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2話

 ここには関係者用の移動シャトルなるものがあり、それを使う事で地下……俺がこれから住む部屋のあるフロアへ行ける。

 移動シャトルはセキュリティの都合もあって、カードキーが無いと動かない。

 そして、カードキーを差し込めば、自動的に自分の部屋の前まで連れていってもらえる。

 俺が住むのは地下3階らしい。

 ちなみに地下1階が講義関係の部屋で、4階・5階が訓練用のスペースらしいことがなんとなく……シャトルの動き方から予想できた。

 ということは多分、2階と3階全部が居住スペースなんだろう。

 ……そんなに研修中のヒーローって多いんだろうか。

 疑問だが、一人前になっていないヒーロー同士は接触しない事を推奨されていて、それに従ったシステムができているので、どのぐらいの研修中ヒーローが居るのか分からない。

 訓練なども時間が被らないように設定されているし、部屋を出入りする時に研修中ヒーロー同士が出くわさないように、移動用シャトルは部屋と目的地にしか動かないようになっている。

 ここまで徹底している理由としては、ヒーロー同士が素性を知らない方が何かと都合がいいから、なんだそうだ。

 レベルの高いアイディオンと戦ったヒーローが捕虜にされたケースもあるらしい。

 そして、捕虜にされたヒーローの末路は……情報源として利用される、ということなのだ。

 その時に情報を吐けないように、最初から色々知らない方がいい、ということなんだそうだ。

 分かってはいたけれど、ここは中々にシビアな世界だ。




 自分に割り当てられた部屋は、そこそこにいい造りをしていた。

 簡単な台所と、トイレと風呂が付いた、縦に長い印象のワンルーム。

 ホテルの一室、といった雰囲気だ。

 窓が無い分を補う為か、壁に絵が掛けてあったり、間接照明が付いていたり、と、工夫がみられる。

 ……別に、窓が無い程度、気にしないんだが。

 なんというか、却って落ち着かない……。




 そんなに多くない荷物を解いたら、少し部屋が落ち着ける空間になった……と思う。

 そして丁度、10時55分になったので8階までエレベーターで上がる。

『シールドルーム』は、その名の通り、凄く頑丈な部屋、らしい。

 破壊力に長けた異能の訓練とか、異能の出力の調査とか、そういう時に使う部屋だそうだ。

 今回は、俺の異能がなんなのか分からないからこの部屋を使うんだそうだ。

「計野さんですね。こちらにどうぞ」

 シールドルームに入ると、既に機材が用意されていて、そこで検査員が何か操作していた。

 機材は……椅子に色々と機械が付いているような、そういう不思議な何かだった。

 指示に従ってそこに座って、ベルトで固定されたり良く分からない装置をつけられたりする。

「では、これから検査を始めます。何かあったら右手をあげてください」

 そう言って検査員は透明な分厚いシールド越しの別室に移動してしまった。

 ……これ、右手をあげても「もうすぐ終わるからねー」とか言われて結局やめてもらえないんじゃないだろうな。

 俺は嫌だぞ、そんな歯医者みたいなの。


 戦々恐々としながら待っていると、突然電流が走ったような衝撃があった。

 身構えるより先にそれは終わって、しかし落ち着くより先にまた始まる。

 ……最初はただの衝撃だったのが、次第に痛みになっていく。

 鈍器で殴られたような痛みから、神経を削られるような鋭い痛みまで、幅広くあらゆる痛みを与えられ、そして当然のように、右手をあげてもそれは止まなかった。

 うん、知ってた!




