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134話

 街の中心にいたアイディオンは大方片付けた。

 しかし、街の外からやって来るアイディオンはまだ片付いていない。

 多分、瞬間移動できるアイディオンは街の中心部にいきなり現れて、そうでないアイディオンはご苦労な事に徒歩、或いはそれに準ずる何かで街まで来ているらしかった。

 上空100mに上昇して見渡すと、アイディオンが次々とこちらへきているのが分かった。

 その内の1体は動きが速い。すぐにでも街に到達しそうだ。

「悪いが、真君。鳥籠を他のヒーロー達に配ってきてくれ。……それから、茜を連れて行ってくれないか。負傷者は多いだろうから」

「分かりました」

 古泉さんはそのアイディオンの方へ向かい、俺は上空から見渡して、ヒーローとアイディオンが戦っていそうな地点を探して向かった。




 やっぱりというか、鳥籠は偉大であった。

 渡しさえすれば、そのヒーローはもう負けなしである。

 そして度々、逃げ遅れた人を発見しては、その人にも鳥籠を渡して説明を行い、避難所へ連れていく。

 こうしてひたすら、嘘を盤石にしていった。

 道中、運よくか悪くかアイディオンに遭遇したら、鉄パイプで殴って倒す。

 鳥籠を持っている俺もやはり、負けなしなのだった。

「……アイディオンがかわいそうになってくるな、なんか」

「……ね」

 苦笑しながらコウタ君たちと倒したアイディオンのソウルクリスタルを回収しつつ、ふと、大手のヒーロー達は何をしているのか気になった。

 アイディオンと戦っているのは専ら、顔見知りのヒーローだ。

 見知らぬヒーローを見つけることがあっても稀だったし、有名どころの……つまり、大手のヒーローはまだ見つけていない。

「今戦ってないヒーローって、やっぱもう死んでるのかな」

「かもしれません」

 多分、茜さんの危惧する通りだろう。

 大手なんて、ヒーローLvの高いヒーローをそろえていたはずだし……夢だけれど夢じゃなかったアレで襲撃してきたアイディオンの『強いヒーロー程倒しやすい』の法則に則れば、大手はすぐ壊滅しておかしくないだろうから。

「いずれはそっちもなんとかしないと、かな」

「今やらないと手遅れになっちまいそうだけど」

「けどなー……どういう嘘、吐けばいいんだろーね。『ヒーローの死者はゼロ』?少なくとも私達、ヒーロー全員なんて把握してないし、他の人だってそうでしょ?」

 死んだヒーローは居ない、という嘘を吐けば、確かにそれは可能だろう。

 というか、他に方法が無い。

 ヒーロー全員を把握している訳でも無い俺達がヒーロー1人1人について嘘を吐くことは不可能だ。

「じゃあ、ちょっと俺、避難所、行ってきます。今の所ヒーローの死者はゼロだ、って言ってきます」

 急いだ方がいい。うっかり、避難所で『~が死んだ』というような情報が流れてしまったら、それこそ手遅れだ。

 一旦広まった情報をデマだった、として、嘘を真実にするのは難しすぎる。

「私も行く」

 シルフボードを発進させたところで、後ろから桜さんがついてきた。

「真君、いつ倒れちゃうか分からないから……」

「俺がぶっ倒れちゃったら、アフターケア、頼むよ」

 少なくとも、避難している一般市民たちの前で倒れて動けなくなってそれきり、という事は避けなきゃいけない。

 彼らは何も知らないままでいなくてはいけないのだ。

 鳥籠、という都合のいい道具のおかげで、誰一人として死なずに済んだ、というストーリーを疑ってもらっちゃ困る。

「急ごうか」

「うん」

 戦っているヒーロー達への鳥籠配布は大体終わっただろう。取りこぼしは茜さんとコウタ君ソウタ君に任せるとして、俺と桜さんはまた総合体育館へ向かった。




 人でごった返す総合体育館の中で、さっきの通り、嘘を吐く。

 死者ゼロの報告に、喜びの声が上がる。

 他にも、適当に避難場所が複数あるとか、ここにいない人はそっちに居るとか、姿が見えないヒーローは街の外に出てアイディオンと戦っているとか、逃げ道になりそうな嘘をいくつか足して、俺達はできるだけさっさと体育館を後にした。

 単純に、俺がいつコストを払う事になるか分からないからだ。

 一般市民の前でぶっ倒れるのは避けたい。俺は負けなしのヒーローでなくてはいけないから。


「……真君、大丈夫?」

「うん、まだ平気」

 一度目眩があったきり、まだコストは来ていない。

 来たら来たで……ひどく長い間寝て居る羽目になりそうだけれど。

「次に俺が起きたらもうアイディオンが全滅してたりして」

「うん。……そうなるように、頑張る」

 街に攻めてきたアイディオンがアイディオンの内のどのぐらいの戦力分なのかは分からないが、超高レベルアイディオンの大安売りをして、そのアイディオン達が悉く鳥籠とヒーローによって倒されている今、アイディオン側の戦力が減っていると考えられる。

