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153話

 途端、今まで優しく誘惑してきたそれは、攻撃に転ずる。

 突如、天から槍が降り注ぎ、地から剣が突き出る。

 まだ動きが悪い体を無理やり動かして、俺は近くに倒れていたまだ動けそうにない桜さんを拾ってシルフボードを起動する。

 見れば古泉さんは茜さんと恭介さんの方に行っていたので、俺はそのままコウタ君とソウタ君の方に向かう。

 間一髪、なんとか突き出る剣より先にコウタ君とソウタ君の襟首をつかんでその場を離脱することができた。

「真君!無事か!」

「こっちは何とか!」

「そうか、こっちも2人とも拾った!」

 飛ぶ俺達の後ろから、槍と剣が追ってくるのを何とか避けながら逃げる。

 その直後、俺達の背後で鮮烈な光が飛ぶ。

 バック飛行に切り替えて後ろを確認すると、他の事務所のヒーローが一発、凄まじいビームを発射したところだった。

 その瞬間、攻撃が止む。

「真君、皆を頼んだ!」

 古泉さんはこれを機に、と、恭介さんと茜さんを放り出して再び戻っていった。


 俺は桜さんを抱えてコウタ君とソウタ君を掴んだ状態なのでどうするか、と一瞬悩んだが、それも必要なかった。

「結構ビビりますね、あれ」

 恭介さんは動けるようになっていたらしく、空中で茜さんを抱え直して安定感のある着地を見せた。

「そっち、どうですか」

「私は、もう、平気」

 恭介さんの問いかけに、俺が抱えたままの桜さんが答える。

 桜さんを地面に降ろすと、桜さんは少し体を解すように動く。

「……何だったんでしょうね、あの攻撃」

「分からない。けど、ソウルクリスタルが砕けたら、きっとあんな感じ……」

 桜さんは俺と同じことを感じていたらしい。

「アイディオンが『意志』でできている、ってのとなんか関係あんのかもな」

 気づけば、コウタ君も復活していたらしい。俺の手をぺしぺし叩いて「もう大丈夫だから降ろしてくれよ」と主張していた。

「……一番精神攻撃に強いはずの茜さんがまだ、動けないから……精神攻撃とは、違ったと思う」

 恭介さんも桜さんもコウタ君もなんとか動けるようにはなったが、相変わらずソウタ君と茜さんはぐったりしたままだった。

「でも、まあ、攻略方法は分かったんで、なんとか」

「……古泉さんって、すごいね」

「うん」

 あの攻撃は結局、俺達の意志を揺らがせていたという事なのだろう。

 だから、ただ、自分の意志をもう一度確かめて、はっきり意識し直せばいい。それだけで体は動くようになる。

 アイディオンを倒すことが望みで、そのために望みが消えるとしても、必ず叶える、と、そう思うだけで。

 ……ふと、思った。

「俺達がアイディオンを倒したら、俺達のソウルクリスタルってどうなるんだろう」

「消えると思う。必要なくなったら、きっと」

 ……アイディオンは人の意志でできている。

「じゃあ、アイディオンを倒したらアイディオンが消えるのか」

「真さん、ちょっと意味わかんねーぞ、それ」

 ……それとも、アイディオンはそのために。




「……茜さんの方は俺が何とか起こします。そっちはお願いできますか」

「おー。任せとけよ。ソウは絶対俺が起こす」

 このまま停滞している訳にもいかない。

 俺と桜さんは戦線に復帰するべきだろう。

 ……本当だったら、恭介さんが戦線に戻った方が戦力としては期待できるかもしれない。

 けれど、茜さんを起こせるのはきっと恭介さんだろうし、そこに異存は無かった。

「回復役が寝てるんで、まあ、死なないようにしてください」

 恭介さんとコウタ君の茜さんとソウタ君を任せて、俺と桜さんは戻ることにした。


 攻防は苛烈を極めた。

 古泉さんの他にも、他所の事務所のヒーロー達が数名同時に掛かってもまだこちらが劣勢。

 そして、戦況は俺と桜さんが加わったところで大きく変わりそうになかった。

 ……だから、俺の仕事はただ1つ。

 鉄パイプを振り回すことじゃなくて、的確な嘘を吐いて、目の前のこのアイディオンとも人ともつかない化け物を倒すことだ。




 一番楽なのは、例のちゃぶ台返し戦法だろう。

