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124話

 それから、1週間ほど、俺達は桜さんの送り迎えを続け、恭介さんと古泉さんは茜さんの外出の度に付き合わされていた。

「えへへへへ、マネさんに恭介君の自慢してきちゃったーえへへへへへ」

「死ぬかと思った……」

 あっちはあっちで何やら楽しそうだが、こっちは特に何事もなく……多少、俺のタンデム用シルフボードの扱いが上達した程度の変化だけで、それ以外は至って平穏なものだった。

「桜はクラスメイトになんか聞かれたりとかしてない?大丈夫?うっかりヒーローだってばれたりしてない?」

「うん。……真君の事は知ってる人、居たから……たまたま助けてもらって以来、お世話になってるヒーローだ、って言ってある」

 3日ほど前、校門の前で桜さんを降ろした直後、女子生徒に話しかけられたことがあった。

 俺の事を『ヒーローとして』知っていた人で……ものすごく驚いた。

 確かに俺は変身しても容姿が全く変わらないタイプだし、その女子生徒いわく、『シルフボードに乗っている姿を見たらすぐ分かった』という事で、つまり、なんだろう……シルフボードに乗っていたから分かりやすかった、という事らしいけれど……。

 ……なんというか、俺って、間違いなく目立たないはずだ。

 特に、桜さんや茜さん、古泉さんといった美形に恵まれすぎている『ポーラスター』において、目立つところの無いヒーローだと思う。

 しかも、その『ポーラスター』の中ですら目立たないのに……『ポーラスター』は決して、大手でも何でもないヒーロー事務所である。今や零細とは言えなくなってきたけど……。

 そんな状況で、よく俺の事を知っている人がいたものだ、と思う。

「真クン、『ヒーロー大運動会』で相当カッコよかったもんね。知ってる人が居てもおかしくないと思うよ?」

「だとしたら猶更、桜さんと『カミカゼ・バタフライ』が結びつかないのが不思議なんですよね……」

 桜さんは確かに、多少容姿が変わる。

 具体的には、瞳が翡翠色に変わる。あと、恰好が結構変わる、かもしれない。

 けど……髪の色まで変わる訳でも無いし、顔が隠れる訳でも無いから、よく見ればすぐわかってしまうと思うんだけれど。

「似てるね、って言われた時、よく言われる、って返してるから……」

「あー……ほら、桜、戦いそうにないイメージ、あるじゃん。だからじゃない?」

「桜さんって、学校でどんなかんじなんだよ」

「え……普通……?」

 つまり、桜さんは学校でもこんなかんじなんだろう。

 ……なんとなく……桜さんの学校の人達が気を遣って言わないだけで、もう、桜さんがヒーローやってることってばれてるんじゃないか、という気がしてきた。




 翌日。

「いってきます」

 ここ一週間ですっかりお馴染みになってしまったタンデム用シルフボードに桜さんと乗って、空を飛び始める。

 タンデム用シルフボードにも大分慣れてきた。

 多分、後ろに乗るのが桜さんじゃなくて、例えば古泉さんとかだったら、もっと乗り心地が違うだろうからそれはそれでまた違うんだろうけれど。

 少なくとも、後ろに桜さんが乗っている状態と、俺一人で飛ぶ状態ではそこそこ思い通りに動けるようになっていた。

 ……もちろん、1人乗りのシルフボードのようにはいかないけれど。

 少なくとも、これで多少まともに戦えるようになったはずだ。初日のあの状態だったら、少し不安だったから。


「それじゃあ、また4時半に来るから」

「うん。ありがとう……きゃ」

 桜さんを校門前で降ろす時、ロックし損ねていたらしく、わずかにシルフボードが動いた。

 降りようとしていた桜さんは当然、バランスを崩す。

「っと。桜さん、だいじょ……」

 咄嗟に倒れかけた桜さんを抱きとめて支えると……ガシャ、とか、キン、とか、そういう……金属の音がした。

 ……地面に、ナイフが数本、落ちていた。

 ……桜さんを見る。

 ……桜さんが地面を見て、『しまった』みたいな顔をした。

 多分、スカートの中にナイフが入ってたんだろう。それが、バランスを崩したりしたときに落ちてしまったんだろう。

 けれど、一応、周りにはヒーローである事を隠している桜さんだ。

 落としたからといって、周りの視線が集まっているこの状況でナイフを拾うわけにもいかなくて固まっているのだろうけれど!

