112話
「おっつかれー!」
ぐったりしながら席に戻ると、茜さんが飛びついてきた。
「すごかったよ真クン!すごい!ほんとにすごい!」
「まさか瞬間移動より速いとはなぁ……あれ、嘘抜きだったんだろう?」
「はい。嘘は封じられちゃってたので……」
未だに頭がぐらぐらしている感覚がある。
多分、あと少ししたら気持ち悪くなって来たり眠くなって来たりするんだろう。
「化け物か……」
「恭介さんのおかげです。あんな速度が出せるなんて」
遠い目でぼやく恭介さんにお礼を言うと、微妙な顔でまたぼそぼそ何かぼやき始めた。
「……ま、相手は自分の異能に胡坐をかいたな。真君は見ていなかっただろうが、相当あのワープは精度が低かった」
古泉さんに言われて、思い当たる節をいくつか思い出す。
確かに言われてみれば、『フリッカー・トリッパー』は瞬間移動ができるのに、通過ポイントの50m手前に現れたりしていた。
普通に考えれば、通過ポイントギリギリの位置にワープするのが最適だろう。
「酷いときはポイントの上空100mぐらいに出てたもんなー」
「相手の精度が悪くなかったら、さすがの真君でも勝てなかっただろうな」
相手の腕の悪さに救われた、という所が少し悔しいけれど……うん、それでも、満足している。
瞬間移動を相手にシルフボードで勝った。十分すぎるぐらいによくやったと、自分でも思う。
「ま、あれだよ。どんな異能もちだって、努力しないとだよ。ほら、よく言うじゃん。ヒーローたるもの、ユウジョウ、ドリョク、ショウリ、ってさ」
「多分それ違います」
けらけら笑う茜さんは恭介さんにぼそぼそ突っ込みを入れられながら次の競技を観戦し始めた。
俺達は出ないが、知り合いのヒーローが何人か出ている。
……玉入れみたいな競技なのかな。
高さ100mぐらいの籠に向かってひたすら玉を投げるヒーロー達は中々圧巻だった。
そうして俺達はのんびりとヒーロー達の運動会を観戦した。
……結論からいけば、なんというか……活躍したのは、『ポーラスター』だけじゃなかった、という事だ。
『ビッグ・ディッパー』の『ライト・ライツ』さんは瓦割り競技で会場中の瓦をすべて割りつくして優勝し、『イリアコ・システィマ』の『ユピテル・メカニカ』さんはサバゲーみたいな競技で「このようにかせぐのだ」という名言を残し、『スターダスト・レイド』の『ジャンク・マーメイド』さんは水泳で接戦を勝ち抜き……。
……というように、大手のヒーローよりも中小のヒーローの方が勝った競技が多くなってしまっていた。
「ほら、中小のヒーローってさ、こう……裏をかくの、巧いじゃん。だからじゃないかな?」
「……大手がずるいことするって、わかってるから、余計、かも……」
その理由はともあれ、運営陣が頭を抱えているのは事実だった。
「また大手との溝が深まるなぁ。困ったもんだ。せっかくなら大手と仲良くやって行けた方がいいんだがなぁ」
「叔父さん、笑ってる笑ってる。顔と台詞が一致してない」
……大手が名誉挽回をするよりも、中小の宣伝として役に立ってしまっているこの運動会。
一体、大手はどうするつもりだろうか。
「……いってきます」
「ん!いってらっしゃい!恭介君、カッコいいとこ、見せてよね?」
「……グロいとこならいくらでも……」
そしてついに、最後の種目である『乱闘バトルロイヤル』が始まる。
「いってくるね!」
「おー!がんばれよ、ロイナ!」
「気を付けてね!」
元気なロイナと、元気じゃない恭介さんが連れ立って、ステージに向かっていった。
俺は、この後の事を考えて少しばかり、その、胃が……。
『さあ、はやいもので、これで本運動会最後の種目となります!最後の種目は『乱闘バトルロイヤル』!ルールは簡単、ステージ上でヒーロー達が戦って、最後に生き残った者が勝者だ!手段は問いません!攻撃も可、武器の使用も可、異能ももちろん可能です!なんなら、札束で相手を退場させていただいてもかまいません!尤も、そんなヒーローはここにはいないでしょうが!』
ステージ上では、ヒーロー達がそれぞれ武器を構えたり、油断なく辺りを見ていたり。
まさにこれから乱闘が始まる、という、ぴりぴりした緊張感に溢れていた。
『尚、このステージ上は『レム・レス』の『クロック・ロック』によって時間を逆行させる予定です!思う存分怪我してかまいません!』
視界の横で、魔女のような恰好をした女性がにこやかに手を振っていた。
