36話
「あ、こっちです」
『エレメンタル・レイド』からの連絡に従って移動すると、『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィスビルから200m程度離れた所に十数人の少年少女と『エレメンタル・レイド』が居た。
「彼らが」
「そうです」
俺よりも年下に見える少年少女達は、『エレメンタル・レイド』に『ミリオン・ブレイバーズ』が何をやっていたか、これから彼らに対して何をするつもりだったか、等を説明されて困惑しているらしかった。
「で、彼がこれから君達のソウルクリスタルを治してくれる人だ」
なんとも言えない紹介をされて、どうも、ととりあえず頭を下げると、少年少女達も困惑しながらぺこりへこりと頭を下げる。
「一度破損したソウルクリスタルの修復の為に、一度皆さんのカルディア・デバイスをお預かりします」
「作業自体は半日程度ですから、明日の朝には元に戻った状態でお返しできますよ」
古泉さんが適当に法螺を吹いてくれたので、俺もそれに便乗する。
社交的な恭介さんっぽく、社交的な恭介さんっぽく、と意識しながらざっと嘘八百を並べ立てて工程の説明をすると、よく分からないなりに少年少女達は納得したらしかった。
『エレメンタル・レイド』に促されて、彼らは彼らのカルディア・デバイスを俺に預けてくれた。
「ではお預かりします……あ、ところで、今日はどこに泊まる予定ですか?『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィスの地下?」
今日、彼らがどこに泊まるのか、これからどこに行くのかが分かっていないと彼らにカルディア・デバイスを返す時に支障をきたすだろうと思って尋ねると、『エレメンタル・レイド』は渋い顔になった。
「とりあえず、俺達の部屋を貸す事になると思います。地下は今、人を入れたくない状態なんです」
少年少女達は、『インフィニティ・プレッシャー』と『オーラ・クイーン』の部屋に泊まることになったらしい。
彼らをそれぞれ裏口から送り届けてから、俺達は『エレメンタル・レイド』の部屋にお邪魔することになった。
「今、『ウェブ・センス』が『ミリオン・ブレイバーズ』の重役数名の行方を追っています」
「逃げられたんですか」
建物は包囲されていた。
そして、建物内部も、『エレメンタル・レイド』達を始めとしたヒーロー達によって見張られていたはずなのに。
「裏切ったヒーローの仕業ですか?」
「いえ、彼らはもう俺達で確保してあります。それに、もう彼らにも重役たちを守る意味が無い」
裏切ったヒーロー達が何故裏切ったか、といったら、今ある地位を手放したくなかったからだろう。
だとすれば、その地位どころか『ミリオン・ブレイバーズ』自体が瓦解したような状況の今、彼らにはもう裏切りを続ける理由が無い。
「『インフィニティ・プレッシャー』がオフィスの床に風穴を開けて、そこから地下に侵入したんです」
……それはまた、随分と大胆な事を。
「地下への入り口はオフィスの端にあって、地下空間は更にそこから離れた方へ広がっていました。……だから、脱出経路になるのではないか、と踏んで、中に入ったんですが……そこで、さっきの彼ら……ヒーローの卵たちを人質に取られてしまって。攻撃できずにいる内に、重役5人が消えてしまったんです」
「消えた、って……」
「恐らく、ソウルクリスタルを使われたか……或いは、重役の内の誰かが異能持ちだったか、だと思います」
ソウルクリスタルは、何もヒーローだけのものでは無い。
アイディオンも当然それは持っている。というか、異能がある所には必ずソウルクリスタルがあるのだ。
そして、ソウルクリスタルの効果は2つ。
自分のソウルクリスタルを使えば、身体能力を向上させ、異能を使えるようになり、また、カルディア・デバイスに組み込むことで、変身することもできるようになる。
そして2つ目、自分以外のソウルクリスタルについては、使っても身体能力の向上や変身等はできない。
しかし、それを使うことで、1度だけ、大幅に効力は落ちるが……そのソウルクリスタルが持つ異能を使う事ができるのだ。
「ただ、他人のソウルクリスタルを使い捨てで使って逃げた、となると、余程強いソウルクリスタルを使った事になるんです。多分、Lv10じゃきかないようなアイディオンからとれるような、そんなレベルのものじゃなきゃ、一瞬で複数名で脱出する、なんてできる訳がない」
「となると、誰かが異能持ちだった、と考える方が妥当ですか」
