133話
案の定というか、茜さんの台詞は人々に混乱を巻き起こした。
混乱することは分かっていただろうから、それが目的なんだろうけれど。
「でも大丈夫!ここに居れば私たちが守れます!できるだけ皆こっちに来て!」
茜さんの声はよく通る。そして何故か、反論を許さないような、ある種の強制力のようなものすら感じられるのだ。
自信が見えるから、だろうな。
「はい、じゃ、真クン、あとは頼んだ」
そして、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して(ちゃんと人は集まったけれど!)茜さんは俺にバトンタッチする。
鳥籠の入った箱を抱えて人の方へ向かったみたいだから、配布役になってくれるんだろう。
「ええ、と……」
普通に声を張ったぐらいじゃ、全然『説明』に足りないな、と思い当たって、カルディア・デバイスに仕込んである拡声機能をONにする。
「皆さんにお願いがあります!」
……予想以上に大きく広がった声に俺自身も少し驚いたが、周りの人はもっと驚いただろう。
みんなこっちを向いてくれた。
「今、ヒーロー達が皆さんに配っているこの鳥籠みたいなものですが、これは『ノヴァ・ブレイズ』の『エレクトロ・ホッパー』が作った『対アイディオン防御装置』です!これを使えば、アイディオンの攻撃で怪我をしたりすることはありません。今から使い方を説明しますので、お静かにお願いします!」
お静かに、と言って静かになる訳もなく、ざわめきは低く空気に漂っていたが、ある程度まで静かになったところで俺は説明を始める。
「この鳥籠の効果は2日から3日。少なくとも今日いっぱいはアイディオンの攻撃を無効化してくれます。そして使い方は簡単、この鳥籠の周りにいるだけです!この小さな鳥籠の周り、半径25mでは、アイディオンの攻撃がすべて無効化されます。もちろん、ヒーローのものは無効化されません!……ただし、この鳥籠の原動力が少し、必要です」
見る限り、桜さんと茜さんとコウタ君ソウタ君の手によって、大分鳥籠が配られている。
尚、足りなくなりそうになったら俺がその都度、新しい箱の幻影を生み出している。特に打ち合わせもしなかったが、みんなそれを運んでくれているみたいだ。
ここに居る全員に鳥籠がいきわたるのに、そう時間はかからないだろう。
「鳥籠の原動力……アイディオンの攻撃を無効化する力は、すなわち、皆さんの信じる心です。突然の事で難しいかもしれませんが、信じてください。この鳥籠の効果と……今、戦っているヒーロー達の勝利を!」
向こうの方で煙が上がっている。
誰かが戦っているのだろう。
俺が知っている誰かかもしれないし、俺の知らないヒーローかもしれない。
「今、俺達『ポーラスター』の他に、『スターダスト・レイド』、『ノヴァ・ブレイズ』、『サウザンクロス』のヒーロー達が、アイディオンの掃討を行っています。皆さんの所にアイディオンが現れる事が無いように。……それでも万一、アイディオンが現れてしまったら……信じてください。ヒーローが必ず助けにきます。それまでの間は、鳥籠があなたたちを守ってくれます!」
素直な人達はそれで納得してくれた。
妙に疑り深い人は納得のいかない様子だったけれど、逆に疑り深すぎる人は、『そういう異能のヒーローなんだろう』と俺の事を疑ってくれたので、逆に信じてくれたようだ。
そうして、人々に嘘が浸透していく。
浸透した嘘はきっと真実になって、本当にこの人達を守ってくれるだろう。
「ここから一番近い避難場所は総合体育館です!みなさん、そっちへ!大丈夫!のんびり歩いていても平気ですよ!その代わり、鳥籠を持っていない人が居たら、側にいてあげてください!」
俺達は鳥籠を持った人々を避難場所へ誘導する。
半信半疑な人もいたが、むしろ『藁にも縋る』思いの人も多かったらしい。
なんとなく、この嘘はもう大丈夫な気がしている。
「はいはーい、ダイジョブよん。ね。ほらほら、泣かないの。泣き止まないとキスしちゃうぞー」
「あー!そこのばーさん!何やってんだ!ほら、こっちこっち!……ソウー!まだ鳥籠あるかー!?」
「あるよ!……はい、おばあさん、これ持って行ってくださいね」