「あ、ごめん。そのナイフ、俺のだ。落としちゃったみたい……」

「そ、そう……」

 ……仕方ないから、しょうもない嘘を吐いてぎこちない演技までして、俺がナイフを回収した。

「事務所で返すから」

 ナイフを適当にしまってから、少し屈んで桜さんの耳元で囁くと、桜さんはこくん、と頷いた。

 今ナイフを桜さんに返すわけにはいかないし、どうせ桜さんの事だから、他にもナイフ、どこかにしまってあるんだろうし……。

 ということで、トラブルもあったが、概ねいつも通りにシルフボードを発進させた。

 周りにいた生徒たちが少しざわめいたり、こちらを見ていたりする気持ちも分かる。

 うん、刃物なんて落としてごめんなさい。お騒がせしました……。




 それから岐路について、いつも通り事務所へ戻る。

「うー、さみー」

「もうそろそろ冬になるんだもんね」

 シルフボードは、基本的に自分の体を覆うものが無い。なのに猛スピードは出るものだから、あまり速度を出したり、高度を上げたりすると寒い。

 夏ならまだいいんだけれど、冬になると毎年シルフボードを飛ばすのはつらくなってくる。

 ……俺はヒーローの補正のおかげか、そこまで寒くもないんだけれど。

「ま、事務所は暖房あるし、去年とかよりかは考えられないくらいあったかいけどな」

「コートもあるしね。本当に僕ら、古泉さんに拾ってもらえてよかったよね」

 コウタ君とソウタ君はそういう補正が無いらしい。

 今も、コートにマフラー、手袋、耳当て、という、少し季節を先取りしすぎなぐらいの恰好をしている。

 ……しかし、なんというか、2人の会話にしみじみしてしまう。

 コウタ君とソウタ君もそうだろうが、俺もそうだ。

 去年の今頃、もう少しした頃になると、電気は止まってるしガスは止まってるし、水道はギリギリ止まってなくても暖を取るものが無いし、仕方ないから体を動かして暖まろうとするしかないけれど、そもそも体温を作るためのカロリーを食事で満足に取れていないような状態だったし……。

 アイディオンを狩る以外は、ひたすら暖を取るためだけに図書館や学校に入り浸っていた。

 それでも何とかやっていられたのは、もしかしたらヒーローの補正のおかげだったのかもしれない。

 少なくとも、普通の人は10℃を下回るような部屋で寝泊まりしていたら間違いなく体調を崩すだろうし……。

 今は少なくとも、衣食住で不自由することは無い。

 事務所はもう暖房がついて暖かくなっているし、防寒具も経費で買ってもらってしまっているし、布団も冬用布団になってふかふかだ。

 ……本当に古泉さんには頭が上がらない。

「本当は高度上げてアクロバットしてーんだけど、こう寒いとなー」

「春が来たらまたできるよ」

 という事で、俺達は今、割と低空飛行しているところだった。

 いつもだったらビル街より高く飛ぶのだが、今は寒がりな双子の要望で、人の頭より少し上、位を飛んでいる。

 やっぱり、ものがあると風が違う。

 上空数百mを飛ぶよりは段違いに暖かいのも確かだった。




 低空飛行している以上、俺達が飛ぶのは道の上だ。

 そして、廃墟エリアへ帰るために、俺達は市街地の端……裏路地密集地帯を通ることになる。

「お前ら、『ポーラスター』だな?」

 ……だから、こういうことになったんだろうなぁ。

 俺達は前後を、ヒーローらしき人達に囲まれていた。

「そうだと言ったら?」

 できるだけコウタ君とソウタ君を庇うようにしながら、にやり、と笑ってやる。

 ついでに、先手必勝だ。変身して、手に鉄パイプの幻影を生み出して、更に炎の幻影をつけておく。

 連中の背後に火柱を立ててやれば完璧だ。

「慌てるな、どうせ幻影だ」

 ……一瞬で、見破られたが。




 コウタ君とソウタ君が『あちゃあ』みたいな顔をしていない事を祈りつつ、せめて余裕ぶって肩を竦めてみせる。まだ、切れるカードはあるんだぞ、とでもいうように。

「悪いが、お前達にはここでヒーローをやめてもらう。……『嘘を真実にする異能』と『賭けを枷にするフィールド異能』か。なかなかいいじゃないか。特にフィールド系とは珍しい」

 一瞬で幻影を見破られた挙句、異能のネタばらしまでされた。

 これ以上喋らせたら面倒だ、という事で、早速、鉄パイプで殴りかかる。

「おっと、最後まで喋らせろよ」

 が、背後から刃物のようなものが飛んできて、咄嗟に避けるしかない。

「そいつの異能は『嘘』の能力だ。そいつの嘘を信じさえしなければそいつは何もできないさ」

「成程、ならこいつはもう無能って事か」

 ……悔しいが、ここまでネタばらしされてしまったら、流石に俺はお手上げ、という顔をするしかなかった。


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