 つまり、この場に居ない誰かに『勝った』と報告する、という。

 ……ただ、街に残ったはずのヒーローと連絡は取れず、また、街から人の気配が消えていることからそれは難しい。

 考えたくはないが……もしかしたら、生きのこっている人間はこの場にいるヒーロー達だけなのではないか。

 ……やめよう。何のために戦っているのか分からなくなる。

 とにかく、今の段階ではこの場以外の人を使って嘘を吐くのは難しいだろう。

 逆に考えれば、街に人が居ればいいのだ。

 ……この場にいるヒーロー達に、『街に居たヒーロー達に救援を頼んだ』というような嘘を吐いたらどうだろう。

 問題はどうやって信じてもらうか、だが……幻影を出す、ぐらいだろうか。いや、それだと意味が無い。

 あくまで俺が必要なのは『この場に居ない人』なのだから。

 なら、或いは、そういう嘘を吐いて俺が街に行って……いや、この状況でそれをやる『理由』があまりにも乏しい。


『ちゃぶ台返し』を行うためには、『この場に居ない人』が最低でも、この場に居るヒーローの数と同数必要だ。

 そして、『この場に居ない人』が街に居る可能性は低い。

 ……『見えない壁』を作ったことでヒーロー達が『街には人が居る』と信じてくれていればいいが、壁が壊されている今、それも望み薄だろう。

 という事は、『この場に居ない人』を生み出す必要がある。

 しかし、『この場に居ない人』の存在に懐疑的なこの場にいるヒーロー達に『この場に居ない人』の存在を信じさせるのは難しい。

 俺は主に、幻影を見せることでそれの存在を信じさせる、という方法を取っている。

 しかし、当然ながら『見せる』必要がある訳で、『見えない位置に居る人』の存在を幻影で生み出すことはできないのだ。

 ……『見せる』以外では……視覚以外では……嗅覚触覚味覚はこの際どうでもいい。やはり聴覚だろう。

 俺のカルディア・デバイスにはSEが数種類仕込んであるが、今回はそれを使う意味は無い。

 ……爆発が街の方で起きる、というのもいいかもしれないが、それじゃ確実性に欠けるし、それが『真実』になってしまった時に厄介この上ないし。

 だから、俺が使うのはカルディア・デバイスのSEでは無い。

 ……ただの、携帯端末だ。




 下手したら当然、仲間を危険に曝す事になる。

 連絡を入れる相手は考えた。考えたが……やはり、古泉さんが一番いいだろう、と思う。

 コウタ君も考えたが、それだと他の事務所のヒーロー達に伝わらないし。

 ……なので、俺は慎重にそのタイミングを見計らった。

 古泉さんが攻撃に転じて、それから防御に転じて、一旦距離を取ったその瞬間に、端末のスイッチを押す。

 他のヒーロー達に俺が携帯端末を使っているところを見られないようにしながらコールし続けると、古泉さんが大きく距離を取った。

 そして、端末を取り出して、通話。

「古泉さん、そのまま聞いてください」

 真っ先にそう伝える。古泉さんならきっと分かってくれるだろうから。

「街に行っていたヒーロー達から連絡がありました。街は一部が損壊した以外、概ね無事だそうです」




 古泉さんがにやり、と笑ったのが遠目にも分かった。

『分かった!ここら辺に居る連中にも俺からそう伝えよう!』

 古泉さんの喜びにあふれた声はきっと、作り物なのだけれど。

「よろしくお願いします」

 通話を切って、俺は古泉さんの方へ飛ぶ。

「今『ライト・ライツ』から連絡があった!交戦したが勝利!街は概ね無事!ヒーローの一部が軽傷だが、重傷者死者は無し、だ!」

 古泉さんが張り上げた声に、ヒーロー達の顔が明るくなる。

 その瞬間、ふわり、と街のビルに明りが灯ったのが見えた。

 ……やった。

 あとは、街に行って『ちゃぶ台返し』をしてやるだけだ。

 俺はシルフボードを起動して。




 その瞬間、それが動いた。

 今までの攻撃が堪えた様子も無くそれは滑らかに動く。

 ヒーロー達が咄嗟に攻撃を加えるが、それを気にする様子も無い。

 人ともアイディオンともつかないそれは、街に向かって手を翳した。




 それだけで、街の一部が消えてしまった。


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