32話
『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達は、やはりというか、そんなに暇では無い。
そして、その行動には当然のように制限が課せられているという。
今回5人ものヒーローが出てこられたのも、他のヒーロー達が異能を使ってごまかしたりなんだりした結果だったらしく、ある程度の話が終わった『エレメンタル・レイド』達はすぐに帰っていった。
その後、細かい情報のやりとりを行う事数度。
『エレメンタル・レイド』をはじめとするヒーロー達は、『ミリオン・ブレイバーズ』の地下に居るはずのヒーローの卵たちを捜索していたが、そちらは難航しているらしかった。
「……はい。あ、そうですか。……はい。……ええ、分かりました。では」
古泉さんが受話器を置いて、首を振る。
「真君、地下に居た、っていう事だったけれど、それは『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィスの真下だったかな?もしかして、真下じゃなくて、どこかもう少しずれた場所だったんじゃないか?」
……可能性としてはあり得る。
移動は殆ど、移動用シャトルだった。
レールは複雑に曲がりくねっていたし、方向の感覚を狂わされる間にずれた場所に誘導されていた可能性は十分に会った。
「真下に当たる部分には特に何も無い、という事らしい。……どのぐらいの深さかも分からないだろうしなぁ、決定的な証拠を掴むのにはもう少しかかるかもしれない」
……さて。
そんな状況下で、俺達はというと、ひたすら『エレメンタル・レイド』達の成果待ちだった。
「あーあ、私、待つの苦手」
茜さんはここ数日、『運動がてら』アイディオンを狩りに行って帰ってきて、そして進展が無いことを聞いてはがっかりする、という毎日を繰り返している。
「まあ、向こうだってそうそう簡単に証拠が掴めるわけでもないだろうしな……いっそ俺達が潜入できればいいんだが」
俺達は……顔が割れている人が多いし、そうでない恭介さんは、『加工されたソウルクリスタルを元に戻せる』ということが嘘だと知っている。
……正確には、『それが嘘の力で行われていることだと知っている』か。
だから、正直、恭介さんを騙せる自信は無い。
だとしたら、下手にソウルクリスタルをバラバラにされたが最後、元に戻せない可能性を考えるとあまりにもリスキーだった。
「……ま、のんびり待とうじゃないか。一応、前と比べたら信じられないぐらい進展してはいるんだ」
ここからの進展が完全に他人任せ、というのが辛いことに変わりはないけれど……それでも、まあ、何もできないよりは余程マシだ、と思うしかない。
「証拠が出たら、それを受け取って、ソウルクリスタル研究所に持って行くか……そのままそれ持ってヒーロー協会に行くかして……あとは俺達からマスコミに垂れ込むか、街中でいきなり演説始めるか、ってかんじだな。うん」
俺達の出番はそこからなのだ。
今から気を張っている必要も無いだろう、ということは分かるけれど……俺はどうも、自分で動いていないと落ち着かない性分らしかった。
そして、そんな状態で待つこと数日。
『エレメンタル・レイド』達が『ポーラスター』を訪れてから実に12日が経とうとする頃、ようやく進展があった。
応接間でだらだらとしていたら、電話が鳴る。
古泉さんが受話器を取る頃には、応接間でだらだらしていた全員がなんとなく姿勢を正し終えていた。
「はい。……ああ、どうも。……あ、本当ですか。それは良かった。では……分かりました。では、そちらへ伺います。入り口ですか?……そうですね。裏口で。はい。分かりました。では失礼します」
古泉さんの表情と声の調子から、なんとなく分かった。
「証拠、押さえられたらしい。俺達に受け渡すから取りに来てくれ、との事だった。行って……ああ、桜ちゃん、念の為一緒に来てくれないか」
窓から飛び出しかけた古泉さんが桜さんに声を掛けると、1つ頷いた桜さんがその場ですぐ変身して、窓から古泉さんの後を追っていった。
2人が飛んでいくのを見送って、俺達は静かにハイタッチを交わした。
……うん、待っていた甲斐があった。
古泉さんが出ていって5分程度だろうか。
電話が鳴ったので、茜さんが出た。
この事務所では、電話に出る優先順位は古泉さん→茜さん→俺→桜さん、である。
……万一、恭介さんしか留守番が居なかった場合は居留守を使うらしい。
電話番の意味が無いけれど、恭介さんなら仕方ない、という事になっている。
……俺と普通に話すようになったから忘れがちだけれど、この人、初対面の人と喋るのは苦手らしい。
俺には良く分からない感覚だけれど、電話だと特に緊張するらしい。
「はい。『ポーラスター』……え、あ、なんだ、『エレメンタル・レイド』さん」
『エレメンタル・レイド』からの電話だったらしい。
なんとなく気になって、茜さんの方を窺っていると。
「……は?……はぁ!?」
ふんふん、と話を聞いていらしい茜さんが、突如、怒気を含んだ声を上げる。
その声に、恭介さんも茜さんを注視する。
「それ……どういうこと、……うん。……うん……くそ、うん。じゃあ……裏切られたってこと?」
