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151話

 事務所に戻って真っ先に、古泉さんが街に残ったヒーロー達に連絡を入れ始めた。

「……駄目だ、出ない」

 が、連絡にも出ない、という事なので、俺達は不可解に思うしかない。

 戦火が見える訳でも無く、俺達を捕らえようとした罠は結局不発で、俺達は実際30分も街を離れていなかった。街は依然として静かなのに街に残ったヒーロー達と連絡はつかない。

「少し様子を見てくるか」

『ポーラスター』の事務所は廃墟エリアにあるため、窓から街を眺めても様子が詳しく分かる訳じゃない。

 それでも、煙が上がっていたり、激しい物音が聞こえたりするときは気づけるのだから、今、本当に街は静かなのだけれど。

「……うーん、連絡に応じてくれない、ってことは、やっぱりそれ相応の事態になってる、って考えた方がいいよね、多分」

「楽観視するよかいいと思いますけど」

 流石の茜さんもこの静けさに懐疑的である。

「私達も行きます。ここで待たせていただくのもアレですし」

「また『ポーラスター』の1人勝ちになるのも癪だしな」

 俺達は各自、適当にバルコニーから街に向かって飛び出す。

「……あ、もしかしてここじゃなくて街中に移動した方が良かったっていう……」

『ガール・フライデイ』さんがぼやいたが、まあ……何も言うまい。




 街に近づくにつれ、違和感の正体が分かってきた。

「……静かすぎる」

 人のざわめきも、車のクラクションも、烏の鳴き声も聞こえない。

 そういった音が一切聞こえないのだ。

「……まさか、とは思うけど、さ……」

 茜さんが顔を引き攣らせるが、その先を言われる前にジェスチャーで黙ってもらった。

 ……嫌な予感なんて、持たない方がいい。楽観視していてもらわないと、俺が働けなくなりそうだから。

 ……しかし、これは……どうやって嘘を吐いたらいいんだろう。

 音は正直、予想外だったのだ。

 見た目は全く、普通の街だ。壊れてもいないし、煙や火の手が上がっている訳でも無い。

 なのに、音が無い。気配が無い。

 ……それだけでこんなにも、命が無いことを実感させられてしまうなんて。

 音響エフェクトと幻影では誤魔化しきれない死の気配を、どうやって誤魔化そうか。




 少し考えてから、コウタ君の力を借りることに決めた。

「コウタ君」

「おう、時止めるか?」

 話が早くて助かる。

「ああ、頼むよ」

 コウタ君に細かく注文を付けると、コウタ君はふんふん、と頷いて、にやり、と笑った。

「了解。ま、そのぐらいはやってやらねーとな」

 コウタ君は「しょーがねーなー」なんて言いつつ、俺から距離を取る。

 俺はシルフボードの出力を上げて加速すると、誰よりも前に出た。

 少し高度も上げつつ、いかにも『様子を見たいんです』というように、自然に見えるように。

 ……そして、そのまま誰よりも前に出たまま5秒程飛んだら。

「ってっ!」

 ごつ、という鈍い音のエフェクトを入れながら、『何かにぶち当たったかのように』演技して見せる。

 ……そしてその瞬間、俺とコウタ君以外の時が止まった。

「これでいいんだよな?」

「ああ、ありがとう」

 空中で『見えない何かにぶつかった』俺を見る姿勢のまま止まったヒーロー達を見て、非常に申し訳ない気持ちになりながら……俺は、角度を調整しながら、彼らの頭を叩いたり、体を押したりする作業に移った。