そう俺が言えば、『エレメンタル・レイド』は複雑そうな顔をした。
「しかし、彼らはソウルクリスタルを加工して合成する事が出来た訳ですから」
成程、その技術を用いれば、もしかしたら、使い捨てだったとしても強力な異能が発動できるソウルクリスタルが作れるのかもしれなかった。
「……とりあえず、『ウェブ・センス』が人探しの得意なヒーローなので、彼女に追跡を頼んでいます。……ただ」
もしかしたら、見つからずにこのまま取り逃がす事になるかもしれない、と。
そういう事らしかった。
「まあ、ヒーローの卵たちがそれで助かったなら、少なくとも最悪の結果では無いでしょうから。……ヒーローの卵たちは彼らだけでしたか?」
「地下を一通り探索して、見つけたのは彼らだけでした」
最初から彼らしかいなかったのか、他に居たとしてももう別の場所へ移されてしまっていたのか、或いは……もう、殺されてしまったのかもしれなかった。
「引き続き、被害者の捜索と保護に当たるつもりです。……なので、『ポーラスター』の皆さんには申し訳ないんですが、そちらは彼らのソウルクリスタルを」
「分かりました。では早速。……もし増えたらソウルクリスタル研究所までお持ちください」
俺達はその場を辞して、とりあえずソウルクリスタル研究所へ向かう。
……うん、万が一を考えて、少なくとも俺はソウルクリスタル研究所で夜を明かすかんじだろうな……。
「重役5人が逃げた、ってなると、責任の追及が難しいかもしれませんね」
結局、俺の他に、恭介さんもソウルクリスタル研究所に泊まり込むことになった。
お世話になります。
2人で預かったカルディア・デバイスの分のでっちあげのデータを作りながら嘆息する。
「しかしまさか、逃げられるとはなぁ……」
「『エレメンタル・レイド』達は何やってたんだ、ってかんじですけどね。ま、実際、いきなり異能使われたりしたら正直、誰がどこで何してたとしても捕まえるのは難しいですし」
ここが異能の異能たる所だった。
「俺のポンコツ異能だって、初見なら大抵の奴、殺せますからね。……時と場合、相性、使う人の使い方、いろんな要素がありますけど、組み合わせによっては大抵、どんな異能でも初見殺しにはなるでしょうし、瞬間移動系の異能だったりしたら、もう正直手の施しようが無い」
異能は強い。
文句なしに強い。
他の異能によって必ず止められる訳じゃないし、だから、正直『エレメンタル・レイド』達を責めるつもりにはなれなかった。
「……ま、とりあえず『ミリオン・ブレイバーズ』は潰せましたし、見せしめにもなるんじゃないですかね。ヒーローの卵も救助できた。……零細ヒーロー事務所の仕事にしちゃ、上出来だと思いますよ」
「……そう、ですね」
俺の手の中にある、他人のカルディア・デバイス。
これの持ち主が助かった、という事だけでも、十分に喜ぶべきことだった。
「……あとは、ま、言い方変ですけど、相手からわざわざ舞台裏に移動してくれた、ってのは喜ぶべきことじゃないんですかね、表でできないような事も裏でなら許される、ってのも、あるんじゃないですか」
……しかし、恭介さんはこれで『十分に喜ぶ』気は無いらしかった。
翌朝。
カルディア・デバイス計17個を、『エレメンタル・レイド』の元へ届けに行った。
その時には既に、ヒーローの卵17人がそこで待機してくれていた。
『エレメンタル・レイド』に頼んで、集合させておいてもらったのだ。
俺が嘘を吐く以上、できるだけ、直接相手に嘘を吐きたい。
「では、順番に取りに来てください。1人ずつ、変身してもらって、異常がないかどうか確認してもらいたいので」
「以前とは違って、もっと変身が楽で、もっと強化されてるかんじがあるはずですから、そこら辺の感想もお願いしますね」
そして1人ずつ、ヒーローの卵達にカルディア・デバイスを渡しては、その場で変身してもらった。
……彼らは、自分のソウルクリスタルが破損されていた、なんていうことすら知らなかったわけで、ましてや、正常な状態のソウルクリスタルも知らないのだ。
だから、若干俺の嘘が通用するか、不安だったけれど……杞憂だったらしい。
「わ、すごい!すごい!これが私!?すごい!力が溢れてくるみたい!」
最初の、中学生ぐらいの女の子が変身して可愛らしいヒーローになった事を皮切りに、他のヒーローの卵たちも、存分に期待して変身してくれた。
その期待は、そのまま結果になる。
「うわ、強くなったかんじ」
「今までのって何だったんだろ」
年相応に彼らがはしゃぐ姿を見て……俺は俺の功績を実感することができたのだった。