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3話

 そうしてその日の午後から、カルディア・デバイスを使った訓練が始まった。

「じゃあ、始めてください。室内はシールドが張ってあるので燃えたりしませんから」

 今日は本那さんが訓練を見に来ていた。今まで無かったことなので、少し緊張する。


 訓練の内容は、いかに上手く火を操れるようになるか、だった。

 ただ火を出すだけでなく、それを制御できなければ到底戦う事なんてできない。

 ……しかし、自分の異能のはずなのに、全然うまくいかなかった。

 火炎放射器の内部で炎を発生させて、出す、というだけの事ができない。

 制御以前の問題で、火力不足というか、攻撃として成立するのか、凄く不安な炎しか出てこなかった。

「……あの、これ、どうしても火炎放射器から火、出さないと駄目ですか」

 制限なしにただ火を出すだけなら、もう少し上手く操れるのだ。火力も出せる。

「装備デザイナーと相談して決めた事なので」

 本来、火炎放射器以外からでも火を出せる異能に制限を掛けるだけの価値が果たしてあるのか怪しいが、俺が口を出せるものでもないのだ。

 俺は指示の通り、火炎放射器から火を出せるように特訓するしかない。

 今の状態じゃ、自由自在に火を操る、なんて程遠い状態だ。

 ……俺の異能のはずなのに、まるで俺の能力じゃないみたいだ。


 それから夕方まで色々と試行錯誤してみても、結果はあまり変わらず。

 身体能力の強化に特化している為に異能が弱いケースもあるらしいが、俺の身体能力はそこまで優れている訳でもない。

 本那さんの「これはハズレだったか」みたいな視線が非常に辛い。

 ……それでも、訓練を投げるような事はしたくなかった。

 単純に成長が遅いタイプなのかもしれないし、訓練でマシになる可能性はあったし。

 ……自分で自分に見切りをつけるということが、どうも俺は苦手らしかった。




 部屋に戻ってぐったりする。

 今までしたことの無い集中の仕方をしたからか、頭が鈍く痛んだ。

 そろそろ慣れてきた、しかしまだ違和感のあるふかふか加減のベッドに倒れこんで目を閉じる。

 このままじゃ、絶対やっていけない。

 間違いなく、やっていけない。

 ヒーローとしてやっていくんだったら、シルフボードに乗って鉄パイプ振り回すレベルじゃ駄目だって事位分かる。

 ましてや、使えもしない武器を引っ提げて、殆ど攻撃力にならないような火力の炎で戦うなんて。

 ……しかし、俺の異能はこれなんだ。これでやっていくしかない。

 装備も異能ももっとマシだったら、なんて思ってもしょうがない。

 やりきれなさを抱えたまま勢いよく寝返りを打ったら、手を壁に強打した。

 鈍い痛みにうんざりしながら、ふと、隣の部屋の住人はどうしているかな、なんて気になった。

 時々物音が壁越しに聞こえるから、多分まだ生活しているのだろう。

 ……隣の住人も、思い通りにならない異能や装備に悩んだりしているんだろうか。

 それとも、そんなことも無く、順調にヒーローとして成長しているんだろうか。

 ……他の研修中ヒーローと接触していたら、俺はもっと落ち込んでいたかもしれない。




「訓練でマシになるはずだ」と自分に言い聞かせながら必死に訓練を続けて1か月。

 やればなんとかなるもので、3か月の訓練が終わる頃にはなんとか、火を操る異能で戦えるかな、位までには成長した。

 ……しかし、なんというか、単純に異能を操作するのが上手くなった、というよりは、極度の集中状態を保つ限界が伸びただけ、というか……。

 果たしてこんなので実戦なんてできるんだろうか、と不安になったが、本那さんは「いい調子ですね」と言って全く心配そうじゃないので、案外こんなもんなのかもしれない。

