12話
応接室に通されて、そこで一通り、俺の状態について日比谷所長に話した。
「……成程。では、君のカルディア・デバイスからソウルクリスタルが消えていた、と」
眉根を寄せながら、日比谷所長は続ける。
「しかも、聞く限りではそのソウルクリスタルは、全体の内からほんの1分を削り取ったような代物だったと考えるのが妥当だろう。幻術系の君から、炎の幻術の部分だけを選んで抜き取った、というような……いや、しかし、一度バラバラになったソウルクリスタルを戻す技術は……」
そこで日比谷所長はぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。
古泉さんを見ると、苦笑いで小さく肩をすくめてみせた。
……日比谷所長はこういう人らしい。
「……うん。よし、じゃあとりあえず、今度その『前の』カルディア・デバイスとやらを持ってきてみてくれ。見てみない事には分からん。計野君の測定はそっちでもうやっているんだろう?」
しばらくぶつぶつやってから、日比谷所長は結局、そういう結論に達したらしかった。
「はい。恭介君は優秀なので測定に不備は無いと思いますよ。……じゃあ、明日にでも例のカルディア・デバイスを持って来ます」
「ああ、よろしく頼むよ。……それから、まあ、私が出しゃばることでも無いと思うがね……そっちも狙いだろうから、正直に話してもらうよ。計野君。……君のような優秀な人材を捨てるなんていう勿体ないことをしたのは、どこの企業かな?」
急に話を振られて戸惑いつつ、言ってしまってもいいものか少し考える。
考えたが……うん。まあ、俺の存在を教えてしまっている以上、言っておいた方がむしろいいだろう。
「『ミリオン・ブレイバーズ』です」
「なんと、あそこか。あそこも切り時ということかな。……しかし、繋がってきたな。何にせよ調べてからになるが……」
繋がってきた、という言葉の意味を聞く前に、日比谷所長はまたぶつぶつ言い始めてしまった。
こうなったらもうどうしようもないらしい。古泉さんが肩をすくめてみせつつ、適当に挨拶する。
日比谷所長から生返事が帰ってきたことを免罪符に、俺達は退去することになった。
「ところで真君、あの3人をどうやって倒したんだ?1人はともかく、あと2人は近接戦闘型だったらしいじゃないか」
やはり空中を飛んで事務所へ戻る道すがら、古泉さんにそう聞かれる。
特に隠すことでも無いので、ざっと話す。
シールドの幻影を張った事、バレて透明化して回避に徹した事、最終的に『カミカゼ・バタフライ』の幻影を出した事、そして意識を失った事。
話し終わると、古泉さんは楽しそうな顔をしていた。
「……成程。そうか。君の異能はそういう面でも強いな。相手や場所によって最適な戦い方を選べるっていうのも大きい。その分、消耗も大きいみたいだから一発勝負になるだろうが、そこは俺達がサポートすればいい。最悪、君自身でもシルフボードで離脱ぐらいはできるだろうし」
今回も、シルフボードにはお世話になった。
やはり、機動力というものはあるに越したことはない。
特に、俺みたいな、見破られたら一発アウト系の能力持ちなら、尚更だ。
「……しかし、真君の異能の条件がまた分からなくなってきたな」
「と、言うと?」
事務所が見えてきた辺りで、古泉さんが少し難しい顔をする。
「ん……君は『カミカゼ・バタフライ』を出した。そして、2人の敵を倒すことに成功している。けれど、俺が到着した時、『カミカゼ・バタフライ』の幻影は無かったし、そこにいた最後の1人は、「消えた」と言って慌てていた。俺を見つけてからは別の方向に慌てだしたが」
……そういえば、古泉さんはそんなことを言っていた。
『真君と侵入者の2人が倒れていて、もう1人が逃げようとしている所だった』と。
古泉さんが『カミカゼ・バタフライ』の幻影を見なかった事については簡単だ。
単純に、幻影を作っていた俺が気絶していたから。
だからそこに幻影は無かった。
しかし敵は、俺が気絶した後に『カミカゼ・バタフライ』にやられている。
つまり、敵にとっては幻影が消えても『カミカゼ・バタフライ』は存在し続けたわけだ。
……だとしたら、幻影の方はともかく、『信じた相手にはその嘘が事実になる』という効果の方は、俺の意思でON/OFFできるものじゃない、という事になる。
そして、古泉さんが現れた途端に消えた『カミカゼ・バタフライ』。
……俺が気絶して、敵3人に『信じさせる』為のスターターになる幻影は消えた。
古泉さんが来るまでは敵3人が『信じていた』からそこに『カミカゼ・バタフライ』は存在していた。
