13話
「たはー、終わった終わったー。叔父さーん、Lv5を3つ見つけて狩ってきたよー」
俺達が事務所に戻って数分で、茜さんと桜さんも帰ってきた。
これで今月のノルマは達成、という事なんだろう。疲れているようだけれど、顔は晴れやかだった。
テストが終わった後の高校生、みたいな。
「お帰り。桜ちゃんも茜もお疲れ様。恭介君寝てるから静かにな」
俺達が戻ってきたら、また恭介さんは寝落ちしていた。起こすのも忍びなくて寝かせているけれど、今晩眠れなくなることを考えたら起こした方がいいのかもしれない。
茜さんはソウルクリスタルを古泉さんに渡している。
今日が24日だから、明日の昼までにあれを持って行って手続きしてくるんだよな。多分。
「まあ、来月からはもう少し早めにノルマ達成できるようになると思うよ。真君が参戦してくれるからな」
俺も戦力に数えてもらえる、っていうのは嬉しい。
……期待に添えるように、頑張らないとな。
翌日。
俺は桜さんと一緒にヒーロー協会支部に行くことになった。
アイディオンからとれたソウルクリスタルの提出の為と、俺の登録の為、という事になる。
俺……『計野真』では無く、『真』がヒーローとして働くための登録だ。これが無いと正式にヒーローとして活動する事が出来ない。
……本当なら古泉さんと一緒に行く予定だったのだが、古泉さんは恭介さんと一緒に、日比谷所長の所へ行ってしまった。
俺の『前の』カルディア・デバイスを届けるほかにも何か用事があるらしい。
……という事で、事務所に茜さんを留守番に残して、俺と桜さんが出かけることになったんだが。
「……長いな」
「……そうね」
受付にずらりと並んだ人の列が、一向に進まない。
そして、会話は続かない。
桜さんはあまりしゃべらない。
食事中にも、話しかけられて一言二言返事をする程度だ。
……というか、食事中に限らず、あの事務所では7割ぐらい茜さんが喋ってるから余計に桜さんが無口に見えるだけかもしれない。
「列、いつもこんなかんじ?」
沈黙の中、ずっと待っているけれど列は遅々として進まない。
「いつもはもっと進む……何か、あったのかも」
少し背伸びして列の前の方を見ると、何か……言い争いをしているんだろうか。
前の方、つまり、カウンターに近づくと不穏さを増していく。
「何かあったらしいな。カウンター前で言い争いしてる人が居る」
「……見えない……」
桜さんはちょっと背伸びしても、列の上に目が出ないらしい。
……俺は身長が175あるけれど、桜さんは女の子の平均位しか身長が無い。
暫く頑張っていたけれど、諦めたらしい。
「……ソウルクリスタル、不足してるのかな」
その代わりか、列の先の言い争いの考察をしてくれた。
「ソウルクリスタルって……渡すもの、だよな」
俺が今、鞄に入れて持ってる物。
大小さまざまで、色も暗い以外に統一性も無く、形もばらばら。
けれど、全てがアイディオンから得たソウルクリスタルだ。
これを企業ごとに課せられたノルマ分収めることが、各企業の義務である。
……という所までしか、俺は知らない。
「前も、ソウルクリスタルが買えなくなった時があって。……その時も、列が動かなかった」
……ソウルクリスタルって、何かに使うのか?