 ……コウタ君の異能によって時が止まっている状態で、動けない人に何らかの力を加えるとどうなるか、という問題は、既に茜さんと恭介さんが答えを出してくれている。

 答えは、『時間が動き出した瞬間一気にくる』だ。

 ……ええと、茜さんと恭介さんが何をやったかはこの際置いておくとしても、とりあえずこの結果は確かだろう。

 触れた端から摩擦熱で炎上していったりはしない事も分かっているので、安心してヒーロー達の頭を叩いたり、押したりできる。


「……なあ、真さん、何やってんだ?」

「ああ、壁を作ってる」

 コウタ君には言っても問題ないだろう、と思われたので、さっさとネタばらししてしまう。

 むしろ、コウタ君には嘘の協力者になってもらった方がいい。

「ここには不可視の壁があって、音も気配も一切遮断されるんだ」

「……あー、成程な」

 苦肉の策だが仕方ない。これぐらいしかもう思いつかなかった。

「見えない壁、って、作るの難しそうだな」

「でもここで信じてもらえなかったら、もっと信じてもらえなくなるだろうから」

 嘘は先手必勝なのだ。

『街の人が全滅する異能を持ったアイディオン』よりは、『音や気配を遮断する壁を生み出すアイディオン』でいてくれた方がどれだけマシか分からない。

「だよな。……なあ、これ、街に人、居ねーのかな……」

 コウタ君は……ソウルクリスタル研究所の方を見ている。

 日比谷所長や金鞠さん、そしてきっとコウタ君はなにより、ロイナを心配している。

「大丈夫だと思うけれど。ロイナが居れば少なくとも異能の効果は打ち消せるはずだから」

「……だよな」

 実際、どうかは分からない。

 どんな異能を持っていても、きっと負けるときは負けてしまうだろう。特に、ロイナは実戦経験が殆どないのだから、あまり期待はできない。

 ……けれど、嘘でいいから皆無事だと思わないと、本当になってしまうから。




 ちまちまとした作業を終えて、俺は元の位置に戻る。

 俺は注視されていたわけだけれど、そのヒーロー達の内何人かは『見えない壁』にぶつかってそれどころじゃないだろうから、少しぐらいずれていても大丈夫だとは思う。

 コウタ君には予め最後尾にいてもらったから、コウタ君の位置も多少ずれていても気づかれないだろう。

 ……そして、時が動き出す。

「っきゃっ!?」

「うわっ!」

「ぎゃ」

 数人のヒーローが『見えない壁』にぶつかったように弾き飛ばされ……そこでまた、コウタ君が時を止めてくれた。

「……車は急に止まれない、ってなー」

 ……後ろの方のヒーロー達は急ブレーキをかけているようだが、間に合わず『見えない壁』ラインにまで到達してしまっているヒーローが数人いるので、彼らも同じように押したり叩いたりする。

 そしてまた元の位置に戻って、コウタ君に時を動かしてもらい、ヒーローが数名『見えない壁』にぶつかって、そしてまたブレーキが間に合わなかったヒーロー達のためにコウタ君に時を止めてもらい、今度はブレーキが多少かかった分弱めに押したり叩いたりして、それからまた元の位置に戻り、コウタ君に時を動かしてもらい、ヒーロー達が『見えない壁』にまたぶつかったところで更にブレーキが間に合わなかったヒーローがいたので……。

 ……というような、みみっちい作業を行った。

 一番大変だったのは時を止めたり戻したり止めたり戻したりを数回繰り返させられたコウタ君だろう。

 実際、ヒーロー達が全員止まる頃には、コウタ君は肩で息をする有様だった。

 ありがとう、コウタ君。




「見えない壁があります!気を付けて!」

 ヒーロー達が既にぶつかったりブレーキを掛けたりしているのは分かっていたが、『最初にぶつかった者』として、大声で警告する。

『嘘』をより強固にするためでもあるし……ただ飛んでいただけのはずなのに肩で息をするようになっているコウタ君に気付かれないように俺が注目を集める、という意味でもある。

「……本当だ。見えない壁があるな」

『見えない壁』にぶつかってしまったヒーロー達の間を抜けて、古泉さんがやって来ると、『何もない』空間に手を当ててみせてくれる。

 ……俺がどういう意図でどういう嘘を吐こうとしているか、分かってくれたらしい。

 流石、としか言いようがないな。

 そして古泉さんは、ちらり、と俺を見てから、拳を振りかぶった。

 今度は俺が古泉さんの意図を汲む番だ。

 ……古泉さんの拳がある一点で止められた瞬間、幻影を生み出す。

 それは、少しだけ揺らぐ向こう側の景色。

『見えない壁』が揺らいだ、というだけの事。

「……駄目だ。殴っても揺らぐ程度にしかならないな」

「『スカイ・ダイバー』さんが殴っても、ですか……」

「貸して貸して。今度は俺が殴ってみる!」

 この時点で、あまり近接戦闘向きでは無いヒーロー達は『見えない壁』の強固さを信じてしまったらしい。

 そうでないヒーローも、『見えない壁』の存在自体はもう信じてしまった。

 ……とりあえず、これで『街の人が全員消えました』なんていう最悪の事態にはしなくて済むだろう。




「駄目だ、ぜんっぜん壊れないね」

「ちょっと爆破してみるから退いて退いて」

「あ、いっそ地面掘っていくってのは?」

「爆破したらどうせ抉れるでしょ……」

 ……そして、それからヒーロー達はひたすら『見えない壁』と戦う羽目になった。

 その間に俺はどんな嘘が効果的かを考えることができるし、一石二鳥である。ちょっと頑丈すぎるかもしれないが、『見えない壁』は実にいい仕事をしてくれている。

「……壁の向こう側で何も起きていない、とは思えないんだけどな」

「音が聞こえないのは壁のせいにしろ、中のヒーローと連絡は取れないんだしね」

 ただ、俺が『嘘』を吐くとしたら、壁の向こう側に『居るはずの』たくさんの人達を相手にしなくてはいけないだろう。

 ここに居る人達だけ騙せても意味は無い。

 俺の嘘は多数決なのだ。より多い人数が嘘を信じてくれなかったら、真実を覆すことはできない。




「伏せろ!」

 突如、古泉さんの鋭い声に思考が引き戻される。

 状況も分からないまま古泉さんの声に従って地面に伏せると、今まで頭があった位置を何かが通り抜けていった。

 それが通り過ぎてから遅れて、鋭い音とともに『見えない壁』が砕け散って降り注ぐ。

 不可視の欠片が降り注ぐ中、俺はそれを見た。

 それも、俺を見た。

 〈真〉

 俺の名を呼び、優しく笑いながらそれは手を伸ばす。

 言ったら、本当になってしまいそうな気がしたから……本当になってほしくないのか、本当になってほしいのか、分かりもしないまま、俺は、思わず喉元まで出かかった言葉を咄嗟に飲み込む。

「母さん」と。


 それは俺の記憶に残る母の姿をしていた。


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