140話
さっき、アイディオンの台詞が妙に引っかかった。
それは多分、アイディオンの異形のせいだろう。
思い返してみれば、アイディオンの頭1つ1つが別々に喋っていることが違和感の正体だと分かる。
……アイディオンの第一人称が統一されていなかったのだ。
私、俺、我……そんな風に違ったわけだから、意図的にそうしているのではない限り、あのアイディオンの頭1つ1つは別の人格か、それに近しいものを持っているはずだ。
……というか、だからこそ、こんなに大量の異能を使えているのだろう。
もし、1つの頭しかない普通のアイディオンだったら、これだけの種類の異能を使えたとしても、おそらく『使えない』。或いは、『使いこなすことができない』。
異能は1つ1つ、特性がある。
それは当然、1つ1つの使い方が違うという事だ。
それは、用途、という意味でもあるし、使用の手順、使用に至るまでの必要事項、という事にもなる。
多分、俺が茜さんの異能を使えるようになったとしても、ただキスするだけで異能を発動させられるようになるまでに暫くかかるだろうし、俺が古泉さんの異能を使えるようになったとしても、重力に翻弄されるか、或いは、そもそも重力の操り方が分からないかもしれない。
使い分けは最悪、できなくてもいい。
例えば、ただ敵を殺したいだけなら、炎と氷が同時に使える必要は無いのだ。
炎だけで敵を焼き払うなり、氷だけで敵を凍てつかせるなり、それで間に合う。少なくとも、このアイディオンの出力ならば。
本当に炎が必要、本当に氷が必要、という状況なら話は別だが、少なくとも戦うだけなら、そんな使い分けは必要ない。
攻撃、防御、回復、の3つができればまず問題ないだろう。精神攻撃、妨害、辺りまで含めたとしても、5つもあれば事足りる。
……しかし、このアイディオンはそれをしない。
おそらく、できないのだ。やらないだけかもしれないが……できない、或いは、やることのメリットが薄い、と考えた方が、まだ納得がいく。
このアイディオンは、頭が複数ある。腕も3本以上ある。
そして、どうも頭はそれぞれ1つの意志によって統合されてはいるが、思考は別々に行っている、或いは、人格が別々になっている、それに準じた何らかの状態になっている……と考えられる。
それは、アイディオンの死角を無くすだけでは無く、複数の異能を同時に使えるようにする、という意味合いもあるのだと思う。
1つの頭では到底使いきれない異能を、複数の頭で並列処理することによって使いきっているのだろう。
おそらく、頭ごとに使う異能を割り振って、頭Aは異能a、b、cを使う、頭Bは異能d、e、fを使う……というようにしているはずだ。
それも、各頭がそれぞればらばらになったとしても戦えるように、攻撃と防御と回復と……といったように、バランスよく分けていると考えるのが妥当だろう。
防御専門の頭、攻撃専門の頭、という割り振りはしていないんじゃないだろうか。
一度に攻撃が複数来た時、防御できる頭が限られていたら防御どころじゃない。
俺達ヒーローが複数人で来ることは十分予想できることなのだから、複数の攻撃に十分対処できるよう、最初から対策していて然るべきだろう。
以上が、俺が今まで得られたこのアイディオンに関する情報の全てだ。
ここから、俺はこのアイディオンに勝つための『嘘』を組み立てないといけない。
まず、異能を封じられる可能性を考えないといけない。
古泉さんか、古泉さんと茜さんの両方かは、異能を封じられているか、それに準ずる状態になっている。
俺もそういう状態にされる恐れはあるのだ。だから、嘘は早めに始めないといけないんだけれど……。
……もし、相手の異能が『異能封じ』なら、俺がアイディオンの異能封じに気を付けながら逃げ回ればいくらでもやりようはある。
ここに居るアイディオンが信じなかったとしても、俺だけ撤退して外で待っているヒーロー達に『勝ちました』と報告すればそれでチェックメイトだ。2番煎じだけれど、こんなにシンプルな解答も無い。
……ただし、アイディオンの異能が『特定の異能の効果を無効化する』ようなものなら、そういう訳にはいかない。
おそらく、俺が1人撤退して嘘を吐いたとして、その嘘がアイディオンに及ぼす効果を打ち消してしまえるのだろうから。
……まあ、つまり、そんな異能だった場合、俺の嘘は全て無効化される。
『アイディオンの異能は単なる異能封じ』だという嘘を吐いたところで、それを無効化されたら……矛盾が発生する事になる。矛盾……つまり、異能と異能が衝突した時、どうなるかは分からない。が、あまりいい予感はしない。
なんにせよ、そんな賭けはできればしたくないな。
しかし、そうなると俺が吐ける嘘が限られてくる。
味方を強化するにしても、アイディオンにその効果を無効化される恐れはあるのだ。
今、古泉さんは少なくとも、自分自身の回復ができなくなっている。
つまり、古泉さん自身に掛かる異能が使えなくなっているという事。
アイディオン本人に掛かる異能以外の異能も使えなくされている、という事なのだから。
……そうなると、抜け道は1つ、だろうか。
ヒーロー狩りのヒーローと戦った時と同じ戦略を取るしかない。
……アイディオンは、どれが異能でどれが異能ではないか、分かってしまうのだろうか。
「ぐっ……!」
古泉さんの押し殺した悲鳴にそちらを見れば、古泉さんの左腕が切断された所だった。
「叔父、さんっ」
当然、そうなったらもう古泉さんは戦線離脱するしかない。
回復できる異能が今ここにはないのだから。
……恭介さんは茜さんとソウタ君を守るのに精いっぱいだ。
そして、古泉さんはもう戦える状態じゃない。
……桜さんはさっきの氷の影響で負傷してはいるが……まだ、戦えるだろう。
そして、俺も。
さっき壁に叩きつけられた分のダメージはあるが、この中ではまだ、戦える部類だ。
それに……『逆境具合が強い方が、それっぽい』。
シルフボードで加速する。
飛んで、古泉さんと古泉さんの左腕を回収して、すぐに離脱。
恭介さんにパスしたら、あとは恭介さんに任せる。
異能が封じられていたとしても、それを『映す』ことで使えるようになるかもしれない。
……その場合は、多分、まあ、恭介さんが古泉さんにキスする羽目になるか……いや、やめておこう。命が最優先である。
「真君」
アイディオンに向き直ったところで、桜さんが俺の傍にやってきた。
「桜さん。……案があるんだ」
アイディオンと俺達の間に、壁が生まれる。
……もちろん、幻影だ。
その幻影が壊される前に、俺は桜さんに囁く。
「一撃でいい。どんなに弱い攻撃でもいい。……アイディオンの頭に決めてほしい」
《無駄な事》
桜さんが頷いて飛び去った直後、壁が崩れ落ちる。
《幻影か》
《嘘でできた壁で身を守れるとでも思ったのか》
ありがたいことだ。
今回ばかりはこれがありがたい。本当にありがたい。
「ああ、今ので分かったのか」
相手は答えないが、まあ、しょうがない。できれば相手から情報を探りたかったけれど、そんな余裕はなさそうだ。
「でも、もう遅い」
《何》
さっき壁に叩きつけられた時に折れたであろう肋骨の痛みも、この時ばかりは演技の材料にしかならない。
これだけ満身創痍でも、俺は笑える。余裕ぶっていられる。
何故なら、勝利を確信しているからだ。
……どこからどこまで嘘なのか、見破れるものなら見破ってみればいい。
俺だって、もう、どこから嘘でどこから嘘じゃないのか、分からないんだから!
「もうお前は騙されているんだよ。もう手遅れだ。ずっと前から、な」




