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110話

「いや、折角だ。どうせなら決着をつけたい。『ハイ・グラビティ』さん。どうですか?」

 古泉さんはそう言って、人の好さそうな笑顔を浮かべてみせた。


 ……さて。

 ここまで、まともに進行した競技が1つもない、という事態に、大手幹部は大いに焦っているようだった。

 この『ヒーロー大運動会』が大手の汚名返上のために行われるものであるのに、大手のヒーローが全く株を挙げられていない、という現状は、大手としてはなんとかして変えたかったのだろう。

『引き分け』という毒にも薬にもならないような結果しか得られないぐらいなら、ここで1つ完全な白星を取りたい、と考えてもおかしくはない。

 そう。多少卑怯な手を使ってでも、と考えたとしても、おかしくは無かったのだ。。

「なんなら、ヒーロー同士で一騎打ち、なんてのはどうですか?回復係さんもいらっしゃるようだし」

 ひたすら楽しそうに一騎打ち……殴り合いを提案する古泉さんに対して、運営は、協議の結果……。

『お互いに相手に対して全力で鉄球を投げ、それを受け止められなかった方が負け』という、トンデモ競技によるサドンデスマッチが繰り広げられることになった。




「叔父さんも人が悪いなー」

 茜さんが頬杖を突きながら眺める先で、古泉さんがふわり、と、紙風船か何かのように、3000㎏の鉄球を投げ上げた。

「ぜーったい、こーいう決着にしたくて『喧嘩しようぜ』とか持ち掛けたんだもんね、アレ」

「ま、相手の希望の真逆を選びたくなりますよね、こういう時って」

 高く投げ上げられた鉄球は、頂点まで達すると……急に、その重さを思い出したかのように地面に引き寄せられていく。

「相手にとって叔父さんってさ、ハブに対するマングースみたいなもんじゃん」

「マングースもハブに殺されることあるらしいですよ、普通に」

「あー、じゃ、訂正。グーに対するパーみたいなもんじゃん」

「勝率100%ですか」

 落下する鉄球に古泉さんは飛び乗り……そのまま、『ハイ・グラビティ』の上へ、鉄球と古泉さんが落ちていく。

 ……そして、『ハイ・グラビティ』は余裕の表情を浮かべながら、鉄球に手を伸ばし……。


「いっくら相手が重力操れたってさ、『反転』されたらどうしようもないじゃんね」

 鉄球がどんなに軽くても、どんなにゆっくり落ちてきたとしても、それを受け止める力がそのまますべて逆向きになってしまったなら……当然、それを受け止めることはできない。

 自分が鉄球を押し上げようとした力はすべて、鉄球が自分を押し下げようとする力に切り替わり、それに抵抗しようと力を入れれば、ますます自分を押し下げようとする力は強くなる。

