35話
夕方。
帰宅するサラリーマンや、夕飯に足りないものを買いに急ぐ主婦、友達と遅くまで遊んでいた小学生、部活帰りの中高生……そんな人たちが溢れかえる往来に『告発状』を撒きながら空を飛ぶ。
「やー、すっきりするなぁ」
俺も古泉さんも、人の目にそうそう留まるような速度で飛んでいない。
その速度でビラを撒き散らして行くのは、なんというか……謎の爽快感があった。
とりあえず『エレメンタル・レイド』達……ソウルクリスタルを加工されていたヒーロー達の方が一段落した、という解放感も、これから行う事についての高揚感もあり……俺も古泉さんも、妙に高いテンションだった。
俺達はそのままヒーロー協会へ向かい、そこで俺のソウルクリスタルが『ミリオン・ブレイバーズ』によって故意に破壊されたこと、『ミリオン・ブレイバーズ』で不当な扱いをされていた事、俺以外にも同じようなヒーローの卵が居たであろうこと……等を告発することになる。
その前に『告発状』を撒いたのは、ヒーロー協会の内部で万一『ミリオン・ブレイバーズ』との癒着があったとしても、もみ消す前に一般市民たちに知れ渡ってしまえばヒーロー協会は『ミリオン・ブレイバーズ』を切るしか無いからだ。
恐らく、『エレメンタル・レイド』達もこのごたごたに紛れて『ミリオン・ブレイバーズ』を抜けるだろうし、そうなればますますヒーロー協会は『ミリオン・ブレイバーズ』を庇う必要が無い。
『ミリオン・ブレイバーズ』を孤立させる。
資本であるヒーローも、信頼も、全部根こそぎ失った所を叩く。
そして社会的にきっちり罰されて……見せしめになって、他のヒーロー企業が同じことをしないような抑止力になってくれれば、いいな。
ヒーロー協会に着いたら古泉さんは真っ直ぐ、その長い脚を存分に生かした歩き方でカウンターへ向かった。
今日は前にノルマ分の申告を死に来た時よりは混んでいないが、それでも人が居ない訳じゃない。
颯爽と歩く古泉さんと、その後を追う俺は非常に目立った。
そして、古泉さんは存分に視線を集めて……うん、こういう所で、この人が茜さんの叔父だ、っていう事を実感できるな……。
「『ミリオン・ブレイバーズ』のソウルクリスタル取扱い違反とヒーローの不当な扱いについて告発しに来た」
静かな割によく通る声で、カウンターの受付の人に、そう言った。
そこからは奥に通されての話になった。
あまり人目に付くとまずい、というのは、真偽によっては『ミリオン・ブレイバーズ』の評判をいたずらに落とすことになるから、という配慮なのだろう。
或いは、『ミリオン・ブレイバーズ』との癒着が本当にあるのかもしれないけれど、人が少ない、ということは俺がこれから嘘を吐く上では有利にしか働かない。
「それで、『ミリオン・ブレイバーズ』のソウルクリスタル取扱い違反、という事でしたが……」
そこそこに地位の高いらしい人が2人出てきて俺達の対応をすることになった。
出されたお茶に手を付けるより前に、とりあえず証拠を出して見せる。
「俺のカルディア・デバイスです。ソウルクリスタルを検査してもらったら、破損したものだと検査結果が出ました」
『ミリオン・ブレイバーズ』で支給されたカルディア・デバイスを出しながら、幻影と嘘でを使ってそれを信じさせる。
当然、今の段階では俺のソウルクリスタルが破損している、という事は、この人達にとってしか真実にならない。
失礼、と一言ことわってからヒーロー協会の人はカルディア・デバイスを見て、そこに嵌まっているソウルクリスタルのサイズを見てまず驚き……『検査結果』を見て、顔を険しくした。
「成程、これは確かに……という事は、あなたが『ヒーローの不当な扱い』の証言者ですか?」
「そういうことになります」
話の早い人で助かった。
続いて、端末とそこに入っていたデータ等々を出して、俺が如何にして殺されかけたかを説明した。
説明していくにつれて、次第に2人の顔が険しくなっていく。
「……これは酷いな」
端末に残っていた音声データの、俺が『死んだ』直後の「『ベイン・フレイム』さん?……よし、死んでる死んでる。呆気ないねぇ。よくこんなのでヒーローになった気でいられるよな」……という本那さんの台詞を聞いて、ヒーロー協会の人も限界が来たらしい。
「分かりました。『ミリオン・ブレイバーズ』については調査の後、然るべき処置を取らせていただきます。証拠はこちらでお預かりしても?」
「はい。データ類はこちらにもバックアップがあるので。……あ、ただ、カルディア・デバイスだけは彼に返してもらってもいいですか?」
