29話
朝。
朝食の当番が俺だったので、起きてすぐに食堂へ向かう。
支度をしていると、起きてきたらしい桜さんが入ってきた。
「おはよう」
「おはよう。……真君、お願いが、あるの」
妙に引き締まった表情でいるから何かと思って聞いてみると、ある意味予想通りで、ある意味予想外な……誰かからは出るだろうと思ってはいたけれど、桜さんからこの意見が出るとは思っていなかった意見が……出てきた。
「私と、『ミリオン・ブレイバーズ』に行ってほしいの」
朝食を作る手を一旦止めて、桜さんの話を聞くことにした。
「……どんなに考えても、全員助ける方法って、無かった」
『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達を助けて、それと同時に、大量に集められて捨てられていくヒーローの卵たちを助けて、さらには『ミリオン・ブレイバーズ』を罰する。
……『ミリオン・ブレイバーズ』を罰しようと思ったら、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローが犠牲になる。
かといって、そうしなければヒーローの卵たちは殺されていく。
全てが絡み合っていて、最適解を求めようとしても、どうしてもどこかが破綻するのだ。
「でも、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーロー達は……多分、別解が、あると思う。娘さんが病気だからお金がいるなら……娘さんの病気が治ればいい」
つまり、桜さんがこれからやろうとしていることは、その『別解』を見つけて、1つ1つ、解決していく方法なのだろう。
「成程な。……別解、か。うん、確かに、それが妥協点なんだろう。全てを一度に救えないなら、ある程度は後回しにさせてもらうしかない」
朝食の席で桜さんが同じような内容を全員に話すと、全員すぐに納得した。
どこかを犠牲にしなくてはいけない、という事には全員もうとっくに気づいていたのだろう。
そして、それをできる限り減らしたいと思うのも、きっと全員同じだ。
その為に多少遠回りになったっていい。
……そうじゃなきゃ、俺達は……少なくとも、俺は、納得できない。
「……とりあえず、ヒーロー達には一斉に辞表を出してもらう事になるんですよね?そんなことしたら『ミリオン・ブレイバーズ』だって黙ってないんじゃないかと」
恭介さんの危惧する通り、幾ら辞表を出そうがなんだろうが、『ミリオン・ブレイバーズ』がそうそう彼らを手放すはずがない。
ソウルクリスタル取扱い違反の証拠をわざわざ外に逃がしてやる程、『ミリオン・ブレイバーズ』も馬鹿じゃないだろう。
……当然、解決策は……あるような、無いような。
「ソウルクリスタルを加工したヒーロー達については、ソウルクリスタルが元に戻せれば問題無く手放して貰えるだろう」
俺は多分……一度、バラバラにされたソウルクリスタルを、何故か、元に戻してしまっている。
それが何故か、と言われたら……多分、俺は俺自身に『嘘』を吐いたんじゃないだろうか。
どういう嘘だったのか、正直良く分かってないんだけれど……少なくとも俺は、自分のソウルクリスタルが破損されていたなんて知らなかったし、はっきり知ったのは新しいカルディア・デバイスを手に入れてからだったと思う。
『ミリオン・ブレイバーズ』以外の、ちゃんとした所でだったらまともな力を得られる、っていう思い込みもあったかもしれない。
……とにかく、俺で成功していることだ。
『エレメンタル・レイド』でも成功する可能性は十分にある。
「他の弱み……例えば、単純に金が要る、とかなら、無理に引き留める理由は無いだろうな。……問題は、それ以外の弱みがあるヒーローがいた場合なんだが……」
……例えば、だけれど、犯罪を黙っている代わりにヒーローにさせられている、とか、そういう類の。
……うん、それだったらもう諦めて罪を償って下さい、としか言えないんだけれど……。
「それは出たとこ勝負、ってことでいいんじゃない?いざ分かったら私がテキトーに状態異常で不祥事作ってさ、必殺弱み返ししてもいいよ?ほら、ちょっと誘惑してさ、全裸で昼間の大通りを爆走させるとか」
「茜、それは流石にやめなさい。大体、そこまでの事をさせようと思ったらお前だって投げキスだけじゃ済まないだろうに」
茜さんの異能は……キスさえできれば、およそ敵なし、というかんじの異能ではある。
勿論、強い効果を生もうと思ったら投げキス程度じゃ全然駄目で……うん、そういうことらしいから、戦闘ではほぼ使えないし、使おうとも思わないらしいけど。
