15話
「え、じゃあ、Lv10のアイディオン相手に2人で……?」
報告したら、もう帰っていた古泉さんに凄い顔をされた。
「桜ちゃんが居たにしても、初陣の翌日にそれはなんとも無茶をしたなぁ、真君……」
当たらなければどうという事は無いじゃないか、という思いを込めて桜さんを見ると、やはり、当たらなければどうという事は無いじゃない……という顔をしていた。
俺達を見て、古泉さんは、しょうがないか、という顔をする。
「2人とも、遠距離攻撃型だしなぁ……」
「しかも、真クン、Lv7でしょ?うわーん、後輩に抜かれたー!」
茜さんが机に突っ伏すのを、茜さんより更にヒーローLvの低い恭介さんが何とも言えない顔で見ていた。
……あ、その顔でこっち見ないでください。
……ところで。
俺は……『パラダイス・キッス』、つまり、茜さんの異能の内容は知っている。
『キスした人に天国味わわせちゃう能力』だったはずだ。つまり、状態異常とか、回復とか。
そして、発動条件が、『キスすること』。投げキスも可、というのは俺自身が右腕をもってして体感済み……というか、投げキス以外で発動させてるのは見た事が無い、という方が正しい。
……しかし、他の人達の異能は、そう言えば知らない。
なんとなく察しはつくけれど。
「……ところで真君は、桜ちゃんの異能については、知っているんだったか?」
「いや、知りません」
古泉さんも同じことを考えていたらしい。
……多分、言わない方がいい、と今まで判断しての事だったんだろう、という気がする。
多分、俺の異能みたいな……内容を知られることで不利益があるような、そういう異能なんだろう。
或いは、余程秘密にしておかないとまずいような異能、とか。
……そんなものがあるとすれば、だが。
「桜ちゃん、どう思う」
「……言っておいた方が、いいと思う。真君なら、知ってた方が上手くやってくれる」
そうか、と古泉さんが頷き。
「じゃあ、俺からでいいか。……俺の異能は、『俺にかかる運動エネルギーを自由に反転させる能力』だ」
実演した方が速いな、と、古泉さんはバルコニーから飛び降りた。
そして、地面に着くかつかないかの所で、まるで『跳ね返った』ように宙に浮き、バルコニーの縁に掴まって戻ってきた。
「今のは重力を100%反転させた。他にも、走っている途中に重力だけ反転させれば、X、Z軸方向に働く力はそのままにY軸方向に働く力だけ反転する」
成程。俺と一緒に空を飛んでいた時は、適当に重力を反転させながら進んでいたんだろう。
「重力を50%反転させれば、停止することも可能だ」
古泉さんはその場で『上に落ちた』後、天井付近で静止した。
……成程。重力を完璧に反転させると、この人、上に落ちるのか。
だから、『スカイ・ダイバー』。
空からダイブ、じゃなくて、空にダイブ、な訳だけれど。
「今までこれを君に言わなかったのは、俺がヒーロー『スカイ・ダイバー』として活動する時は、異能をエレメントの風系か身体能力強化系だと偽ってるからだ。手札は明かさない主義でね。……もっと早く言っても良かったかもしれないが。俺が戦う事は最近あまり無いしなぁ……」
……まあ、古泉さんの異能が分かった所で、活用する機会は今の所無さそうではある。
古泉さんが戦う事は最近殆ど無いらしいし……。
一緒に戦う、という事もあまり無いだろう。
一度ぐらい、共闘してみたいけれど。
「次、俺でいいですか」
恭介さんが手を挙げると、茜さんが滅茶苦茶……渋い顔をした。珍しい。
「俺の異能は『俺の状態の変化を対象相手1人にそっくりそのまま映す』能力です。……実演はしません」
……状態の変化、を、相手にそっくりそのまま映す……?
つまり、ええと……?
