25話
「……では、挨拶はここらで切り上げるとして、これより『エレメンタル・レイド』さんにご登場頂こうと思います!皆、準備はいいかな!?では、『エレメンタル・レイド』さんです、どうぞ!」
カモフラージュの為、伊達眼鏡をかけて白衣を着た俺はマイクに向かって元気よく言いながら……『エレメンタル・レイド』の幻影を生み出す。
そして、その幻影を、ソウルクリスタル研究所の暇な所員も暇じゃない所員も含めた総勢30名と……その家族、『エレメンタル・レイド』の話を聞きたい子供達……総勢100名余りが、目撃した。
そして、彼らは当然、そこに『エレメンタル・レイド』が居る、と思い込んで疑わない。
……だからきっと、『エレメンタル・レイド』は今、突如、拍手の渦の中、目を輝かせた小学生達の前で、立ち尽くしていて混乱しているだろう。
時間は数日程、遡る。
『は?10人だって?そんなケチくさい事は言わずに、20人位使いなさい。……で、何に使うのかな?』
結局、そんな太っ腹なことを言ってくれた日比谷所長のお言葉に甘えることにして、俺達は細部の打ち合わせの為にソウルクリスタル研究所に出向いた。
そして、そこで……架空の、『エレメンタル・レイド』の講演会か何かの計画を企てることにしたのだ。
「……成程な。つまり、カルディア・デバイスでは無く、もうヒーロー自身を連れてきてしまえ、という事か」
カルディア・デバイスは如何せん、小さい。
だから、多くの人目に付かせて、多くの人に信じさせる事は難しい。
けれど、『エレメンタル・レイド』自身はヒーローになってまだ日が浅い割にメディア露出も多く、顔を見れば一発で『エレメンタル・レイド』だと分かる。
つまり、幻影を出せば一発で多くの人を騙して、『嘘を本当に』できる。
それが『エレメンタル・レイド』自身についての嘘を吐く最大のメリットだった。
「当然、デメリットは……抵抗されることだろうな」
しかし、カルディア・デバイスを作り出してしまうならともかく、ヒーロー本人を連れてきてしまう、となると……どうしても、そのあたりの危険はあった。
『エレメンタル・レイド』にしてみれば、いきなり知らない場所に移動してしまうようなものなのだ。
警戒するなという方が無理だろう。
「……ま、それの対策は簡単だよ。彼もヒーローだからな。目の前に自分に憧れる子供たちが居たら、暴れるに暴れられないだろう。ましてや、別に敵対する相手が居る訳でも無く、和やかな雰囲気だったら、な」
「……日比谷さん、何考えてるんですか」
嫌な事考えてませんか、と、恭介さんが嫌そうな顔をしながら日比谷所長の言葉の続きを待つと、日比谷所長はにやり、と笑って、こう続けた。
「ソウルクリスタル研究所は、以前『エレメンタル・レイド』のカルディア・デバイスのメンテナンスを善意で行ったお礼として、『エレメンタル・レイド』自身のご好意で講演会を開催することになった、というのはどうだろうか」
「所員の家族、子供、何なら近所の小学生……辺りまで呼べばいい線行くと思うがね」
「観客を騙される人として使う、って事ですか?」
確かに……『エレメンタル・レイド』の立場からすると、いきなり会場に居て、いきなり拍手の中に居て、そして観客の期待の視線に晒される……という訳だ。
観客は『エレメンタル・レイド』の登場を疑いもしない。
自分以外が全員正常に見えるような、そんな状態なら、まず一番最初に『エレメンタル・レイド』は彼自身がおかしいのだと思うだろう。
ましてや彼は、カルディア・デバイスおよびソウルクリスタルに不調を抱えているのだから。
そして……子供たちの期待の視線に晒されながら慌てられる程、『エレメンタル・レイド』のプライドは低くない、という事に賭ける。
この作戦は、そういうことになるだろう。
「『エレメンタル・レイド』、かわいそー。気づいたらいきなり知らない場所に居て、いきなり講演しろ、っていう流れになってるんでしょ?うわ、怖っ」
「講演会っていうより、インタビュー会みたいにした方が『エレメンタル・レイド』にとっては親切かもしれませんね」
茜さんが身震いすると、恭介さんがそんなアイデアを付け加えた。
確かに、『エレメンタル・レイド』が可哀相だから……うん、インタビュー会とかにした方がいいかもしれない。
何の準備もしていないのに、いきなり講演しろとか言われたら、俺だったら、絶対嫌だ。
「……でも、ここで講演会、なんてやったら……ここに、迷惑がかかっちゃう」
割とアイデアがまとまってきた頃、桜さんが心配そうに、発言した。
「『ポーラスター』が狙われるだけなら平気。私達はヒーローだから。……でも、ここは違うから……」
