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155話

 胸に穴の空いたソウタ君はどう見ても、生きてはいなかった。

 すぐにその穴を幻影で塞げばよかったのだろうか。

 ……いや、そんなことをする時間すら無かった。

 俺達の誰もがその場を動けないうちに、化け物は粉砕され、また粉砕され、そして粉砕された。

 誰もが認識しない一瞬と一瞬の間で、化け物は何度も何度も、叩きのめされた。

 誰がどのように、なんて、考えるまでも無い。

 今や時間は全て、コウタ君のものだった。

 細切れに伝わる時間の破片には、コウタ君の慟哭が細切れになって混ざっていた。


 一瞬後には景色が変わっている。

 その一瞬で何かをする前にもう次の一瞬になっている。

 何が起きているのかを把握する前に次の瞬間が来て、その次の瞬間を把握する前に更に次の瞬間が来る。

 その1コマ1コマすべてで、化け物が叩きのめ直されているのだ。

 コウタ君の異能について知らなかったら、あまりにも奇怪な光景に自分の頭を疑ったかもしれない。


 何十、何百という細切れな瞬間の連続を見続け、そこに混ざるコウタ君の細切れな慟哭を聞き、幾度となく叩き潰される化け物を見続け、俺達は自由に動くことすらままならないような数秒間を過ごし。

 そして、その終わりは唐突に訪れた。

 また前の一瞬とは違う光景が見えたと思ったら、その次の瞬間になっても目の前の景色は飛ばなかった。

 その代わり、俺の視界の端でゆっくりと倒れるコウタ君が見えた。


 まともに動けるようになってすぐに判断が追いつかないながらも、とにかくコウタ君を回収しなくては、とだけは思えたらしい。

 シルフボードを飛ばしてコウタ君を掴んだら、もう体が元に戻ったらしい化け物の手足が追いかけてくるのを何とか避けながら距離を取る。

 距離を取る俺と入れ替わる様に、古泉さんが前に出る。

 俺を追いかけていた手足は古泉さんを標的に変えて、古泉さんを襲い始めた。

 ……その間に何とか、茜さんの所までコウタ君を運んだ。

「……ソウタ君、どうですか」

 茜さんは、心臓を失っているソウタ君の回復を試みていた。

 だが、結果は見るまでも無い。

 ソウタ君の胸に空いた穴はそのままで、そこにあるべきものが何もない。

 覚悟していなかった訳では無い。

 ヒーローとは、こういう職業だ。

 ある日突然、仲間が死ぬ。そういう職業だ。

 ……けれど、こんなの。


「コウタ君の方、みせて」

 茜さんは俺より冷静だったかもしれない。

 動かないコウタ君をすぐに抱き寄せて、その額にキスした。

「……ああ、駄目、だ……コウタ君、動いてない。時間が止まっちゃった、みたい……」

 俺達はここで初めて、コウタ君の異能のコストを知った。

 時間を止めすぎたから、きっとコウタ君の時間が、止まってしまった。きっと、永遠に。

「……その方が幸せなんじゃないですか」

「……どうだろ。コウタ君、ソウタ君がこうなったの見て、それから……1人で、ずっと、あのバケモノぶん殴って、」

 茜さんはそこで言葉を途切れさせた。

 茜さんだって、覚悟していなかった訳じゃないだろう。

 それでも、それだって……今、俺達が対峙している化け物の、反則的なまでの強さ。それと対峙する絶望感。そして、消えてしまった街、ヒーロー達……そういったものと相まって、とてもじゃないが、これ以上を受け止められる余地が無い。

