14話
火は、原始より生物が恐れるものの1つだ。
問答無用で、騙すならこれが一番手っ取り早いと思う。
高レベルのアイディオンの中には言語を扱ってこちらとコミュニケーションを取ろうとする者もいる。
……大抵は、煽ってくるとか、そういう……マイナスなコミュニケーションなわけだけれど。
だから、今回のアイディオンは別に喋っていないけれど……Lv10、という大物だ。
知能が高い故にこいつらが言葉を解す、という事は、俺にとって有利に働く。
アイディオンの攻撃は、とにかく速かった。
大ぶりな剣がサイズ感を無視した速度で振るわれる。
……ただし、俺も桜さんも、アイディオンのリーチの外側、地上から遠く離れた上空にいる。
アイディオンがジャンプしたらすぐにより高度を上げるなり、ずっと離れてしまうなりしてしまえば攻撃は当たらない。
よって、俺達が負ける道理は無かった。
……桜さん一人でも多分、時間を掛ければ狩れるんだろう。
『私の得意なタイプ』と言っていたのはそういう事だ。
遠距離攻撃の手段を碌に持たないアイディオン。
その身体能力、一撃一撃の破壊力こそ凄まじいものの、当たらなければどうという事は無いのだから。
しかし、このまま桜さんに任せているのは嫌だ。
俺も参戦しよう。
……まず、桜さんがナイフを投げて攻撃している以上、俺がアイディオンに近接するのは望ましくない。
間違いなく邪魔になる。
だから、熱を帯びた剣で切って、炎を信じさせる、という戦い方は、今回はパスだ。
……それ以上に、近づいたが最後、簡単に死にそうな気もする。
相手は腐ってもLv10のアイディオン。こっちが相手の届かない距離に居るから余裕をもって戦えるが、その一線を越えたら間違いなく俺じゃ相手にならない。
「おい、どこ見てるんだ?」
なので、まずはアイディオンに話しかける。
距離が距離なので、そこそこ声を張りつつ、堂々と。
余裕をもって……ついでに、少しばかり、自信家で、軽薄で、多少アホにでも見えれば……つまり、幻術を使うタイプに見えなければ、尚良し。
反応したアイディオンに内心ほっとしつつ、右手に炎の幻影を纏わせる。
「カミカゼにばっかり構うなよ。俺だってお前を燃やしたい」
それらしいセリフを嘯きながら生み出した炎の幻影を一気に増幅させる。
右手の先に集まる炎に、アイディオンの意識が完全に向いた。
「ちょっと熱いから覚悟しろよ……食らえ!」
そして、俺に向けて飛んできたアイディオンの剣を間一髪、躱しながら、幻影を炎の奔流と成してぶつける。
迫る光と、音。そして、そこに存在しないはずの熱を信じてくれただろうか。
アイディオンは炎を切り払う為にまた剣を振ったので、効いているのか居ないのかは分からない。
……しかし、剣をこちらに振らせるだけでも十分意味がある。
相手の攻撃を無駄撃ちさせることは戦術の基本だ。
「ほら、次だ!」
今度は、大きさよりも数を優先して、炎をぶつけていく。
……が、アイディオンの動きが速すぎて当たらない。
もっとも、それが悪いこととは限らない。
避けられた炎の球が瓦礫にぶつかる時に、一々瓦礫に焦げたような跡の幻影を掛け、時には砕ける幻影を乗せ、と、かなり細々した細工をさせてもらった。
『当たらなければどうということはない』のは、俺達の話。
俺の攻撃は、当たらなければ当たらないほど、リアリティの材料になる。
……むしろ、碌に信じさせる準備もしないまま当たった時の方が失敗しそうな気もする。
「なら、避けられない位置に出せばいいよな!燃えろ!」
そして、ここで一発、アイディオンの足元から火柱を大きく吹き上げる。
……これでもし、信じられてなかったら一発アウトなんだが……それは杞憂に終わった。
細工が功を奏したらしい。
アイディオンはすぐ離脱したものの、ダメージは入っていそうだ。少し煤けている部分が見える。
ならばここで畳みかけるしかない。
「その程度か!?ほら、次はもっと火力上げるぞ!」
ひたすら幻影の火力を上げて、ひたすら言葉を投げかけて、アイディオンを追い込むように、炎の壁を展開していく。
……そして、アイディオンはその壁を切り払いながら、俺に向かって突っ込んできた。
防御に無理があると思って攻撃に転じてきたらしい。
一瞬で迫る殺気に肌が粟立つ。
……しかし、横から飛んできたナイフがアイディオンの目あたりに命中して、アイディオンの剣は見事に俺のずっと横を通過していった。
立て続けに、桜さんの投げたナイフが無防備になったアイディオンの顔面に刺さっていく。
俺も怯まず、炎の幻影を提供し続ける。
地面のあちこちから幻影を出していると、その内、アイディオンは何も出していない所でも防御の姿勢を取ったり、避けようとしたりするようになった。
『地面から炎が噴き出してくる』という嘘に見事、嵌まったらしい。
よし。怨むなら自分の知能が高かったことを怨んでくれ。
俺の炎も、桜さんの投げナイフも、一撃必殺とはいかない。
炎はともかく、桜さんの方は相当一撃一撃が小さいはずだ。
しかし、2人分合わせて、蓄積していくダメージはそこそこのものだったと思う。
……途中までは。
「Lv10のアイディオンだ!」
「2人……ってことは500だな」
戦い始めてはや一時間半。
一般人ならもう避難しているはずなのに、声が聞こえて地上を見ると、そこには数名のヒーローらしき人たちがいた。
……そして。
その途端、アイディオンは炎の壁を無視して、俺に向かって剣を繰り出す。
炎の幻影で応戦しようとしたが、アイディオンは炎に対して全く怯まない。
……仕方ないので、シルフボードを急発進させて避ける。
大ぶりなようで速すぎるその一撃は、流石Lv10、といった所か。
……いや、速すぎる。
さっきとは段違いだ。
まるで、一気に視界が良くなったような……。
……まさか。
炎の幻影を生み出して、投げつける。
アイディオンは避けようともしない。
そして、それがぶつかっても、ダメージを受けた様子は無い。
……やっぱり、嘘がばれてる。
どのタイミングでばれた?俺は何をしくじった?
