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26話

「どうぞこちらへ」

 拍手が会場を埋め尽くす中、困惑している『エレメンタル・レイド』に笑顔で椅子を勧める。

『エレメンタル・レイド』はちらり、と会場の観客を見て、それから満面の笑みを浮かべた俺を見て……すぐに困惑した表情を笑顔で覆い隠して、椅子に座った。

「本日はどうもすみません。当初予定していたよりも大人数になってしまって……」

 申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべれば、『エレメンタル・レイド』も愛想笑いで誤魔化してくる。

 恐らく、さぞかし混乱している事だろうと思う。申し訳ない。


「では時間の事もありますし、早速『エレメンタル・レイド』さんにお伺いしたいと思います」

 このまま『エレメンタル・レイド』に考える時間を与えてしまうよりは、どんどん流して行ってしまった方がいいだろうと判断して、マイクを『エレメンタル・レイド』に手渡しつつ、会を進行させる。

「では、『エレメンタル・レイド』さん。『ミリオン・ブレイバーズ』のLv10ヒーローとしてご活躍なさってらっしゃる『エレメンタル・レイド』さんですが、ヒーローになろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか」

 ちなみに、俺が出す質問はある程度は予め考えてある。

 ……そりゃ、こっちが詰まっていたら話にならないし。

「きっかけ、ですか。そうですね……」

『エレメンタル・レイド』は突然の展開に頭が追い付いていないだろうに、余裕を持った笑顔を浮かべながら、少し考える素振りを見せる。

「まだ小学生ぐらいの頃、ですかね。あるヒーローに助けてもらった事があったんです。その時に、ああ、かっこいいな、って思って。俺もああなりたいな、と思って……多分、それがきっかけだったんだと思います」

 そして、この回答と、この笑顔。

 流石、と言った所か。

「成程、小さい頃の体験が基になってらっしゃるんですね。……今や『エレメンタル・レイド』さんご自身が子供達どころか、大人も含めて人々の憧れになっていらっしゃいますが」

「ははは、そうなれていたら嬉しいですけど」

 照れたような表情を浮かべる『エレメンタル・レイド』は、真っ当な一人のヒーローに見える。

 ……少なくとも、自らの意思で、ソウルクリスタルの加工をするような人には……いや、人が見た目で判断できない事は分かっているけれど。

「またまた、ご謙遜を。……では、次の質問に移らせていただきます。我々にとってヒーローのお仕事というのは少し縁遠いものでして。……『エレメンタル・レイド』さんは普段、どのようなお仕事をしてらっしゃるんでしょうか?」

 俺の質問に会場の小学生が反応して、「悪い奴をやっつけるんだよー」「そんなことも知らないのー」と、可愛い野次を飛ばしてくる。

「そうですね。悪い奴をやっつけるのもヒーローのお仕事ですけれど、悪い奴はいつも出て来る訳じゃないんです。だから、悪い奴をやっつけるだけじゃないくて、他にも悪い奴に壊された街を直したり、皆さんを元気にするようなお仕事をしたりしていますね」

『エレメンタル・レイド』の回答に、小学生達は興味深そうに聞き入る。

 それを『エレメンタル・レイド』は微笑ましげに見ている。……子供が好きなのだろう。




 ……そうして、会は恙なく進行していった。

「では、ここで質問役を会場の皆さんにバトンタッチしたいと思います。『エレメンタル・レイド』さんに質問したい人―……じゃあ、そこの君」

 俺の台詞を待ちわびた、とばかりに手を挙げた少年にマイクを届けると、やや緊張した様なその少年は、『エレメンタル・レイド』に、こう問うた。

「あの、僕、『エレメンタル・レイド』みたいなヒーローになりたいんです。どうやったらなれますか?ヒーローって、誰にでもなれる訳じゃないんですよね」

 その言葉に、一瞬、『エレメンタル・レイド』の表情が曇った。

 しかし、すぐにその表情は何事も無かったかのように優しい笑顔に戻り……少し考えてから、こう返した。

「そうだね。まずは、いっぱい遊んで、いっぱいお勉強して、いっぱい食べていっぱい寝ることだね。ヒーローは体力の要る仕事だから」

 ある意味、月並みで『優しい』回答をした後、そこでまた、少し口を噤んで……迷うようにゆっくり、でも確かな声で、『エレメンタル・レイド』は続けた。

「……それから……そう、だね。確かに、ヒーローは誰にでもなれるお仕事じゃ、ないね。でも、ヒーローって、多分……仕事だけじゃないと思うんだ。誰かを助けられるような……誰かにとってのヒーローになら、誰でもなれます。人を助けてあげたい、人の役に立ちたい、っていう思いがあれば、誰でもヒーローに、なれます。だから、君もそんな人になってください」

 そんなある意味『優しくない』、けれど真摯な回答に、少年は力強く頷いた。




 それからも幾つか子供たちの質問を拾って、会はお開きとなる。

「では、そろそろお時間になりますのでここでそろそろお別れの時間となります。それでは皆さん、お忙しい中来てくださった『エレメンタル・レイド』さんに盛大な拍手をどうぞ!」