 俺の耳の奥で、細切れな慟哭が木霊する。




「……いつまでも叔父さん任せじゃ、駄目だね」

 茜さんは最後に1つ、コウタ君とソウタ君の額にキスを落とすと、勢いを付けた立ち上がった。

「そう、ですね」

 恭介さんも立ち上がる。その手に大ぶりなナイフが握られているのを見て、何をする気なのか、なんとなく分かってしまった。

「……ね、恭介君」

 茜さんが恭介さんの腰に腕を回す。

「あのさ、この間、大通りのランジェリーショップでさ、なかなかに可愛くて程よくえっちいランジェリー、見つけちゃったわけですよ」

 何を言っているのか、とは思わない。

 茜さんの表情はどこまでも優しくて寂しげで、固い意志を感じさせるものだったから。

「……見たい?」

「……是非」

 答える恭介さんの表情は、見た事が無い位に晴れやかだった。

「ピンクと紫、どっちがいい?」

「……両方、ってのは、無しですか」

「あははは、だったら余計、真クンにお願いしとかなきゃね」

 茜さんはけらけら、と笑ってから、俺を見つめた。

「真君」

「はい」

 俺は、頭が回らない。

「私は恭介君のお望み通り、なかなかに可愛くて程よくえっちいランジェリーを着て恭介君を襲わなきゃいけないのよねん」

 このままじゃだめだと思っているのに、もう、何をどうしたらいいのか、分からない。

「ってことでさ、後で生き返らせてよ。私、信じてるよ。何をってんでもなく、ただ、真クンならなんとかしちゃうんだろうなー、って、漠然と信じてる」

 茜さんの言葉が嬉しい反面、どうしようもなく重荷でもあった。

 今更、こんな、俺の嘘を信じてくれる人が居ないような状況で、どうやって誰をどういう風に騙せばいいのだろう。


 茜さんはするり、と恭介さんの手から、ナイフを奪う。

「……私がシた方がいいでしょ?」

「まあ、はい。……言葉だけ聞くといつもの如くエロいんですけどね、それ」

 恭介さんは遠慮がちに、茜さんの背中に腕を回した。

「真さん、じゃ、あとはよろしくお願いします」

 恭介さんがそう言うや否や、茜さんが恭介さんの背中から勢いよくナイフを突き刺した。

 ごぼ、と、恭介さんの口から血液が漏れる。

 茜さんは違うことなく、恭介さんの心臓を刺し貫いていた。




 茜さんがナイフを引き抜くと、恭介さんが崩れ落ちる。

 その向こう側で、古泉さんを好き放題串刺しにしていた化け物がもだえ苦しみ始めたのが見えた。

 そして、茜さんが恭介さんの胸にもう一度ナイフを突き刺すと、今度こそ、恭介さんは死に、化け物も死んだ。


 化け物は恭介さんと同じように崩れ落ち、動かなくなった。

 古泉さんはその隙に古泉さんを刺し貫く化け物の手足を粉砕して、その傷を癒す。

 そして、茜さんは。

「っと、じゃ、これでホントに、おーしまい、っと」

 恭介さんを刺したナイフで、茜さん自身のソウルクリスタルを砕いた。

 その瞳はガラスの緑色。

 恭介さんのソウルクリスタルを使って、茜さんは茜さんのソウルクリスタルと同時に化け物のソウルクリスタルをも、確かに砕いた。




 〈ειμαι αιδιον!〉

 伸びた化け物の腕は古泉さんを掠めてこちらへ伸びて、俺を突き飛ばした茜さんを突き刺した。




「死んでも、生き返る、ソウルクリスタルを砕かれても平気。……ははは、参ったな、こいつはどうやって倒せばいいんだ?」

 乾いた笑い声を上げる古泉さんに、また化け物の手足が襲い掛かる。

 そして、離れた場所に居る俺と桜さんにも。

「っ、るさないっ!」

 桜さんは襲い来る化け物の手を、ただ凄まじい風だけで押しとどめ、そして、反撃に転じた。

「るさない!許さない!許さない!許さないっ!」

 桜さんが声を荒げる度、吹き荒れる風は荒々しさを増していく。

 風に巻き上げられた瓦礫が宙を舞い、化け物に向かって飛んで行く。

 風そのものも刃になって化け物を切り刻む。

 〈ειμαι αιδιον〉

 それでも、化け物は再生し続ける。

 その度に古泉さんは攻撃を受け、桜さんは攻撃を受け、俺は攻撃を受け。

「真君!しっかりしろ!こいつを何とかできるのは君だけだ!」

 古泉さんに言われなくても、分かっている。

 分かっているが……何を信じたらいいんだ!


