18話
「悪いねー、真クン。荷物持ちにしちゃって」
「半分以上俺のものですから、当然です」
猛スピードで買い物を終わらせた茜さんとの帰り道、俺が荷物の8割を持って帰った。
茜さんは移動手段が移動手段だから、あまり荷物を持って移動するのは得意じゃない。
その点、俺は俺自身が出力になって動いている訳では無く、シルフボードに乗っているだけなので……当然、バランスがとりにくくなったりはするけれど、少なくとも、茜さんよりは荷物持ちに適していると言えた。
……第一、荷物の半分は俺の日用品だったりするわけだし。
「ま、その荷物持ちの成果は必ずあるぞ、真クン。ヒーローショー当日の桜には期待していいよ。絶対に似合うワンピース見つけたから」
ちなみに、残り半分の荷物は食料と、トイレットペーパーやティッシュペーパー等消耗品。そして、桜さんと茜さんの衣類だ。
「真クンも含めてさ、『ポーラスター』の面子って皆、服に頓着無さすぎなんだよね。唯一、叔父さんだけは多少こだわりあるけどさ、それだってどうせ精々シャツがージャケットがーってレベルだしさ。自分で面倒みるだけマシだけど……恭介君に至っては、ほっといたらずっと同じ服着てるし、人目が無ければいっそ全裸で生活するかも」
恭介さんなら3日着替えないぐらいならやりそうな気がする。
「……桜もさ、着るもの、全然頓着無くて。ほっとくと制服と体操着とヒーロー衣装と寝間着だけで生活しようとするから、一緒に買い物出た時に買ったり、今日みたいに私が服買ってきたりして着せてるの」
確かに、着るものにこだわりがあるようなタイプには見えない。
というか、あんまり自分に興味がある人じゃないんだろう。
……成程。『ポーラスター』には世話好きなタイプの茜さんが居て丁度いいんだろう。
街中を少し外れた辺りで、アイディオンを発見した。
茜さんとアイコンタクトを取って、近づく。
……しかし。
「あー……これは、危なくなったら手、出そっか」
ビルの屋上に着陸して、茜さんとそれの様子を見る。
そこには、Lv1のアイディオン相手に金属バットで戦う人がいた。
「真クンもああいうかんじだったの?」
「俺はシルフボードに乗りながらだったんで、あそこまで危なっかしくは無かったと思いますよ」
「どうだか。それ多分、叔父さんあたりが見たら発狂するレベルの『危なっかしく無さ』じゃないかなー」
眼下のヒーローの卵は、危なっかしくアイディオンと一進一退を繰り広げていた。
周囲の人は避難するなりしているらしく、正に孤軍奮闘だ。
……いや、違う。
1人、いる。
「……あいつ……!」
スーツ姿の、小太りの。
「ん?どいつ?……あー、あいつか。……ん?あいつがどうしたって?ん?」
『ミリオン・ブレイバーズ』のスカウトに来たらしいその姿が、建物の陰に隠れるようにしてあった。
「……あー、察した。あれか。『ミリオン・ブレイバーズ』の奴か」
茜さんは俺が何も言わなくても、察してくれたらしい。
「成程。あのヒーローの卵クンをスカウトにきた、って事かー。……どうするよ、真クン」
そして、俺を見る茜さんの目は、悪戯っぽく輝いている。
「どうする、って……」
「いや、これを見逃したらヒーローの名が廃るでしょ。悪の組織の毒牙にかかる前に、あのヒーローの卵を救出してやらなきゃさ」
悪の組織、って。
思わず吹き出すと、茜さんはますます笑みを濃くした。
「真クンが出る訳にはいかないでしょ?出るなら私が出るからさ。とりあえず、あの邪魔な奴、追っ払おうか。ね、幻影でLv10のアイディオンかなんか、こう、わんさか、っと20体ぐらい出せば?」
成程、幻影で本那さんを追い払っておいてから、茜さんが出ていってヒーローの卵と話す、って事か。
……いや、それ、駄目だ。
「駄目です。それやると、多分、本当にアイディオンが20体出てくるんです」
「えっ何それ怖い」
多分。
俺の異能は……多数決だ。
今一つ条件がはっきりしないけれど、多分、その場に居る人の半数が俺の『嘘』を『信じた』時、それは『信じていない』人にとっても真実になる。
Lv10のアイディオンと戦った時、ヒーロー2人が来た。その瞬間、俺は幻影を出していなかったから、ヒーロー2人は『嘘』を『信じていない』人になった。
……そして、その途端、その時まで『信じていた』Lv10アイディオンにも『嘘』は効かなくなった。
さらに、そのヒーロー2人に氷のドームを被せて『嘘』を『信じている』状態にした。
そうした時……『嘘』を『信じていない』状態になっていたLv10アイディオンにも氷の弾丸は効いたのだ。
……あの時、あの場に居たのは俺と桜さん、Lv10アイディオン、そして、後から来たヒーロー2人。
計5名だったわけで……桜さんは俺の『嘘』が『嘘』だと知っている訳だから、『信じていない』方に入っていたと考えよう。
そうすると最初、『信じている』:『信じていない』は、アイディオンと桜さん1人ずつで、1:1。その時、アイディオンには『嘘』が効いた。
その後ヒーロー2人が入って、『信じている』:『信じていない』が1:3になって、アイディオンに『嘘』が効かなくなった。