……桜さんの言う事は分かる。
確かに、それがネックだった。
『ミリオン・ブレイバーズ』としても、零細ヒーロー事務所よりもソウルクリスタル研究所の方が潰しづらいだろうけれど、だからと言って、ここが絡んだとばれたら、ここを……何も知らない所員まで、巻き込んでしまうだろう。
「ああ、それなら全く問題ない。何かあったら遠慮なく計野君のせいにさせてもらうからね」
……しかし、日比谷所長はけろっとした顔でそんなことを言った。
「計野君の異能は公表されていないだろう。どんな異能だと偽っても問題ないはずだ。ましてや、現象だけ取り上げたならまずそれの真偽は問えない。だから、計野君がソウルクリスタル研究所を操って利用した、なんていうストーリーになったとしても信じざるを得ないし、そうなれば私達は遠慮なく被害者面ができるからね」
日比谷所長はつらつらと、傍から聞いたらきっとかなり酷い事を並べ立てていく。
けれど、それは俺達にとってはむしろ有難いことこの上ない。
「……ま、その心配も無いと思うがね。『ミリオン・ブレイバーズ』に対しては、『エレメンタル・レイド』から了承を得た、と言い張れば問題ないだろうし、その『エレメンタル・レイド』はソウルクリスタルの不調から自分の正気に自信が持てない訳だ。『エレメンタル・レイド』がオフの時を狙えば尚更だな」
……成程。
恭介さんの、師匠なわけだ。
「じゃあ、流れはこんなんでいいですかね」
恭介さんが何時の間にか書記をやっていたらしく、ノートPCの文字が並んだディスプレイを見せてくれた。
……まず、俺達は『エレメンタル・レイド』のオフの日を探して、そこに決行をぶち込む。事前準備とかもあるから、そんなに近いうちにはできないけれど……内輪だけの簡単なイベント、というように位置づければ、そこまで遠くなくても不自然じゃないだろう。
そして、その間に俺達は根回しをする。
まず、ここの所員に『エレメンタル・レイド』が来ると伝え、できればここの所員全員をここで騙す。
……1つ、ここに不安要素があるとすれば、俺の『嘘』がどこまでの範囲で有効か、という事だ。
俺が『嘘』を吐いた相手から伝聞で嘘を聞いた人には有効なのか、そうでないのか。
そのあたりのラインがイマイチ分からないので、当然そこはカバーできるようにしなければいけない。
だから当日、会場で、俺が始まりの挨拶を始めとした司会を務める。
そこでもう一度、会場の全員に対して『嘘』を吐く。
これで会場に集まった所員と……その家族も、全員騙す。
そして、『エレメンタル・レイド』を連れて来るのだ。
……申し訳ないが、そこで『エレメンタル・レイド』には司会者からの幾つかの質問に答えてもらい、その後で子供達からも質問を受け付ける、という事にする。
多分、『エレメンタル・レイド』もヒーローだから、そこでしくじるという事は無いと思う。
一応、『エレメンタル・レイド』が瞬間移動した、という事にならないように、会場内には観客から見えないような位置に時計を設置して、その時計の時刻を早めておくことも忘れない。
そうすれば『エレメンタル・レイド』は、彼自身の意識の外で会場まで来た、という設定が作りこめる。
……会自体は小一時間で切り上げて、そして、拍手と共に『エレメンタル・レイド』は退場。
そして、その後『エレメンタル・レイド』は、『予定通り』にその後、検査を受けることになる。
……当然、『エレメンタル・レイド』はそんな予定は知らないだろう。
しかし、俺達はその予定をあるものとして扱う。
その為に、他の所員にその予定を伝えておいてもいいだろう。
もし、『エレメンタル・レイド』が状況についていけなくなっていたら、『ソウルクリスタルの不調の所為ですね』で押し通せばいい。検査まで持ち込めればもうこっちの勝ちだ。
ここで『エレメンタル・レイド』は眠らせるなりなんなりして、時間の感覚を正常に戻せば後処理も終わる。
そこまでやれば、『嘘』は完璧だろう。
「わー、どうしよ、私ワクワクしてきた」
茜さんが楽しげににやにやしながら計画の文面を眺める。
「『エレメンタル・レイド』のオフの日については、主要なメディア露出の日どりだけ避ければまず大丈夫だろう」
何せ、幾らメディア露出が多くても、彼はヒーローなのだ。
何時現れるか分からないアイディオンに備えて、その時間の多くは『ミリオン・ブレイバーズ』内で待機しているに違いない。
きっと彼はオフィスの上層に住居を与えられているのだろうから。
古泉さんの言葉を聞いて、早速恭介さんがPCをカタカタやり始めて……10分程度で、日取りを決めてしまった。
