27話
「……真っ黒ですよ。よくこんなに加工したソウルクリスタルで活動できてるな……」
結果が出たらしい恭介さんが、渋い顔でPCのディスプレイを見ていた。
「合成されたソウルクリスタルは88。本人のソウルクリスタルは全体の4%に満たない。……ありえない」
恭介さんは憎々しげにぼやきながら、データのバックアップを取っている。
ここのPCに残していく分の他に、恭介さん自身のメモリカード2つにデータを入れて、1つは恭介さんが持ち、もう1つは古泉さんに預けておくらしい。
……万一の事を考えて、という事だそうだ。
「で、どうします、真さん。俺としては茜さんに誘惑してもらった方が勝算が高い気がしますけど」
確かに、茜さんに誘惑してもらって言う事を聞いてもらう、というのは1つの手だろう。
「でも、それやっちゃったら、こっちが手を出した、って明確な証拠になっちゃうじゃないですか。……とりあえず、俺が説得してみます。それで駄目だったら……その時、っていうんじゃ、駄目ですか」
甘いだろうか。
説得できる、と思う事が。……或いは、説得しよう、と試みることが。
「んにゃ?いいと思うよ。私はそれで賛成、って事で。恭介君は?」
「泥被らなくて済むならそれに越したことはないと思うんで、それで」
やはり俺同様に甘い2人に感謝しながら、『エレメンタル・レイド』を起こすまでの間、どうやって説得するか、頭を捻ることになったのだった。
「『エレメンタル・レイド』さん、お疲れ様でした。検査は終了しましたよ」
茜さんが『エレメンタル・レイド』に声を掛けて、揺すって、起こす。
「……ん……えっ」
そして、気づいたらしい『エレメンタル・レイド』ががばり、と起き上がり、困惑した様な表情で辺りを見回している。
「大丈夫ですか?」
「え、あの……検査、って……」
『エレメンタル・レイド』の顔色が悪くなる。
そりゃそうだ。これがばれたら処罰ものだ、という事は彼自身、恐らくは分かっているはずだろうから。
さっき検査を断ろうとしたのもそういう事だったんだろう。
「……もしかして、また記憶が飛んでらっしゃいますか?」
「……はい」
とりあえず、でしょうね、と、頷いてみせる。
「『エレメンタル・レイド』さん」
「はい」
少し、迷ってから恭介さんに席をはずして貰うように目で頼んだ。
2対1になってしまうと、『エレメンタル・レイド』を騙しても嘘の多数決で無効になってしまう可能性がある。
茜さんと恭介さんだったら、茜さんにこの場に居て貰った方がいいと判断した。
恭介さんも察してくれたらしく、何気なく席を立って部屋を出てくれた。
それを見届けてから……今まで言い淀んでいたようなふりをしつつ、『エレメンタル・レイド』を追い詰めるために、言葉を選んでいく。
「『エレメンタル・レイド』さん。あなたは、検査の結果をもう知っているのではありませんか?」
「あなたの記憶障害も、もしかしたらソウルクリスタルの加工によるものかもしれません。あなたの中には今、ソウルクリスタルの異常を訴えるあなたと、それを隠そうとするあなたがバラバラになって存在してるんじゃないでしょうか」
思い当たる節があるはずはない。
そんなものがあるとすれば、嘘で作られた記憶の破断面だけなのだから、『エレメンタル・レイド』はそんなものを自覚できるはずがない。
「……そう、なのかもしれません」
けれど、彼もまた良識のある人であったが故に、自分を外から見る、という事が出来てしまうらしかった。
不憫な。
「何故、あなたはソウルクリスタルの加工を隠そうとしているんでしょうか?あなた自身の保身の為とは思えないのですが」
……恭介さん曰く。
ソウルクリスタルの加工・故意の破損は罪だが、加工されたソウルクリスタルを使用する事については罪では無いのだそうだ。
法の抜け穴、と言うべきだろうか。
……当然、そこには『不可能だから』という常識があるからなんだろう。
加工したソウルクリスタルで変身して、ヒーロー活動できるなんて、普通だったらありえないのだから。
「……『ミリオン・ブレイバーズ』のためですか」
口を噤んだままの『エレメンタル・レイド』にそう尋ねれば、明らかに反応があった。
「あなたは……ヒーローを続けるためにはもう『ミリオン・ブレイバーズ』に居るしかないから。そういうことですか」
そして、そう続ければ……少しの沈黙の後で、はい、と、肯定が返ってきた。
『エレメンタル・レイド』は、故意か、或いは、『ミリオン・ブレイバーズ』が勝手にやったのかは分からないけれど、自身のソウルクリスタルを加工されてしまっている。
だから……本当なら、真っ当にヒーロー業を続けていくのは、もう難しいはずだ。
あの『発作』を見ればわかる。
……だから、『エレメンタル・レイド』がヒーローを続ける為には、もう『ミリオン・ブレイバーズ』でやっていくしかない。
『ミリオン・ブレイバーズ』が廃業したら、もう行くあてが無いのだ。
他のヒーロー企業に売り込みに行ったって、『発作』持ちじゃあ拾ってもらうのは難しいだろう。
