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122話

「ええええ、じゃーさ、結局『よく分からない』が結論、ってこと?」

 その夜、帰ってきた茜さんにざっと分析結果や金鞠さんとロイナの話を掻い摘んで話すと、茜さんはあからさまにがっかりした。

 結局、『どのようにして一瞬で大量のアイディオンを吸収したのか』は分からずじまいだったのだ。

 流石に『秘術』というだけの事はある。そうそう手の内を明かしてもらえるわけじゃない、という事だろう。

「でも、アイディオンがあんなにたくさん、一度に『吸収』するのって、おかしな事だから……」

「そのおかしなことが起きてる、っていうことは確かだよな」

 ……今まで、アイディオンはアイディオンやヒーローを打ち倒し、そのソウルクリスタルを吸収してきた。

 あくまで、弱肉強食。実力主義の世界だった、と考えられている。

 しかし、今回のこれは……その道理から外れたものであることは、間違いない。

 ……何か、アイディオンが大きく動いているような気がしてならなかった。


「で、茜の方はどうだったんだ」

「え、私?ん。そりゃもー、ばっちり。気になるならまたネット見てみ?」

 茜さんは妙に自信たっぷりにそう言って胸を張る。

 気になるので、夕食後また部屋に篭っている恭介さんの所にお邪魔して、件の掲示板を見せてもらった。

「……うわあ」

 開いて一番、恭介さんが『うわあ』と言ったのも分かる気がする。

「いきなりこれかよ」

「ネットって怖いところですね!」

 そこには茜さんに対する罵詈雑言の類は殆どなく、あったとしても賞賛に飲み込まれてしまっていた。

 というか、茜さん以外に対する罵詈雑言の類も減っている。

 押し流されている、というだけではなさそうだ。

「ま、ほら。結局、街への被害ってあんましなかったけど、人に対する被害はあったじゃない?でさ、精神攻撃の後遺症でみんな不安がったり、混乱してたりしたからさ。そこらへんの処理、その場にいたヒーロー達でやったわけよ。回復させた張本人である私はもちろん、そりゃ、直接世話されたら、誰だってそのヒーローの事好きになるよね」

 結局、何の不正も行っていないヒーローに対して不満を抱く人が居るとすれば、その大多数はヒーローか、そうでなければ余程傲慢な人か、あるいはそのヒーローの事を実際には何も知らない人でしかない。

 実際に接して、助けられて、そのヒーローの事を知って……それでそのヒーローに対して好意的になる、というのは、別に不思議な事じゃない。是非は置いておくとしても。

「真っ当に生きて、真っ当に活動して、真っ当に正義の元、社会貢献して……つまり、真っ当にヒーローやってりゃ、そりゃ、実態知られて嫌われるって事は滅多にないもんね」

 当然、『真っ当じゃないヒーロー』は嫌われる。

『ミリオン・ブレイバーズ』がいい例だろう。

 ……ただ、それが『ヒーロー』なのか、『ヒーロー企業』なのかは微妙なところだ。

 今の大手不信の風潮も、『ヒーロー企業』への不信感なのだろうから。

 ……そう考えれば、大手のヒーローはとばっちり、という事になるけれど。

「それにさ、多少正確に難アリだろうが、〈放送禁止用語〉だろうが、自分を助けてくれた、身近に接したヒーローって、そりゃもー、その人にとってはプライスレスだからね。贔屓したくなっちゃうよね。……ってことで、みんなも市民のみなさんと接する機会があったら積極的に行くといいよ、って事で、茜さんからのアドバイスでーすっ」

