11話
「予備のシールド張り直せ!時間稼ぎにはなる!」
「侵入者は3人!その内の1人がハッキング系能力持ちだと思われます!」
サイレンをバックに、沢山の人があたふたと行きかう。
その声の断片を聞くだけで、緊急事態だという事が分かる。
何者かに侵入されたんだろう。
……俺が運んできた荷物を狙っているんだろうか。
「……ここがこの建物の6階にあるのは知っているね?」
当然、知っている。
俺はそこの窓から入ってきたんだし。
「今、侵入者が律儀にも1階から来ているらしい。2階と3階は丸ごと、シールドで侵入者を防ぐ造りになっているんだが、そこが突破されている。狙いは恐らく、私の命……そして、それを取引材料にして、君が運んできた荷物を奪おうとしてくるはずだ」
……つまり、古泉さんがここに荷物を運び込むことを前提にしているって事か。
ということは、外に居た集団は囮。
「君に頼むのは他でもない。連中を止めてくれ!」
……3人の、異能持ちの敵。
それを、俺一人で。
装備も無しに……そんなこと、できるんだろうか。
「勿論、君が新人だという事は理解しているし、無理を強いる気は無い。君の身を第一に考えてくれ。最悪、逃げてくれても構わない。しかし……もし、よければ。もしよければ……我々を、助けてくれないだろうか」
心臓が高鳴る。
初仕事は、終わった。
古泉さんの指示に従うなら……事務所に戻る手筈だ。
3人の異能持ち相手に、俺が勝てるとは思えない。
到底、こんな依頼、引き受けるべきじゃない。
「俺、弱いです。凄く、弱いです」
身体能力を強化する装備は無い。
異能は攻撃や防御に特化したものでは無い。
そして何より、経験が圧倒的に足りなさすぎる。
こんな状況で、勝てるなんて驕れる程、俺は楽天家じゃない。
「だから……古泉さんが来るまでの時間稼ぎしか、できません」
……けれど、ここで引き受けなかったら、俺はこれから先、ヒーローを名乗れない。
廊下をシルフボードで駆け抜ける。
階段を2つ、落ちるように下りたらひたすら先へ進む。
シールドは全て、解除されていた。
ハッキング系の異能持ちがいる、という事だから、そいつが内部のシステムを弄ったんだろう。
……そうして進むと、前方に、人影が3つ。
俺が向こうを確認し、向こうが俺を確認したところで……間に、シールドの幻影を作った。
光の壁が床から伸びて、天井までを塞ぐ。
「なっ」
「誰だ、お前は!」
俺の仕事は、『こいつらを足止めする事』であって、『こいつらを倒すこと』じゃない。
古泉さんが来るまででいい。
古泉さんが気づいて、ここに来てくれるまで……こいつらを足止めできればいいんだ。
だったら、最初から時間稼ぎをすることだけを意識すればいい。
「ここのシールドを解除したのはお前たちか?」
出来るだけ尊大な態度で、シールド越しに話しかける。
……せめて、態度だけでもでかく出よう。それで相手がうっかり俺を過大評価してくれたなら儲けものだし。
「そうだと言ったら?」
3人の中の1人……どちらかと言えば頭脳派なんだろうな、といった様子の1人が、挑発的に返してくるので、俺もあくまで余裕ぶって返す。
「残念ながら無駄骨だったな。……お前が消すより、俺が張り直す方が速い!」
廊下一本分、敵の前後に合計20枚のシールドの幻影を作る。
……その途端、急に眠気が頭を浸食するような……頭が働かなくなるような、重くなるような、そんな感覚が襲ってきた。
異能の使い過ぎか。
……でも、俺の異能は出たとこ勝負だ。
最初の1撃で決められなかったら、殆ど勝機は無い。
だから、体力の配分はこれでいい。
「……一瞬で……!」
幻影でも、もしこれで相手が騙されていてくれればそれは本物と変わらない。
……このシールドを、信じてくれていればいいけれど。
「だったらこっちも!」
頭脳派1人の目の前に、実体のない液晶画面のようなものが浮かぶ。
それを操作している所を見ると、またハッキングしているんだろう。
本当にそれ系統の異能、っていうことだ。
あとは……のこり2人が、どう出るか。
「いや、それじゃ間に合わねえ。強行突破だっ!」
頭脳の欠片も無さそうな2人の内1人は拳を発光させ、もう1人は光の槍のようなものを発生させた。
……ここで、シールドが嘘だとばれたら打つ手が無い。
頼む、どうか信じてますように!