 これに抵抗する方法はもはや無い。

 強いて言うなら、鉄球を支える瞬間、あらゆるエネルギーを0にできればよかったんだろうけれど。

 そんなことを事前知識なしに咄嗟にできる人なんて、居ない。

『『ハイ・グラビティ』、失敗、です……!』

『ハイ・グラビティ』は膝を付き、そのまま鉄球の下敷きに……なる前に、鉄球から降りた古泉さんが鉄球をかなり無理のある体勢で受け止め、安全な場所に置いた。

『しかし、『スカイ・ダイバー』は果たして成功できるのか!攻守交替です!』

 古泉さんはにやり、と俺達の方に向けて笑った。




『『ハイ・グラビティ』!投げました!』

 3000㎏の鉄球は空へ吸い込まれるようにして飛んで行く。

「オーライオーライ」

 そして、その着地点になるであろう位置に古泉さんはのんびりと移動するのだ。

 古泉さんが場所を決めた頃、丁度、鉄球は頂点に達し……そこから、急激に落下を始める。

『ハイ・グラビディ』が異能を行使しているのか、明らかに重力に引かれているだけではない速度を伴って、鉄球は地上へ向かう。

 凄まじい速度で落下する鉄球の先には、無防備に立っている古泉さんが居るだけだ。

 そしてふと、風でも掴むのか、というように柔らかく、手が上に差し伸べられる。

 ……そこに、鉄球が触れた瞬間、静止した。

 古泉さんは構えるでもなく、耐えるでもなく、ただ羽に触れたかのように静かにそこに立って、掲げた右手の上に3000㎏の鉄球を乗せている。

 一方の『ハイ・グラビティ』はといえば、間違いなく今、異能を行使しているのだろう。

 少しばかり、鉄球のそばの空気が歪んで見えるし、『ハイ・グラビティ』の表情は険しい。

 しかし、それにもかかわらず、古泉さんは表情一つ変えることが無いし、バランスが崩れることも無い。

 ただ、ぴたり、とそこに鉄球が静止しているだけ。

 ……古泉さんは、鉄球に触れたその一瞬で、完全にぴったり半分だけ『反転』させて、鉄球の勢いを完全に殺し……その場でぴたり、と静止させたのだろう。

『……『スカイ・ダイバー』、受け止めました』

 あまりに現実味の無い光景に、会場は沸き立ち、運営陣は頭を抱える。

 古泉さんは鉄球をそばに置くと、少しばかり自慢げに、軽く手を挙げて観客の歓声に応えていた。




「いやあ、楽しかったよ」

「さっすが叔父さん。意地汚い。大人げない」

「ヒーローとしてはそれ、褒め言葉だなぁ」

 席に戻ってきた古泉さんは、至極楽しそうに笑っていた。

「大体、こんな素晴らしい運動会を開催してもらったんだ。全力で相手しないと失礼だろう?」

「その結果が、ルール破り……あ、古泉さんはルールに従ってる……」

 救いようのないことに、古泉さんはきちんとルールに定められたとおりに戦って勝ったのだ。

 相手の敗因は、競技選びを間違えた、という事だろう。

「いやあ、また大人げないって言われるかもしれないけどな……気分がいいなぁ」

 古泉さんは、どこまでも快活に笑っているのだった。




「……さて。次は真君か」

 ……そして、いよいよ俺の出番が来る。

『スカイトライアル』。

 名前だけでなんとなくどんな競技か、想像がつく部類だ。

 その為に俺は仕込みを行ったのだ。

 ここまで、みんな、勝っている。

 俺だけ結果を残せないのは御免だ。

「頑張ってね」

「うん。行ってくるよ」

 どこか楽し気な桜さんに見送られて、俺はステージへ向かった。




 ステージ上に立つと、無数の観客の視線にさらされる事になった。

 正直、あまりこういう場所は得意じゃない。

 俺は茜さんや古泉さんのように、自分に向けられる視線を楽しむ余裕はないし、桜さんのように、誰にどう見られているかを気にしない平常心も持ち合わせてはいない。

 ……ただ、これでも一丁前にプライドは持ち合わせているつもりだ。

 ヒーローとして。そして、『ポーラスター』の一員として。

 人々に、仲間に、恥ずかしい所は見せられない。

 気づけば、緊張は高揚感と闘志へと変わっていた。




『それではみなさんお待ちかね、『スカイトライアル』の始まりです!』

 会場に設置されているモニターは、8分割されてそれぞれ違う場所の光景を映している。

 ……これでもう、どんな競技か半分ぐらいは分かった同然だ。

『それではルールの説明をさせていただきます。ルールは簡単、ヒーローは会場ステージをスタート地点とし、これから会場を出て、空中にある6つのポイントを目指します。6つのポイントを通過したら、スタート地点へ戻ってきてゴールとなります。異能の使用はOKですが、他のヒーローやスタッフ、設備等々への攻撃は禁止されています』

 ……つまり、これから空を飛んで、6つのポイントを通過して、それからここに戻ってくればいい、という事だ。

 となれば、大手ヒーローの異能も自然とどんなものか分かる。

 ……一応、仕込みはしてあるのだ。大丈夫だろう。

 それに、モニターの映像と地図を見る限り、少なくとも1つ目のポイントは俺のよく知っている場所の上空だ。

 これなら、いけると思う。


『それでは位置について!……よーい!』

 銃声と同時に、俺は幻影で俺の姿を消し、モニターに映る場所に俺の幻影を生み出した。


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