20話
そうして迎えた、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローショー当日。
「真さん。これ、一応。使わなくてもいいんで」
朝食の席で恭介さんに何かを突き出された。
「……何ですか?これ」
「携帯型のシルフボードです。変装してるのにあのシルフボード持ってたら怪しいでしょ」
出力弱い上に安定性悪いし、これメインにしてもらう訳にはいかないんですけど、と恭介さんは続けて、簡単な操作説明をしてくれた。
ポケットに入る位のサイズの小さな薄いそれは、起動させると広がって、人が乗れるようになるらしい。
「真さんの異能がいくら汎用性高いって言っても機動力はあったほうがいいと思ったんで」
それはその通りだった。
俺の武器は、熱くなる剣(鉄パイプ可)と、嘘と、そしてシルフボードによる飛行能力だ。
相手の攻撃が届かない、ということの重要性は俺自身、良く分かっている。
空中戦を仕掛けられることや、単純な機動力も有難いが、高度を上げることで辺りを見回せるようになれば『嘘』の役にも立つ。
恭介さんには丁寧にお礼を言っておいた。
『ポーラスター』のメカニックが優秀なのは、その技術だけじゃないらしい。
朝食後、外に出て乗ってみると、確かに、出力は弱い。加速も遅い。しかも、安定しないから、あまり変な動きはできなさそうだ。
けれど、単なる移動には問題ない。
携帯型、という点を考慮すれば、申し分ない代物だった。
……尤も、これを使わないといけない状況にならない事を祈りたいところだけれど。
「じゃ、行ってくるよーん」
茜さんと恭介さんは、朝から準備があるので、俺達より先に出る。
今回は、恭介さんが茜さんの付き人、というか、お手伝い、というか……そういう役回りになるらしい。
ヒーローショーの類に茜さんが引っ張り出される時は大抵恭介さんがこうやってついて行くらしい。
……まあ、バランスはいいんだろう。
積極的な茜さんと、頭脳派の恭介さんがセットになってると。
それに、2人とも仲がいいし。
2人を見送ってから、簡単に古泉さんと桜さんと打ち合わせをする。
「とりあえず、今日のイベントのパンフレットを渡しておこう。会場の簡単な地図も載っているから、何かあった時の参考にしてくれ。出入り口の場所は把握しておくように。とりあえず真君に渡しておこうか」
古泉さんからパンフレットを渡されて、中を見る。
地図、催し物の内容、ヒーローショーの時間等々。
今回はこれが手放せないだろう。
「分かっていると思うが、16時00分からの『エレメンタル・レイド』が今回俺達が見ておくべきヒーローだ。他にもその前に出番のある『オーラ・クイーン』と『インフィニティ・プレッシャー』も『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローだな。見ておくといいだろう。ちなみに茜の出番は割と前の方だから、ここにはこの付近に居ないように」
「どうしてですか?」
折角だから、茜さんの出番も見ようか、と思っていたんだが。
「……茜さんは、観客を誘惑するから」
……成程。下手すると、俺達が誘惑される、と。
「茜は無差別爆撃するからな。その時間はヒーローショーをやってるあたりに近づかない方がいい」
……覚えておきます。
古泉さんのアドバイスを元に、パンフレットに印を付けていく。
『ミリオン・ブレイバーズ』の情報は少しでも多く欲しい。
それが結果的に俺を助ける事になるかもしれないのだから。
「……ま、今日の真君と桜ちゃんの仕事は偵察任務ではあるが、あまりそれっぽくならないようにな。特に桜ちゃんは人目を引くから、頑張って会場に溶け込んでくれ。……ま、折角のイベントだ。楽しんでおいで」
古泉さんは、笑ってそう言う。
……そうだな。あまり気負いすぎても良くない。
俺達の任務である偵察は大切だが、その為にもイベント会場に溶け込まないといけない訳で……つまり、楽しむことも必要だ、と。
「……まあ、今日の恰好なら、桜ちゃんが『カミカゼ・バタフライ』だと気付く人は少ないかもしれんがなぁ」
俺の隣に座っている桜さんは、ふんわりとした印象の桜色のワンピースを着ている。
茜さんが選んで買ってきたものらしい。
『カミカゼ・バタフライ』は和装のイメージが強いから、確かに一見分からないだろう。
戦っている時とそうでない時で、桜さんの雰囲気も違うし。
……只、だからと言って人目を引かない訳では無い。
そこは、俺と古泉さんがアイコンタクトで確認し合った。
……美少女、というものは、どうにも人目を引いてしまうものだ。多分。
昼食を会場の屋台で摂る事にして、俺と桜さんは11時頃から会場に向かった。
古泉さんは、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローの出演に合わせて後から来るらしい。
「営業の途中で近くを通りがかってぶらっと寄ることにしたサラリーマンのふりでもするさ」との事だった。
「そろそろ、徒歩に切り替えた方がいいと思う」
俺と桜さんは、いつも通り飛んで会場付近まで来ていた。
そして、人目に付かない位置で降りて、変身を解く。
『カミカゼ・バタフライ』が変身を解けば、少しお洒落をしている女子高生が現れる。
俺は多分……普通の男子高校生に見えてるんじゃないだろうか。
茜さんが選んでくれた服は俺が今まで選んでいたものとは方向性が違うから、もし本那さんに見つかっても別人だと思われるんじゃないだろうか。
