22話
「たっだいまーっ!今日も元気に誘惑してきたよ!」
晩御飯の用意をしていたら、元気のいい茜さんと、茜さんに引きずられるようにしてきたらしい恭介さんが帰ってきた。
「お帰り。報告は夕食の席でいいかな?」
「私はそれでいーよ。あんましご飯が美味しくなる話でもないけどさ」
……茜さんの方も何か掴んで来たらしかった。
「……ということで、『エレメンタル・レイド』は何らかの病気、なんだと思います」
夕食の鯖の味噌煮をつつきながら、今日見てきたことを報告した。
「桜ちゃんが聞いたことから考えると、精神方面の病気なんだろうね」
「その割には普通にショーやってましたけどね」
古泉さんは勿論、茜さんと恭介さんも『エレメンタル・レイド』の出番は舞台袖から見ていたらしい。
「あの技術と出力、そしてバリエーション、となると弱点が見つからないからな。あまり気分のいいものではないが、最悪の場合、その病気とやらにつけこむことになるかもしれない。長期戦になれば恐らくは、こちらにその気がなくともそうなってしまうだろうな」
古泉さんも『エレメンタル・レイド』を見て、俺と同じような事を考えていたらしい。
つまり、敵に回すなら強敵である、ということと……相手の病気につけこむことになるかもしれない、ということと。
「んー……まあ、気にしても仕方ないよ。相手が悪いことしてるのはまず確実なんだしさ、そこで躊躇してたらしょうがないじゃん。先に向こうがズルしてるんだからさ、気にせずガンガンいこうぜの方針でいこうよ」
茜さんはそのあたりの割り切りが上手いようだ。
たしかに、茜さんの言う事は尤もだし……ただ、俺自身としては、相手が何かやっていたからと言って、俺がそれをやっていい訳では無い、とも思う訳で……。
「じゃ、逆に、俺達にとって究極のご都合で考えたらどうですか。その病気とやらの原因がソウルクリスタルの加工にある、って」
……そんな、あまりにも……と、思ったが、恭介さんは案外真面目な顔をしていた。
「……他人のカルディア・デバイスで……他人のソウルクリスタルで、変身しようとしたこと、ありますか」
「ないです」
異能は1人に1つ。
ソウルクリスタルは、1人に1つ。
だから、カルディア・デバイスも1人に1つ。
他人のものを使っての変身はできないし、他人のソウルクリスタルを使おうとしても、変身はできないし……消耗品として使ったとして、その異能を使う事が出来るのも、たった一度きりだ。
それが常識だし……いや、その常識を破る人がここに居たりするんだけれど……。
……とにかく、自分のソウルクリスタルでなくては、変身できない、というのは誰にでも当てはまることだろう。
……多分。桜さんとか古泉さん見てると、自信が無くなってくるけれど。
「そうですか。そうでしょうね。ちなみに俺はあります」
「……変身、できたりしてないですよね」
桜さんと古泉さんの事を思い浮かべながら恐る恐る聞くと、できませんでしたよ、と、期待していた答えが返ってきた。
よかった。なんか安心した。
「でも、そうだな……多分、滅茶苦茶に根性あったら、できるんじゃないんですかね」
「……は?」
「真さんは……ああ、未成年か。ええと……車酔いとか、したことありますか。酷い奴」
藪から棒に、と思いながらも、ありません、と答える。
俺は元来、乗り物に強い性質らしかったので、乗り物酔いの類には縁が無かったのだ。
「……じゃあ今度、限界超えて酒飲んで悪酔いして吐きまくってみてください。他人のソウルクリスタルで変身しようとすると、それの酷い奴みたいになります。俺はなりました。……その節は古泉さんには多大なご迷惑を」
「ああ、うん。急に俺のカルディア・デバイス貸してくれ、っていうから何かと思ったら、突然リバースだもんな。うん、あれは驚いた……」
「えっ、何それ私知らないんだけど!?何やってんの恭介君!?」
……なんでも、他人のソウルクリスタルで変身しようとすると、滅茶苦茶な頭痛や吐き気に襲われる、んだそうだ。
「それって、個体差とかは」
もしかしたら、物によっては……他人のソウルクリスタルでも、自分に合うものがあったりするんだろうか、と思ったんだが。
「知りません。あれ一回やって懲りました。興味があるなら真さんやってみるといいですよ。お勧めはしません」
……古泉さんの顔も見る限り、相当酷かったらしい。
うん、絶対にやらない。
「……とにかく、もし、『ミリオン・ブレイバーズ』が……俺達が今、想像してるようなソウルクリスタルの加工とかやってたとして、それがどの程度の精度で、どの程度の出来なのかは知りませんけど……そういう副作用が、あってもおかしくないんじゃないかと思います」
