146話
「ちょっとちょっとちょっとこれどーすんの!真クン!ちゃぶ台ひっくり返してよ!」
「この状態でどういう嘘吐けっていうんですか!」
……勿論、ある。
外部のヒーローに『勝ちました』と報告する戦法とか、そういうオールマイティな嘘ならいくらでも吐きようがある。
けれど……相手が『異能を打ち消す異能』やそれに準ずるものを持っていたら当然取り返しのつかない事になる、というのは前回と同じだ。
ましてや、今回は原因となるものがまるで分からない。
全体像が見えていないものに対して仔細な嘘を吐くことはできない。
「……『ガール・フライデイ』さんは外か」
「撤退するわけにはいかないし、ね!……あーあ、奥のヒーロー達、何やってるんだろ」
倒しても倒しても復活するアイディオン達。
それも、10や20では無い。100や200……いや、もっとたくさんか。
今や、俺達は確信していた。
……これこそが、この基地のアイディオンの能力なのだ、と。
「質より量って感じだけどさ、っ、結構、有効かも、ねっ!」
ばねの様に体をしならせ全身を武器にして戦う茜さんは、その分瞬発力重視で、持久戦には向いていない。
というか、そもそも、茜さんは戦闘向きの異能では無いのだし。
「茜、きつかったら撤退しろ」
「じょーだん!やばくなったら恭介君にキスしてもらうからいい!」
疲労自体は茜さんの異能でもどうにもならないはずなのだけれど、茜さんは撤退する気はないらしかった。
多分、俺が茜さんでもそうしたいだろう。
「そうか、なら死ぬなよ!」
「叔父さんこそ、ねっ!」
近くに居た桜さんと目が合う。
お互い、どちらともなく頷いて、それとなく、茜さんの援護に回った。
茜さんの近くに居るアイディオンを優先して『消し』ていく。
俺の異能で足りない分は、桜さんが。
「……あーあ、後輩に助けてもらっちゃって、私、先輩失格だよね」
「泣き言言ってる暇あるなら俺の回復お願いします」
茜さんもそろそろ、限界は分かっているのだろう。
そうしたい、と思う事と、そうできることは違う。
「あーもう、しょうがないなあ……ゴメン、真クン!桜!そっち頼むね!」
「大丈夫。茜さんは、恭介さん、治してあげて」
茜さんは前線から退いて、半分自棄になりながら恭介さんといちゃつき始めた。
……うん、まあ、ああいう異能だから……。
「……しかし、このままだとじり貧だな」
「あの、『ライト・ライツ』さんと連絡は取れないんですか?」
「ああ、連絡が取れない。……そっちはどうだ」
「駄目です。全然喋ってくれない……知らないのか、或いは、喋れないのかは分からないんですけれど」
ソウタ君は情報を引き出すための戦いを挑んでいるところだ。
下っ端のアイディオンだったとしても、この状況を把握していないとは思いにくかったからだ。
……しかし、情報を引き出そうと賭けを持ちかけて勝っても、思うような情報が得られないらしかった。
本当に知らないのか、或いは、『知らないようにされている』のか。
どこでどういう風に異能が使われているかは分からないが、本当に知らないのは不自然だし……。
「……さて、どうしたものかな」
古泉さんがため息を吐いた先で、またアイディオンが復活していた。
その時、だった。
世界が固まった。
「……え?」
アイディオン達が、皆不自然な形で動きを止めている。
……見ると、他のヒーロー達も不自然な状態で動きを止めていた。
俺以外が全員、止まっている。
まるで、時が止まったように。
「……おーい」
声が妙にこもって聞こえるのは、錯覚だろうか。
しばらく待ってみても、一向に何も動かない。
……さて、どうするか……。
さっきまでは倒しても倒しても出て来るアイディオンに困っていたが、今は全く動かないアイディオン他に困っている。
これは一体、どういう事なんだろうか。
1つ考えれられるのは、アイディオン側の異能、という事だ。
時を止めたりする異能をアイディオン側が行った可能性はある。
可能性はある、が……なんでわざわざ、俺だけ動けるようにしたんだろう?
俺だけ『動けなくできなかった』のかもしれないが、それはまあ、分からないのでおいておくとして……なんにせよ、アイディオンも動けなくなってるんだから、アイディオン側の異能、という線は薄そうだ。
2つ目は味方のヒーロー誰かの異能、という線なのだが……そのヒーローは、今、どうしているんだろうか?
