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21話

「真君が飲み物、買ってくる間……あの人、ずっと……色々、言ってた。苦しい、ごめんなさい、黙れ、もう嫌だ、って……」

 俺と桜さんが蹲っている人を見つけてから、桜さんが救急車を呼ぼうとして、それを止められて……俺が飲み物を買ってくる間、桜さんはその人に付いていたのだ。

 その間、半分パニック状態になりかかっていたらしいその人は、ずっと……そんな事を、口走っていたらしい。

「頭が痛かったのかな。……ずっと、頭、押さえてて」

 その様子は俺も見ている。

 頭を抱えて蹲っていたあの人は……頭が痛かった、というよりは、もっと別の……例えば、聞こえない何かを聞いて苦しんでいるような、そういうように見えた。

 ……どう考えても異常だっが……大丈夫だろうか。

「襟の内側にカルディア・デバイスが見えたから……あの人、ヒーローだった、と思う」

「……そっか」

 なんとなく、胸騒ぎがする。




 それからまた、会場をぶらつきながら屋台を冷やかして時間を潰した。

 祭の空気は嫌いじゃない。

 ここ最近はご無沙汰だったこともあり、どことなく浮かれた気持ちで過ごすことができた。

 桜さんはこういったイベントに縁が無かったのか、ありとあらゆるものが新鮮らしい。

 あちこちにふわふわと視線が動いては、興味深そうにそれらを眺めている。

 そして俺はというと、そんな桜さんを引っ張って上手く誘導するのにすっかり慣れてきていた。

 いいんだか、悪いんだか……。


 ……会場の中心部の方から、聞き覚えのある女性の歌声が聞こえ始める。

「ええと、今が15時ぴったりだから……ステージに近寄ったらいけない時間か」

 明るくてテンポの速いその歌は、実に茜さんらしいというか……茜さん、歌、上手いな。

「ここなら茜さんの無差別爆撃、くらわないかな」

「多分。……ここから聞いてれば安全、だと思う」

 茜さん目当ての人は多かったのか、心なしか、会場の道は人が少なくなっていた。

 運よく空いていたベンチを陣取って、買ったたこ焼きをつつきながら茜さんの歌声を聞くことにした。

 ……時々、会場が沸くのは、その都度誘惑でもしてるんだろうか。それとも、何か別の『天国』味わわせてるんだろうか。……ちょっと気になるけれど、怖いな。

「……これ、美味しい」

 尚、桜さんはたこ焼きも気に入った模様。




 茜さんの出番が終わった頃、中心部に向かう。

 茜さん目当てで来ていたらしい人がごっそり居なくなるのに上手く乗って、ステージ上が丁度よく見える位置に陣取ることができた。

「桜さん、見える?」

「……うん。見える」

 俺より背の低い桜さんでも見える事を確認して、ステージに注目していると、次のヒーローが入場してきた。

『オーラ・クイーン』。『ミリオン・ブレイバーズ』のLv9ヒーローだ。

 茜さんと同じぐらい露出の高い、扇情的な恰好をしているけれど、茜さんとは違って健康的な印象はあまり無い。

 露出度に順当な雰囲気を纏ってステージに登場した女性ヒーローに、会場が沸く。

 ……一応、まだ日は出てるけれど、こんなヒーロー出していいんだろうか。


『オーラ・クイーン』もその異能を使うというよりは茜さん路線だったので、あまり見ていて参考にならなかった。

 偵察しに来た身としては、ありがたくない。

「……多分、精神攻撃系とか、状態異常系の異能なんだと思う。ちょっと、見えた」

 ステージが終わって桜さんに感想を聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

「見えた、って」

「……ちょっと、先の事」

 成程、桜さんの『2つ目の』異能が働いたらしい。

「でも、やっぱり変……」

 何が、と聞く前に、次のヒーローが登場したのでその話は保留になった。




 間に幾つか、目当てでは無いヒーローを挟んで、『インフィニティ・プレッシャー』の出番になった。

 こいつも『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローなので、観察しておきたい。


『インフィニティ・プレッシャー』は、体格のいい男性だった。

 如何にも正義を愛する熱血漢、といったかんじの彼は、ありとあらゆるものを潰す、という芸を見せてくれた。

 最初は果物に始まり、アルミ缶、ドラム缶、ボウリングの球、コンクリート塊……。

 重力を操る系統の異能なのだろうか。

 だとしたら、古泉さんは彼に対して無敵もいい所だけれど。

「触れることが能力発動の条件かな」

「分からない。誤魔化す為に、ああいうことをする人もいるし……それに、重力じゃなくて、もしかしたら、単純に力で潰してるのかも……」

 成程。

 単純に、『身体能力強化系』の異能なら、そういう可能性もあり得るのか。

「……でも、古泉さんなら、平気そう……」

「俺も思った……」

 ……あの人、物理的な攻撃に対してはおよそ無敵なんじゃないだろうか……。




 そして、遂に最後のヒーローの出番になった。