「お疲れ様でした」

 終わった時には、もう体を動かす体力も気力も無かった。

 体に傷はないものの、まだ痛みの残滓が残っているような感覚で、とてもじゃないが元気とは言えない。

 検査員が俺の拘束を解く。

 拘束を解かれて初めて、俺の腕や腹にベルトが強く食い込んでいたのが分かった。ベルトの痕が残っている。

 ……俺を椅子に固定するこのベルトの意味が分かった。

 痛みで暴れるのを見越してだったんだろうな、これ……。


「こちらが検査の結果になります」

 ぐったりしながらシールドルームを出た所で、一枚の紙を手渡された。

「検査の結果から、計野さんはエレメント炎系に対する意識値が高い事が分かりました。なので恐らく炎を操るタイプの異能かと。Lvは3ですね」

 ……Lv3、というと、『実戦に耐えうる最低レベル』の能力でしかない。

 これからLvが上がる可能性もあるとはいえ、かなり絶望的な数値だろう。

 しかし、炎系の異能は、水や風に比べて破壊力は大きい。

 まだそこはマシだったかもしれないが、当然、守るべき街への被害も大きくなる、という面も持っている。

 新米としては使いにくい異能かもしれない。

 けど、そうだっていうなら仕方ない。

 異能の使い方が上手くなればそのあたりもどうにでもできるようになるだろう。

 ……まずは、自由に炎を操れるようにならないと、なあ。




 検査の結果から、俺の装備類についても決定したらしい。

 検査が終わって部屋でぐったりしていたら、本那さんから装備の方向性が概ね決定した、と連絡された。

 俺のカルディア・デバイスは、炎系の能力をブーストするようなものになるらしい。

 ……カルディア・デバイス、というのは、ヒーローの為の装備……変身アイテム、とでも言えるかもしれない。

 カルディア・デバイスを使う事で能力の補正・増強ができる。それから防具や武器といった装備も一瞬で装備できる……つまり『変身』ができる、という道具だ。

 そのヒーローの相棒となる大切な道具だし、そのコアとなるソウルクリスタルは1人に1つしか無いものだ。

 カルディア・デバイスの多少の破損なら治せるけれど、うっかりソウルクリスタル自体が壊れたりしたら、ヒーロー人生の終了でもある、とのこと。

 だからそれを作る技師も重要な訳だけれど、本那さんも「装備には金を掛けてる」と言っていたし、第一『ミリオン・ブレイバーズ』が選ぶ技師なら外れは無いだろう。

 そういう意味では俺は恵まれているのかもしれない。




 そこまでで初日の予定は終了。訓練の類は明日から始まるという事なので、俺は割り当てられた部屋に戻ることになった。

 相変わらず、部屋は他人のもののようで、まだ落ち着かない。

 壁に掛けられた絵がこっちを見ているようで落ち着かない。

 間接照明がお洒落すぎて落ち着かない。

 布団……ベッドがふかふかすぎて落ち着かない。

 ……落ち着かない中で食事を食べる。

 食事は時間になると部屋に配給されるので、特に作ったり買ってきたりする必要はない。

 俺は食えれば文句は無い、さらに注文を付けるなら不味くなければより良い、という性質なので苦痛じゃないが、食べることが趣味の人には少し辛い生活かもしれない。




 翌朝。

 いつもの癖で、朝5時半に起床。

 ……ちょっと早かったか。もうちょっと寝坊しても良かったな、これ。


 部屋で少し体を動かしてから簡単に朝食を済ませて、今日の予定を確認する。

 今日からヒーローとしての訓練や研修が入ってくる。

 ……とは言っても、カルディア・デバイスができるまでに1か月かかるらしいから、それまでは基礎的な訓練や、知識面の研修がメインになるらしい。




 こうして始まった戦闘訓練だったが、とりあえず、というレベルの基礎体力作りからのスタートだった。

 カルディア・デバイスで身体能力によりブーストがかけられるとは言っても、それに甘えるな、という事なんだろう。

 ……しかし、だ。

 ちょっと……ぬるくないか?ぬるくないのか?

 3か月で一人前のヒーローになろうとしているのに、最初が3km程度の走り込みとかでいいのか?

 ……まあ、その道のプロの指示なんだし、間違いはないだろう。多分。多分……。

 とりあえず、無心で走った。




 昼休みを挟んで、午後は映像による講義を受ける。

 ここで学ぶ知識は法律関係がメインのようだった。

 戦術指南とかがあるのかと思ったんだが、全然そんなことはなかった。

 ……ヒーロー業が国営から民営になって結構経つ。

 ヒーロー業を営む企業のルール、ヒーローに課せられた縛り等々が法律で定められているので、ヒーローになる以上把握しておけ、ということなんだろう。

 ……正直、この手の暗記系はあまり得意じゃない。

 法律類を冊子にまとめたものを貰ったので、毎日寝る前に読んで覚えることにしよう。




 訓練が終わったら部屋に戻る。

 夕食まで、部屋で冊子を捲りながらごろごろしていると、壁から鈍い音が聞こえた。

 ……壁の向こう側にも住人が居るらしい。

 安普請でもないだろうに音が響いた、って事は、結構な勢いで何かが壁にぶつかったんだろう。

 向こう側の住人が頭とかを壁にぶつけていない事をなんとなく祈っておいた。




 そうして、俺の生活は概ね平穏に流れていった。

 制作が遅れているのか、1か月経ってもカルディア・デバイスは届かなかったが、訓練は順調に進んでいた。

 知識面で学ぶことは相変わらずだったが、戦闘訓練はそれらしくなってきていた。

 最初の実践的訓練は、『避ける』訓練だった。

 床から生えて来る槍を避けるとか、一定の範囲内でランダムに揺れる振り子を避けるとか。

 攻撃よりも先に、なによりも回避、なんだそうだ。

 もともとヒット・アンド・アウェイを信条にしていた訳だから、その理屈には納得できる。

 やっぱり、今までのような素人の戦い方では駄目なことも確かだ。

 ヒット・アンド・アウェイでじわじわ戦えば安全にアイディオンを倒せる。けれど、これからはアイディオンを倒すだけじゃ駄目で、より速く、人や街への被害を少なくするように倒さなきゃいけない。