しかし、古泉さんが来た途端に、『信じていた』はずの敵からしても消えたらしい。
……多数決みたいだ、と思う。
その場にいたのは、『カミカゼ・バタフライ』がそこに居ると信じていた人1人。
後からやってきたのが、そんなものを知らない古泉さん。
そしてその瞬間、その場には嘘を信じている人と、そんなものをそもそも知らない人が1人ずつになった、っていう事だ。
……一応、覚えておこう。
事務所のバルコニーから戻ると、応接間のソファで恭介さんが死んだように眠っていた。
徹夜明けで出てきてそのまま行き倒れたらしい。
そして、横にある机の上にはベルトが一本。
バックルがカルディア・デバイスになっているらしい。
中心に透き通った石が1つ付いていて、その周りを幾何学的な模様が囲んでいる。
この石が、俺のソウルクリスタル、という事になるんだろう。
指2関節分位の大きさの楕円形をしていて、透明なのに見る角度によって色が変わる。
変な石だけど、これが俺の異能の色と形だっていう事なんだろう。
……ある角度から見ると、燃えるような赤色に輝いて見える。
なんとなく、それを見てほっとしたような、不思議な気分になった。
「ああ、恭介君はちゃんとやってから行き倒れたらしいな」
古泉さんはタオルケットを持ってきて恭介さんに掛ける。
うつ伏せになって手足をぶらり、とソファから垂らしている恭介さんは本当に死体に見えるんだが、古泉さんの反応を見る限り、珍しいことでも無いんだろう。
「じゃあ、早速試してみてくれ」
わくわくとした様子の古泉さんに促されて、カルディア・デバイスを装備する。
装備した瞬間、しっくりと馴染むような感覚があった。
今まで欠けていたものがやっと見つかったような。
……成程。これは手放せない。
俺の意思と無関係にこれが俺から離れたら、きっと凄く不安になるだろう。
これは自分の魂の一部なのだ、という事が実感できる。
「その様子だと、割としっくりきてるみたいだが。体の調子はどうだ?異能の制御は?」
……試しに炎を出してみると。
「うわっ!熱っ……って、ああ、真君の異能か。うん、そうか、意識すれば熱くないな……」
火が点くときの音も、火によって熱されて動く空気も、再現できていた。
リアリティが増した、というか。
そのため、咄嗟に古泉さんも騙されたらしい。
制御も楽になっている。細かい操作がそこまで集中しなくても行える。
そして何より、体が軽かった。
体の内側で火が燃えているように暖かい。
決して暴力的な熱さじゃない。
力が湧いてくるようで、心地よい感覚だった。
「……これが正しいカルディア・デバイスなんですね」
成程。これなら、俺は幾らでもヒーローになれる。
「さて、感動してる暇は無いぞ。早速変身してみてくれ」
古泉さんに促されて、ベルトの石に触れて集中……するが、何も起こらない。
……あれ。デフォルトではこれで変身できるはず……あ。
「……さては恭介君、黙って変身されないようにデフォルト設定を弄ったな?」
古泉さんはため息を吐きつつ、恭介さんを揺すって起こした。
「……右腕と左腕を伸ばして内角120℃から75℃の間になるように上げて右膝が股関節より高く上がるように右足を上げて集中してください」
起こされてすぐ、寝ぼけ眼でそういう恭介さんは、どういう用件で起こされるか始めから分かっていたんだろう。
……なんというか、こういう人なんだなあ、この人も。
気を取り直して、恭介さんに指示された通りのポーズを取って……。
「なんですか、このポーズ」
「設定は後で変えるんで」
変えてもらわなきゃ困る。何だこのポーズ。
……とりあえず、今はこのまま集中する。
その瞬間、かちり、と何かが噛み合う感覚があり……俺の体は装備に包まれた。
動きやすそうな服に、要所を覆う防具。
そして、右手には剣。
触ってみると、熱い。
中に熱を発する機構が組み込まれているのは本当のようだ。
剣自体にも刃がついているので、一応は剣としても使える代物のようだ。
「剣、一応振り回しても大丈夫なように……鉄パイプか、それ以上の強度にはなってるんで、安心して振り回してください」
試しに、炎の幻影を纏わせた剣を振ってみる。
……なんか、それっぽい。
これが『嘘』だというところもなんだか面白い。
早く試してみたくなってきた。
「……真君。折角だし、アイディオン狩りに行ってみるか?」
そんな俺を見てか、古泉さんがにやり、と笑って俺を誘う。
「是非!」
乗らない訳が無かった。
俺はシルフボード、古泉さんはよく分からない飛び方で空を移動しながら、アイディオンを探す。