成程、本気で殴り合える準備はできている、っていう事か。
『……それでは、参りましょう!3、2、1……GO!』
そして、司会の声に合わせて、ゴングが鳴り響く。
その、瞬間だった。
会場が一瞬で血の海と化し、倒れたヒーロー達の中、1人だけ残った小さなヒーローは笑顔でステージ上を飛び跳ね、勝利を喜んだのだった。
……すべては恭介さんのせいである。
恭介さんはその異能で、ロイナを除くステージ上のヒーロー達を全員、『合わせ鏡』にしたのだ。
ソウルクリスタルが生まれ変わって強化されてしまった恭介さんの異能は、この人数をも同時に巻き込めるようになってしまったらしい。
『合わせ鏡』のヒーロー達は、ゴングとともに攻撃しあい……あるいは、恭介さんが自分で自分を攻撃でもして……その1発、あるいは、その1発に気付かずに更に加えられた攻撃が、ヒーロー達の間を反射し、幾度となく映り……ヒーロー達は一瞬で、攻撃数百発分を受けることになったのだ。
増幅された、という事もあったし、異能を使った攻撃が混じった、という事もあり……ヒーロー達は、あっという間に血の海に沈む事になった。
当然、その中には恭介さんの死体も混じっている。
……一瞬でロイナを除く全員をドローにできる、という、恭介さんの異能の恐ろしさの片鱗を味わった。
当然ながらこれは、『クロック・ロック』のように時間を巻き戻せるヒーローがスタンバイしている、とか、そういう『死んでもいい』前提があるからこそ使える技ではある。
そして、恭介さんが『死んだ』としても勝てるように、恭介さん以外のヒーローが1人いる、という条件も必要だった。
……ロイナは、そのためのヒーロー、『勝つ』ためだけにただ立っているだけのヒーローだった。
本人は「楽しそうだしべつにいいよー」とのことで、気にしていなかったけれど……はたから見たら、この一瞬で製造された血の海はロイナの仕業、という事になる。
そんな血だまり製造機がまだ幼さの残る女の子で、しかもその女の子が血に塗れたステージ上で「勝ったよー」とアピールしている様は……非常に、なんというか、その……狂気じみてた。
『え、ええと……『フリーズ・ウェーブ』さん。優勝おめでとうございます』
「ありがとうございます!」
ロイナは事前にコウタ君とソウタ君に仕込まれた通り、にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべて司会から受け取ったマイクに向かって話していた。
『……勝因は何だったと思われますか?』
「えっと……ユウジョウ・ドリョク・ショウリです!」
……仕込みが足りなかったらしい。しかし、絶妙にちぐはぐな回答にも会場は割と暖かい視線を向けている。
『ええ……と、今回『フリーズ・ウェーブ』さんは一瞬ですべてのヒーローを倒してしまいましたね。あれはどのような異能だったのですか?』
「女の子には秘密があった方が魅力的だからナイショです!」
……これは茜さんの仕込みだろうな……。
胸を張って回答するロイナに、会場からくすくすと笑い声が漏れる。
『ああ、確かにそうですね。秘密のある女性は魅力的に見えるものです。……じゃあ、最後に一言、どうぞ』
ロイナはそこで少し考えると、満面の笑顔を浮かべて、言った。
「楽しかったです!」
こうして、ヒーロー大運動会は閉幕した。
「はー、楽しかったね」
「楽しかった!」
「いや、ほんとに面白かったよな!『棒引きの決着は碁で決めましょう。はい決定』ってやった時のヒーロー達の顔!」
「古泉さんに教わっててよかったよね」
元気があるメンバーは楽し気に笑いながら先を行く。
「……ま、普通に考えて、大手がこれで引っ込んでくれるとも思えんがなぁ……ま、広告費ってことで我慢か」
「……逆恨みは慣れっこだから……」
「むしろ、それ捕まえて片っ端から潰す口実にできるんじゃないんですか……どう考えても厄介ですけど」
そして、元気が無いメンバーは早速、これから先の事を考えて嘆息していた。
大手が恥をかくに終わったこの運動会。
ここで結果を出せなかった大手が俺達をなんとかしようとしてくるのは時間の問題だろう。
元々、大手はある意味、ガンのようなものだった。
利益を求めて平和を先延ばしにするなんて、俺達としては許しがたい。これから先の邪魔になることだって十分考えられる。
それを考えたら、そろそろ衝突してしまった方がいいのかもしれなかった。