 俺が今までに見て憧れてきたヒーローたちも内面いっぱいいっぱいだったんだろうか。




「ところで、ヒーローネームの希望はありますか?」

 研修終了目前。

 本那さんからそう聞かれて、特にありません、と答えた。

『ヒーローネーム』はその名の通り、ヒーローとして活動する時の名前だ。

 ペンネームとか芸名とか、そういう類の名前だが、俺はこういうセンスに自信が無いので希望は出さなかった。

「そうですか。じゃあこちらで決めますので。明後日以降の実戦までには決定してお伝えします」

 そっちで決めてもらえるならありがたい。

 ……有難いんだが。

「なんですか明後日以降の実戦って」

「お伝えしてませんでしたっけ?明後日以降、Lv4から6程度のアイディオンが出現し次第の実戦になりますので」

「聞いてませんよ!」

 ……何時の間にか、俺の実戦投入が決まっていたらしい。


 いつかは実戦に出るのは分かっていたし、研修は3か月程度、とも聞いていたが、カルディア・デバイスが届くのが遅れた分、実戦投入も遅れるのだと勝手に思っていた。

 ……Lv4からLv6のアイディオン。

 今までの俺だったら回れ右の物件だ。

 シルフボードと鉄パイプによるヒット・アンド・アウェイで仕留めたアイディオンはLv3が最高で、しかも、手負いのはぐれ者を狙って勝ちに行ったんだから当てにならない。

 そして、その上を行くLv4、下手したらLv6といきなり戦闘になる訳だ。

「……俺、こんな状態でLv4以上あるようなアイディオンに勝てるんでしょうか」

 鍛える前よりは流石に成長したと思う。けれど、それが通用する気がしなかった。

「そう悲観的にならないでください。計野さんは1か月でかなり成長しています。明日、異能Lvと総合的なヒーローLvの測定があるので、まずはそれを見てください」

 ……それで、今度こそ叩きのめされなきゃいいんだが。




 3か月の生活の中で大分慣れた部屋に戻る。

 配給された食事を摂って、シャワーを浴びてからベッドに潜る。

 ヒーローとしての研修が終わって、一人前になったらこの部屋から出て別の住居に移る、なんていう話もあったけれど、この生活ももうすぐ終わるんだろうか。

 ……そういえばここ最近、隣の部屋から物音が聞こえなくなっていた。

 隣の部屋の住人はもう一人前のヒーローになってここを出て行ったんだろうか。

 それとも、まだ部屋に居るけれど、静かなだけか。

 ……考えても、無駄か。




 翌朝。

 朝食を摂ったら、まずは異能Lvの測定に向かう。

 Lvの測定の為に、また異能検査の時みたいな痛みがあるのか、と身構えていたら、そんなことは無かった。

 異能Lvの方は、装置が体の前を行ったり来たりしたらもう測り終わっていた。

 ……身構えていた分、拍子抜け、というか。いや、痛くないに越したことはないけれど。

「異能Lvは3ですね。次はヒーローLvの測定になるので移動してください」

 告げられたレベルは、最初に測った時から変わらない。

 なんとなくそんな気はしていたけれど、実際に数字として見てみるとやっぱり落ち込む。

 ……3か月で何も変わらなかった、ってことか。


 ヒーローLvの測定は体力テストみたいなものらしい。

 体力や身体能力、そして最終的には総合的な戦闘力でレベルが決定する。

 異能が弱い分、こっちで高レベルを出したい。


「身体能力がそこそこ良かったみたいですね」

 当然、カルディア・デバイスによって強化される分が異様に弱いので、ここでの数値は殆ど、俺の素の能力、という事になる。

 それでも身体能力Lv5を叩き出せた、というのは快挙だろう。

 ……ちゃんとカルディア・デバイスが働く人なら、Lv7ぐらいは珍しくないらしいが。


