28話
「考えてたより根が深かった、な」
『ポーラスター』の事務所に戻って、俺達は頭を抱えていた。
『ミリオン・ブレイバーズ』の告発は、当然そりゃそうなんだが……単純な問題じゃなかった。
『エレメンタル・レイド』他、雁字搦めになってどうしようもないヒーロー達が居て、彼らもまた、恐らくは被害者なのだろう。
「お金の問題だけは、私達もどうしようもないもんね……」
茜さんが嘆息する通り、武力と人脈なら多少助力できる『ポーラスター』が全く支援できないものの1つが、お金だった。
「『エレメンタル・レイド』も他のヒーローももしかしたら、真さんみたいに集めてこられて、その中で弱みを握りやすそうだったから殺されずにああなってるのかもしれないですね。胸糞悪いですけど」
『ミリオン・ブレイバーズ』は高レベルのヒーローが欲しかった。
けれど、高レベルのヒーローがそこら辺に転がっているはずがない。
だから、他の……真っ当なヒーロー企業は、弱いヒーローを拾って、育てて強くする。
けれど、『ミリオン・ブレイバーズ』は、弱いヒーローを大量に拾ってきて、それをつぎはぎして強いヒーローを作った。
多分、『エレメンタル・レイド』をはじめとしたヒーローたちは、それぞれ『ミリオン・ブレイバーズ』を抜けられない理由がもうできてしまっているのだろう。
彼らはこのまま、『ミリオン・ブレイバーズ』で死んでいくしかない。
……そして、彼らが死んだら、『ミリオン・ブレイバーズ』はまた、新しい強いヒーローを作るのだろう。
替えは幾らでもきくから。
……そういうスタンスで、やっているのだろうから。
腹が立つ。
どうしようもなく腹が立つ。
なのに……まとめて潰してしまおうと思えなくなるほどには、『エレメンタル・レイド』の言葉は重かったのだ。
「『ミリオン・ブレイバーズ』はともかく、『エレメンタル・レイド』については憎めないな。正義なんて一義的なものだ。大勢を救う事が正しいことだとは限らないだろうし、それを全ての人が行う義務も無い。……もし金や名声が目的だったとしても、俺達はそれを咎めることはできないだろう」
「お金を稼いで、生活していこうとすることは必要な事だから……ヒーローのあり方、なんて、私達には言えない」
古泉さんや桜さんが言う通り、例え相手がヒーローだからって、自分を蔑ろにしろとは言いにくかった。
ましてや、彼らは彼ら自身の為だけでは無く、彼らの大切な人の為に『ミリオン・ブレイバーズ』を見逃すしかないのだから。
もしそうでなかったとしても……ヒーローを生活の手段とすることを、どうして非難できるだろうか。
「でも、どーすんのさ。このままじゃ、『ミリオン・ブレイバーズ』もどうしようもないじゃん」
「『ミリオン・ブレイバーズ』からヒーロー達を切り離せればいいんだけどな……」
「どんなに彼らが被害者だって言っても、印象は悪いでしょうし。……正直、仮にソウルクリスタルが治ったとしても、彼らを雇いたがる企業は少ないんじゃないんですかね」
恭介さんの意見は、厳しいけれどそれが現実なんだろう。
いくらレベルが高かったとしても、問題を抱えたヒーローを雇いたがる所は……余程の物好きだろう。
「ねえ、叔父さん。うちで雇っちゃ駄目なの?」
「おいおい、茜、うちが赤字すれすれ低空飛行なのは知ってるだろう……20人も雇う余裕は流石に無いよ」
そして、物好きな所は大抵、赤字すれすれ低空飛行なのだ。
「……お金だけが、彼らの弱みとは限らないから……難しいね」
彼らがどんな弱みを握られて『ミリオン・ブレイバーズ』に居るのかが分からない以上、俺達が下手に動くわけにもいかない。
「一番いいのは『エレメンタル・レイド』達が動いてくれる事なんだろうけど」
「彼らは彼らで、お互い縛りあってる状態らしいからなぁ、期待はできないだろう」
そうでなかったらきっと、『エレメンタル・レイド』はとっくに動いている。
それができないから……彼はきっとあんなに、苦しんでいたんだろう。
「……あー、駄目だ。私、もう寝る!寝て起きたらいい案浮かぶかもしれないし!」
お休み!と、とてもこれから寝るとは思えない吹っ切れ方で茜さんが部屋に戻ると、特に何も言わずに恭介さんも席を立って部屋へ戻っていった。
「……さて、俺は風呂がまだだから入ってくるよ」
そして、古泉さんも行ってしまうと、俺と桜さんだけが取り残された。
「……俺も、寝ようかな。桜さんは?」
重い空気の中2人きりでいるのも気まずくて、そう言うと、桜さんは俺の方を見て、ゆるり、と頷いた。
「うん。私も、もう寝る……けど……」
しかし、俺の方を見ていた目は、ゆるゆると宙を彷徨い、言葉の端を溶かしてしまう。
形にならずに空気に溶けてしまった言葉に引きとどめられてその場を去れずにいると、桜さんはそっと、俺を窺うようにして尋ねた。
「真君。……聞いても、いいかな」
