈黙を守っているのだった。




 が、沈黙していたのは電話だけだったらしい。

 ちりん、と……鳴った。

 その音に、俺達は動きを止め、顔を見合わせた。

 何が鳴った、といえば、玄関の、本来碌になるはずがないはずの……呼び鈴が、である。

「……幻聴じゃないよな」

 腰を浮かせかけた古泉さんを催促するように、もう一度、ベルが鳴る。

 慌てて古泉さんは玄関へ出ていき、俺と桜さんは机の上に散らばったメモ類を片付け、恭介さんは部屋に逃げた。


 ざっと片づけ終わって、とりあえずお茶の準備をすることにしたらしい桜さんは階段を降りていき、俺だけが取り残された。

「どうぞ、こちらへ」

 すると、玄関から古泉さんと、客らしい男性が入ってきた。

 俺は一礼してから部屋に戻ろうと思ったのだが、古泉さんにジェスチャーで止められた。

 不思議に思いながらも、古泉さんの隣に座って、俺も一緒に依頼者の話を聞くことになった。


 俺達の前に、桜さんが黙ってお茶を置いて、黙って去って行った。

 今日は緑茶らしい。

「本日はようこそ、『ポーラスター』へいらっしゃいました。私はここの責任者の古泉です。こちらの彼は計野君。所員です。……では、依頼内容をお伺いしましょう」

 古泉さんは殆ど何の意味も無い自己紹介を済ませると、依頼者に話を促す。

 少し迷うように視線を彷徨わせてから、男性は不安げに聞いてきた。

「あの、ここでお話しすることは外部には」

「当然、内密にします。見積もり次第でもしあなたがうちへのご依頼を取りやめる、という事になっても当然、内密にしますから大丈夫ですよ」

 相当言いにくいことなのか、男性はそれでも尚、少し迷って……俺がお茶を半分ほど飲んだ所で、ようやく話し始めた。

「依頼したいことは、復讐です」




「復讐、ですか」

 古泉さんは表情を変えずに話の続きを促す。

 結構ショッキングな内容だと思うんだが、この辺りがプロたる所以なのだろう。

「はい。……復讐してほしいのは、ある異能使いなんです」

 そして、その男性は、体験した事を話してくれた。


 ……つい、3日程前の事だったらしい。

 その日の夜、男性は繁華街を歩いていた所、1人の少年に出くわした。

 そして、その少年に『賭け』を強いられ……有り金全部と、父親の形見だという時計を奪われてしまったのだという。

 その少年は異能使いで、その異能によってその『賭け』を強制されたらしい。

「……相手の異能が異能だと気付いたきっかけは?」

 ただ、そこまでの話を聞く限り、本当にその少年とやらが異能を使ったのか怪しい。

 古泉さんも不審に思ったらしく、男性に確認すると、何とも言えない答えが返ってきた。

「相手がイカサマでもしたとしか思えない有様だったので、この賭けは無効だ、と言ったんです。しかし、そいつは『そういう取り決めだった』と言って……その時、私の体が勝手に動いて、その、お金を」

 ……成程。

 男性の話に嘘が無ければ、そういう異能だ、という事になるが……どういう異能だ、それ。

『賭けごとを強制する異能』?『約束を守らせる異能』?

「では、こちらの業務はその異能使いの少年を捕らえて、あなたに返金・返品させる、ということでしょうか?」

「いえ、それだけじゃ気が済まない。もっとこてんぱんにしてやってください!あんな奴がのさばっていていい訳が無い!この町の秩序を保つためにも、どうかお願いします」

 古泉さんはふむ、と少し考えてから、分かりました、と頷く。

「その少年の容姿、特徴について詳しくお伺いしても?」

「ええ、ええと……年は、そちらの計野さんよりも年下に見えました」

 俺より年下、となると、本当に少年だ。

「背も計野さんより少し低い位で、容姿は……少し整ってたかな。白のシャツに黒のズボンで……黒いクロスタイを着けていました。にやにやしてる奴でしたよ」

 にやにやしてる、やや容姿の整った、黒いクロスタイの少年。

 ……殆ど何の情報にもならないな、これ。

「お引き受けしましょう」

 しかし、古泉さんはにっこり笑って、この依頼を引き受けることにしたらしい。

 ……『ポーラスター』の金銭事情も、相当切羽詰ってるしな……。

「……それでは、報酬は……こんなかんじで。町の秩序を保つため、ということでもあるようなので、少し割引させていただきます。後払いで結構です。2週間で何の進展も無かった時は、依頼失敗、という事にさせていただきます」

 報酬について、メモ用紙に走り書きして古泉さんは男性に見せる。

 ……そこそこいいお値段だが、男性はその値段を見て納得したらしかった。


 契約書を取り交わして、男性が帰っていった後で、古泉さんに聞いてみた。

「あんな特徴だけで見つかるものですか?」

「ああ、簡単だろうね。今回は相手の異能にもよるが……相当、コストパフォーマンスのいい依頼になりそうだ」

 碌に顔も分からない相手を探して、しかもその相手を捕まえて、返金・返品させて、更に……こてんぱんにする、と。

 しかも相手は異能持ち、となれば、そんなに簡単だとも思えないのだけれど。

「……依頼者の男性、良い身なりだっただろう。スーツは恐らくオーダーメイドだったし、腕時計もかなりいいお値段がする奴だ。どこかの御曹司、ってところかな?……そんな御曹司がうちみたいな零細にわざわざ来る、って事は、周りに知られたくない、って事さ。つまり、恥をかいた、ってことか、繁華街に行った事自体を伏せなきゃいけないってことだろうね」

 古泉さんは苦笑いしながら、窓の方を見やった。

 丁度、茜さんが帰ってきた所だったらしい。

 バルコニーの手すりが揺れて、そこにぶら下がった茜さんがよじ登ってくるのが見えた。

「……ま、俺がそこそこいいスーツ着て、ケバい恰好させた茜を連れて例の繁華街を歩いていれば相手の方から来るんじゃないかな?」


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