31話
思わず、ディスプレイの前で顔を見合わせていると、やはり俺達同様、唖然としていた古泉さんが、え?と、間の抜けた声を上げるのが聞こえた。
『……ええと?ちょっと待ってください。つまり、『ミリオン・ブレイバーズ』はソウルクリスタル取扱い違反を行っていると?』
『そうです』
珍しく、古泉さんも取り乱しているらしかった。
相手が本来隠しておかなければいけないはずの事が次々に出て来る。面食らわない方がおかしい。
『そして、その結果、あなた達のソウルクリスタルが損傷していると?』
『そうです』
『内部告発はできないから外部から、ということですか』
『そうです』
古泉さんは、その場で眉間を押さえながら、俺達が一番聞きたいことを聞いてくれた。
『……何故、うちに』
ソウルクリスタル研究所での一連のできごとと『ポーラスター』の所員を結ぶものは何も無かったはずだ。
ばれるはずの無いものがばれていた、となると、俺達としても恐ろしいことこの上ない。
しかしあくまで、古泉さんは『何故ばれているのか』ではなく、『何故そのような大役をこんな零細事務所に』という体で聞いている。
まだ、化けの皮は剥がされきってはいない。
『ソウルクリスタル研究所の日比谷所長はご存知ですよね。その日比谷所長に相談させていただいた所、ここを紹介して頂けたので』
そして、想定外の返答を貰って、ますます俺達は混乱するしかない。
恭介さんが小さく、「あのジジイ……」と悪態をつきながら、凄い速さで、かつ静かに、別のPCのキーボードを打つ。
日比谷所長に裏を取ろうとしているらしい。
『日比谷所長が、ここなら相当変な事でもやるし、それをやれるだけの実力もある、悪は憎むが融通が利かない訳じゃない、と……』
……褒められているはずなのに、そんな気がしないのは日比谷所長だからか。
『そして、ここに今派遣されている研究員の方が、ソウルクリスタルを元に戻す技術を持っているとか』
古泉さんが、ちら、と、俺達が居るドアの方を見た。
……うん、その『研究員』っていうのは俺の事か。
最悪の場合、嘘で誤魔化して、恭介さんにその役を押し付けることになるかもしれないけれど。
「裏、取れました。日比谷さんは『エレメンタル・レイド』にここを紹介した事を認めました」
凄まじい速さで裏が取れたことを考えると、日比谷所長もスタンバイしていたのか、或いは、もう恭介さんにその旨の連絡を入れていたのか。
恭介さんは一旦、左手を濡らしたティッシュペーパーでこすってペンのインクを消すと、新たな文面を左手に書き込む。
ディスプレイの向こうで、さりげなく古泉さんが左手を確認しているのが見えた。
きちんと伝わっているようだ。
『……成程。どういう経緯でうちにいらしたかは分かりました。ですが、お引き受けするかを決める前に、幾つかお伺いしたいことがある。いいでしょうか?』
『どうぞ』
古泉さんは少しばかり、調子を取り戻してきたらしい。
話す調子がいつもの古泉さんらしくなってきた。
『まず、内部告発できない事情について、もう少し詳しく』
『……卑怯なようですが、一旦矢面に出てしまったら、ソウルクリスタルを治して頂けたとしても、ヒーローとしての復帰は難しいでしょうから』
『つまり、こちらは破損したソウルクリスタルが誰のものかを伏せながら訴えろ、ということですか?』
彼らのイメージの保護、しいては彼らの今後のヒーロー人生の保護の為には、そうするべきなんだろうが。
『……泥を被る役を押し付ける形になる上、やりにくくなってしまって申し訳ないのですが、できればそのように』
ヒーロー達が申し訳なさそうに、そろって縮こまる。
しかし、彼らとしては『ミリオン・ブレイバーズ』を失う事で、かなり大変な事になるのだろうし……それを助けたい気持ちは、こちらにもあるのだ。
『成程。……これは個人的な興味なのですが、何故、このような告発をしようと?』
古泉さんが、『エレメンタル・レイド』だけでなく、他のヒーロー達に対しても問いかけると、彼らは顔を見合わせながら頷き合って、どこか誇らしげに答えた。
『『エレメンタル・レイド』が、突然全員集めて、相談してきて。俺達はこのまま悪を見過ごしていいのか、って、話し合ったんです』
『私達は仲間同士を人質にされていたようなものだったんです。自分だけが犠牲になって済むのなら、もうとっくに告発していた』
『でも、やっと『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー全員で話し合って……もう全員、腹括るぞ、って決めたんですよ』
……扉の向こうから聞こえてくる会話に、茜さんが嬉しそうな顔をした。
あの時、茜さんが『エレメンタル・レイド』に言った言葉が直接のきっかけじゃないかもしれないけれど……俺達がやったことは、無駄にならなかったと、思ってもいいだろうか。