……というか、向こうが俺の顔を覚えていないような気もするけれど。
「……人、すごいね」
桜さんの言う通り、会場に近づくにつれて人が多くなっていった。
これだけ人が多ければ、紛れ込むのも簡単だろう。
そこまでおかしな行動をしていなければ、間違いなく溶け込める。
「真君……」
細く桜さんの声が聞こえて振り返ると……人ごみをすり抜けるのがあまり上手くないらしい桜さんが、置いてけぼりになってしまっていた。
「ご、ごめん。急ぎ過ぎた」
「ううん、平気」
桜さんを人ごみから離れた位置まで引っ張ってきて、一息つく。
「……真君は、こういう所、得意?」
こういう場所が、というか……つまり、人ごみをすり抜けるのが、という事なんだろうけれど。
「人ごみをすり抜けられないとさ、スーパーの特売品って買えないんだよな……」
貧乏人には必須のスキルだから、俺には当然のようにその技能が備わっている。
「……そっか。コツとか、ある?」
コツ、か。
……そうだな。
「人の流れを見ること。どっちに人が動いてるのか、っていう事が分かれば、次の瞬間、その人がどこに動くか、予想が付くだろ?あと、足元よりも、前見てた方がいい。できるだけ遠くの方まで見るんだ。それから、目的を方向じゃなくて、地点で決めた方がいいかもしれない。とりあえずあの位置まで行くぞ、って決めて、そこに向かうかんじで」
頷きながら俺の言葉を聞いている桜さんを見て……少しずるい方法も教えておくことにした。
「それから、人の流れを逆流する時とか……人が自分の方を見てる時には、逆にその人を見ていないようにアピールすれば向こうが避けてくれる。携帯端末弄りながら歩いてるとか、ぼーっと空見ながら歩いてるとか、よそ見してるとか。本当にやると、危ないから、やるのはふりだけ、だけど」
「……そっか。がんばってみる」
……そして相手が可愛い女の子なら尚更、とは言わなかった。
「真君……」
しかし、その3分後には、またしても人ごみに取り残される桜さんが出来上がっていたのだった。
結局、桜さんには俺の腕に掴まっていてもらう事にした。
茜さんと2人で人の多い場所に出かけるときは大抵こうなんだそうだ。
……それとは状況が違うと思うんだが……複雑な心境ながら、他に良い方法も思いつかないので、その状態で屋台巡りをしている。
「……真君、あれ、なんだろう」
「……『ヒーロー焼き』……物騒だな……」
ヒーローである身としては微妙な顔をせざるを得ない名前を掲げた屋台に近づくと、人形焼きの類の店であることが判明した。
なんとなく、桜さんが気になっていそうな顔をしていたので、店主に声を掛けて1袋買う。
ちなみに、お金は『先月分』の給料をもらっている。
……Lv2とLv6のアイディオン1体ずつ分の給料と、それに、『契約料』という事でもう少し貰ってしまっている。
つくづく、古泉さんは甘いんじゃないかと思うが、今はそれに甘えさせて貰おう。
「はい」
桜さんに紙袋を渡すと、きょとん、としながら中を覗く。
紙袋からほわり、と甘い香りが漂った。
「ちょっと道の脇に寄って食べようか」
興味津々な桜さんを引っ張って、人の流れから外れた所に入る。
メイン・ストリートを外れたそこは、人気が無く、買ったものを落ち着いて食べるにはいい場所だった。
「……美味しい」
早速『ヒーロー焼き』を食べている桜さんは、僅かに顔をほころばせている。
気に入ったらしい。
「真君」
紙袋を差し出されて、俺も1つ貰った。
どこか懐かしいような味に、自然と顔がほころぶ。
……それから特に会話も無く、暫く2人で紙袋の中身を空ける作業に徹してしまった。
「……真君、何か、聞こえる」
空になった紙袋を畳んだ所で、桜さんが表情を引き締めた。
……耳を澄ましても、今一つ俺には『何か』が聞こえない。
「こっち」
さっきまでとは逆に、俺を引っ張るようにして歩き出した桜さんについて、俺も進む。
どんどん人気の無い方へ向かい、建物と建物の間を抜けた所で、それを見つけた。
「だ、大丈夫ですか!」
そこには、頭を押さえて蹲り、唸る人が居た。
「……すまないね。助かったよ。ありがとう」
俺が買ってきた飲み物を飲んで落ち着いたらしいその人は、さっきまでの苦しそうな表情とは一転、明るく爽やかな笑顔を浮かべていた。
しかし、やはり、その顔にはどこか疲労の陰が見える。
「……病院には、行かなくていいの?」
さっき、桜さんは救急車を呼ぼうとしたのだが、それをこの人自身によって止められていた。
「ああ、もう大丈夫だから」
とても、さっきの様子を見る限りでは大丈夫そうには見えなかったんだが。
「持病でね。治るものでもないんだ。大丈夫。発作が治まったら何ともないんだ」
俺の視線に何か感じたのか、何を聞いたでもないのにその人はそう説明してくれた。
「……そういえば、飲み物の代金なんだが、すまない。今、丁度財布を持っていなくて。後でよければ返せるんだけれど」
「大丈夫です。気にしないでください。大した額でも無いですから」
俺も貧乏人根性が染みついた人間ではあるが、飲み物の代金をさっきまで酷く苦しんでいた人から徴収する気にはなれなかった。
「……そうか。じゃあ、すまない。ここは恩に着るよ。どこかで会えたらその時に恩返しさせてくれ」
そして、その人はそう言ってから時計を見て、お礼もそこそこに慌てて去って行った。
……待ち合わせの時間が迫っていたりしたんだろうか。
「……あの人、ヒーローだった」
その人が去った方向を見ていた桜さんは、ぽつん、とそう呟いたのだった。