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双子は家に帰りたい

「なー、ソウ」

 ある日の夕方。僕が書類整理をしていたら、コウが唐突に、提案してきた。

「休み取って、院、行かねえ?お菓子大量に買ってさ」




「え?休み?別に構わないよ。……というかだな、むしろ、もっと早く、言ってくれても良かったのに」

「いや、遠慮してた訳じゃねえって。今まで別に休み欲しいと思った事も無かったし、そもそも『ポーラスター』なんて年がら年中休みみたいなもんだったし」

「コウ、それは言いすぎ」

 その日の内に、休みを申請した。

 僕は今、『ポーラスター』の書類の手伝いしてるし、コウは実動の方を手伝ってる。

 ……これについては、不満は無い。僕は頭脳、コウは肉体の方で働く方が性に合ってる、っていうのは間違いないし。

 ただ、実際の能力については、どうかな。周りが思ってる程、コウは頭脳労働が苦手じゃないし、僕だって暴れるのは嫌いじゃないんだけど。

「で、お休みとってどこ行くのよ、ショーネン達」

 楽しそうな茜さんは、大方、僕らの行き先なんて気づいてそうだけど。

「孤児院。出てくる時、そういやかなり、皆に心配かけたよなー、って思い出して」

「あー、そういや君ら、ヤバい組織に囲われてたよね」

「おう。孤児院の借金のカタに売られたからな!」

 コウはそう言って笑うけれど、僕もコウも、孤児院をそんなに恨んではいない。だって、誰が悪いわけでもない。

 貧乏が悪い、なんて言ったら甘いって、分かってはいる。だって、『ポーラスター』の人達は、経営がカツカツの状態で僕達を拾って、カルディアデバイスまで作ってくれて、雇って、住まわせてくれた。

 ……でも、皆が皆、そういう風に身を削れる訳じゃない。それも僕らは、知ってる。僕らだってそうだった。異能持ちじゃない人達を襲って、賭けに参加させて、金品巻き上げてたんだから。……だから、悪人たる僕らが、悪人を恨むなんて、お門違いもいいところ。そう、僕らは割り切ってるんだ。

「……ま、売られちまったけどさ、あそこにはチビ達も居たし、センコーにも世話にならなかった訳じゃないしな」

「折角僕ら、お給料だって貰ってるんだから、お菓子持って行こうと思って」

 そう僕らが言ったら、茜さんは優しい笑顔を浮かべて、僕らの頭をわしわし撫でた。

「ん。じゃ、しっかり行っておいで。……ヒーロー『ブラック・ジャック』」




 次の日。僕らは朝一番で……ってこともなく、普通に起きて、普通にご飯食べて、普通より少し遅い時間に事務所を出た。

 なんでって、あんまり早く出ても、店が開いてないんだ。

 僕らは里帰りする時、絶対にお菓子持って行こう、って決めてた。僕らが孤児院に居た時は、お菓子なんて嗜好品、滅多に食べられるもんじゃなかったし、差し入れがあるとすごく嬉しかったから。

「じゃ、まずは菓子だな!」

「ね。……なんかさ、変なかんじするよね。こんなにお金持ってお菓子買いに来れるなんて」

 カートを押しながら、ありきたりな、なんてことないスーパーの中を歩いていると、夢みたいだ、と思う。

 僕らだけでこうして買い物してる、っていうのがまず、昔からしたら考えられなかった。

 それに、僕らの力で稼いだお金で、買い物できるなんて。(……っていうと語弊があるかもしれない。古泉さんのお情けで給料もらってる自覚はある。僕ら、まだまだ半人前もいいとこだろうし)

「やったぜ、好きなだけ買える!」

「わー、これとか箱で買えちゃうんだ……」

 ……なんか僕ら、変わったんだなあ、って、思う。

 孤児院に居て、その後、ちょっとヤバい人達のところに連れていかれて。

 その時からは考えられないような事が今、できてる。

 本当に、周りの人達に、助けてもらって、ここまで来れたな、って、思う。古泉さんが筆頭だけど、茜さんも恭介さんも、真さんも、桜さんも。それから、金鞠さんとか……あと、ロイナも。

 僕らは彼らに人生を貰った。感謝してもしきれないぐらい、感謝してる。

「な、ソウ」

「何?」

 既にお菓子でいっぱいになったカートの上に、コウがもう1つ、お菓子を乗せる。

「これはポーラスターの分な」

「うん。僕も選んでいい?」

「おう、好きなの選べよ」

 ……それから、もう1人。

 コウにも、助けられてきたな、って、思う。きっと僕1人じゃ生きてこられなかった。

 それで、これからはお互いに1人でも生きていけると思う。

「じゃあ、コウがしょっぱいの選んだから僕は甘いのにしとこうかな……っていうかさ、なんでこのチョイス……?」

「いいじゃん、カルパス美味いじゃん」

「茜さんは喜びそうだけどさあ」

 僕も1つ、コウが選んだのとは違うお菓子を幾つかカートに積んで、カートを押し始めた。




「……そ、ソウ。なんか、緊張するな……?」

「うん、なんでだろうね……」

 シルフボードで30分。

 僕らは、元居た孤児院の前に来ていた。

 古くて全然綺麗じゃない建物。重い鉄の門は赤錆が浮いていて、すごく重い。確か、初めてここに来た時もこれが怖かったっけ、なんて思い出す。

 誰かに連れてこられて、ここに入れられて、内側から頑張って押しても、全然門は動かなくて。それが怖くて泣いたような覚えがある。泣いたのは僕じゃなくてコウだったかもしれないけれど。