そして氷のドームを展開して、『信じている』:『信じていない』が2:2になって、アイディオンに『嘘』が効くようになった。
……ここから考えると多分、俺自身は票数に入れないか、俺の票はどちらに入れてもいい、みたいなかんじなんだろう。
つまり。
以上の事から導き出されるのは……うっかり、その場に居る人達の半数が『Lv10アイディオンがわんさか20体ぐらい居る』という『嘘』を信じてしまった時……多分、本当にLv10アイディオンが居るのと同じ状況になってしまうのだ、という事。
危険だ。
危険すぎる。
……勿論、効果の、というか、投票の対象がその場に居る人なのか、はたまた全世界なのか……そういう所が分からないから、条件次第ではそうならない可能性もあるけれど、あるけれど……それだって、リスキーすぎるだろう。幾らなんでも。
……という事を茜さんに掻い摘んで話した。
「うわ、そりゃ駄目だ。……えっと、一応、質問ね。それってさ、その多数決?の結果、『信じない』が多かった場合も、『信じている』人にはそれが真実になってるの?」
……古泉さんと、恭介さんと一緒に、異能の実験をした時の事を思い出す。
ちくわに剣の幻影を被せて軽く叩いたら、古泉さんにはそれが剣として認識されていた。
恭介さんは当然、それが剣ではなくちくわだと分かっていたから、その時の『信じている』:『信じていない』は1:1。
……あの状態で恭介さんを叩いたら、『信じていない』にもかかわらず剣として認識されたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
同数の時はどっちになるのかが分からない以上、何とも言えなかった。
「確かめる時間も無いもんね。……うん、じゃ、とりあえず真実になっちゃっても私に何とかできるような……Lv5ぐらいのアイディオン1匹、出してよ」
そして、それを見て本那さんが逃げたら、茜さんがLv5アイディオンを倒して、ヒーローの卵に注意して終わり。
もし本那さんが逃げなかったら、茜さんがヒーローの卵を誘惑してナンパしてその場から連れ出して、注意して終わり。
……とんだマッチポンプだ!
しかし、他に方法も思いつかず、ヒーローの卵がLv1アイディオンを倒した瞬間を狙って……丁度出てこようとした本那さんからヒーローの卵を守るような位置に、『Lv5のアイディオンの幻影』を生み出す。
イメージは、桜さんと茜さんが前、戦っていた奴。
茜さんが戦う訳だから、一発一発が大きくても、隙が大きくて、かつ、精神攻撃系がやたら効きやすい……そんな奴をイメージする。
そして、それが現れた途端……ヒーローの卵は顔色を変えて、しかし、金属バットを握りしめた。
……戦うつもりなのか。
そして、俺が幻影を動かすより先に、ヒーローの卵は動き出す。
もう彼は『嘘』を信じているらしい。
つまり、彼が戦っているのは、少なくとも彼にとっては『本物の』Lv5アイディオン。
……負けるのも、時間の問題だった。
そこまでを見た茜さんが、変身して、高く飛ぶ。
「空の上からこんにちはぁああああああ!」
そして、何も無い空間に踵落としを決めると、その何も無い空間を支点にしてくるり、と宙返りし、そのまま地面に着陸した。
「Lv6ヒーロー『パラダイス・キッス』!あなたに天国、見せてあげる!」
そして、途端に顔を輝かせたヒーローの卵を背に庇うようにしながら、何も無い空間と戦い始める。
……目を凝らす、というか……『そこにアイディオンが居る』と思ってその場を見る。
すると、途端に俺の目にもそれが見えるようになった。
あまりの切り替わりぶりに驚きつつも、それを観察していると、茜さんは投げキスしながら大体蹴り技でアイディオンにダメージを与えていく。
アイディオンからの反撃は無い。状態異常になっているんだろう。……多分あれ、寝てる。
寝かされては蹴りで起こされ、そして反撃する前にまた寝かされているかんじだ。……えげつない。
そして、数分で蹴りはついた。
「正義は必ずかーつっ!と。……さて、そこのキミ、怪我はない?」
金属バットのヒーローの卵に手を差し伸べて、茜さんはにっこり笑う。
……そして、何かやり取りしたと思ったら、茜さんが軽く、投げキスをする。
回復なのかな。……いや、それと誘惑か。
茜さんがちらっ、と振り返った先に、本那さんが居る。
一旦逃げたものの、もう一回戻ってきたらしい。
そして、茜さんはヒーローの卵を連れて、近くの喫茶店に入っていった。
……本那さんはその場でおろおろしてから帰っていった。
これで、1人のヒーローの卵が救われた、と思っていいだろうか。
俺みたいな目に……いや、俺以外の、俺よりもっと悪かった……死んだヒーローの卵たちのような目に遭う人が1人減ったと、そう思って、良いだろうか。
ましてや、俺達がそれを阻止できた、と。
……無性に、嬉しかった。
……さて。感慨にふけるのもここまでにするとして、だ。
俺は大量の買い物荷物と一緒に取り残された訳だが……うん、先に帰っておこう。