 ……茜さんのいう事には一理あると思う。

 けど、それ以上に……茜さんの人柄の成せる技でもあるんだろうな、とも、思うのだった。




 翌日から、また平常の業務がやってきた。

 緊急で信用を上げないといけない、という訳でも無いし、茜さんへの誹謗中傷の類は収まってしまったし。

 アイディオンを急いで倒す必要も無いので……今は情報収集期間、という事になっている。

 つまり、アイディオンを見つけたら、見つからないように発信機を取り付ける、という作業だ。

 恭介さんの技術が向上したおかげで、発信機はより小さくなったし、より目立たなく……むしろ、完全に不可視の代物になってしまった。

 周囲のデータもある程度詳しく取れるようになったので、発信が途絶えたら、その理由をある程度推測できるようになった。


「ワープしましたー!」

「お、今日はワープしたか」

 という事で、今日もアイディオンに発信機を付けて、消えるまで見守ったところだった。

「昨日のは飛んで帰ったもんね」

 そして、続けて何件かのデータを得て分かった事のうちに……『アイディオンは必ずしもワープして消える訳じゃない』という事が分かってきた。

 現れる瞬間を観察できた事は無いが……去る時、アイディオンは、ぱっ、とその姿を消す……つまり、瞬間移動するか、或いは、普通に歩いたり飛んだりして去っていくのだ。

 尚、その法則性はまだ見つかっていない。

 強いて言うなら、レベルが高い方が歩いたり飛んだりして帰る割合が多い、という事位だろうか。

「さて、そろそろ大手のヒーロー達が来そうだな。撤収しよう」

 残念ながら、あくまでこの実験はひそかに行っているものだ。

 邪魔が入ることも考えられるし、あまり大体的にやってアイディオン側に情報が漏れたら目も当てられない。

 よって、データを取る頻度が精々2、3日に1体分、という程度になってしまうのだ。

「ま、のんびりこつこつやるしかないよね、っと」

 今日も発信機を取り付け、アイディオンが消えたのを確認したので、さっさと撤収することにした。




 事務所へ戻る道中、不意に桜さんが止まった。

「どうかした?」

 俺も止まって尋ねてみると、桜さんは黙って一点を示した。

 ……その先、地上の路地裏では、ヒーローらしき人が数人。

 何かを話しているらしい様子は分かるが、何を話しているのかまでは分からない。

「どうしたんだ?……ん?ヒーローか」

 動かない桜さんと俺の様子を見に、全員集まって、桜さんの示す方を見る。

「喧嘩……かな?んー……あららら」

 数人のヒーロー達は、1人のヒーローを囲むように陣形を作った。

 そして、攻撃を、始めたのである。


 一瞬、古泉さんと茜さんが目くばせした。

 と思ったら、次の瞬間、茜さんは地上へ降り、変身を解くと……彼らに近づいて行った。

 一般市民のふりをしているんだろう。

 茜さんが近づくと、明らかに彼らは慌てた様子になる。

 茜さんはそれに気づかないふりをしながら、適当に何かを話し……その間に、囲まれていたヒーローが巧く逃げ、他のヒーローは茜さんに捕まったままになり、追いかけることもできない、というような状況になってしまった。

「流石茜だな。……よし。じゃあ、あっちのヒーローの方に行こうか」

 逃げたヒーローが路地の角を数回曲がったあたりで、俺達はそのヒーローを追いかけて地上に降りた。

「すみませんが、ちょっとよろしいでしょうか」

 古泉さんが声をかけると、あからさまにそのヒーローは警戒を表に出した。

「さっき、囲まれているように見えたので、すみません、お節介かとは思ったんですが、うちのを1人、寄越しました。大丈夫でしたか?」

 茜さんの登場も、流石に多少は不自然だったからだろう。

 そのヒーローは自分を助けたものに合点がいったらしく、警戒を解いてくれた。

「ああ、あれはあなたたちのお仲間でしたか。どうもありがとう。助かりましたよ。……こちとら、後方支援員だってのにな」

「失礼ですが、何かトラブルが?」

 古泉さんが重ねて尋ねると、そのヒーローは少し困った顔をして、視線をそらし……その先にいたらしい、桜さんに目を止めた。

「……『カミカゼ・バタフライ』さん、ですか?」

 急に呼ばれた桜さんは少し驚きながら、こくん、と頷いて見せる。

「ああ、じゃあ、おたく、『ポーラスター』さんですか!」

「ご存知ですか」

 急に顔を輝かせて、ヒーローは、ええ、と頷く。

「有名ですから。……あ、自分は『ジャンクヤード』の『錆鎖』と申します」


「ああ、『ジャンクヤード』の方でしたか!」

『ジャンクヤード』は、いわば、中小ヒーロー事務所の中でもそこそこ大きな事務所だ。

『ポーラスター』と交流こそあまり無いが、実力はある事務所で、『ヒーロー大運動会』でもいくつかの種目では優勝していた。

「ご存じなら話は早い。うちはご存知の通り、中小ヒーロー事務所です。そして、そこそこに業績を上げさせてもらってる、っていう具合の」

『ポーラスター』とも境遇は似ている、といったところだろうか。

「最近、そういう事務所のヒーローが、ヒーローに襲われる、というケースが多いみたいで。自分がさっき囲まれていたのもそれです。……『ポーラスター』ももしかしたら、対象になるかもしれません」


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