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150話

 宙に浮かぶ巨大な立方体の中に飛び込んだ俺達は、一様に皆、同じような反応をする事になった。

「帰ろう」

「帰ろ帰ろ」

「やっぱ何もいないかー」

「あーあーあー外れだ外れだ」

 ……桜さんが見た通り、立方体の中には、何もいなかったのである。


 念のため、という事で、よく分からない材質の壁や床を一通り改めてみもしたが……立方体の中は、立方体のだだっ広い空洞で……つまり、立方体のワンルームなのだ。そのワンルームの中、隠れる場所も何もあったものでは無い。相当頑張って探してみたがアイディオンの姿は1つも見えなかった。

「居たっぽい痕跡はあるのにね」

「もういなくなった、って事なのかな……」

 どこもかしこも青い金属のようなガラスのような物質でできた、つるりとした空間ではあるが、アイディオンが居た痕跡は残っている。

 人造ソウルクリスタルを製造するための機器らしきものや、人造アイディオンを作るための機器らしきものなど……『ミリオン・ブレイバーズ』の残党が行っていたものが大体ここには揃っていた。

「……いなくなったなら、どこに行ったんでしょうね」

「ここに居た奴ら全員、吸収合併に使われちゃったのかもよ?」

 立方体の内部は殆どが機械類で、アイディオンを『製造』するのには向いたとしても、『保存』するのに向くようには思えない。

 となれば、ここにアイディオンがそうそうたくさんいたとも思えず、ならここに今アイディオンが1体も居ない事にも納得がいく。




 機械類の陰に至るまで、果ては機械類を分解したりして検分しさえしたが、やはり発見は無かったようだ。

「駄目だ、なんもない」

「ほんとに何もねーじゃねーか」

「だから、そう言った……」

 がっかりする皆と、少しふて腐れたような珍しい表情を浮かべる桜さんに、なんとなくほほえましさを感じながら俺も探索をやめて皆の方へ戻る。

 ……戻ろうと、一歩踏み出したところで、きら、と何かが視界の端で光った気がして振り向く。

 誰も見なかったのだろうか、開けた机の引き出しの角に……小さな、本当に小さな小さな、ソウルクリスタルのようなものを見つけて、拾い上げる。

 本当に小さいから、見落としてもおかしくないだろう。これから生まれるアイディオンはきっと、Lv1にも満たない位弱いものだろうし、見落としてもさしたる問題でも無いんだろうけれど。


