120話
それから、俺達は……顔をつき合わせて、相談していた。
「これ、どうするよ」
「……出せませんね」
「飾れないよねー、こんなん」
でかいのはよかったが……ソウルクリスタルは、飾れる代物でも、ましてや提出できる代物でも無かったのである。
「でも、街中で倒しちゃった以上は、提出を求められるだろーね。提出まで行かなくても、見せろ、とか」
「なるだろうなぁ。……さて、どうしたものか」
俺達としては、このソウルクリスタルの情報……つまり、『ソウルクリスタル吸収の秘術』とやらの情報を漏洩させたくない。
できるなら、こちら側だけで秘匿しておきたいところだ。
……しかし、残念な事に、街中でこうしてアイディオンを倒してしまった上、被害者もそこそこ出ていて、その被害者を助けてしまっている以上……アイディオンを倒した、という事実を隠すことはできない。
「……あの人達、茜さんが頼んだら、黙っててくれない、かな……」
「……すっかり茜さん信者だよな、あれ」
桜さんとコウタ君が示す先に、茜さんが回復させた人たちがいる。
彼らは、精神攻撃の反動か、回復させてくれた茜さんに非常に大きな恩を感じているらしい。
今でこそ少し落ち着いてきたが、目が覚めてすぐは……茜さんを崇拝する奇妙な集団と化していた。
「いや、多分無理です。もうネットに『自分を助けてくれた素晴らしいヒーロー』の事を流してる人達、いたんで」
「あああ……じゃあ駄目ですよね……」
今回のアイディオン討伐において、茜さんの功績は計り知れない。
実際にアイディオンを倒したのは茜さんよりも恭介さんや古泉さんだけれど、一般市民を助けた、という点では茜さんに勝る功労者はいないだろう。
そして、当然茜さんを讃える人も多い。
……精神攻撃の回復、という、ちょっと特殊な事をやった影響、というのもあるかもしれないけれども。
その結果が『茜さん信者の増殖』だった。
今までも、茜さんは事あるごとに人を誘惑したりして、着実に『パラダイス・キッス』に良い感情を持つ人を増やす努力をしていたけれど……それの効果の、比じゃない。
「誹謗中傷の上書きとしては最良の結果になっただろうけどなぁ……」
「も、収集つかないよね、これ」
茜さんに悪い感情を向ける人が減った、という事は大いに喜ばしいのだけれど、その分、アイディオンを倒してしまったことを秘匿するのは難しくなってしまった。
「……別のソウルクリスタル、用意する?」
「それしかないかぁ……」
桜さんが俺を見て、古泉さんも俺を見た。
……全員、俺を見ている。
「……まあ、その、倒した分を提出するわけだから、その、ズルではないですよね?」
「うんうん、ズルじゃないズルじゃない。ちゃんと正義に従って私達は行動するのであーる」
「もうこの場合、仕方ないな。……すまないが、真君。頼めるか」
……という事で、俺は『ソウルクリスタルの幻影』を1つ、生み出した。
イメージは、実際にこのアイディオンを倒して出てきた、いろいろなソウルクリスタルが混じりかけのこのソウルクリスタルが、普通の状態だったら、というような……つまり、暗い緑がかった灰色の、大きなソウルクリスタル、である。
「お。できたな。じゃあ、他の人にも見せてくるか」
「……いや、でもさ、これ、まだいろんな人に見せたらまずいよね?これがホントになったら、まずいよね?」
……ここで、『さっき倒したアイディオンのソウルクリスタルです』というように幻影の方を見せて、それを信じられてしまったら……本物のソウルクリスタルが消えてしまうかもしれない。
「なるほどな。となると……ギリギリまで、両方隠しておいた方がいいか。見せろと言われたら出さざるを得ないが……」
「ま、そういう事になるよね。じゃ、叔父さんは他のヒーローさん達に事情の説明、ヨロシク。私は一般市民のみなさんへの対応、もうちょっと手伝ってくるから」
そうして茜さんは人の中へ飛び込んでいき、古泉さんは事情説明のため、他の事務所のヒーロー達の方へ向かっていった。
「……じゃ、とりあえず、これ、隠しとこーぜ」
そして、『本物』と『偽物』のソウルクリスタルを手にしたコウタ君は、その隠し場所を探している。
無いと困るが、見つかっても困るものだ。さて、どうやって持って帰ろうか。
「ポケットに入るサイズじゃないしね。どうしよっか。何か布とか、無いかな」
隠し場所に困ったコウタ君とソウタ君はきょろきょろ、とあたりを見回して……桜さんに目を止めた。
「なあ、桜さんの袖の中とか、ダメか?」