何か異変があったとすれば……地上。
アイディオンに向かっていく人が2人。
……昨日の事を思い出す。
古泉さんが来た途端に消えたという、『カミカゼ・バタフライ』の嘘。
今回も、人が来た瞬間に嘘がばれた。
その時、その瞬間、俺は幻影を使っていなかったと思う。
炎の壁という『嘘』を信じたアイディオンが、翻弄されるままになっているだけだった。
関係が無いとは思えない。
……少し、考える。
……やってみる価値は、あるよな。
「そこのヒーロー2人!凍りたくなければ早くそこを離れろ!凍り付くぞ!そこには仕掛けが……!」
氷の幻影を出して地面を凍り付かせながら、ヒーロー2人に向けて氷の幻影を伸ばしていき、最終的には氷のドームでぐるりと包むようにする。
「こ、氷!?」
「おい、俺達は味方だって!おい!」
2人の抗議の声と、氷のドームを叩く音を確認してから、アイディオンに向かって氷の幻影を投げる。
アイディオンは当然、それが所詮幻影だと分かっているから、避けない。
……そして、アイディオンにぶつかった時、それはアイディオンの体をほんの少し、凍り付かせた。
アイディオンが驚いたように動きを止め、そこに容赦なくナイフの雨が注ぐ。
俺もそれに、氷の幻影で応援しつつ、俺の異能の発動について、一部、確信を持った。
……これ、やっぱり多数決だ。
止めは俺が差した。
どう考えても、桜さんの投げナイフで止めを刺すのは面倒そうだったから……というか、このままちまちまやって削りきる戦法に俺が耐えられなかったから、というか。
止めを刺した時点で、経過時間は3時間38分。
ちまちま戦法もここまで来るといっそ大したもののような気がする。
……桜さんはいつもこんな長期戦をしているんだろうか。
俺が居なかったら、普通に4、5時間かかってるんじゃないだろうか。
ナイフと氷で相当動きの鈍くなったアイディオンの首に氷の幻影を纏わせた剣……氷のくせにぬくぬくしている剣だが……を突き差すと、アイディオンは消え、後にはとても大きいソウルクリスタルが残った。
「……これで、来月のノルマは、真君が入る前と同じ」
どうやら、Lv10のアイディオン1体を倒すことで入るポイントは1000ポイントで、俺が『ポーラスター』に入ることによって増えてしまったノルマの分と等しいらしい。
……ノルマの増え方が大きかった、と考えるべきか、Lv10のアイディオンのポイントが高い、と考えるべきか。
ちなみに、Lv9のアイディオンは750ポイント分で、Lv8は525ポイント分らしい。
「おい!お前、ヒーロー相手に攻撃するとかどういう事だよ!」
そして、忘れかけていたが氷のドームを破って出てきたらしいヒーロー2人が文句をつけてきた。
そう言われても、俺としてはああでもしないと俺自身の攻撃手段を失う所だったんだから勘弁してほしい。
「敵と味方の区別もつかねーのかよ。折角助けに来てやったのに」
……助けに来た、っていうよりは……多分、たかりに来た、っていうのが真実じゃないだろうか。
俺が死にかけた、Lv6のアイディオンとの初戦闘。
あの時、古泉さんは何割か、俺に……『ミリオン・ブレイバーズ』に何割か分け前を、と言い出した。
多分、そういう仕組みになってるんだろう、という事は想像が付く。
そして、それを悪用して、たかりに来る奴がいるんだろうな、って事も。
「こいつ『カミカゼ・バタフライ』だろ?ってことはお前ら、名前忘れたけど弱小零細のヒーローなんだ?」
それでも無視して帰ろうとしていたらしい桜さんが、振り返る。
表情こそ変わらないし、何も言わないものの、雰囲気が鋭い。
「やっぱ零細のヒーローは無能なんだな。なんでわざわざ意地張って俺達の邪魔するんだよ」
「どうせ何かあった時に自力でどうにもできなくて大手に泣き付いてくるくせにな」
桜さんの目が、どんどん鋭い光を帯びていく。
何を言い返すでも無く、でも何か言いたげなまま、言葉を探すように黙って睨んでいる。
多分、言い返すと後々面倒になるから言い返せないんだろう。
或いは、普段無口だから、こういう時に何を言い返していいのか分からないのかもしれない。