 会場が割れんばかりの拍手に包まれる中、日比谷所長と俺に誘導されて『エレメンタル・レイド』は会場を出る。

 ……ここからが本番だ。

 さて、上手くいくといいけれど。




「いや、どうもすみませんね。うちの所員の為にお時間を頂いてしまって」

 にこにこ、と人の良さそうな顔を浮かべる日比谷所長に、いえ、とかなんとか、曖昧な返事で『エレメンタル・レイド』が誤魔化した。

 恐らく、インタビュー会で忘れかけていた混乱がまたぶり返してきているんだろう。

 世間話をしつつ、俺達は検査室の前に辿り着いた。

「じゃ、あとは中に居る所員とこちらの彼がやりますので。途中でご気分が優れないようならお申し出ください」

「え、あ、はい」

 困惑する『エレメンタル・レイド』を誘導して、部屋の中に入れると……よく分からない機械類が並び、そこに伊達眼鏡とマスクと白衣の恭介さんと……黒くて長い髪を首の後ろで括った、眼鏡の化粧っ気の無い女性が……え、まさかこの人、茜さんだったりするんだろうか?

 思わずまじまじと見つめてしまうと、恭介さんが『エレメンタル・レイド』に何かの説明をしている間にそっと素早くウインクを飛ばしてきた。

 ……茜さんらしい。

 古泉さんの言っていた『茜は180変化ぐらいするから』は本当らしい。


「……検査自体は30分程度で終了しますので。……では、こちらに横になって下さい」

 恭介さんの説明が終了したらしいが、『エレメンタル・レイド』は動かない。

「……『エレメンタル・レイド』さん?」

 恭介さんが困惑したように様子を窺うが、『エレメンタル・レイド』自身も困惑したように、やはり動かない。

 ……視界の端で、茜さんがGOサインを出す。

 俺の出番か。

「あの……『エレメンタル・レイド』さん、もしかして……記憶が飛んだり、してらっしゃいますか」




 俺がそう言うと、『エレメンタル・レイド』ははっとしたように俺を見て、項垂れた。

「……はい。さっきの会場に入る前の記憶が曖昧で……」

「それ以前に似たような症状は?」

「……ここに来る、という約束をした記憶が、無いんです」

 そりゃそうだ。そんな事実は無いんだから。

 しかし、それを顔に出さず、俺は困惑した様な表情を浮かべる茜さんと恭介さんと顔を見合わせて……気まずげに、言葉を選んでいく。

「それは……ソウルクリスタルの異常ではなく、もっと別の原因かもしれませんので、検査後に専門の医者にかかられることをお勧めしますが……ええと、とりあえず、ですね。『エレメンタル・レイド』さんは2週間ほど前に、こちらに連絡を下さいまして、こちらでのソウルクリスタルの検査をご希望なさいました」

 俺が、ですか、と、『エレメンタル・レイド』は驚いたような表情を浮かべる。

 恐らく、だが……彼自身、もう、異常には原因を含めて気づいているのだろう。

 だから、それを隠そうとしている。

「はい。そして、その際にうちの所長が……『折角だからちょっと所員にサービスしてやってくれないか』と……無遠慮な事を……すみません」

 申し訳ない、頭を下げると、『エレメンタル・レイド』自身も困惑したように、しかし納得してくれたらしい。

「そう、ですか。……ははは、参ったな、全然覚えてないんです」

「今日の検査関係以外に、記憶に乱れは?」

「……自覚している分には、無いと思うんですけれど……俺が気づいていないだけかもしれません」

 記憶の欠損なんて、今回みたいな状況にでもならない限り、自力では気づきにくいかもしれない。

 ましてや、ずっと自分の部屋に居るような状況なら、尚更。

 だから騙しやすくて助かる訳だが……不憫でもある。

「では、とりあえず検査を始めましょう。異常が見つかれば、それの対処もできるかもしれません」

 どうぞ、と、恭介さんがさっき示した機械の上を示す。

「……そのこと、なんですが……」

 しかし、『エレメンタル・レイド』は申し訳なさそうに、重く言葉を紡ぎ始め……。

 ……急に、がくり、と体の力を失い、恭介さんに支えられた。

 驚いて様子を見てみると……寝ていた。

「あっは、ごっめんごっめん。なんかお断りされそうだったからまた記憶飛んでもらっちゃった」

 茜さんが、仕事をしたらしい。

 そっと、俺と恭介さんで親指を立てておいた。




 そして、定期的に茜さんが投げキスしてより深く『エレメンタル・レイド』を寝かしつけ、恭介さんが『エレメンタル・レイド』のソウルクリスタルの解析を進め、俺は所内の時計を直しにかかった。

 検査は小一時間で終わるが、『エレメンタル・レイド』には3時間程度、寝ていてもらう。

 そして、小一時間で検査が終わった、という報告と共に起こして、時間のつじつま合わせをする。

「でも、どうするんですか。結果が出たとして、それをどうするかは『エレメンタル・レイド』の意志を尊重しなくちゃいけない」

 そして、俺達の計画はここで途切れていた。

 結果が出て『エレメンタル・レイド』のソウルクリスタルが加工されているものだという証拠が手に入ったとしても、『合意の上で』検査をしているという建前上、『エレメンタル・レイド』の意志を無視して公表するわけにもいかない。

 いざとなったら、『ポーラスター』がソウルクリスタル研究所を襲って『エレメンタル・レイド』のソウルクリスタルの検査結果を盗みだした、という筋書きにしてもいいが、それはできればやりたくなかった。

「それは俺が何とかします」

 ……でも、勝算は、無くはない。

『エレメンタル・レイド』に、告発を認めてもらえばいいだけだ。


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