「という事で、計野さんのヒーローLvは、総合的に判断してLv5、ということになりました」

 そして、俺のヒーローLvは5、ということで落ち着いた。

「異能Lvと身体能力Lvを足して2で割るんじゃないんですね」

 足して2で割ったら4だから、ヒーローLvは4なんだとばかり思っていたが。

「総合的な判断、という事になりますので」

 そこら辺の判断基準がどういうことなのかは分からないが、高Lvと判断された事は素直に喜んでもいいだろう。

「それから、ヒーローネームですが、協議の結果、『ベイン・フレイム』という事に決定しましたので」

「……べいん」

 横文字はよく分からない。だからこそ、ヒーローネームを任せたわけで。

「脈の事ですよ。生命の象徴でもありますから」

 ……たったLv5なのに。しかも半分お情けでLv5っていうLv5なのに、生命の象徴って……いいんだろうか。

「名に恥じない働きを期待していますね」

「……はい」

 プレッシャーがじわじわ掛かってきたけれど、やることは同じだ。

 明日以降のどこかで、Lv4からLv6のアイディオンと交戦して、勝つ。

 ……いよいよ、俺はヒーローになるんだ。

 もう泣き言は言っていられない。




 その日の夜、とても眠れる心境じゃなかった。

 明日……いや、あと1時間足らずで『今日』になってしまうけれど……俺はヒーローとしてデビューする。

 華々しさはもう期待していない。

 間違いなく、泥仕合になるだろう。

 頭の中で幾通りも、戦い方をシミュレートする。

 ……相手が、高機動系のアイディオンだったら。

 シルフボードと鉄パイプの俺だったら、空中戦に持ち込んで、敵以上の機動力で戦えるようにするだろう。

 しかし、『ベイン・フレイム』は、そうもいかない。

 飛びながら扱えるほど火炎放射器は軽くないし、火を操るのは簡単じゃない。

 だから、『ベイン・フレイム』は、アイディオンまでの移動はともかく、戦闘中のシルフボードの使用は封印だ。

 ……慣れてきたらいずれ、とも思うが、今は俺の唯一と言っていい長所を生かす余裕すらないんだから仕方ない。

 だから……高機動の敵は、襲い掛かってきたところを、燃やす。

 その時の火力によってはそのままお陀仏だ。防御力によっては十分有効な戦法だが、俺の装備がいくら高性能だといったって、そこまでの防御力は無いだろうし、過度な期待は禁物だろう。

 しかし、基本的に待ちの姿勢になることは間違いない。

 ……後は、『避ける』訓練がどの程度の効果だったか、の実証になってしまうけれど……それしかないだろうな。


 逆に、機動力のあまり無い、重量級アイディオンだったら。

 ……これ、勝てるんだろうか。

 アイディオンの異能・装備はまちまちだ。そこはヒーローと変わらない。

 だから、滅茶苦茶防御に特化したような、一発一発の重いアイディオンにぶち当たる可能性も十分あるんだが……どうしよう。

 そういう奴らと戦うなら、高機動で攪乱するのが一番性に合ってる。

 というか、真っ向から立ち向かって何とかなる火力は無いし、防御力も不安だ。

 ……そして、俺には機動力も無い訳で。

 あるのは……あるのは、なんだろう。

 何処かに特化した訳でも無く、至って平凡……下手したら平凡以下の能力を、どう生かせばいいんだろうか。

 ……やっぱり、紙一重で避ける、という可能性に賭けるしかない、か。

 幸か不幸か、一応、俺の武器は火炎だ。

 火炎なら、『紙一重で』避ける、なんてことは難しい。

 クリンヒットしなくても、軽傷は負わせられるだろう。

 ……ただ、問題は、どこから火炎が出て来るかは相手にモロバレというか……もうタイミングで何とかするしかないか。或いはもう、ひたすら連射し続けて何とかごり押しで……。