鳥籠をまだ持っていない人には順次配りつつ、俺達は人の群れを護衛して、厚いシールドの張られた避難場所まで連れて行った。
「……っ、と」
一般市民を誘導し終わった直後、目眩を感じてふらつく。
「真君」
桜さんが心配そうに俺を見てきたので、大丈夫、という意味を込めて軽く手を振る。
実際、少し目を瞑っていれば収まる程度の目眩だった。
「倒れるにしても、もうひと踏ん張りしてから倒れるよ。大丈夫」
そう言えば、桜さんは一瞬口を開きかけ……つぐみ、それから、強い意志の篭った眼差しで頷いた。
「もし真君が倒れちゃったら、私が運ぶから、平気。……今は、街の人達の事、考えなきゃ。私達は、ヒーローだから……」
『ヒーローだから』。
ある意味、呪いのような言葉でもあるのかもしれない。
けれど、俺に……俺達にとっては、骨のようなものでもあり、拠所のようなものでもある。
「うん。……とりあえず、あれ、俺達で仕留めないと、だな」
前方、ビル街の向こう側。
超高レベルアイディオンらしきものの姿が見える。
周りにヒーローが居る訳でも無いし……他のヒーロー達は皆、他のアイディオンの掃討で忙しいはずだ。
きっとまだ、復活し切ってもいないだろうし。
「きっと大丈夫。鳥籠、あるから」
桜さんは懐から小さな鳥籠を取り出して、薄く笑った。
「あっはははははははこれ楽勝!」
結論から言えば、鳥籠はちょっとずるかった。
アイディオンの攻撃が悉く無効化されてしまうのだから。
……そして、その原動力は、分厚いシールドの向こう側、だ。
避難している一般市民を全員なんとかするでも無しに、この鳥籠を破る事は難しいだろう。
「なんだかズルしてるみたいだなぁ……」
「バーカ、ズルなんてしたもん勝ちだろ?」
今はヒーローでも無いはずのコウタ君すら、鉄パイプ片手に俺の真似事の様にしてアイディオンを殴っているのだ。
鳥籠の効果はすさまじかった。
……その分、後で反動が来そうで怖くもあるけれど。
「これ、今戦ってるヒーロー達にあげた方がいいんじゃないの?」
「そうですね。こいつ倒したら、ヒーロー達に会いに行った方がよさそうだ」
Lv28のアイディオンの脳天を鉄パイプで叩き潰してとどめを刺すと、後にはソウルクリスタルだけが残る。
念のため、これもきちんと回収してから俺達は他のヒーロー達の元へ向かった。
「真君!お手柄だ!」
……が、その必要も無かったかもしれない。
近場にはもうアイディオンが居ないようだ。
……流石、年季の入ったヒーロー達である。
「やったよ!ああ、ありがとう、真君、君が居たから……」
感極まったらしい古泉さんが俺の手を強く握って、そこで一旦言葉を切る。
「『ノヴァ・ブレイズ』も『スターダスト・レイド』も『サウザンクロス』も、全員生き返った。……いや、『死んでなんていない事になった』、の方が正しいか」
声を潜めて古泉さんはそう言う。
……やっぱり、そうだったか。
古泉さんは電話で、『イリアコ・システィマ』に連絡を取った。
そしておそらくは、そこで……『ノヴァ・ブレイズ』、『スターダスト・レイド』、『サウザンクロス』が壊滅したことを知らされた。
……しかし、古泉さんはあえて、そんなことは言わなかった。
俺が嘘を吐けば、覆せるものだったから。
そして現に今、ヒーロー達は俺の嘘によって『死んでなんていない事になった』。
「……真君、本当にありがとう。こんなことをさせて、本当にすまない」
「いえ、俺も嬉しいです。役に立ててよかった」
古泉さんは少し、気づかわしげな視線を俺に向けた。
「コストは大丈夫か」
「今のところは」
俺自身、まだコストの清算がこない事に少し疑問を感じてはいる。
精々、目眩程度なもので、まだぶっ倒れたり、寝てしまったりはしていない。
「……そうか」
古泉さんは痛ましげな色を表情に滲ませかけたが、一瞬でそれを振り払う。
「なら、悪いが限界まで働いてもらうぞ。まだアイディオンは居る」
「ああ、それなら、これを。他のヒーローにも配りに来たんです」
古泉さんの手の上に例の鳥籠を1つ乗せた。
「これがあれば、もうアイディオンに負けなしですよ」
「そりゃ凄い。……本当に、真君には世話になりっぱなしだなぁ」
古泉さんも、もうコスト云々については言わない。
だって、俺達はヒーローなのだ。