 古泉さんはともかく、俺と桜さんは次第に負傷が激しくなっていく。

 あの桜さんですら躱しきれない攻撃を俺が躱せるわけが無い。

 攻撃を受ける度に俺の思考はぶつ切りにされて、痛みと出血はどんどん俺から力を奪っていく。

 色濃く落ちた絶望の陰を拭う事が出来ずに、ただ、ありのままのこの現実を信じることしかできない。

 いっそ、気が狂ってしまったら楽だった。

 そうしたら、少なくとも俺は、俺にとって都合のいい嘘を本気で信じることができただろう。

 中途半端に残った理性が俺の邪魔をしている。


 視界の端で、古泉さんが左腕を切断されたのが見えた。


 そして、古泉さんの体を貫く化け物の手足が見えた。


 古泉さんはそれきり、動かなかった。

 ……古泉さんの第二のソウルクリスタル、古泉さんの奥さんの遺志は、そういえば、古泉さんの左手の薬指に装備されていたのだったか。




 街は全て消え、仲間たちも消えていき。

 気づけば、もう残っているのは俺と桜さんだけだった。

「真君」

 ひたすら風を盾にして攻撃を留めることしか、もう桜さんにはできないらしかった。

 そんな、弱り切った桜さんが俺の名を呼ぶ。

「真君」

 か細い声が、どうしようもなく重い。

 俺にのしかかる、何人もの意志。そして、この世界全体。

 その世界も、もう残っているのは俺と桜さんと、化け物だけだ。

 こんな状態で、何を。

「真、君」

 ……こんな状態だから、俺は桜さんの元に駆け寄って、その手を取った。

「桜さん」

「真君、なの?」

「うん」

 風が弱まる。

 俺は咄嗟に、もう何の役にも立たないだろうけれど……壁の幻影を、幾重にも重ねた。

 せめて、最後に少しだけ時間が欲しかった。




「桜さん」

 夢だけれど夢じゃなかった、あのアイディオンのフィールドの中で、俺は桜の樹を生やしたよな、と、その時の桜さんの笑顔を思い出しながら、周りに桜の樹の幻影を生み出す。

 きっと、桜さんは桜の花が好きなのだろうから。

「……真君、今、どういう、状態?私、もう、目が……見えないの」

 ……が、無駄だった。

 桜さんの目は開いてはいるものの、焦点が合っていない。

 化け物の攻撃で、視力を失ってしまったらしかった。

「……ええと、ね、桜、が咲いてるんだ」

 こんなんじゃ意味が無い、と思いながら、俺は周りの様子を桜さんに口頭で伝えるしか無い。

 本当なら、花を見て笑ってほしかった。

 どうせどうにもならないなら、最後に、そのぐらいは……好きな女の子の笑顔ぐらい、見せてもらったっていいじゃないか、と、思った。

「すごく綺麗だ。何本、あるのかな……見渡す限り、全部、満開の桜で……」

 自分の語彙の無さが心底憎い。

 どうしたらいいんだろう。どうやったら、桜さんに……今にももう、死んでしまいそうなほど弱った桜さんに、笑ってもらえるだろう。

「……桜?」

「そう。桜。春でも無いのにね」

 壁の幻影が軋む。けれど、もう少しだけは、もってくれ。

「桜さん、アイディオン、倒したよ。皆無事だ。街も戻ってる。皆、アイディオンが消えた、ってお祭り騒ぎだ」

 もうどうしようもなくて、子供騙しにもならないような嘘を並べ立てる。

「……本当、に?」

 ……桜さんにも、これが嘘だと分かっているのだろう。当然だ。俺だって、こんな嘘に騙されるわけが無いことぐらい、分かってる。

「本当だよ。もう、ヒーローの要らない世界に、なったんだ。アイディオンももういないし……これから、どうしようか」

 それでも、信じてもらえそうにない嘘を並べることをやめられない。

「俺、高校、途中で辞めちゃった事になってるから……また入り直してもいい、かな。いいよな。もう、平和になったんだし」

 アイディオンが居なくなったら、やりたいことは山の様にあった。

 それこそ、高校に入り直すだけじゃなくて、孤児の世話とか、廃墟エリアの復興とか、前に住んでいたアパートの大家さんに恩返しするだとか。

 ……ああ、まだ、あった。

「桜さん、俺、アイディオンが居ない世界になったら、桜さんに、聞いてほしいことが、あって」

 この瞬間だけは、俺も信じよう。

 全部終わって、何もかもが平和になって、もう、何も思い残すことが無い位、全てがうまくいってるんだ、と。

 そうでも思わないと、こんなこと、言えやしない。

「俺、桜さんの事が好きだ」




 桜さんの目に光が走るのが見え、ぶわり、と、桜の花弁が舞った。


多分次回最終話です。

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