敵とディープキスするのは物理的にも精神的にもきついものがある。うん、しょうがない。
……なんというか、ある意味恭介さんの異能と似てるかもしれない。茜さんの異能。
「……とにかく、ヒーロー達の弱みはなんとかしたと仮定しよう。そうしないと本当に話が進まない。……けれど、『ミリオン・ブレイバーズ』側はヒーローを手放そうとは思わないだろうな。一斉に辞表なんか出されたら、ヒーロー企業としてやっていけなくなる。そうなったら、本当に何をするか分からないぞ」
ヒーローの居ないヒーロー企業なんて、スパイス0%のカレーみたいなものだ。
もはやカレーじゃない。
カレーであろうとするあまり……ヒーローの卵たちに、もっと酷いことをするかもしれない。
「そう。……だから、真君に手伝ってもらって、私達が『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローになるの」
桜さんは、こう考えている。
『ミリオン・ブレイバーズ』がまとめてヒーローを手放せるように、ヒーローを増やしてやればいい。
『エレメンタル・レイド』達が辞表を出した直後か、その直前かに、俺達が『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローとして売り込みに行く。
……俺の『嘘』で作った、他の高レベルヒーローを連れて。
「なんとこのヒーロー、死なない。攻撃されても手足が千切れても、すぐ復活して戦える……っていうのはどうでしょうかね」
「いや、もっとさ、ドーン、でデーン、でバーンなかんじの派手さが欲しいよ。不死身、ってだけだとさ……なんかこう、地味じゃん。ほら、その点私が考えたこれなんて派手でいいじゃん。攻撃された相手は空に打ちあがって爆発して死ぬ。決め台詞は『きたねえ花火だ』」
「茜、それ、もうヒーローじゃないと思うぞ」
……ということで、朝食を終えた俺達は何をやっているかというと、『ぼくのかんがえたさいきょうのヒーロー』をひたすら考えている所だった。
『ミリオン・ブレイバーズ』が、今いるヒーロー達を手放してもいいと思えるだけの……そういう、ヒーローを俺が『嘘』で作り上げるのだ。
「キャンセルの方法だけ、考えておかないとね。じゃないとホントに最強のヒーローがうじゃうじゃいることになっちゃうし」
うっかり『嘘』を作りこんでしまったら『ミリオン・ブレイバーズ』には本当に『さいきょうのヒーロー』が所属することになってしまう。
そうなると、その次のステップ……『ミリオン・ブレイバーズ』の告発が難しくなるのだ。
どうせ戦うなら、弱い相手に越したことはない。
わざわざ敵を強化してやる必要はない。
……俺の異能は、キャンセルが簡単には効かない。
一度、それが真実になってしまったら、俺が幻影を解こうが何だろうが、それは真実のままなのだ。
それをもう一度『嘘』に戻すためには、それが嘘だという嘘を吐かなければならないのだ。
その為にも、『俺が俺の意思でキャンセルできる』ように準備した嘘を吐いておく必要がある。
ここは要検証だから、後でまた考えて試してみるとして……。
「となると、告発する内容は『ヒーローの卵の不当な扱い』になるのかな」
ソウルクリスタル取扱い違反の方は、内部に潜入して証拠が掴めれば訴えられるが……『エレメンタル・レイド』の事を考えると、下手な訴え方はできない。
……ほら、風評被害って、怖いから。
イメージの大切なヒーロー業のことだ。下手な事をしたら彼らのヒーロー人生を奪う事になりかねない。
「ここ、『エレメンタル・レイド』本人にも聞いてみたいですね。……あ」
そして、はた、と恭介さんが気づいたように顔を上げた。
「……『ヒーロー達に辞表を出してもらう』もですけど、それより前の、弱みを何とかする、の時点で……向こうのヒーローに動いてもらわないといけないんですよね。どうやって動かすんですか?」
恭介さんの言葉に、茜さんが古泉さんを見る。
「また日比谷所長に協力してもらうか?」
古泉さんが俺を見て……俺は、何も言わずに桜さんを見た。
桜さんは、こくん、と頷いて、言った。
「私と真君で『ミリオン・ブレイバーズ』まで、『エレメンタル・レイド』に会いに行くの」
俺と桜さんが持っている、『エレメンタル・レイド』とのコネクションとも言えないようなコネクション。
……ヒーローショーの会場で会ったあの時、『どこかで会えたらその時に恩返しさせてくれ』と言われたアレは、きっと……ずる無しの方法で『エレメンタル・レイド』と会って話ができる、一番有効な方法だと思うから。