成程。確かに、ソウルクリスタルを加工する、という禁忌を犯している以上、何らかのデメリットがあってもおかしくない気がする。
「恭介君が吐いた話は後で聞かせてもらうとしてさ、私の方も報告ね。あんま気分のいい話でもないけど」
はー、と、ため息を吐きつつ、茜さんが話し始めた。
「うん、私と恭介君さ、ま、出番まで待機してたんだけど、ね。その間って、他の出演予定のヒーローとそのマネージャーとか、付き人とか、お手伝いさんとか、そういう人たちがおんなじ所にいっぱい居る訳よ」
なんとなく、想像は付く。
多分、茜さんみたいに、付き人1人、っていうのは珍しいんじゃないだろうか。
「そんでさ、その中に……うん、『ミリオン・ブレイバーズ』の人たち、いてさ。ま、主催者側なんだから居ないとおかしいんだけど……ほら、こないだ、真クンと買い物行った時、『ミリオン・ブレイバーズ』の魔のスカウトの手から一人の未来ある少年を救ったじゃん」
覚えている。
買い物に行った帰りに、Lv1のアイディオンと金属バットで殴り合っていた、あのヒーローの卵。
本那さんに声を掛けられそうになっている所を、俺の幻影と茜さんの演技力と武力と魅力で解決してしまった、あれ。
「あの時にいた、スカウトの人がさ、居て」
……居てもおかしくは、ないだろうな。
本来だったら、ヒーローにちゃんと指示を出して……戦闘じゃない場所でも、そうしたって、おかしくない。
「『エレメンタル・レイド』は途中でちょっと抜けちゃったんだけど、『オーラ・クイーン』と『インフィニティ・プレッシャー』相手に、さ……」
「金出してない奴は黙ってろ、でしたっけ」
茜さんが言いにくそうに言い淀んだ所を、あっさり恭介さんが言った。
「それから、結果を見てから言え、でしたっけ。……『エレメンタル・レイド』が出ていった後になんか言った『インフィニティ・プレッシャー』に対して、そんな事を言ってましたね。あの人」
……どういういきさつでそういうやりとりになったのかは分からないが、1つ分かったことがあるとすれば。
「『ミリオン・ブレイバーズ』内も、一枚岩じゃなさそうですね。特に、真さんをスカウトしたっていう人と、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローとの間には溝がありそうだ」
「……さて。あまり気分のいい話じゃなかったが、今後の方針を決めないとな」
そうなのだった。
俺達は、目的の途上。
これから『ミリオン・ブレイバーズ』を潰すに当たって、とりあえずはLv10ヒーロー『エレメンタル・レイド』のソウルクリスタル取扱い違反の証拠を押さえなくてはならない。
今日の偵察で、『エレメンタル・レイド』の『持病』と、彼自身の戦闘力を垣間見ることはできたが、根本的な解決には至っていない。
「一番いいのは本人からの自白なんだろーけどね」
当然、そんなものは始めから期待していない。
「今現在、俺達にあるのって状況証拠だけ……いや、証拠にすらならないのか」
強すぎる異能を持ったヒーロー、ソウルクリスタルを削られているヒーローの卵たち。
そういった、ばらばらの情報があるだけで……しかも、それらは証拠として扱えないようなものばかりだ。
日比谷所長が『エレメンタル・レイド』の異能の特異性について証言したら、日比谷所長の身が危ない。
だいたい、それだけでは十分な証拠足りえないのだ。
そして、ヒーローの卵たちの情報については……本当に、証拠にならない。
だから、『削られたソウルクリスタルなんて無かった』と、幾らでも言い逃れできるだろう。
それはもう分かっている事だ。
「一番手っ取り早いのは、『エレメンタル・レイド』のカルディア・デバイスをそういう目的で解析に掛けることだな」
「……機材だけ借りてきて、うちで……俺がやることになりますかね」
「そうだろうなあ」
何でも、そういう目的の……不正なソウルクリスタルの使用が分かるような検査をすれば、ちゃんと証拠になり得る、という事らしい。
「ただ、それを『エレメンタル・レイド』が了承するわけはないな」
その場合、力ずくで奪い取る……真っ向から勝負する羽目になる訳で、その場合、武力も名分も心もとない。
「となると、くっつけるために集めてるはずのソウルクリスタルの使用方法について、突っ込んで調べる、とか?」
「その程度は幾らでも改竄してるだろうな」
……さて。
ここにきて詰まってしまった。
どうするべきだろうか。
暫く全員で頭を捻っていたら、桜さんから珍しく、手が挙がった。
「……発作が起きた『エレメンタル・レイド』を、運び込む」