 その時、だった。

 不可思議な音がしたと思ったら、その瞬間、上方の入り口が消えていた。

 閉じ込められた、と思ったが、もう遅い。

「……こういう罠か!」

 ゆるり、と違和感が広がり、次の瞬間、俺達は巨大な立方体に閉じ込められたまま自然落下し始めていた。




「よし、任せろ」

 が、およそ重力というものに対して負けなしのヒーローが居るのだ。

「できれば全員、固まっていてくれ。駄目そうなら人だけなんとかする事になりそうだ!」

 古泉さんは床……今や、床だか壁だか分からなくなるほどに重力感が無いが……とにかく、立方体の面に手をついて、異能を発動させた。

 古泉さんを中心にぶわり、と不可視の力場が広がり、急に不安定感が薄れていく。

 落下していた感覚は次第に収まり、遂には完全に停止した。

「……今、重力を半分、反転させ、て……均、衡を取っ……てる。このまま下降する、が、いいか」

「今はそれしか無いと思います」

 この大きさの立方体を、中にいる人ごと制御しているのだから、古泉さんに掛かっている負担は相当なものだろう。

 とぎれとぎれに言葉を紡いだ古泉さんに言葉を返すと、古泉さんは返事をすることも無く、ひたすら集中し始めた。

 ……古泉さんの事だから、失敗しはしないだろう。

 だから、俺が考えなきゃいけないのは……ここからどうやって脱出するか、だ。




 やがて、微かな振動があり、その途端古泉さんが仰向けに倒れこんだ。

「っあー……久々にぞっとしたよ……」

 肩で息をしながらいつもの笑みを浮かべる古泉さんを皆口々に労う。

 流石に、箱に閉じ込められたままあの高さから落下させられたら、どんなヒーローでも無事、というわけにはいかなかっただろう。

「この異能を持っていてよかった、と今、心の底から思っているよ……全く、いい趣味をしているな、相手も」

 呼吸を落ち着けてから古泉さんは勢いをつけて起き上がり、立方体の壁を検分し始めた。

「……やはり、『ガール・フライデイ』さんにお願いする方がいいだろうな」

 下手に破壊するよりは、その方がいいだろう。

 瞬間移動の異能、というものはつくづく便利だ。

「はい。じゃあ皆さんお揃いですね」

 全員、適当に中央に集まったところで、『ガール・フライデイ』さんが瞬間移動の準備を始めた。

『ガール・フライデイ』さんは一度に多くの人や物を運べる代わりに、多少発動までの準備が必要なタイプの瞬間移動能力を持っている。

「移動場所は『ポーラスター』さんの事務所でいいですか?」

「構いませんよ」

「はい、了解でございます。……では参りま……?」

 そして、行きと同じように移動しようとして……固まってしまった。

「……あれっ?」

 何とも言えない空気が広がり、なんとなく、俺達は察した。

「もしかして、移動、できませんか?」

「……はい」

 ……これは……。




 これはもうすぐにでも俺が出ないと駄目だろう。

 このまま『何をやっても駄目』なんていう結論に至られたら、その後何をやっても嘘を信じてもらえなくなる。

 真実が『何をやっても駄目』だったとしても、それがはっきり分かっていない今なら、俺の嘘が入り込む余地があるのだから。

「ここ、斬っちゃっていいですか?」

 仕方ない、鉄パイプに剣の幻影を纏わせて、軽く振る。

 ……風の切り方が鉄パイプのそれではなくなっている。

 この場に居るヒーロー達がこの剣(鉄パイプ)を見て、これを剣だと思ってくれた、という事だろう。

「斬……ああ、構わない。やってしまってくれ」

 古泉さんが気を利かせて、他のヒーロー達を後ろへ下がらせてくれる。

 ……刀剣の類を使って戦うヒーローは結構居る。

『ビッグ・ディッパー』の『ヴァイス・キラー』さんや『イリアコ・システィマ』の『エルデ』さんは確か、剣を武器にしていたはずだ。

 そういったヒーローの戦い方を見た記憶を手繰り寄せて、それらしく剣を構える。

 ……あくまで『ぽい』のが大事なのだ。『ぽい』のが。

 異能を使う、という前提なのだから、必ずしも剣の正しい構え方である必要も無い。

 ただ、どこまでも恰好を付けるだけだ。

 そうしたら、あとは……。

 呼吸を整えて、一閃。

 それと同時に剣から出た鋼色の光が現れ、立方体の上の角を斜めに斬り落とす形に走り……鋼色の光が通ったあとで、立方体の角が滑っていく。

 ……という、幻影を作り出す。

 自信はあった。

 この立方体が、『外に出る』ための直接的な異能を封じることは分かっていた。

 けれど、古泉さんが立方体にかかる重力を反転できていたことから、この立方体が『完全に異能を封じる』類のものでは無いことは分かっていたのだ。

 ……いや、違うか。『立方体自体が損傷を受ける』事が無いほどに頑丈だったとしても、『立方体自体が損傷を受けるという嘘』がまかり通らない程、複雑に異能を無効化してくるとは思えなかったのだ。

 直接的な異能なら封じられる。物理的な能力なら、頑丈さで阻まれる。

 けれど、俺の異能は『立方体』ではなく、『人』に作用するものだから、なんとかなってしまうのではないか、と……俺は俺自身の異能を信じた。




「……お見事」

 そして、それは上手くいったのだった。

 するり、と立方体の角が滑っていき、立方体の角が地面に落ちたらしい鈍い音と衝撃が加わる。

 三角形に切り取られた空が覗いて、俺は自分が成功したことを知ったのだった。




 そこからは早かった。

 誰が何を言うでもなく、全員でその角に向かって飛び出した。

 茜さんもこの程度の高さなら自力で跳べる。他のヒーロー達も特に苦も無く飛び出していく。

 俺もシルフボードを使うまでも無くジャンプして外に出ることができた。

「……うーん、かといって街で何かが起きた感じでも無しに……?」

 俺達を閉じ込めている間に街が襲われたのではないか、と思いきや……街から火の手が上がっていたりする様子は無いのだった。

「……とりあえず、戻りましょうか。はい、じゃあ皆さん、集まってくださいねー」

 なんとなく釈然としないまま、俺達は一旦『ポーラスター』の事務所に戻ることにしたのだった。


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