ディスプレイ越しに彼らの様子を見て、恭介さんがにやり、と笑った。
「当初とは逆になりますが、ソウルクリスタル取扱い違反は余罪として出して貰いましょうか」
「そだね。そっちのが、『エレメンタル・レイド』とかが泥被らなくて済むよね」
俺達が何故、ソウルクリスタル取扱い違反を表沙汰にしようとしていたかというと、その余罪として、ヒーローの卵たちを犬死にさせ続けた事実を引っ張り出したいからだった。
そして、何故間接的な方法を取ろうとしたかと言うと、証拠が碌に無いという事、証人になれる俺の存在が表に出てしまったら、『ミリオン・ブレイバーズ』が俺を潰しに来るだろうという事の2つが原因だった。
しかし……恐らくは、『ミリオン・ブレイバーズ』の武力とも言えるヒーロー達は、こちらに味方してくれる。
なら、少なくとも……俺が表に出たとして、潰しにくる武力が味方なのだから、俺は安全だ、という事になる。
また、証拠に関しても手引きしてくれる人が内部に居るなら、こっちも潜入しやすいし、なんなら、ヒーロー達自身に証拠を集めてもらってもいいかもしれない。
「ソウルクリスタル取扱い違反は……『くっついた方』じゃなくて、『削れた方』を持ってこられれば、証拠になる、よね」
つまり、『エレメンタル・レイド』達はそのごたごたに紛れてソウルクリスタルを治してしまえば、彼ら自身のソウルクリスタルが加工されていた事実を伏せることができる。
「よっしゃ。じゃ、私達も出よっか。叔父さんだけに任せてたらつまんないし」
「念の為、真さんと桜さんは出てこないでください。桜さんは顔が割れてたらまずいし、真さんは言わずもがななんで」
茜さんと恭介さんが、今までの俺達のやり取りを持って、応接間に入っていった。
「……真君、矢面に立つことになっちゃうかもしれないね」
「むしろ、願ったりかなったりかな」
心配そうな桜さんとは裏腹に、俺は心底楽しみだった。
「どうせだったらさ、死んだと思ってた俺が生きてて、そのせいで『ミリオン・ブレイバーズ』は潰れるんだ、ってちゃんと自覚してほしい」
性格が悪い考え方かもしれないが、俺は、俺自身を使い捨てて殺そうとした奴らに対して、そういう事をしたくなってしまう人間らしかった。
自らが粗雑に扱って、あまつさえ殺そうとした、そして多分、死んだ、と思っている相手が生きていて、復讐に来る。
その位のインパクトで、彼らに反省してほしかった。
反省で済むとも思っていないし、反省されても俺は許せないと思うけれど、それでも。
「……私も、手伝うから」
桜さんはそんな俺の心情を知ってか知らずか、いつも通り、僅かに微笑んでいる。
『……知らなかった』
『嘘、ですよね……そんな事……』
そして、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達はというと、『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィスの地下にたくさんのヒーローの卵たちが居て、彼らが使い捨てられて殺されている、という現状を知らなかったらしい。
『まさか……俺のソウルクリスタルは……』
『恐らく、ヒーローの卵たちから削り取ったものが使われているんでしょう』
中でも、『エレメンタル・レイド』のショックは大きかったらしい。
『アイディオンから得られたものを使っている、と聞いていたのに……まさか、そんな……』
彼のせいでは無いとしても、彼自身がヒーローの卵たちの使い捨ての結果になってしまっている、という事は『エレメンタル・レイド』を苦しめているらしかった。
『まあ、そう気を落とさずに。ソウルクリスタルを治す過程で彼らのソウルクリスタルも戻せますから』
恭介さんはそう、ナチュラルに嘘を吐く。
……いや、できるかもしれないけれど。
けれど……そのヒーローの卵たちはもう、死んでいるのだろうから。
『とにかく、あなた達には協力してもらわなきゃいけないから、よろしくねん。手始めに、そのヒーローの卵クン達の証拠集めと保護、だけど……あなた達がやるのはキビシイかな?』
『いや、その程度なら、こっちで何とかできると思います。……それについても、恐らくはあなた達から告発してもらう事になる。矢面に立たせてしまう以上、その位はさせてください』
しかし、妙に安心した。
『エレメンタル・レイド』をはじめとした、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達は……ちゃんと、ヒーローだった。
彼らが例え雁字搦めで身動きが取れなくなっていたとしても悪を憎むヒーローらしいヒーローだったことが、嬉しかった。