「俺が自傷すると対象相手にも同じ傷がつく、って事です。あ、スケールは相手に合うんで……巨人相手に切腹したら、巨人につくのはかすり傷、なんてことにはならないです。俺が切腹したら、巨人だろうが小人だろうが、そいつサイズで切腹になります」
つまり……相手を倒そうと思ったら、自分がその分傷つかないといけないのか。
能力発動中に傷が治ったら相手も治る、っていう事なんだろう。
「俺が死ねば相手も死ぬんで……どうしても倒せない相手が出てきたら、俺が自爆テロ」
「させないからね!絶対させないから!」
……成程。茜さんが嫌がったのも分かる。
この異能、俺の異能と滅茶苦茶に相性がいいんだ。
何も無いのにいきなりできる切り傷や火傷。
そういう演出も、恭介さんがいれば簡単に、かつ完璧にできる。
「俺が御入用ならいつでも死ぬ気でいますからどうぞ」
「やめてね!真クン!君なら絶対やらないと思うけどやめてね!」
「やりません!絶対やらないので大丈夫です!」
……茜さんが心配するのって、恭介さんの性格にも問題がありそうだよな……。
「じゃあ、最後は私。……『風系』。風を操るだけの能力」
うん。
……あれ。そこまで隠すようなものでもないのか。
いや、ちょっと待て。
「『エレメントの』は付かない『風系』?」
「そう。だから、私が風を生み出すんじゃなくて、来てくれる風に助けてもらうだけ」
それは確かに珍しい。
『エレメント』系の異能は、その属性の……炎だったり水だったり、はたまた風だったり、というものを自ら生み出して操るものだ。
そして、『エレメント』系ではない属性系異能は、自然にあるそれを操る、というだけ。
その出力はエレメント系の比では無い、とも言われている。
一応、その場にそれが無ければ操れない、という制約があるが、風が無い場所なんて逆に無いだろう。
実質、桜さんはどこでも風を操ることができるんじゃないだろうか。
……けれど、それが言うべきか迷うようなものか、と思っていたら、爆弾が落ちてきた。
「……それから、2つ目。『未来が見える』」
「どう攻撃してくるか見えるから、避けられる。どう避けるか見えるから、当てられる。変え方が分かる。それだけ。遠くはあんまり見えない」
その、能力の内容自体も十分に驚くべきことだけれど、それ以上に。
「2つ、目」
異能は、1人に1つ。
それが常識だ。
「そう。2つ目なんだ。だから桜ちゃんはこの異能を隠している」
2つ目の異能を持っている、なんて、聞いたことが無い。
そりゃ当然、隠すだろう。
けど、これで色々と納得がいった。
あの命中率100%、回避率100%の戦い方。
あれはほんの少し先の未来を見て動いてた、っていう事なのか。
それができるのって多分、相当器用だからなんだろうけれど。
「表向きには、『風使い』だから……よろしくね」
「俺はさっき言ったが『エレメントの風系』か『身体能力強化系』みたいに誤魔化してるから頼むよ」
「俺は只のメカニックで……」
「私は大っぴらにしちゃってるからオッケー。あ、でもでも、発動条件だけは一応、ナイショでね」
……案外、ヒーローというものはオープンなものでもないらしい。
俺も人の事は言えた義理じゃないので何とも言えないけれど……公に活動しているヒーローたちの異能は公開されていたりするが、それも案外嘘だったりするのかもしれない。
「さて、じゃあ俺達の報告かな。とりあえず、真君の『前の』カルディア・デバイスを置いてきた」
俺と桜さんがヒーロー協会支部に言っている間、古泉さんと恭介さんがソウルクリスタル研究所に行ってくれていたんだった。
「それ自体の解析はまだかかるらしい。もしかしたら、真君本人にも一度行ってもらう事になるかもしれない。それから、日比谷所長から気になる情報を貰ってきた。『ミリオン・ブレイバーズ』についてだ」
「日比谷所長はつい最近、『ミリオン・ブレイバーズ』のLv10ヒーローがカルディア・デバイスの不調で変身できなくなっている所に出くわして、そのヒーローの装備をメンテナンスしてやったらしい。勿論、完全な善意で、だ。ヒーロー自身も喜んで受け入れたらしい」
古泉さんがそこで、1枚の紙を取り出して机に置いた。
「そして、そのヒーローのカルディア・デバイスに使われていたソウルクリスタルを解析した結果がこれだ」
全員でのぞき込むと、それはなんとなく見覚えのある書類……俺が異能検査をやった時と同じような、各項目ごとの適性を記したものだった。
しかし、それはあまりに異様で。
「……エレメント系、全項目がずば抜けて高いですね。ありえない。しかも、精神攻撃耐性も、物理的な耐性も高い。化け物か」
その紙には、ありとあらゆる適性が高い、という結果が記されていた。
その中でも、エレメント系は全てがカンストしているような状態だ。
「……まあ、つまり、異常だよな」
異能は1人に1つ。
その常識は早速桜さんに破られた訳だが、それにしてもこれは幾らなんでも。
「こういう異能、ってこと?全属性エレメント系オールオーケー、みたいな?」
「ありえない」
茜さんが結果をそのまま受け止めた感想を述べると、恭介さんに斬って捨てられる。
「あ、そーなんだ。じゃ、これ、何よ」
古泉さんは茜さんの疑問を受けて、少し言い淀んでから、答えた。
「分からん。……ただ、こんなもん、ありえない事も確かだ。……そこで、今回の依頼だ」
古泉さんは何かの紙を広げる。
……依頼の契約書、らしい。
「危険はそんなに無い。しかし実入りはそこそこ大きい。実収入より、広告と情報源として価値があると踏んでいる。……そして、もしかすると少しばかり、俺個人の私怨を晴らせるかもしれない」
机の上に広げられた書類を読んで、愕然とした。
「『ミリオン・ブレイバーズ』主催のヒーローショーの出演依頼だ」
……どうしてそうなった。