……俺自身も腹が立たない訳じゃないし……俺なら、割と幾らでも潰しが利くから、べつにいいよな。うん。
「いや、そっちが勝手に引っかかって勝手に閉じ込められただけだろ」
半分、事実だ。
多分こいつらが来なければ俺の嘘はばれなかったし、そうしなければ俺だってこいつらを閉じ込めるような事はしなかった。
……なんというか、氷のドームを出す時、如何にも『仕掛けてあった地雷を踏みぬかれて誤爆された』というような言い方をしておいたのがここで効いてくるとは思わなかった。
あの時は下手に責任を取らされるのも面倒だから、位にしか考えて無かったんだけれど。
「なんだと!?」
「氷のドームについては謝らないからな。あれはあんたらが俺が仕掛けてた罠に気付かず踏み抜いてくれただけだから」
「だとしても、なんですぐに解除しなかったんだよ!」
残念ながら、それも多分できなかった。
何故なら、あの氷のドームはこの2人がそれを信じてしまったために……『真実』になってしまったのだから。
もうあれは幻影じゃなかった。そして、幻影じゃなかったら、俺の意思だけでON/OFFできるものじゃない。
「こっちは交戦中だったし、どうせ俺が解除しなくてもすぐに出てこられるかと思って」
ここで引き下がらなかったら、自分たちが弱いと言うようなものだ。でも引き下がりたくもないらしい。
黙ったまま相手はますます怒っているらしい。
「……で、何割たかりに来たんだ。お前らはその弱小零細ヒーロー業者の無能ヒーロー如きが一生懸命仕掛けた渾身の罠を無駄撃ちさせて足引っ張ってくれた挙句脱出もできずに結局何もしなかった癖に何割たかろうとしてるんだ」
「……んだと!?」
煽ると乗ってくる。
こういう人は単純でいい。こういう人の方が案外扱いやすいんだ。
「あ、違うのか?単純に俺に文句言いに来ただけだったのか?」
「最初からそうだろ!」
いや、嘘だな。
間違いなくたかりに来てたな。
だって、『Lv10のアイディオンだ!』で、『2人か、じゃあ500だな』って言ってたじゃないか。
つまり、1000ポイントの半分、500ポイント、つまり、5割もたかろうとしてたんだろ?
「いやごめんな?ちょっとこっちもそういうのが多くてピリピリしてて。だよな、大手のヒーローがこんな無能で弱小な零細企業からたかろうとする訳が無いよな、ごめん」
逆上している人間を逆切れさせずに誘導するには、逃げ道を作っておくことが必要らしい。
それで、両者が折れ合った、という体裁を作ること。これが逆切れ寸前の相手に有効なんだ、と。
前住んでいたアパートの大家さんから教えてもらった。
なので、俺は人の好さそうな奴、俺は人の好さそうな奴、と意識しながら、笑顔で手の平を返した対応をすると、相手も微妙な顔をしながら矛を引っ込めてくれる。
深追いするのはどう考えても得策じゃないしな。
「ということで、俺達は退散するよ。じゃあ、またどこかで会ったらその時はよろしくな!」
シルフボードを起動させると、桜さんも察して宙に浮く。
2人のヒーローは半分煙に巻かれたような状態で、舌打ちだけして踵を返して行ってしまった。
根本的な解決にはなっていないだろうけれど、とりあえず穏便には済んだ、と思う。
そして、俺は割と、言いたいことは言った。
……言って、大丈夫だっただろうか。
空の旅を再開しながら、桜さんに聞くと、少し考えてから、「真君は、言葉が沢山、出て来るのね」と、返ってきた。
そして、桜さんはまた考え始める。
「……私はいつも、ああいう人たちに、上手く言えないから……何か言うと、もっと怒らせちゃうから、何も言わないようにしてる」
……やっぱり、これ、まずかっただろうか。
相手は口ぶりからして、大手企業所属のヒーローだったんだろう。
だとしたら、古泉さんに相談しておいた方がいいだろうか。
「だから……ちょっと羨ましいし、嬉しかった」
そう言って、ほんの少し笑って……それきり、桜さんは特に何も喋らなかった。
終わりらしい。
……一応、古泉さんには伝えておこう。でも、そんなに問題でもない、って事なんだろうな。多分。




