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34話

 桜さんが操ったのか、風が一気に俺を押して加速させた。

 それに乗って、限界まで加速する。

 一度加速してしまえば、こっちのものだ。

 一瞬で抗争は遠くへ消え去り、俺の目の前にはひたすに狭く研ぎ澄まされたような高速の世界が広がっているだけになる。

 曲芸飛行も好きだが、こういう風に超高速飛行するのも好きだった。

 周りが何も見えなくなるのが最高に気持ちいい。

 ただ、目の前に凄まじい速さで接近してくる建物や電柱といった障害物を最低限の動きで躱しながら、ひたすらに飛んだ。

 途中で『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローらしいものが見えた気がしたけれど、そんな気がした次の瞬間にはもうそれは後方へ流れ去ってしまった後だったので、特に問題にもならない。



 そして、無事にソウルクリスタル研究所に辿り着くことができた。

 いつもの如く、窓からお邪魔すると、待ち構えていた恭介さんが俺のリュックからカルディア・デバイスの袋を取り出して検分し始めた。

「……8つですね。……じゃ、ま、適当になんかやるふりしてきますから」

 そして、日比谷所長と一緒に恭介さんが奥へ消えていったのを見届けて、俺はソファで休憩させてもらった。

 猛スピードの世界に居た反動で、頭と目の奥が重い。

 ……古泉さん達が戦っている場所へは戻らない。

 俺が戻ることで、俺がソウルクリスタル研究所へカルディア・デバイスを運んだ、という事をばらす事にもなりかねないし、ソウルクリスタル研究所にだって、敵が攻めてこないとも限らない。

 俺はそのセーフティネットとして、ここで壁になる役目だった。

 古泉さんも茜さんも桜さんも、強い。

 俺が加勢に行かなくても十分だろう。




 結局、ソファで1分ほど休憩してから外へ意識を集中させて防衛の構えに入り、そのまま1時間半、待機し続けた所で、古泉さん達から連絡が入った……と、日比谷所長から伝言された。

 戦って、各自勝つなり逃げるなりして撒いたらしい。

 今は全員事務所に居るそうだ。

 そして、俺はこのままここで待機しながら、これから吐く嘘を練っておくことになったのだった。




 嘘自体は昼頃、完成したのだが、流石に数時間で『ソウルクリスタルの復元』ができたら説得力に欠けるので、このまま夕方から夜あたりまで待つ。

 細々とした小道具の類を恭介さんと作りながら、その間もカルディア・デバイスはずっと手元に置いておいた。……万一何かあったら怖いから。

 うっかりこの状態で盗まれたりしたら目も当てられない。




 ソウルクリスタル研究所に敵が襲ってくるでも無く、割と平和に時間は過ぎ、『エレメンタル・レイド』からカルディア・デバイスを受け取って8時間が経過した。

「じゃあ、行ってきます」

「くれぐれもお気をつけて」

 そろそろいいかな、という事で、俺は予め用意してあった服……白の半そでのワイシャツに黒のスラックス、という学生のような服に着替えて、鞄も変えて、普通に玄関からソウルクリスタル研究所を出る。

 玄関を出た所で、シルフボードに乗ったら、普通の速度でのんびりと移動する。

 それこそ、普通の男子高校生が学校帰りにシルフボードを使っている、というような体で。

 その為に鞄もエナメルバッグだし、カモフラージュの為に、教科書やノートの類が入れてある。

 俺の顔はそんなに個性的でも無い……と思う。だから恐らく、ちらり、と見た位じゃ分からないだろう。

 あとは別段不審な事もないです、というような堂々とした態度で街を飛んでいけばいいだけだ。

 別段難しいことでも無い。

 つい4か月ぐらい前まで、俺はこういう事をやっていたんだから。

 高校に居た頃の事を思い出しながら、のんびり、のんびり、日がその光の残滓を残す街を飛んでいった。




『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィス近くまで来たら、やはりのんびりと高度を上げていく。

 たまたま、ちょっと高い所から気まぐれに街を見たくなったのだ、というように。

 そのままのんびり宙に浮かんで辺りを見回してから……眼下、『ミリオン・ブレイバーズ』のビルの裏口辺りで、茜さんと桜さんらしき人影が逃げながら戦っているのを確認して……やはり、努めてのんびり、ナチュラルに、何もおかしいことは無い、というように……23階の窓へ、入る。