「そうだな、まずはLv5前後の奴を見つけよう。……Lv2までにしておけ、なんてもう言わないさ」
……つまり、古泉さんはある程度、俺の能力を認めてくれた、という事になる。
とても嬉しい。
自分の能力を評価される、というのは中々に達成感のあるものだった。
「アイディオンのLvはどうやって測るものなんですか?」
「ああ、アイディオンを見つけたらそれがどのぐらいのLvか分かるような装置を恭介君が仕込んでるはずだ」
アイディオンの大まかな傾向も出るぞ、と言われて、やっぱりあそこブラックだったんだなあ、と思う。
そんな装置があることなんて今の今まで知らなかった……。
「あれ、そうですか」
そのまま暫く探していたら、遠くで土埃が上がるのが見えた。
「それっぽいな。Lvはもう少し近づかないと分からないが。とりあえず行ってみるか」
土埃の方向へ向かうと、アイディオンが暴れているのが見えた。
……意識してアイディオンを見ると、目の前に『Lv6:エレメント系』と、表示される。
これが、さっき古泉さんが言っていた装置の働きなのだろう。
「真君。いけるか?」
古泉さんに聞かれて、当然、答える。
「やります」
だって、負ける気がしない。
古泉さんは俺が危なくなるまで手出しはしない、という事で、上空で待機していることになった。
空中に立ち止るようにぴたり、と浮いたままになった古泉さんを後にして、シルフボードを一気に加速させる。
アイディオンとの距離を詰めると、気づいたアイディオンが俺に向かって右手を伸ばす。
何が来るかは分からないが、何か来ることは流石に分かる。
大きく右へ旋回すると、俺がさっきまで居た所へ刃物のようになった氷が飛んで来る。
こいつはエレメントの氷系なのだろう。
なら、相性は最高にいい。
飛んで来る氷の刃を避けながら、一気に突っ込む。
アイディオンが反撃に出て来るのをぎりぎりで避けながら、剣に炎の幻影を纏わせて。
そして、すり抜けざまにアイディオンの脇腹を切り裂いた。
アイディオンはその熱を感じただろうか。
炎の存在を信じただろうか。
確かめるのは簡単だ。左手から火の玉の幻影を出現させて、飛ばす。
アイディオンはそれを確認して、氷の刃で反撃した。
その内の幾つかが俺を掠めて飛んでいく。
けれど、怯まずに火の玉を叩きこみ続ける。
その甲斐あって、火の玉の1つがアイディオンの脚に命中。
……アイディオンの様子を見る限り、その熱を感じているらしい。
よし。なら、後は力の限り、ありもしない火の玉を投げ続けるだけだ。
アイディオンは、その手に氷の剣を生み出すと、それを振りながら襲い掛かってきた。
風を鋭く裂く相手の攻撃をシルフボードでなんとか避けながら、火の玉の幻影をどんどんぶつけていく。
出来るだけ、脚を狙った。
その度にアイディオンはよろめき、疲弊していく。
……そうして、相手の機動力を奪えたのが良かった。
その内、アイディオンは動けなくなったらしい。脚を庇いながら、また氷の刃を飛ばしてくる戦法に戻った。
こうなったら、もう俺のワンサイドゲーム。
縦横無尽に空中を動いて攪乱しながら、火の玉で確実に相手にダメージを与えていく。
そうして、アイディオンは蓄積したダメージのせいか、氷の刃を放ってくるのもまばらになってきた。
あとは、止めだ。
……止めも幻影で刺せるのかもしれないけれど、今は安全策を取ろう。
アイディオンの目の前に巨大な火の玉の幻影を生み出して、念の為、その反対側から真っ直ぐ突っ込んでいく。
熱を帯びた剣を振りかぶる。
そして、刃物というよりは、鈍器のそれに近いフォームで剣を振り抜いた。
首を『焼き切られた』アイディオンはその姿を消し、後にはソウルクリスタルだけを残した。
Lv6のソウルクリスタルの大きさが、俺に達成感を与えてくれる。
「真君!やったな!」
そして、古泉さんが降りてくる。古泉さんは嬉しそうに……年不相応な笑顔を浮かべていた。
掲げられた手の意図を察してハイタッチすると、ますますその笑みを濃くする。
「……しかし、もうここまで戦えるか。まるでもういっぱしのヒーローじゃないか」
戦い方は、鉄パイプでLv1や2のアイディオンを殴っていたころと大して変わっていない。
変わったのは能力だ。
自分の思い通りに動く体。
想像の限りのことを幻影として作り出せる異能。
そしてそれを強化する装備。
……これらがあれば俺は、Lv6のアイディオンにだって勝てる。
「戦えると分かった以上はその分働いてもらう事になる。頼んだぞ」
「はい!」
これからが楽しみで仕方なかった。