 その為に、俺自身にアイディオンを引きつけつつアイディオンの攻撃を避ける技術が必要になるのだ。

 ヒーローは、強いだけではやっていけない。

 守るべきものがあって、それの為に戦うのだから。

 ……アイディオンとヒーローの一番の違いは、きっとそこだろう、と俺は勝手に思っている。




 2か月目に差し掛かろうとする頃、本那さんに聞いてみたら、俺のカルディア・デバイスが届いているというので、受け取るため、普段入ることの無い2Fのオフィスに向かった。


「こちらですね」

 本那さんが机の上に箱を持ってきて開ける。

 中には、予想していたよりもこぢんまりとした印象のチョーカーが1つ入っていた。

 白っぽいプラスチックのような土台に、小さな赤い石が付いている。

 首につけるタイプの装備になったのは、壊されにくい位置に装備するためだとか。

 ……まあ、首につけたカルディア・デバイスが破壊される状況だったら、カルディア・デバイスの破損云々の前に間違いなく死んでるだろうし、首につけるのは間違っては無いんだろう。多分。

「多分大丈夫だと思いますけど、とりあえず一回装備して、それから変身してみてください」

 促されて、カルディア・デバイスの留め金を首の後ろで留める。

 ぱちり、と音がして、確かにそれは装備された。

「どうですか?」

「……ええと、あんまり変わらないんですね」

 しかし、劇的に変化すると聞いていたのに、身体能力の変化は殆ど実感できなかった。

 少しだけ、体が軽くなったような、暖かくなったような……そんなかんじだった。

「そんなはずはないんですけどね」

 そう言われても、あまり変わらないものは変わらないんだから俺にはどうしようもない。

 手を握ったり開いたり、ちょっとその場でジャンプしたりしてみたけれど、やはりそんなに変わらないように思う。

「じゃあ変身してみてください」

 変身したら劇的に変わるんだろうか、と一縷の望みをかけて変身する。

 ……変身は、カルディア・デバイスを装備した状態で、予め決めておいた動作を取ると開始する。

 今回はデフォルトなので、集中しながらカルディア・デバイスの赤い石に触れれば完了だ。

 どことなく拭えない違和感を振り切って、目を閉じて指先に触れる石に集中する。


 閉じた瞼越しでも、強い光が溢れたことが分かった。

 指先から暴力的な熱さが広がって全身の表面を包む。

 やっとそれが収まった時には変身が終わっていた。

 全体的に白っぽい服装と、長銃のような武器。

 これが俺の装備らしかった。

「この銃みたいなの、何ですか?」

「火炎放射器です」

 銃じゃなかったらしい。

 ちなみに、特にこれ自体が火を吹く訳じゃ無い。火炎は俺の異能を使って自前で出すものらしい。

 ……それ、意味あるんだろうか。

「ただ火を出すだけだとやっぱりインパクトが薄いかと思って火炎放射器を武器にしてもらう事になりました。ヒーローの装備として恥ずかしくない仕上がりだと思います」

 俺の火炎放射器を見る目から何か感じたのか、本那さんはそう補足した。

「……えっと、白いのは」

「炎だから赤っていうのも安直ですし。戦闘中に市民の目を引くデザインじゃないと」

 ……ヒーローもアイディオンと戦うだけが仕事じゃないし、そういう方面にも気を遣わないといけないんだろう。


「今日の午後からはこれを使った戦闘訓練をしてもらいますので」

 これからはもっと実践的な訓練になるってことらしい。

 緊張するような、楽しみなような。

 なんにせよ、また一歩、ヒーローに近づいたということは確かだと思う。

 そして明日から、もっとヒーローに近づいていくのだ。




 昼食の為に部屋に戻って、もう一度変身してみた。

 鏡を見てみたら、容姿は全く変わらず、白い服装に火炎放射器、という自分が映る。

 ……ヒーローの多くは、変身すると容姿にも影響が出る。

 造詣が大きく変わる人は珍しいが、目や髪の色が変わるのはよくあることだ。

 俺は変わらず、黒髪黒目のままだから……白い服装と相まって、あまり炎のヒーローっぽくない。

 少し動いてみると、慣れないロングコートの裾が足に絡まった。

 ……これだけ裾が長いと戦闘で引っかけたりしそうだし、その分補修も大変そうだ。

 火炎放射器は片手で使える、との事だったが、重い上に重心のバランスがとれていなくて、両手で支えないと自由に動かせない。

 ……これ、直して貰えるだろうか。


 昼食を食べている途中でコートの裾がほつれているのを見つけたので、とりあえずこれは自分で縫っておいた。


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