『エレメンタル・レイド』が陥っているジレンマは、こういう事なのだ。
告発しようにも、もう自分のソウルクリスタルは加工されてしまった。後には戻れない。
ヒーローとして活動していくためには、黙って、『ミリオン・ブレイバーズ』に居るしかない。
……酷い話だと思う。
ソウルクリスタルを加工される苦しみは、どんなものだったんだろうか。
恐らく俺は、『ミリオン・ブレイバーズ』で検査と偽ってソウルクリスタルを削り取られた。
あの時の苦しみは忘れられそうにない。
『エレメンタル・レイド』が味わったのは、あれ以上の苦しみだったんだろうか。
「……『エレメンタル・レイド』さん。1つ、提案があります」
でも決して、これは同情からの提案じゃない。
これが、俺が嘘を吐く上で、最上の手段だと判断したからだ。
「あなたのソウルクリスタルを、治しましょう。そうすれば、あなたは『ミリオン・ブレイバーズ』を告発できるはずだ」
「そんなことが」
「ここがどこかお忘れですか?ソウルクリスタル研究所です。ここだけの話ですが、つい先日、バラバラになったソウルクリスタルを元に戻すことに成功しました。あなたのソウルクリスタルも治せる可能性があります」
明らかに、『エレメンタル・レイド』が、揺れている。
ソウルクリスタルを治せれば、ヒーロー業を続けられる。
『ミリオン・ブレイバーズ』を潰してしまっても、他所でも拾ってもらえる可能性が高い。
「……ソウルクリスタルを治したら、俺の異能は……?」
「当然、今よりは使い勝手が悪くなると思います。使えるエレメント系の属性は減るでしょう。しかし、このままではあなたの命すら危険です」
暫く、場を沈黙が満たした。
……『エレメンタル・レイド』は、自分の命と正義とを、異能の弱体化と天秤にかけて迷っているんだろうか。
なんとなく、違う気がした。
けれど、それを俺が考えるには、沈黙は少し短かった。
「……ごめんなさい。やっぱり、この結果は内密にしてください」
『エレメンタル・レイド』は、そう結論を出した。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
尋ねると、『エレメンタル・レイド』は目を伏せて、悔しそうに、悲しそうに話し始めた。
「『ミリオン・ブレイバーズ』には他のヒーローたちが……仲間が、居るんです。『オーラ・クイーン』や、『インフィニティ・プレッシャー』……それ以外にも、20人程度の、ヒーローが活動しています。……彼らがソウルクリスタルを加工されているのか、そうでないのかは分かりません。でも、『ミリオン・ブレイバーズ』が潰れたら彼らは……」
……ソウルクリスタル以外にも、何らかの弱みを握られている可能性は高かった。
それをなんとなく察しているからこそ、『エレメンタル・レイド』は……『ミリオン・ブレイバーズ』という泥沼から脱せずにいる。
そこに仲間を残していくことができないから。
「ごめんなさい。俺には、失うものが大きすぎる」
『エレメンタル・レイド』の悲痛な声は、小さく、けれどはっきりと検査室に響いた。
「……さっき、質問してきた男の子に対して、『人を助けてあげたい、人の役に立ちたい、っていう思いがあれば誰でもヒーローになれますから、君もそういう人になってください』って、言ってたじゃないですか。あなたは、ヒーローでしょう?」
俺が何も言えずにいると、堪りかねたらしい茜さんが喋り出した。
「あなたがここで告発しなかったら、もっと多くの人が『ミリオン・ブレイバーズ』に苦しめられるのよ?」
茜さんの言葉に、『エレメンタル・レイド』は項垂れて、苦しそうに緩く頭を振った。
「……それでも俺には、できません。苦しんでいる仲間を見てしまったら……そんなことは、もう。……駄目なんです。金が、無いと……『インフィニティ・プレッシャー』は病を抱えた娘さんがいる。『オーラ・クイーン』は、借金の肩代わりをしてしまって、やっぱり金が要る。今、彼らを路頭に迷わせるわけにはいかないんです」
流石の茜さんも、あまりの重さに口を噤んだ。
「俺は所詮、ソウルクリスタルを加工してなんとかやっているヒーローなんです。俺には俺の近くに居る人を守る力しか、ないんです」
……微かに『エレメンタル・レイド』の嗚咽が漏れ聞こえる検査室は、ひたすら空気が重かった。
「……すみません。お世話になりました。……検査の結果は、ご内密にお願いします」
暫くして落ち着いたらしい『エレメンタル・レイド』は、暗い面持ちでそう俺に伝え、それから少し言い淀み、けれど続けた。
「もし、そちらが無断で結果を公表するような事があったら、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローとして、ここと敵対することになるでしょう」
決意は固いらしい。
彼はこのまま、仲間達と泥沼で心中するつもりなのだろう。
失礼します、と、『エレメンタル・レイド』は検査室を出ていく。
茜さんがそれに精神攻撃を仕掛けることは無かった。