古泉さんはそう言って、カルディア・デバイスを俺の手に戻した。
『もみ消そうとしてもデータはこっちにあるぞ』という脅しと、俺の嘘がこれ以上広まらないようにするためだろう。
……余談になるが、ヒーロー協会の人達も俺に対してかなり同情的で……つまり、俺は割と良い人に当たったらしく、証拠品の取扱いや俺のプライバシーについて、良心的な措置を取ってもらえた。
「……ええと、では、こちらからも幾つか、よろしいでしょうか。まず、計野真さんですが、Lv6アイディオンと交戦した時の記録等は……例えば、医師の診断や、戦ったアイディオンのソウルクリスタル等は……」
「うちのヒーローが怪我を治せる異能を持っていたので、医師にはかかっていないんです。一刻を争う状態だったので。ソウルクリスタルはうちの事務所で保存してありますよ」
前者はともかく、後者は初耳だった。
てっきり、あの時のソウルクリスタルもノルマとしてヒーロー協会に提出してしまっているものだとばかり思っていた。
古泉さんは万一の事を考えて、あのソウルクリスタルを保存していてくれたらしい。
「そうですか。まあ、端末の方に死亡の記録がある以上は医師の診断は無くても大丈夫でしょう。もしかしたら、計野さんの怪我を治したヒーローにも証言を頂くことになるかもしれませんが」
「あ、それはもういつでもどうぞ」
「それは有難いです。……それから、告発まで時間を置いた理由を一応お伺いしておいてもいいですか?」
「このまま告発したら間違いなく計野君が『ミリオン・ブレイバーズ』に消されるな、と思ったので。今回告発に踏み切ったのは、『ミリオン・ブレイバーズ』内のヒーローの助力があったためです」
……受け答えは大体古泉さんがやってくれたし、俺が答えなくてはならない所も問題無く答えられた。
嘘は殆どついていない。
俺達が隠していることは大まかに2つだ。
俺のソウルクリスタルはもう治ってしまっているという事と、『エレメンタル・レイド』達のソウルクリスタルの加工について。
それ以外は至極真っ当に本当の事を話しているだけなので、疑われる心配も無い。
『エレメンタル・レイド』達については、『助力してくれたヒーローの希望で名前は伏せさせてくれ』と言えば突っ込まれることは無かったし、そこら辺は調べるうちに分かる部分もあるだろう。
そして、その時にはもう『エレメンタル・レイド』達のソウルクリスタルは『治っている』から、そういう意味で『エレメンタル・レイド』達に疑いがかかることも無い。
「……分かりました。では、早速こちらで処理させていただきます。何かあったらまたご連絡しますので」
「分かりました。よろしくお願いします」
やり取りは30分程度で無事に終了して、俺達はヒーロー協会を辞することになった。
後は俺達の出る幕は無い。
「お、お疲れ―。どーだった?」
ヒーロー協会を出た所で、茜さんと桜さんが待っていた。
茜さんが少し怪我をしていたけれど、重傷では無さそうだ。
「結構当たりを引いたかんじだな。ちゃんと処理してもらえそうだ。後は俺達の出る幕は表舞台には無いよ」
「裏にはあるかも、ってことでしょ?」
茜さんがけらけら笑い、その隣で桜さんが予備動作も無しにナイフを投げ……何も無い空間にナイフは刺さり……俺が驚いている目の前で、何も無い空間から人が現れた。
「ま、もう何やっても遅いからさ。諦めなよ。私達に構ってる暇あったら保身に走った方がいいかもよ?」
茜さんはそのヒーローらしい人の側頭部にブーツのヒールを叩きつけて昏倒させた。
「ま、俺達は『ミリオン・ブレイバーズ』に逆恨みされてることも確かだ。こういう風にいきなり襲いかかられることもあるかもしれない。だから、これからも気は抜けないからな。こういう奴らは」
古泉さんがそのヒーローからカルディア・デバイスをとると、茜さんに渡す。
茜さんは心得た、とばかりにそれを持ってヒーロー協会の中へ入っていった。
「余罪になってもらう為にも、きっちり倒してきっちりカルディア・デバイスを確保、ヒーロー協会に通報だ」
そんなことを言った古泉さんのジャケットの内側で、電子音が鳴った。
携帯端末、らしい。
「はい、『スカイ・ダイバー』……あ、どうも」
電話に出てすぐ、古泉さんは顔をほころばせた。
「それはよかった。……はい。こっちも告発が終わった所です。そっちも大変になると思いますが……はい、はい。……ええ、それならいいんですが。様子をみてまた伺います。はい。では失礼します」
古泉さんは、携帯端末をまたしまいながら、満面の笑みを浮かべた。
「ヒーローの卵が救助されたらしい。真君、君の出番だ」