 ……駄目だ。できれば重量級アイディオンとは当たりたくない。


 そして、これが一番厄介かもしれない。

 もし、相手が特殊能力系のアイディオンだったら。

 ……正直、どうしようもないんだよな。

 重力を弄られたりしたらもう太刀打ちできない。

 精神攻撃系にも抵抗できない。

 ……一応、精神攻撃とか、そういうタイプの攻撃に抵抗するシステムが装備に組み込まれているらしいが、アテにする程楽観的にもなれないんだよな。

 となると、こういう連中と当たってしまったら、もう、一撃でも相手に入れられるように、射程と火力を最大まで上げた火炎で攻撃し続けるしかない。

 特殊能力系の異能は強力だが、その分、身体能力の補正は少ないことが多い。

 Lv4程度の特殊能力系アイディオンなら、一撃入れられればなんとかなるだろう。

 ……となると、いかに先手を取れるか、っていう事で、するとまた火炎放射器の重量がネックに……。

 ……本当にどうしようもなくなったら。

 どうしようもなくなったら……社のイメージを傷つける、っていう事で契約違反に抵触するかもしれないが、火炎放射器を捨てて戦う事も考慮しておこう。


 それから、もし複数のアイディオンと遭遇したら……。




 考えていたら、いつの間にか眠っていたらしい。目覚まし時計の音で意識が覚醒する。

 起きて身支度をしながら、初めて、この部屋に窓が無いことを少し残念に思った。

 前の安普請アパートに住んでいた時、こういう時は窓を開けて朝の光を浴びながら外の空気を吸うのが馴染みだった。

 ……しょうがないので、換気扇の近くで深呼吸して代替、って事にした。

 ……雰囲気出ないな。しょうがないけど。




 朝食を食べて、事前に本那さんに言われていた通り、部屋で待機する。

 ……いつ、アイディオンが現れるか分からないし、今日は現れないかもしれないし。

 しかし、俺の出番は迫ってきてはいるのだ。

 緊張しながら待って、そしてそのまま昼になり、昼食を摂って、まだ待機して……。

 ……そして、いい加減緊張の糸が切れかけてきた頃、連絡が入った。

『Lv5ヒーロー『ベイン・フレイム』は直ちに出撃してください。繰り返します。Lv5ヒーロー……』

 部屋に響くアナウンスを聞いて、カルディア・デバイスとシルフボードの確認をして、すぐに移動用シャトルに乗り込んだ。




「あ、『ベイン・フレイム』さん。アイディオンが現れました。場所は端末にある通りですので」

 シャトルが着いた先はビルの屋上だった。

 そこに居た本那さんから、端末を受け取る。

「この端末を通してこちらは状況を確認します。その上で指示を出したり、やり取りしたりすることになるので、くれぐれも破損には気を付けてください」

 右腕に端末を装着して、『変身』する。

 現れた火炎放射器を上手く抱えて、シルフボードに片足を乗せた。

「アイディオンはLv6ですが、装備もいいものを揃えていますし、勝てるはずですから大丈夫です」

 ……本那さんは、装備に絶対的な自信があるらしい。

 だから想定していた中で一番高レベルなアイディオンにも勝てる、と。

 ……もう腹は決まっている。

 装備の性能が悪ければ、一撃でも食らったら即死でおかしくない。

 けれどどっちみち、俺は出陣するしかないし、だったら装備の性能を信じないと、とてもじゃないが戦えない。

「行ってきます」

 シルフボードを起動させて、屋上を離陸。

 ビル街の上空真っただ中に、落ちるように飛び込んでいく。




 落下でスピードをつけたらブーストをかけて、ビルの間を縫うようにして飛ぶ。

 シルフボードに乗るのも久しぶりだ。

 それでも、少し乗れば感覚が戻ってきた。

 無駄に背面飛行してみたりしつつ、目的地までの道程を確認。

 腕に装着した端末は、ここから大体5km先を示している。

 被害を拡大させないように、できるだけ早く辿り着かないといけない。

 体を低くして、スピードを出す。

 ……あ、これ、帰ったら装備にゴーグルをつけてもらわないと駄目だ。

 風が目に沁みる……。




 何とか目的地付近に着き、シルフボードから降りる。

 既に住人の避難は終わっているようだ。

 ここは以前、高レベルのアイディオンとの戦闘があった場所だ。だから元々廃墟に近いエリアだったが、ますますその色を深くしている。

 アイディオンは結構派手に暴れている。