「袖の中はナイフがたくさん入ってるから……」
桜さんの着物の袖は、ナイフ収納スペースである。
それは以前聞いたから知ってる。
「裾の中とか」
「ナイフ……」
袖だけでなく裾にも入ってるらしい。
「袂もですか?」
「うん、ナイフ……」
なんと袂にも入ってるらしい。
……そういえば、桜さんが弾切れになる所を見た事が無いけれど、桜さんって、いったいどのぐらいナイフを持ち歩いてるんだろうか。
「……貸して」
桜さんはソウルクリスタルを受け取って、すすす、と、物陰に消えていった。
……そのまま少し待つと、桜さんが戻ってきた。
「帯の中に隠したから大丈夫」
見ると、帯の結び方が少し変わっている。
ちょっとよく見せてもらうと……成程、帯の結び目の中に、別の布でソウルクリスタルがしっかり固定されている。
これなら隠れるし、落としたりすることもなさそうだ。
「へー、すげー。……あ、もしかしてさ、桜さん、帯と腹の間とかも?」
「うん、ナイフのスペース」
……桜さんの着物の中は、四次元空間かもしれない。
「悪いが、帰る前に一回ソウルクリスタル研究所に寄るぞ」
暫くして、古泉さんが戻ってきた。
「茜の方はもう少し向こうを手伝ってくるらしい。アフターケアもヒーローの仕事のうちだからなぁ。……茜が顔を売っておく機会でもあることだし」
茜さんは、相変わらず人に囲まれながら、話を聞いたり、道案内したり、巻き込まれたらしい子供の親の迎えを一緒に待ったりしている。
「金鞠さんとロイナに聞きたいこともできてしまったからなぁ……今日は俺達も少し長丁場になりそうだ。悪いが付き合ってくれ」
『ソウルクリスタル吸収の秘術』とは何なのか。『合成ソウルクリスタル』とはまた別のものなのか。
……餅は餅屋。ソウルクリスタルはソウルクリスタル研究所、だろう。
「おお、久しぶりだね」
研究所に窓からお邪魔すると、日比谷所長が出迎えてくれた。
「あ、皆さん。どうなさったんですか?」
傍にはちょうど良く、金鞠さんもいる。ロイナは近所の『パトロール中』だそうだ。
一応、ソウルクリスタル研究所のヒーロー、という事にしてしまった以上、業務を与えられてこなすことになったらしい。
……もちろん、ヒーロー事務所として活動している訳でも無いので、ノルマなどは無い。
あくまでヒーローを雇う、という形式のために日比谷所長がロイナに業務を与える……つまり、口実づくりだ。
「これを見てほしいんです」
桜さんが帯から例のソウルクリスタルを取り出すと、日比谷所長と金鞠さんの目が見開かれた。
「なんだね、これは。金鞠君、知っているかな」
「いえ……合成ソウルクリスタル、とは違いますね。1つのものになっていない……大きなものが小さなものを飲み込もうとしている……?」
「アイディオンは『ソウルクリスタル吸収の秘術』と言っていました」
「『吸収』、ですか……」
金鞠さんも知らない、となると……『ミリオン・ブレイバーズ』の連中とつるんでいたアイディオン達とは別の派閥……という事だろうか?
「それから、このソウルクリスタルを持っていたアイディオンですが、使い捨てのソウルクリスタルを使っていました」
基地から街に移動する時、瞬間移動系のソウルクリスタルを使っていたはずだ。
「『ミリオン・ブレイバーズ』関係から、人造ソウルクリスタルの技術が伝わっている可能性があります」
……別に、使い捨てのソウルクリスタルは人造である必要はない。
けれど……けれど、考えておくに越した事は無いだろう。
もしかしたら、この一件、案外根が深いかもしれない。
「ただーいま!……あれ?みんないる!」
金鞠さんと日比谷所長は例の『吸収』のソウルクリスタルと恭介さんを持っていってしまい、俺達は応接間で待たされていたところ、ロイナが帰ってきた。
「どしたの?」
「あー、なんか、変なソウルクリスタルが出てきちまってさー」
「それで、日比谷所長と金鞠さんに分析をお願いしてるところなんだ」
コウタ君とソウタ君が説明すると、ロイナは「ふーん」と首を傾げる。
「変って、どんなかんじの変?」
「1つの大きいソウルクリスタルに、小さいソウルクリスタルが入ってるかんじ」
ソウタ君がこんなかんじ、と身振り付きで説明すると、ロイナはきょとん、とした表情を浮かべた。
「え、変じゃないよね?……変なの?」
……思い出した。
そういえば、ロイナは……『ミリオン・ブレイバーズ』の人のソウルクリスタルを『食って』いたのだったっけ……。