「……うん」
「真君は、なんでヒーローに、なろうと思ったの?」
薄暗い中できらりと強く光るような桜さんの目に強く見つめられて、なんとなく目を逸らしながら言葉を選んでいく。
「……1つは間違いなく、金の為だよ」
しかし、そんな俺の回答にも嫌悪感を示すでも、失望したようにするでも無く、桜さんは続きを促すようにやはり俺を見ている。
「俺、知ってるかもしれないけど、いわゆる孤児でさ」
「……アイディオン?」
「うん」
原因なんて大体がそれだろうし、特に突っ込みどころでも無い。
「……それで、良くある話だけど、中学校出て、高校に通おうと思ったら金が無いんだよな。ただ生きていくだけなら高校なんて行かずに働けばそこそこ普通に食っていけるけど、それはなんか嫌で。……でも、高校に通いながら金稼ごうと思ったら、今度は時間が無くなるんだ」
高校1年の時は、勉強してバイトして、食って、寝て、ついでに授業中も寝る、みたいな生活だった。
今考えても不健康極まりない。
「……でも、高校1年の冬過ぎた頃、かな。……かなり無理して、シルフボード、買っちゃって。……凄く楽しかったけどな。慣れたら移動時間が半分ぐらいになった分、時間のゆとりはできるようになったし、何より、乗ってるのは凄く楽しかった。でも、まあ、体の方は結構ガタが来てたらしくて……交通事故、起こしちゃったんだよ」
桜さんの顔が不安げな色に染まる。
うん、でも、大丈夫だ。
「……アイディオンと」
「……へ」
今思い出しても、心臓が凍るような思いだ。
シルフボードに乗っていて意識が飛ぶなんて普通ありえないのに、その時は夜勤明けで疲れ切っていたからだろう。
うっかり意識が飛んで……そのまま、明け方の町に現れたLv2のアイディオンに向かって、全速力で突っ込んでしまったのだ。
「……大丈夫、だったの」
「うん。ぶつかる寸前にぎりぎり、正面衝突は避けた。接触事故にはなったけど。……その時、持ってた鞄に紙の辞書、入っててさ」
なんとなく察したらしい桜さんが、珍しい表情をしている。
「それがアイディオンの頭部を丁度強打しちゃって、打ち所が悪かったらしいアイディオン、そのまま倒れて……倒れた先に、尖った石か何かあったんだったかな。それで頭打って、そのままアイディオン、撃破」
「……うん」
少し顰めた顔で桜さんはちょっと俯いた。
……笑うのを堪えているらしい。
「あとはお察しだけどさ、そのソウルクリスタル持ってヒーロー協会行ったら、そこそこのお金になっちゃってさ。……それに味をしめて、俺はLv1や2のアイディオンを倒して稼ぐようになったんだ」
アイディオンを倒すのは、実は、倒したことが無い人が考えているよりは簡単な事だ。
殴って、殴って、殴って、ひたすら殴ればいい。
Lv1や2なら、それで済む。
多分、喧嘩が強い人なら、素手でもいけるんじゃないだろうか。負傷覚悟になるだろうけれど。
「それで……それやってたら、『ミリオン・ブレイバーズ』からスカウトされて、ヒーローになった。自分で弱いアイディオン狩ってるより、金になりそうだったし……そもそも、多分、それより前から、俺はヒーローになりたかった」
単純な、憧れだ。
人を助けたい、とか、悪い奴をやっつけたい、とか、そういう目的以前のもの。
ヒーローという、幼かった俺から見たら単純で、強くて、カッコいい存在を見て、自分もそういう存在になりたい、と思った。
そんな憧れを抱いた子供は、きっと俺だけじゃなかったはずだ。
それをずっと胸の奥で燻らせている人と、そうじゃない人が居るだけで。
「2つ目の理由があるとしたら、それなんだよな。明確な理由も無く、ただ憧れた、っていうだけで」
単純で、幼い理由だ。
ヒーローというものが、案外単純じゃなくて、そんなに強くなくて、割と泥臭い職業だ、という事が分かってからも憧れ続けてしまった、というだけの。
たったそれだけの理由だ。
きっと、この憧れを捨てられる人の方が、色々な事が上手くいくような気がする。
だけど俺が捨てられなかった……大切な物の1つでもある。
「……うん、それだけ、なんだ。なんかごめん」
改めて話してみれば、大した理由でもない。
つまらない話をしてしまった事を桜さんに詫びると、桜さんはゆるゆる、と首を横に振った。
「ううん。……話、聞けてよかった。ありがとう。引き留めて、ごめんなさい」
おやすみなさい、と挨拶して、俺はその場を離れる事にした。
おやすみなさい、と、桜さんからも返ってきて……部屋に戻ろうと、数歩、歩いた時。
「……私も、同じだよ。ヒーローって、かっこいい、よね。憧れ……うん、憧れ、だよね」
桜さんの声に振り返ったら、桜さんは泣いたような笑ったような、そんな顔をしていた。
俺が戸惑っていると、桜さんは、おやすみなさい、ともう一度言って、桜さんの部屋へ入っていった。