「よし、行くか」

 コウが軋む門を押す。ギイギイ音を立てながら、案外あっさり、門は動いた。

「……ん」

 それを見て、コウが首を傾げる。

「なあ、ソウ。ちょっとこれ、引いてみて」

「うん……あ」

 言われた通りに門を引いてみて、コウが言いたかったことが分かった。

 門は、そんなに重くなかった。

 ……いや、違うか。僕達の力が強くなったんだ。

「昔は何だって、こんなのが怖かったんだかなー。……あ、覚えてるか?ソウ、この門押しても開かなくて、俺達泣いたの」

「ああ、そうだっけ」

「そうだよ。あ、ソウが先に泣き始めたんだからな!」

「そ、そうだっけ?」

「そうだよ!」

 僕らは門の内側に入って、建物に向かって歩き始める。

 荷物はかさばるし、シルフボードも抱えてるし、コウに小突かれながらで歩きにくいけれど、いつの間にか緊張はしなくなってた。


「こんにちはー」

「ちはー!」

 僕らが建物の中に入ると、玄関の傍に居た子達が驚いた顔をした。

「お兄ちゃん!」

「おお、チビども、元気にしてたか?」

 わらわら寄ってくるのは、僕らの弟分や妹分だ。僕らの後から入所してきた、僕らより小さい子達。

「チビじゃない!」

「俺、身長のびたし!」

「私だってもうチビじゃないもん!」

 僕らが最後に見た時よりも大きくなったきょうだい達は、騒ぎにつられて後から後から、あちこちから湧いて出てくる。

「ほーら、お土産だ。お菓子。皆で仲良く分けろよー」

「こっちにもあるよ」

 出てきた子達の中でも年上な子や、僕らと大体同い年の子にお菓子の袋を渡すと、小さい子達から大きな歓声が上がった。

 喜んでもらえるのは嬉しい。もうアイディオンも居なくなって平和になって、お菓子なんて珍しくもなんともなくなってて喜んでもらえなかったら少し悲しいな、なんて思ってたから、ほっとした。


「なあ、コウタもソウタも、今までどこ行ってたんだ?」

 お菓子の袋を渡して少ししたら、突然、そんなことを聞かれた。

「僕も気になる!」

「先生達も教えてくれなかった」

「なんで居なくなっちゃったの?」

「どこに行ってたの?」

 僕はコウを見た。コウも僕を見て、頭を掻く。

 ……まあ、借金のカタに売り飛ばされた、なんて、言えないよね。

 特に、きょうだい達の後ろに、真っ青な顔した先生が居たら、尚更。


「コウタ君、ソウタ君……」

 先生は、お帰りなさい、とも、いらっしゃい、とも言わず、ただ困っていた。

 僕らはそれを見て、苦笑いする。

 ……僕らはまだ子供だけど、少しは大人になった。真さんがミリオン・ブレイバーズの連中をやっつけてるのを見てたら、子供よりよっぽどどうしようもない大人だって多いんだな、ってことも分かった。

 僕らは少し大人になったから、どうしようもない大人を許せなきゃいけない。

 それが、僕らを少し大人にしてくれた人達への恩返しになるって、僕は思ってる。きっと、コウも思ってる。


「お久しぶりです。先生。お元気でしたか」

「ふ、二人こそ、元気そうで……」

 先生からの助け舟は期待できない。さて、なんて言おうかな。

 こういうのを考えるのは大体、僕の役回りになる事が多い。コウは勢いで誤魔化すタイプだ。最初にそれっぽい理屈を付けるのは、僕。

「あのね。僕ら、ヒーローの所に居たんだ。そこで僕ら、ヒーローやってた」




 それから僕らは、きょうだい達に囲まれながら、ヒーローの話をしていた。

「それでな。そこで俺達が作ったフィールドで、スカイ・ダイバーが戦ったんだ。でっかいチェス盤。そこで赤い鎌のアイディオンとスカイ・ダイバーの殴り合いだ。でも、あのスカイ・ダイバーも追い込まれて……」

 こういう話は、コウの方が上手い。人の感情を乗せるのが上手いのは、コウの方。僕はコウみたいに人の感情を盛り上げたりするのが上手くないから、理性だけで片付く仕事をすればいい。

「コウ、ちょっと僕、お手洗い」

「ん?……おう。分かった」

 目くばせすれば、コウはそれだけで気づいた。僕はきょうだい達の輪の中から抜け出して、部屋の隅で僕らを見ていた先生に近づく。

「先生」

 先生は怯えたような目で僕を見ていた。

「あの、先生。僕ら、大丈夫です。本当に。ええと、なんて言ったらいいのか分からないけれど……とりあえず、本当に、恨んだりとかは、してないんです。今の僕ら、真っ当に過ごしてるし、本当に幸せに生活できてるし……」