生放送の出演を避けるだけだから難しくなかった、との事。
「よし、じゃあ早速、計野君についてきてもらって、『エレメンタル・レイド』の来所について告知してもらわなければな」
そして、俺は日比谷所長と連れ立って、所内を回って……所員全員に根回し……『嘘』を吐いたのだった。
『エレメンタル・レイド』が検査のついでに質問会をやってくれる事。
所員の家族も参加できるという事。
なんなら、その家族の友達位までなら連れてきてもいい事。
……でも、一応外部には内緒、という事。
ちなみに、そんなような事を俺が……一応、『エレメンタル・レイド』と所の橋渡しをした、という設定だが……部外者が所内に言いふらして不審がられないだろうか、と心配したが。
……察しのいい所員の皆さんは、『あ、また日比谷所長がなんかやってるよ』ということでその不審さを処理してくれたらしい。
ここでの日比谷所長の扱いがなんとなく分かった一幕だった。
そして迎えた当日。
俺達は『エレメンタル・レイド』の目につきそうな位置の所内の時計を悉く外すなり隠すなりしつつ、会場を整え、時間を待った。
「じゃ、私は適当に変装して所員のふりして検査するとこに居るから。寝かさないといけなくなったら呼んでね」
茜さんがウインクしながら恭介さんと検査室へ向かっていった。
……『パラダイス・キッス』が居たら不審だろうと思ったのだが、古泉さん曰く、『茜は180変化ぐらいするから心配しなくていい』という事だったので……『エレメンタル・レイド』の検査開始時に彼を寝かせる係として、居てもらう事になった。
恭介さんは普通に検査に駆り出される。
恭介さん自身は表に出ないし、出たとしても白衣と伊達眼鏡とマスクがあれば不審じゃないだろう。
「……さて。じゃあ、私と桜ちゃんはどこかに隠れていよう。残念ながら私はともかく、桜ちゃんは結構顔が割れてるからね」
ヒーロー『カミカゼ・バタフライ』としても、普通の女の子としても、『エレメンタル・レイド』には顔がばれてしまっている。
……その点で言えば俺の顔がばれている事も十分不安要素なんだが、そこは眼鏡と白衣で何とか誤魔化せると信じたい。
「真君、頑張ってね」
桜さんと古泉さんが行ってしまうと、会場には『ポーラスター』のヒーローが俺だけになる。
後、この場に居て、この作戦を知っているのは日比谷所長だけだ。
後は全員、オーディエンス。俺の嘘を信じて、騙されてくれる人たち。決して、味方じゃない。
扱い方を間違えたら、彼らは俺にとって敵になる。
……緊張しないと言ったら嘘になる。
けれどそれ以上に……俺は多分、楽しんでいた。
そして、ついに時間になる。
大会議室を即席の会場にしたが、満席になってしまいパイプ椅子を追加しなければいけない程の人の入りだった。
これなら、『エレメンタル・レイド』も騙せるぐらいの人数だろう。
日比谷所長から、合図を貰って、俺はマイクを持って、やはり即席のステージに立つ。
観客の視線が、俺に集中する。
視線を一身に浴びて、一礼すれば拍手が起こった。
……マイクのスイッチを、入れる。
「えー、会場の皆さま、こんにちは!」
声が裏返るようなヘマはしなくて済んだ。
出来るだけ、子供向けに明るい声を出すように心がけると、子供達の元気な「こんにちはー!」が返ってくる。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。……今日は、皆さんもご存知のあのヒーロー、『エレメンタル・レイド』さんがこちらにいらっしゃいます!」
言葉にすると、これから俺が行うことのプレッシャーが増していく。
失敗したらまずい。
「『エレメンタル・レイド』さんには、幾つかの質問にお答えいただいて……それから、会場の皆さんからの質問に答えて頂く時間を取りたいと思います!皆さんも、『エレメンタル・レイド』さんに聞きたい事がいっぱいあるでしょう!」
俺の台詞に子供たちが無邪気に反応して、あれを聞きたい、これを聞きたい、と騒ぎ始める。
……失敗したらまずいけれど……こんなに信じている人が居るんだ。
失敗する訳がない。
「……では、挨拶はここらで切り上げるとして、これより『エレメンタル・レイド』さんにご登場頂こうと思います!皆、準備はいいかな!?では、『エレメンタル・レイド』さんです、どうぞ!」
俺は、ステージの袖の方を向いて……そこに、『エレメンタル・レイド』の幻影を、生み出した。
そして、その幻影を、一歩、進める。
その幻影を、会場の多くの人達が認め……次の瞬間には、そこに、困惑したような表情で立ち尽くす『エレメンタル・レイド』が現れていた。