19話
「ただいまー」
俺が帰って30分程度で茜さんも帰ってきた。
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「うん、上々。こっちから切り出すまでも無かったなー。向こうからお茶に誘ってくれたから乗って、向こうからヒーローの仕事について色々聞かれたから答えた、ってだけ。そのついでにヒーロー企業の選び方についてちょっとアドバイスした、ってだけだしぃ」
それに古泉さんは上出来だ、と満足げに頷く。
「そのやり方なら『ミリオン・ブレイバーズ』に疑われることも無いだろう。真君が便利な異能持ちで助かったな」
「だよね。真クン、汎用性高すぎ」
……よく考えたら、条件があるとはいえ、俺が想像できることなら一応、理論上は可能なのか。
逆に、俺の『嘘』を信じる人が居ないような……密室に俺1人で閉じ込められた、とか、そういう状況になったら俺は間違いなく何もできなくなるが。
「真君の異能については、明日以降にソウルクリスタル研究所に行って、解析結果をもとにまた考えていけばいいだろう。細かい条件もその内分かってくるさ」
そういえば、俺の『前の』カルディア・デバイスを預けて、その解析待ちなんだった。
……解析結果から、どんなことが分かるんだろうか。
結局、解析が終わった、とソウルクリスタル研究所から連絡が入ったのは、2日後の事だった。
その間、俺がやっていた事と言えば、専らアイディオン狩り。
その日も桜さんと一緒にアイディオン狩りに出て、Lv5が1体、というしょっぱい成果を持ち帰った所で、丁度連絡を受けた所だったらしい古泉さんと恭介さんと一緒にソウルクリスタル研究所に行くことになったのだった。
「来たな。よし、じゃ、早速で悪いが適当に座ってくれ。解析結果を見せつつ、今後の相談を……ああ、その前に、計野君の『今の』カルディア・デバイスを預かってもいいだろうか。やっぱり、そっちの解析もしたい。何、そっちは小一時間で終わるだろうから」
窓から研究所にお邪魔すると、そんな訪問の仕方に驚きもしない日比谷所長が早速、喋り出した。
言われるままにベルトを引き抜いて渡すと、日比谷所長はそれを……恭介さんに渡した。
「じゃあ、恭介はそれ、HPSSで解析してきなさい。小一時間で」
「……制限時間付きですか」
ぼそぼそ、と文句らしいものを呟きながらも、恭介さんはどこかへ消えていく。
……恭介さんって、ここの研究員だったりしたんだろうか?
「恭介君は日比谷所長の弟子なんだよ」
「弟子、いや、押しかけ弟子……いや、拾ったのは私だな。ならば、押しかけ門前小僧か」
疑問に思っていると、古泉さんと日比谷さんが補足してくれた。
……補足してくれたけど、そこで終わってしまった。
ますます謎が深くなったような気がする。
「さて、じゃ、計野君の『前の』カルディア・デバイスの解析結果だ。目を通して欲しい」
渡された紙数枚には、幾つかの項目における解析の結果が書いてある。
けれど……今一つ、何をどう見ればいいのか分からない。
「……とは言っても、恐らく意味が分からないだろうから、私からざっと講評しよう」
……お世話になります。
「まず、回路だな。単純に言ってしまえば、まあ、ひどいもんだよ。単純な変換効率が7割だ。これじゃ、碌に身体能力も異能の使用感も変わらなかっただろう。……恭介はまだひよっこだが、あれが作ってもまず9割9分は下らない、と言えば、酷さが分かるかな。カルディア・デバイスの変換効率はな、9割5分は最低でも超えないとまず話にならないんだよ」
そういうものなのか、と言うしかないが、それなら確かにそんなかんじはした。
『前の』カルディア・デバイスは装備しても本当に何も変わらなかったし、逆に今のカルディア・デバイスは装備すれば身体能力が大幅に上昇するのが実感できた。多分、幻影も扱いやすくなってる。