 何時の間に、僕は目の前の人と、対等に話せるようになったんだろう。

 コウが夜に部屋を抜け出して、僕も付いていって、そこを見つかって怒られて。或いは、友達と喧嘩したらやっぱり怒られて。

 怒るとすごく怖くて、でも僕らの世話をしてくれて、尊敬もしていて……遠い、大人だったはずなんだけれど。

「ソウタ、君。あの時は、本当に、本当に……」

「あの。僕ら、誇らしく思ってます。僕らはこの孤児院ときょうだい達を守れた。……そう、ですよね?」

 今にも泣きそうな先生を見て、僕は僕らがここを出た時よりも随分、大人に近づいたんだな、って感じた。




 落ち着いた先生と2人で話す。

 コウは相変わらず、きょうだい達に囲まれてヒーローの話を続けてる。多分、僕が先生と話せるように、だと思う。コウはこういうところ、気が利くから。

「……改めて、お帰りなさい。ソウタ君。……いや、もう、『いらっしゃい』かな」

「ええと……『ただいま』。先生」

 僕がそう答えると、先生は申し訳なさそうな、嬉しそうな顔をした。

「そう言ってくれるのは嬉しいね。ここはいつまでも、君達の家だ。他に家ができたとしても。いつでも、帰ってきて……いや、そんな事を言える立場じゃあ、ないね」

「いいえ。僕ら、そのつもりですよ。僕らが育ったのは、やっぱりここだから」

 本心だ。お世辞でもなんでもなく。

 あんまりいい生活はできなかったけれど、ここは僕らの家だ。

 茜さんだって天原家が家だ。恭介さんだって、千波家が家だ。僕らだって、この孤児院が、僕らの家なんだ。

「ここが、僕らの家なんです」


「……立派になったね。ソウタ君」

「そう、ですか?」

 先生は相変わらず、嬉しそうで、申し訳なさそうな、複雑な表情だった。

「ああ。コウタ君も。……苦労しただろう。いや、苦労させて……」

「あの、先生」

 僕は先生に言いたかったことを、思い出した。

「聞いてほしいんです。僕らの話。いろんなことがあったから」

 恨んでない。悲しくもない。苦労は確かにしたけれど、でも、それ以上に今、すごく楽しい。

 ……それを聞いてほしかった。

 聞いて、申し訳なく思ってもらいたい訳じゃなくて、喜んでもらえればそれが嬉しいけれど、それも別に、どうでもよくて。

 ただ、聞いてほしかったんだな、って、思い出した。

 僕らは少し大人になったけれど、まだ、子供で居てもいいと思うから。




 それから3時間後、僕らは散々遊んで、散々話して、孤児院を後にすることにした。

「またいつでも、遊びにおいで」

「おう!先生も元気でな!くたばんなよ!」

「また来ます」

 きょうだい達と先生に見送られて、僕らは門を出ていく。

 少し傾いた太陽に照らされながら、僕らはシルフボードを起動させて、孤児院の前から飛び立った。


「ごめんね、コウ。きょうだい達の方、任せっきりで」

「いーや。そっちこそ。先生の方、上手くやってくれて助かった」

「でもコウも先生に話したい事、あったんじゃない?」

「それはソウの方もだな。チビども、ソウの話も聞きたがってた」

 コウは楽しそうにケラケラ笑って言った。なんか、最近コウの笑い方が茜さんとかに似てきた気がする。

「先生も。コウの話も聞きたいと思う」

「そうか?俺の話って、つまりほとんどソウの話じゃん。聞いても面白くねえと思うけどな」

「コウが話す話が聞きたいと思うよ、ってこと」

「分かってるよ、んなこと」

 シルフボードで大分高度が上がった所から、孤児院をもう一回振り返る。

 小さく見える孤児院は、もう、僕らにとって、昔とは違う場所だ。育ててもらう場所でも、生活する場所でも、守ってくれる場所でもない。

 ……でも、帰る場所では、あるんだと思う。

「また、近い内に帰らないと、ね」

「そのためにもまた、明日から働くかー。チビどもにお菓子買ってかねえと」

「そうだね」

 一方で、僕らは『ポーラスター』にこれまた『帰る』訳なんだけど。まあ、家なんて、いくつあったって、別にいいよね。




「なんかよー、最近、ソウの笑い方、真さんに似てきたよな……」

「コウは茜さんに似てきたよ」

「……俺さあ、似るんなら、古泉さんがいい」

「あ、それは僕も……いや、真さんが嫌いな訳じゃないけど」

「うん、まあ、古泉さんだよな」

「うん。古泉さん」

 割と真剣に無駄口を叩いてる間に、『ポーラスター』の事務所が見えてくる。窓から顔を出しているのは桜さんだ。僕らが帰ってくることを見抜いていたみたいだ。

 桜さんが部屋の中に何か呼びかけると、茜さんや真さん、古泉さんも窓から顔を出して手を振ってくれた。

「ただいまー!」

「ただいまー!」

 僕らも大声で応えて、手を振り返した。


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