 となれば、アイディオンの基地を叩くのは今が最大のチャンスなわけで。

 ……そして、その時に俺がまだ起きていられるかは分からないのだ。

 きっと、寝ている俺を置いて、皆にはアイディオン討伐に出てもらう事になる。

 桜さんもそう考えているらしい。

 強い意志の溢れる瞳で、真っ直ぐ前を見つめている。




 それから数時間で、街にいたアイディオン、街に向かっていたアイディオンは掃討された。

 一般市民の避難も解除されたが、それでも分厚いシールドに守られた総合体育館を動きたがらない人も多く、彼らの避難生活は続きそうだ。

 ……一通り、これでここの騒動は終わっただろうか。

「あとは、鳥籠の効果が消えない明日中ぐらいになんとか、アイディオンを倒さないと、だよな」

「そう、だね。……今日もかなりやっつけたけれど……」

 今日だけで削れたアイディオンの数は計り知れない。

 俺も桜さんも、相当な数のアイディオンを倒していたはずだ。

「私は……4つ」

 4体、とは言っても、それが普通のアイディオンでは無く、超高レベルアイディオンなのだ。

 今回の襲撃と、鳥籠の効果の異常性が良く分かる。

 さて、俺は結局何体のアイディオンを倒したっけ、と、ベルトに付けている鞄の中を探る。

「ええと……5つ、かな」

「合わせて9体、だもんね」

「今朝のを入れたら10体だ」

 超高レベルアイディオンが10体。

 しかも、俺と桜さんだけで、だ。

 ……本当に、恐ろしい事になった、と思う一方で、現実味がなくもあるのだ。

 今まで散々街を破壊して、散々人を殺して……どうしようもなくどうしようもなかった脅威だったはずなのだ。超高レベルアイディオン、というものは。

 それが今、鉄パイプで殴っただけで死ぬようなものになり果てている。

 ……喜べばいいのだろう。素直に。

 俺が吐いた嘘が皆のおかげで真実になって、その結果、死者はゼロ。アイディオンは悉く弱体化し、ヒーロー達によって駆逐されていく。喜ばしいことだ。

 ……喜ばしい、はずなのに……思わずにはいられない自分もいる。

 どうして自分は、10年前にこれをできなかったんだ、と。

 こんなに簡単な事が出来なかったせいで、途方もないものを失った。

 勿論、分かっている。これができるようになったのは、俺が今まで歩いてきた時間全てによってで、俺が今まで出会った全ての人によってだ。

 だから、こんなことを考えるのは馬鹿げている。

 そう結論が出るのは早かった。ずっと前から出ている。

 そして、割り切れないのは今に始まった事じゃない。ずっと前からだ。


「……ねえ、真君。私、できるようになったこと、いっぱい増えたな、って、思う。昔できなかった事が、今はできるようになってて……今、できないことも、きっと、もっと先ではできるようになってる」

 桜さんが投げたナイフが、不自然に大きく2度、軌道を変えて飛ぶ。

 それは街路樹の葉を一枚落として、そこで木に刺さる事は無く、不自然に止まる。

 そして一方、落ちた葉は地面には触れず、ずっと浮いていた。

 おそらく、桜さんが風を操っているのだろう。

「アイディオンだって、昔は倒せなかった。Lv1のアイディオンだって怖かった……今ならLv100のアイディオンでも、きっと倒せるのにね、って……ちょっと、悔しい」

 葉が、地面に落ちる。

「こんなに私は強くなったけれど、明日にはこれじゃ足りなくなってるかもしれない。明後日から見たら、まだ足りないのかもしれない。……時々、怖くなる」

 桜さんが風を操るのをやめたのか、落下したナイフが葉を貫いて地面に突き刺さった。

「俺も……どんなに強くなったって足りないんだろうって思う。なんで昨日、一昨日……10年前に、今日の強さが発揮できなかったんだろう、って後悔ばっかりだ。でも、考えたって仕方ない」

「……うん。分かっては、いるの。でも、割り切れない……」

「俺もだよ。……しょうがないよ。人間だから。……人間だから、全部ひっくるめてそういうものだ、って、諦めてる」

「人間、だから……うん、しょうがない、んだよね」

 桜さんは屈んで、地面に刺さったナイフを回収した。

 刺さった葉をそっと抜き取ると、風に乗せて遠くへ飛ばす。

 葉はその内、空に飲み込まれて見えなくなった。




「……あ」

 その時だった。

 不意に、桜さんの目に、桜色の光が走った。

 そして、どこか遠い場所を見ているようにその焦点が定まらなくなる。

 実際、遠い所を見ているに違いない。

 きっと、桜さんは今、未来を見ている。

 ……やがて、桜さんは口元を綻ばせ……引き結んで、そしてまた綻びかけるのを堪えるように、数度瞬いた。

「何か、見えた?」

 そして、俺が声をかけるまで、少し頬を上気させて放心していたようで……声をかけた途端、驚いたように振り返る。

「え、なんで、見えたって、その……」

「遠い所を見ているみたいだったから。……未来が見えた訳じゃなかった?」

 桜さんは自分自身を落ち着かせるように数度呼吸をして、それから……柔らかく口元を綻ばせた。

「見えた。未来……とっても、嬉しい未来が、見えて……」

 桜さんはそこで口を閉ざしてしまう。

 口元が綻んだままの所を見ると、言葉通り、悪い未来じゃないんだろう。

「へえ、どんな未来?」

 桜さんがこんな顔をするなんて、どんな未来が見えたんだろう、と、気になって聞いてみる。

「……ええとね、その……」

 珍しく、桜さんは言い淀んで、もじもじしている。

 そして、しばらくして、桜さんがおずおず、というように俺の方を見て……。


 そこで、視界がぐらり、と揺れた。

 いきなり頭を殴られたような感覚。

 ぐるぐると目が回り、体がいう事を聞かなくなり、倒れる。

「真君!」

 打って変わって、焦燥を表情に浮かべた桜さんが俺に駆け寄ってくるのを見ながら、俺は目を閉じた。


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