「これに関しては杜撰だ、の一言で片付くんだがね、まあ、次だ。……これには確かに、カルディア・デバイスとして使われていた形跡がある。当然、ソウルクリスタルも使われていたんだろう」
ただし、そのソウルクリスタルがあった場所は、今は単なる窪みになっている。
「使われていたであろうソウルクリスタルは異能Lv2相当。恐らく、エレメントの炎系異能のものだろう。……それから、回路に所々短絡したような部分があった。単純に回路が杜撰だっただけではなく、ソウルクリスタル側にも異常があったとみていいと思う。これを使って変身した時、異常は?」
思い返してみると……ああ、あった。
「凄く熱かったです」
あの時は、あれが正常なことなんだと思っていたが、今のカルディア・デバイスを使ってから、あれはおかしかったんだな、と分かった。
体を焼き尽くすような熱さは、今のカルディア・デバイスを使った時には無い。
ただ、体を包み込むように暖かいだけで。
「ああ……だろうね。さぞ辛かっただろうが、それはとりあえず、今は置いておこう。……さて、恭介はまだか」
まだだと思う。流石に、5分やそこらで終わるものではないだろう。
それは日比谷所長も分かっての冗談なんだろう。
「解析が終わらないと確かな事は言えないが……私の予想を先に話しておこう。あくまで予想だが、十中八九、当たっている自信があるよ。……あのカルディア・デバイスに使われていたソウルクリスタルは、あるソウルクリスタルを削って、その一部だけを使用したものだった」
「回路の短絡……これは、ソウルクリスタルの出力が安定しないから起きるものだろう。こういう現象は、ソウルクリスタルを砕かれたヒーローが、その破片で復帰しようとした時に起こるものだな。……ソウルクリスタルを砕かれたヒーローについては、知っているかな?」
「多少は」
ソウルクリスタルの破損は、ヒーロー人生の終了を意味する。
砕けたソウルクリスタルは修復することができず、また、砕けたソウルクリスタルでは異能の出力が落ち、また、酷く安定しないからだ。
しかし、それでもヒーローに復帰しようとするヒーローは居る。
例えば、元々のソウルクリスタルが大きい……つまり、異能レベルが高かった場合。
砕けても、砕け方によってはレベルを落として活動することができるケースもある。
その場合は前線を退いて、後衛や援護、はたまた、戦闘以外の場で活動を続ける場合が多い。
「しかし、このカルディア・デバイスはそういう……砕けたソウルクリスタル用に作ってあるわけでも無い。まともに働かなくて当然だろう」
俺が出そうとした炎は安定しなくて、出力も射程も足りなくて。
そういう覚えならいくらでもある。
「……ソウルクリスタルを砕かれたヒーローの事を知っているなら、ソウルクリスタルが砕けたらもとに戻せない、という事も知っているね?」
「はい」
しかし、基本的にソウルクリスタルは砕けたら元に戻せない、というのが常識だった。
だからこそ、ソウルクリスタルが砕ける時、多くの場合、そのヒーローはヒーロー人生を終える事になるのだ。
「私は、ソウルクリスタルを砕かれて尚、前線で活動するヒーローを3人しか知らない。1人は、『マーブル・ウォール』。単純にあれはソウルクリスタルが馬鹿でかかったのと、破損が軽度だったからだな。もう1人は『ソフト・アンド・スティッキィ』。ソウルクリスタルを破損された時に異能を発動させていたから、その攻撃のダメージを『無かった』事にできた。正確には破損した、とは言えないかな。それでも十分珍しいケースだが。……それから、『スカイ・ダイバー』」
『スカイ・ダイバー』。
突然出た名前に驚きを隠せなかった。
……古泉さんは、顔色1つ変えずに、相変わらずソファに座っている。
聞いていい事なのか、と目で問うと、苦笑いと共に、大丈夫だよ、とだけ返ってきた。
「『スカイ・ダイバー』は、エレメント風系のソウルクリスタルを完全に破壊された後……何故か、全く別の異能でヒーローとして復帰した。……いい加減、種明かしをしたらどうだね、古泉君」