『エレメンタル・レイド』。

 今回俺達が最も警戒すべきヒーローであり、『ミリオン・ブレイバーズ』の崩壊の引き金となる予定のヒーローだ。

 Lvは10。エレメント系全てにおいて異常なまでの適性を持つ。間違いなく、強い。

 それが、俺達が今までこのヒーローについて知っていた事だ。

「……あの人……」

 そして……今日からもう1つ、『持病持ち』という、情報が付け加えられる。

 ステージ上に居る青年は、間違いなく、さっき俺と桜さんが見かけた……頭を抱えて蹲っていた、あの人だった。


「……どういう事だろう」

「分からない……でも、きっと……さっきの、病気、っていうのと、無関係じゃない、と思う」

 ……あの人は、「苦しい、ごめんなさい、黙れ、もう嫌だ」と、言っていたらしい。

 あのパニック症状は……ソウルクリスタルを加工した事の、副作用なのだろうか。

「何にしても、まともな事やった結果じゃない、よな」

「……うん」

 あの『持病』とやらが、ソウルクリスタルの破損や加工の所為なのだとしたら……彼もまた、被害者、という事なのかもしれない。


「最後に登場するのは『ミリオン・ブレイバーズ』期待の星!『エレメンタル・レイド』です!」

 司会の言葉も耳に入らない位集中して、俺と桜さんはステージ上のヒーローを観察していた。

 変身する前と違い、髪と目が、色々な色に染まっている。非常に派手だ。

 恰好は……見る限り、武器になりそうなものを持っている訳でも無い。無手で戦うのだろうか。

 防具は、割ときちんとしたものを身に着けているように見える。

 少なくとも、動きにくそうだったりすることは無い。

 ……期待の星、というぐらいだから、きっと装備にはきちんと金と手間をかけているんだろうな。

 使い捨てのヒーローとは違うんだから。


『エレメンタル・レイド』は、氷の欠片を大量に生み出した。

 それが宙に浮いたままになっているのは、風を操っているからだろうか。

 そこに火の粉が舞い、氷の欠片と火の粉が煌めきながら、宙で大きな渦を作る。

 そしてそれは光と戯れながら形を変え、鳥に、蝶に、花になり、最終的には大きな龍になって会場を舞った。

 小さな小さな氷の粒が、傾きかけてきた日差しと火の粉の光を反射して煌めくのは、中々に見ごたえがあった。

 氷の粒と火の粉の龍は水煙を吐きながら会場を数度旋回すると、突如、吠えるようにのけぞり……ばらばらと、降り注いだ。

 観客から上がる声は悲鳴ではなく、歓声だ。

 この暑さには有難いプレゼントだろう。


「……本当に、全部のエレメント系を使えそうだな」

 火の粉に、氷、光、水煙。それを制御していたのは、恐らく風。

 これだけでも十分な脅威だが、これで終わりとも思えなかった。

 Lv10は伊達じゃない、という事だろう。

「あれ、戦闘に使うとしたらどういう使い方してくるんだろう」

「……炎と風が使えたら、それだけで脅威」

 桜さんの意見を求めると、少し考えてからそんな答えが返ってくる。

 確かに、幾らでも火力を増して襲い掛かってくる炎と、それを加速させる風。

 組み合わせれば炎の奔流にも、爆炎の様にもできるだろう。

「熱く熱したものを急に冷やしたら壊せるし……光と水が自由に操れたら、幻影に近いこともできる……かもしれない」

 成程、組み合わせは無限大。

 しかし、エレメント系であることは分かっている訳で……相手がどんな手を使ってくるか、予想しづらいような、予想しやすいような。

「けれど間違いなく、出力は凄く、大きいはず」

 今回のショーで見せたのは、当然、そんなに大きな出力では無かった。

 けれど、あのソウルクリスタルの検査結果を見た限りでは、相当な出力で全てのエレメント系が使われることを覚悟しておく必要があるだろう。

「何より……制御が、巧かったと思う。本当だったら、氷を出す人と操る人、2人がかりでやるようなものだった……」

「……だよなあ」

 氷の粒を風で運んで龍の形に成し、宙を舞わせる。

 あんな芸当ができるんだから、相当に技術も高いはずだ。

「つけこむ隙があるとしたら……『持病』か」

「そうね。……あんまり、気が進まないけれど……」

 俺達が『エレメンタル・レイド』の裏の顔……苦しむ一人の人間を見てしまった事は、幸運だったのか、不幸だったのか。




「どうだった?楽しめたか?」

 少し暗い気分で会場を後にした俺達の後ろから、聞きなれた声が聞こえた。

「古泉さん」

 やはり会場を出てきたらしい、珍しく少しスーツを着崩した姿の古泉さんが居た。

 そんな古泉さんは、俺と桜さんを見て……少し、心配そうな顔をした。

「何か、あったのか」

「……事務所に戻ったら、話す」

 桜さんが少し固い声でそう返したので、俺も追従して、黙って頷いてみせる。

「……そうか。……帰ろうか。俺も収穫があったし、茜の方も多分、何か掴んできているだろう。……ま、とりあえずは晩飯の準備、手伝ってくれ」

 表情の暗い俺達を慮ってか、古泉さんは優しい笑顔で、俺と桜さんの頭を撫でたのだった。


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