……見渡す限り、動いているヒーローは居ない。
という事は……なんなんだろう。
駄目だ、お手上げだ。まるで意味が分からない。
そもそも、俺だけが動けているのか、他に動けている人がどこかに居るのか、意図的に俺が動けるようになっているのか、そうではないのか……情報が足りないのだ。
……しかし、情報が足りなくても現状はある。
一応、見た感じでは時が止まっているのだ。
この隙に最深部へ潜って様子を見てくる事もできるだろう。
とりあえず、奥へ進むことにした。
もし突然時が動き出したとしても、桜さんも古泉さんも恭介さんもいるし、回復は茜さんが担当してくれるだろうから心配はいらない、と思う。
……念のため、アイディオンを殴り倒してから進むことにしよう。
ひたすらアイディオンを殴っていた所、不意に、視界の端で何かが動いた気がした。
しかし振り向くと、動いているものは無く、やはりすべてが止まったままなのだ。
……いや、違う。
『ポーラスター』のメンバーの位置が、さっきとは違う。
皆止まってはいるけれど、さっきとは違う位置で、違う恰好で止まっている!
……もしかしてこれは、『俺の時間が止まっている間に『ポーラスター』の誰かが動いた』んじゃないだろうか。
俺にとっては1瞬、いや、1瞬にも満たない、間ですらないその空隙があって、そこで、他の誰かは動けていた。
逆に、他のメンバーから見たら、全てが止まった世界で、俺の位置が一瞬にして変わったように見えたかもしれない。
……俺でもそういう結論にたどり着けたんだから、他の人もそういう結論にたどり着いたんじゃないだろうか、と思って1人1人の側を見てみたが……特に、誰かに向けたメッセージやその類のものは見当たらなかった。
もしかしたら、時が動くのは順番で、それが俺で初めて1周したのかもしれない。
……とりあえず、メッセージを残しておこう。
床を鉄パイプで削って『今もしかして時が止まっていて、俺達は順番に動けていますか? 真 』とメッセージを記す。
目立つように瓦礫をその傍らに積み上げていると、不意に、また視界の端で『ポーラスター』のメンバーだけが位置を動かしている。
……そして、俺の足元には、メッセージが増えていた。
『そうみたい。アイディオンを倒しています 桜 』
『人に触っても反応無いね。ちょっと楽しい。とりあえずアイディオン殴るのもやっといたよ 茜 』
『時間が動き出した瞬間一気にくるんでやめてください 恭介 』
『復活しかけのアイディオンから試しにソウルクリスタルを抜き取って破壊してみた。何か変わるといいが 古泉 』
『復活しかけじゃないアイディオンもぐちゃぐちゃにしてみたらソウルクリスタルが出てきました。破壊しました。(ナイフお借りしちゃいました。桜さんごめんなさい!) ソウタ 』
……成程。
何かが変わるか分からないが、とりあえず、アイディオンのソウルクリスタルの破壊を優先した方がいいか。
……それとも、最深部へ潜って、親玉を叩くか。
チャンスが次、あるか分からない。
なら、最深部へ行ってみてもいいだろう。
『俺は最深部へ行ってみます 真 』
鉄パイプで床を削って、俺はシルフボードを起動させた。
時々、瞬間瞬間で他のメンバーが現れたり、俺よりずっと奥に移動していたりした。
全員、最深部へ向かう事にしたらしい。
そして、まだ俺達の時は止まったまま、動くときは順番に、だ。
これ、いつまで続くんだろうな。
俺が最深部に着いたとき、他のメンバーはまだ誰も着いていなかった。
そして、そこでは『ビッグ・ディッパー』のヒーロー達が疲弊している様子で固まっており、どろり、として不定形な異形のアイディオンがやはり固まっていた。
これで固まっているふり、とかだったら俺はもうあきらめる。
……待っているのもどうかと思われたので、アイディオンの体を鉄パイプで打ち据えることにした。
それから気づくと他のメンバーもやってきていて、アイディオンの体を細切れにする作業を一緒に、それでいて、決して一緒ではなく、離れた状態で進めた。
もし、このまま時間が元に戻らなかったら……どうすればいいんだろうか。
恐ろしい想像にぞっとする。……が、今はそんなことを考えるより先に、アイディオンを何とかしよう。
俺もひたすら、アイディオンの不定形の体を切り分けて切り分けて、ソウルクリスタルを探した。
アイディオンは体積が非常に大きく(巨体である、というよりは、『体積が大きい』のだ。不定形だし)、体内にあるのであろうソウルクリスタルを探すのは至難だった。
……が、それもすぐに終わる。
俺達にとっては精々5分、延べ時間で言えばおそらくは30分程度。そして、アイディオンにとっては一瞬にも満たない間の出来事だったはずだ。
俺はソウルクリスタルをついに、アイディオンの体の奥深くから発見した。
他の人が探し続けてしまったら大変なので、俺はソウルクリスタルを破壊せずにとりあえず手に持ったまま時間が『一周』するのを待った。
すると、瞬きする間に俺の足元にメッセージが書かれていた。
『お疲れ様 桜 』
『おーやったね。壊しちゃっていいんじゃない? 茜 』
『今回は持って帰るのは難しいと思います 恭介 』
『そうだな。真君、次に君の番が来たらそのソウルクリスタルを破壊してくれ 古泉 』
『お疲れ様です! ソウタ 』
……俺はメッセージを全て読んで、ソウルクリスタルを地面に置き……渾身の力を込めて、鉄パイプでそれを殴りつけた。