「本当に良く分からないんですよ。なんで俺は2つ目のソウルクリスタルを手に入れられたのか」
2つ目のソウルクリスタル。
ソウルクリスタルは、1人につき1つ、と言われている。
現に、それが常識だ。2つ目なんて、聞いたことが無い。
……また常識破りな人が1人、『ポーラスター』に居ることが発覚してしまった。
「2つ目のソウルクリスタル、とは言わないが、ソウルクリスタルが変質……つまり、異能が変わったケースなら他に何例か報告がある。古泉君は恐らくそういうケースの変形だとは思うんだがね、異能がパワーアップした、程度ならまだしも、完全に違う異能、となるとこれまたレアケースだな」
虫が脱皮する時に欠損した体の一部を補うようなものか、なんて言いつつ、日比谷所長は俺に向き直る。
「……そして、計野君。君が、私が知る4人目の、ソウルクリスタルを砕かれたにもかかわらず、一線で活動するヒーローなんだよ。……さて、君はどういうトリックを使って『砕けたソウルクリスタルを元に戻す』なんていうありえない所業をやってのけたのかな?」
俺自身、どうしてこうなったのかまるで分からない。
そもそも、俺はソウルクリスタルが砕かれていた、なんて知らなかった。
俺が知らない間に起こった事なんて、ますます知りようがない。
「まさか、『ミリオン・ブレイバーズ』がどうこうした、とは考えにくい。計野君と、このカルディア・デバイスに使われていた部分のソウルクリスタルは手元に無かった訳だし、どうこうしようがない、とも言える」
そもそも、何故『ミリオン・ブレイバーズ』は俺のソウルクリスタルをバラバラにしたんだろうか。
ヒーローとして使うつもりなんて最初から無かった、という事なんだろうか。
「……まあ、以上は全て、予想に過ぎないからな。あとは恭介待ちだ。さて、お茶でも持ってこよう。美味い茶菓子があってね……」
……何にせよ、これ以上話は進まない、という事で、お茶を飲みながら恭介さんを待つことになった。
「終わりました」
「44分か。及第だな」
恭介さんがその評価にぼそぼそと悪態をつきながら、俺にカルディア・デバイスを返し、日比谷所長に紙を渡した。
「ふむ。……おや、これは……面白いな。計野君」
「はい」
「君は、『ミリオン・ブレイバーズ』で炎の術士として活動させられていたんだったな」
日比谷さんが、笑顔を浮かべた。
……うん、恭介さんが時々浮かべる笑顔にそっくりだ。
「君の今のカルディア・デバイスに使われているソウルクリスタルは、完全なものだ。継ぎ目も無い。……ただし、エレメントに限らず炎系の部分が……その部分だけが、突出した能力を持っている」
ソウルクリスタル研究所を辞して、また空を帰る。
「結局、良く分からなかったなぁ」
「精々興味深い、程度ですからね。……あの人にとってはそれが最高なんでしょうけど」
実際、解析してもらってみても、分からないことは多かった。
けれど……無駄では無かった、と思う。
とりあえず、俺のソウルクリスタルは『ミリオン・ブレイバーズ』で一度削り取られて……破損されて、その後何故か……くっついた、と。
そういう事になる。
……古泉さんの例もあるし、もしかしたら別のソウルクリスタルを手に入れただけなのか、とも思うけれど、その割には『炎系の部分だけが、突出した優秀な能力を持っている』。
俺が『ミリオン・ブレイバーズ』で『ベイン・フレイム』として活動した事と関係が無い、とは思いにくかった。
「……まあ、このお礼はすぐにできるだろう。とりあえずまずは、『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローショー、だな」
やっぱり、今日、ソウルクリスタル研究所で話を聞けて良かった。
『ミリオン・ブレイバーズ』は、のさばらせておいてはいけない、と、また強く思う事ができたんだから。