 半分廃墟と化している建物の陰から窺うと、両手の巨大な半透明の長い柄の槌を振り回して建物を破壊していくアイディオンが見えた。

 何の異能か分かりやすくて助かる。少なくとも、精神攻撃とか、そういうどうしようもないタイプの異能ではなさそうだ。


 ……さて、ここからの俺はただ『ベイン・フレイム』として戦うだけだ。

 何か指示が来ているかな、と思って端末を確認したが、特に何も無い。

 戦うアイディオンの情報も、突撃の指示も、何も無い。

 自分の判断で突撃しろ、ということなんだろう。

 そして、俺が俺の判断で突撃しても大丈夫だと判断されている、という事だ。


 意を決して物陰から飛び出した。




 アイディオンがこちらに反応する。

 こちらに向かって言葉を発してくるでも無く、ただ数秒見つめて。

 酷く長く感じたその数秒は、鋭く風を切る音で動き出した。

 振り下ろされた槌を間一髪で躱す。

 頭の横を凄まじい速度でそれが通り過ぎていき、直後、もう片方の槌が横薙ぎにくる。

 それもなんとか躱したものの、連続して繰り出される槌に対して、正直俺は打つ手が無かった。

 躱す事に集中しないと一発食らいそうだが、かといって躱すことに集中していたら火炎を出す事が出来ない。

 ……端末からの指示は無い。

 このまま避け続けていても体力に限界が来て、いつかはやられるだろう。

 このままじゃジリ貧だ。打って出るしかない。


 一発、槌を躱した。

 そして、次が来るのを見越して、真っ直ぐアイディオンに向かって突っ込む。

 ずっと回避しかしていなかった奴が急に突っ込んできたことに戸惑ったのか、アイディオンの動きが少し止まった。

「そこだっ!」

 そこへ、火炎放射器から火炎を出して、アイディオンに浴びせる。

 最大火力、最大射程で。力の限り。

 当然、ここで決めるつもりだ。

 決めないと、もう勝機が無い!

 俺の意思に従って火力は増していって、アイディオンの姿は次第に、火に飲み込まれて見えなくなっていく。


 集中が切れて、火炎放射を一旦止める。

 そして、その瞬間に横から振り抜かれた槌の一撃は火炎放射器をへし曲げながら吹き飛ばした。




 アイディオンを見る。

 そこには、なんら変わらない様子のアイディオンが居た。

 ……俺の全力でも傷一つつかなかったのか。

 そして、俺は武器を失ってしまっている。

 やろうと思えば、そのまま火炎をぶちまけて戦う事もできる。むしろ、そうした方が効率はいいかもしれない。

 しかし、『ミリオン・ブレイバーズ』が求めているのはそういう事じゃないらしいから。

 ……撤退も、考えるべきか。


 ……だから、どうするべきか、判断を仰ぐべく、右腕の端末を操作する。

 端末を通して、本那さんもこの状況を見ているはずだ。

 ……しかし、端末には何の指示も届いていない。

 破損したわけじゃない。正常に動く。動くが、連絡を入れても誰も出ない。

 そして、その間にも槌の連撃は止まらない。

 早く応答してくれ、と祈りながら、ぎりぎりで槌の連撃を躱し続ける。


 そんな状態がしばらく続き、それでも応答は無くて。

 ……不意に俺の体が移動しようとする方向とは反対へ引っ張られた。

 見ると、装備……長いコートの裾が瓦礫に引っかかっている。

 そして、それを理解して対処するより先に、槌が横薙ぎに俺の体を吹き飛ばした。




 結論から言えば、装備は俺を守ってはくれなかった。

 吹き飛ばされて、瓦礫に衝突した俺の体は、言う事を聞かない。

 これでもダメージが軽減された、っていうなら、むしろ軽減されない方がマシだったかもしれない。

 きっとその方が遥かに楽に死ねただろう。

 霞む視界の端に、右腕の端末を捉えた。

 端末の画面はずっと、『calling』のままだ。

 それが何故かを考える余裕なんて、痛みに支配されて、ますますぼんやりしていく頭には無くて。


 ただ、俺はまだ死にたくないと思った。

 俺はまだ死なない。きっとまだ死なない。

 こんな……こんな死に方で、終わる訳がない。

 自分の中の自分が、『俺はまだ死なない』と、必死に訴える。

 それは浸食してきた暗闇に掻き消されていって、でも、まだ。


 暗闇に引き込まれていく意識の端で、振り下ろされる槌と……薄緑の風を、見た気がした。


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