気になったので色々聞いてみたら、大体こんなかんじだった。
ソウルクリスタルは、アイディオンだけでなく、俺達も持っている。
異能の源こそがソウルクリスタルであり、だから俺達ヒーローがソウルクリスタルを……それを使っているカルディア・デバイスを砕かれるという事は、ヒーロー人生の終了を意味するのだ。
……そして、そのソウルクリスタルを使えば……そのソウルクリスタルの持ち主でなかったとしても、一回だけその異能が使えるんだという。
強いアイディオンのソウルクリスタルは、それ故に高い価値がある。
また、それ以外にも、専用の機械にかけてエネルギーを取り出して、エネルギー源として使うならば、それはそれで優秀なエネルギー源となるらしい。
……勿論、その割には高価らしいけど。
「だから、保険でソウルクリスタルを持つヒーローは、少なくない」
中には、殆どソウルクリスタルだけで戦っているようなヒーローも居るんだとか。
大抵、そういうヒーローは『ソウルクリスタルを使う』事に適した異能を持っていたりするらしいけれど。
「研究の為に、研究所に送られる分も多いけれど、こうやって……ヒーローが買えるように、一部がここで販売されてる」
そうかー知らなかったなー。
……うん、俺、本当に3か月何やってたんだろう。『ポーラスター』に拾われるための前段階だったと思えば納得できなくもないけれど……。
そのまま1時間程並んでいると、やっと、背伸びしなくてもカウンターが見えるようになってきた。
そして、そこでの会話も、聞き取れるようになってくる。
「ヒーロー協会には可能な限り多くのヒーローにソウルクリスタルがいきわたるようにする義務があったはずですよね?」
「で、ですから、多くのヒーローが買い求めてきたんです」
「のべ人数は多くのヒーロー、とは言わないんじゃないんですか?」
「しかし、規定は満たしていらっしゃったので……」
規定、って何?と桜さんに聞くと、ヒーロー1人につき、1日にソウルクリスタルが1個まで買える、という決まりがあるらしい。
また、ヒーローの証明として、カルディア・デバイスを持って行けば代理購入もできるんだとか。
結局、しどろもどろな係員にしびれを切らしたのか、その人は列を離れていった。
携帯電話を操作していたから、誰かに連絡でもしているのかもしれない。
「……誰かが、ソウルクリスタルを買い集めてる……?……真君」
珍しく、声を掛けられて桜さんの方を見ると、桜さんの目が、鋭く光を灯しているように見えて、ドキリとさせられる。
「『ミリオン・ブレイバーズ』では、装備の支給に1か月かかった?」
「実質、2か月近かったけれど」
……もしかして。
「その間、カルディア・デバイスは……」
「……分からない。そういうこと、やってるのが『ミリオン・ブレイバーズ』だけとも限らないし……けれど、注意しておいて。真君の存在は、思っていたよりも……『ミリオン・ブレイバーズ』にとって、厄介かも、しれないから」
……不穏な空気を感じつつ、ちら、と、昨日、日比谷所長が『ミリオン・ブレイバーズ』の名前を聞いて『繋がってきた』と言っていたのを思い出した。
結局、俺達は計1時間30分並んで、カウンターに辿り着けた。
そこで桜さんが係員とやり取りして、それから、俺の登録も済ませた。
単純に、俺のカルディア・デバイスを登録して、殆ど意味のない個人情報を提出しただけだ。
……古泉さんが事前に根回ししておいてくれたらしい。
「では、来月分から『ポーラスター』はヒーロー数5になります。真さんのヒーローLvの測定結果によってはノルマが1段回上がりますのでご注意ください」
「えっ」
……桜さんを見ると、「知ってた」というような顔をしている。
……元々、ノルマがきつきつだったのに、俺1人増えた位でノルマが増えて大丈夫なんだろうか……?
そして、俺のヒーローLvの測定も行った。
異能の方はLv5と判断された。
……大した出世だ。Lv3だったあの時は一体何だったんだ。
そして、身体能力はLv9。
カルディア・デバイスのおかげか、かなり上昇している。
カルディア・デバイスを装備してから体が軽い実感はあったし、力が湧き出るような感覚もあった。
けれど、こうして数値になるとやっぱり格別だ。
俺、強くなったんだなあ……。
……というか、強かったんだなあ……。
結局、足して2で割って俺のヒーローLvは7という事で落ち着いた。
ヒーローLv7は、『積極的な戦闘が推奨される』Lvだ。
まさかの、茜さんのLv6より上。
このLv分、俺が『ポーラスター』を支えるつもりで頑張ろう。
……結局、ノルマ、一段階、上がったし……。
帰り道、当然、徒歩では無い。
電車やバスも交通費が勿体ないので使わない。
当然の様に、桜さんは空を飛び、俺はシルフボードでついて行く。
空の旅を20分程度続ければ、事務所まで辿り着く、という訳だ。
……訳、何だが。
「真君、あそこに一匹、居る」
早速、寄り道が確定してしまった。
いや、歓迎するところだけれど。
一旦地上に降りて、物陰で変身する。
……俺はともかく、桜さんは高校でヒーローをやっていることを内緒にしているらしい。
だから、人目に付く所で変身したくないんだそうだ。
変身が終わったら、また空中へ。
そのままアイディオンに接近していくと、アイディオンのレベルは10、と、測定された。
タイプは、近接強化型。
「私の得意なタイプ」
桜さんがほんの少しだけ、笑う。
「真君、相手があまりに動くようだったら、止めて」
そして、アイディオンに向かって袖から取り出したナイフを投げた。
桜さんのナイフは、全弾命中。
反撃に出たアイディオンの得物は……のこぎりのような、巨大な剣だ。
しかし、その攻撃は桜さんに当たらない。
全部、ひらりひらりと回避している。
……つまり、命中率100%の回避率100%だ。
多分、桜さんに任せていてもこのアイディオンは倒されるんだろうけれど、それだと俺の立つ瀬が無い。
桜さんの邪魔にならないように……つまり、俺も飛び道具で戦うのが一番だろう。
それも、できれば相手の動きを封じられるような。
……まあ、とりあえず火だな!