不穏な単語に、俺達は顔を見合わせた。
「……分かった。じゃあ、今からそっち、飛んでいくから、持ちこたえて。……うん。『スカイ・ダイバー』が死んだら、許さないから」
茜さんが乱暴に受話器を置く前に、俺はシルフボードを取って来ていた。
「うん、皆分かってるかもしれないけれど、非常事態。『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローの中で裏切った奴がいたらしいからさ。……一応、『エレメンタル・レイド』達が押さえてくれる事になってるけど」
けれど、それもイマイチ信用ならない、という事か。
「茜さん、多分大丈夫です。古泉さんは桜さん、連れて行ってるんで」
恭介さんの、緊張を孕みながらも落ち着いた言葉に、窓から飛び出そうとしていた茜さんが留まる。
「古泉さんがわざわざ、『ポーラスター』の最大戦力を連れて行ったんだから、古泉さんはこれ、予想してた可能性がありますし、そうでなくてもあの2人ならまず大丈夫でしょう。だったら、心配しなきゃいけないのはどっちかっていうと俺達でしょう。裏切られたならここのことも割れてるでしょうし」
確かに、そうだ。
そして、もしそうなら……。
「……言っときますけど、ここに攻め込まれたら俺、トラップ作動係になるだけで戦力にならないんで、よろしく」
恭介さんは、戦力にならない。
なるとしても、凄く間接的な方法でしか、ならない。
だとしたら、戦力は俺と茜さんで……2人で、ここを防衛することになるかもしれないのか。
「真さんは室内じゃ戦力発揮できないでしょうし、2人とも外で張ってた方がいいかもしれませんね」
俺は司令塔代理ってことで、と、恭介さんは部屋に戻っていった。
こういう時にも冷静な判断ができる人が居てくれて助かった。
下手したら、ここをがら空きにしていた可能性もあるのか。
……いや、むしろそっちの方が良かったかもしれないけれど……。
「じゃ、真クン。私達は屋根の上で防衛軍やろっか」
調子を取り戻したらしい茜さんは、にっ、と笑って、窓から飛び出して大きく跳ねた。
俺もシルフボードで後に続いて、屋根の上に立つ。
「おー、良い眺めだねー」
『ポーラスター』の事務所は2階建てだが、周りが如何せん廃墟同然なので、2階の屋根の上からでも、そこそこ遠くまで見通せた。
「……うーん、もしかしたら、ここで『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローが攻めて来るのを迎え撃つんじゃなくて、叔父さん達の帰宅をお迎えすることになっちゃうかもねん」
そして、見渡す限り、敵らしきものは無い。
……うん、まあ……20人中何人が裏切ったのかは分からないけれど、『スカイ・ダイバー』と『カミカゼ・バタフライ』がいたら、こっちにまで手を回す余裕はないか。
「……何やってるんだ」
そして案の定というか、帰ってきた古泉さんに呆れたような顔をされてしまった。
「叔父さん、桜、大丈夫だった?『エレメンタル・レイド』から、裏切り者が出た、っていう電話があって」
「ああ、まあ、『カミカゼ・バタフライ』は流石、と言った所かな。『エレメンタル・レイド』の助力もあったし、ま、逃げ帰ってきたようなものだが、一応2人とも無傷だよ。ただ……まずいことになった」
とりあえず部屋の中に入ろうか、と促されて、4人で窓から部屋に戻った。
……そういえば俺、最近この事務所の玄関、使ってないな……。
「裏切られた、って、具体的には何されたんですか」
部屋に戻って、恭介さんも交えてまたテーブルを囲むことになった。
「ああ、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローの中に、今回の計画を『ミリオン・ブレイバーズ』に漏らした奴が複数名、居たらしい。なんでも、その情報と引き換えに待遇の向上を願い出たんだとか、な。……だから、証拠はもう隠されてしまったと考えていいだろう。今回の、証拠が見つかった、っていうのもその裏切ったヒーローからの連絡だったみたいだな。おびき出してその複数名で俺達を始末しようとしたら返り討ちにあった、って事らしい」
……成程、だとしたら……『エレメンタル・レイド』他、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達を証拠として使うしか無くなってきた、ってことか。
「あーもーめんどくさい!なんでこうなるかな!なんでそうなるかなーあーあーもー嫌―っ!」
茜さんがソファにのけぞるように勢いよく倒れこんでぐったりしてしまう気持ちも分かる。
突破口が見えたと思ったらこれだ。
「……でも、無駄じゃなかった、と思う」
しかし、頭を抱える茜さんとは対照的に、桜さんはそんなことを言う。
「実際に戦ってみて、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローがどのぐらい強いのか、分かったし……『エレメンタル・レイド』は、味方になってくれてる。敵も……多分、これで分かる、はず。分かった事だらけ」
そして桜さんは……迷いなく、隣に座っていた俺の手を握った。
「真君を証拠にしても、大丈夫だと思う」