「お、来たか、真君」

 そこでは既に古泉さんが居て、『エレメンタル・レイド』と何か話していた。

「持って来ました」

 鞄から袋を取り出して、その中にあるカルディア・デバイスを1つずつ、取り出す。

 その時、1つ1つに幻影を掛ける事も忘れない。

「これが治した後の検査結果です」

 そして、『エレメンタル・レイド』がカルディア・デバイスを確認するより先に、印刷した紙を数枚、渡す。

 そこには、当然偽物のデータが並んでいる。

 ……実際の『エレメンタル・レイド』のソウルクリスタルがどのような物なのか、俺達は知らない。

 だから、いっそ捏造してしまえ、という事になったのだ。

「もし元々のものから性能が変わっていたら、それはあなた自身の努力の結果、だそうです」

 案の定、データを見て困惑する『エレメンタル・レイド』に、そう嘘を吐く。

 ……データ上では、そこそこにいい数値が並んでいる。

 それこそ、Lv10とはいかなくても、Lv7あたりで活動できそうなほどには。

 ……本来吐かなくてもいい嘘だった。

 けれど、もし、俺の吐いた嘘が本当になるなら……そうしたって、いいじゃないか、と、思ったのだ。


「変身してみてもらってもいいですか?不具合が無いかどうか、ソウルクリスタル研究所に報告しなければいけないので」

 そして、『エレメンタル・レイド』に彼自身のカルディア・デバイスを手渡す。

 そこに収まっているソウルクリスタルは、彼の眼には赤く見えているだろう。

 ぎらぎらとした七色に輝いているソウルクリスタル……加工されて、繋ぎ合わされたソウルクリスタルなんて、見なくていい。

 これから、『エレメンタル・レイド』は、『彼自身の努力によって生まれ変わった彼自身のソウルクリスタルで』活動するのだから。

 戸惑ったような『エレメンタル・レイド』は、しかし、恐る恐る、といった様子で俺の手から彼のカルディア・デバイスを取って……全く不安の無い、俺の顔を見て……意を決したように、変身した。


 そこで俺が幻影を使うまでも無かった。

『エレメンタル・レイド』は、今までの姿とは異なる姿のヒーローに変身したのだ。

 極彩色だった髪は落ち着いた深い赤色に。

 そして目は火のような朱色に染まっていて、確かな意志が燃えている。

 装備こそそのままだが、明らかに今までとは差があった。

 見た目だけでなく、雰囲気さえも変わって、『エレメンタル・レイド』はそこにいた。

「どうですか?異常はありませんか?」

『エレメンタル・レイド』は暫く、手を握ったり開いたり、その手を見つめたりしていたが、俺の言葉に深く頷いた。

「異常はありません。ずっと……ずっと今まで聞こえていた声も、聞こえません。体調も悪くならない。……やっと、本当の自分に戻れた気がします」

 感慨深げにそう言って、『エレメンタル・レイド』は深々と、俺と古泉さんに頭を下げた。

「本当に、どうもありがとうございます。……なんと、お礼を言ったらいいか」

「お礼はまた後で請求させていただきますよ。それより、今は早く他のお仲間へカルディア・デバイスを」

 古泉さんが促すと、『エレメンタル・レイド』はもう一度深く頭を下げて、部屋を出ていった。

 その後ろ姿に、俺はそっと、保険の為に幻影を掛けた。

 ……今、敵は茜さんと桜さんがひきつけている。

『エレメンタル・レイド』が他のヒーロー達に『カルディア・デバイス』を渡す為の障害になるような場所には居られないだろう。

 そして、他のヒーロー達は俺が説明しなくても、『エレメンタル・レイド』の恰好を見て、保険の幻影もあることだし……ソウルクリスタルが治ったことを信じてくれるはずだ。

 そして、信じさえすれば、それは真実になる。

 彼らは『本当の自分』に戻れるのだ。


「……さて、じゃ、俺達は1分ぐらいしてから出るか。……次は真君の番、だなぁ」

 肩に掛けなおしたエナメルバッグの中には、教科書やノートに混じって……例の端末と、その音声データを入れたディスク、残っていたデータ類を書き出した紙が数枚、入っている。

「まあ、ド派手にいこうか」

 古泉さんはほほ笑むと、古泉さんの持っていたブリーフケースの蓋を開けた。

 ……そこには、『告発状』と銘打たれた紙が……『ミリオン・ブレイバーズ』で行われていたことの子細な情報が書き込まれた紙が、千枚程度、入っていた。


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