そして。
シールドが勢いよく殴られたとき、俺は賭けに勝ったことが分かった。
2人の攻撃はシールドの幻影に弾かれ、それに合わせてシールドが少しぶれる。
まるで、本物のシールドの様に。
……つまり、相手はシールドが本物だと信じている。
これなら、暫くは大丈夫だろう。
シールドはあらゆる異能に対して強い。
……心配なのは……ハッキング系異能でハッキングされたとき、これが『嘘』だとばれるだろう、っていう事だ。
現に、2人がガンガンシールドを殴っている横で、もう1人は首を捻りながら何か操作している。
けれど、それがばれる前に古泉さんが間に合えばいい。
或いは……最悪の場合、ばれたとしても、俺が次の手を打てばいい。
問題は、俺にそれをやるだけの余力があるか、っていう事だけれど……。
そうなったら、やるしかないもんな。出たとこ勝負だ。
覚悟を決めて、相手3人を余裕たっぷりに見えるように眺め続けた。
そのまま3分程度、経っただろうか。
「このシールド……おかしいぞ!」
あ、これは……。
「セキュリティは復旧していない!装置を作動させずにシールド自体をあいつが出したのかとも思ったが、それにしてもシールド反応が無いのはおかしい!これが本物のシールドなら、ここ一帯にシールド反応があってもいいはずだ!」
……成程。シールド反応なんてものがあるのか。
やばい。シールドの仕組みについてもっと知っておくべきだった。
最初からコンクリの壁とかにしておけば、もう少し時間が稼げたかもしれない。
俺の選択ミスだったか。
「……という事は?」
「このシールドは、恐らく幻影の類だ」
その瞬間、シールドが霧散していくのが見えた。
そして、拳を発光させた人と、光の槍を持った人が俺に向かってくるのも。
なんとか時間を稼がないといけない。
あと、俺には何ができる。
何が効果的だ。
今、俺が一番欲しいものは、何だ。
答えはすぐに出た。
選ぶのにも、1秒かからなかった。
咄嗟に透明になって、シルフボードで大きく回避。
「くそ、消えやがった!」
「落ち着け!ただの幻影だ!どこから来るか分からない、気をつけろ!」
一旦幻影がばれたら、2度目は警戒される。
だからか、その拳や槍は、危うい所で俺を掠めそうになる。
それらを避けながら、頭の中にぼんやりと像を浮かべる。
そして、イメージして、イメージして、イメージする。
……爪の先、髪のうねり、服の皴の1つ1つを、表情を、そして、ほんの十数分程度しか見た事の無い動き方を。
はっきりとそれが俺の頭の中で像を結んだところで、俺は透明化を解いた。
今はほんの少しの集中力も惜しい。
それが功を奏して、透明化を解いた俺に3人の目が向いた。
俺は……3人の後ろを見て、笑う。
「来てくれたんだな!助かったよ!」
俺の声に、3人が釣られて振り返って……顔を青ざめさせた。
風も無いのに靡く長い黒髪。
薄緑の着物に緋色の帯。
そして、翡翠の目が静かに、しかし強くこちらを見ている。
俺が作り出した幻影は、Lv9ヒーローの『カミカゼ・バタフライ』だ。
その時点でもう意識が朦朧としてきていた。
『カミカゼ・バタフライ』を一歩動かすごとに、頭には靄がかかっていく。
けれど、戦わなければ。
こいつらに、『カミカゼ・バタフライ』の存在を信じさせなければ。
『カミカゼ・バタフライ』が何か喋れば説得力が増しそうだけれど、声は作り出せそうにない。
けれど問題ない。それを見越して、この人選なんだ。
『スカイ・ダイバー』の戦い方は見た事が無いし、『パラダイス・キッス』は……多分、いや、絶対喋らないと不自然だ。
けれど、『カミカゼ・バタフライ』。彼女ならきっと、そんなに喋らないだろうから。
……また一歩踏み出した『カミカゼ・バタフライ』の幻影を動かして、宙に浮かべる。
帯に挟んだナイフを数本、引き抜かせた。
そして、それを、投げて……。
そこで、俺の意識は途切れた。
「……君!真君!」
気づくと、古泉さんが俺を軽く叩いて、意識の確認をしている所だった。
「ああ、良かった……真君、怪我は無いか?」
「はい。多分……」
古泉さんに支えられながら体を起こすと、頭が揺れるような目眩と、緩い吐き気が襲ってきた。
けれど、それだけだ。
「……あの、今、どういう状況でしょうか」
とりあえず、これは聞いておきたかった。
俺は、しくったのか。それとも。
「俺が来た時には、真君と侵入者の2人が倒れていて、もう1人が逃げようとしている所だったな」
……つまり。
「ここの所長も、君が運んできた荷物も無事だ。君の初仕事は……思いの他大仕事になってしまったが……無事、成功したよ」
それを聞いて、一気に力が抜ける。
俺は……やった。
成功させた。
ヒーローの仕事としては、小さな事だろうけれど……それでも、俺はヒーローらしい仕事を、やり遂げたんだ。
俺の力で……とは言い難いような、微妙な気分だけれど……。
「いや、本当に助かった。恩に着るよ。新人君も、すまなかったね」
6階に戻って、ここの所長だという、さっきの年配の男性……俺の依頼主に報告に行った。
「では、これが依頼料だ。……どうかな、古泉君」
紙2枚と一緒に渡された封筒の中身を検めて、古泉さんは少し驚いたような顔をした。
「いいんですか、これ」
「迷惑料も含めている。新人君には無茶をさせてしまったからね」
古泉さんの表情を見る限り、相当な金額な気がする。
「……じゃあ、そういう事でとりあえず受け取っておきます」
「おお、そうしてくれ。……しかし、古泉君。どこでこんな優秀なのを拾ってきたんだ。その人脈があるなら是非うちにも融通してほしいものだがね」
ちら、と所長さんが俺を見る。
……なんとなく古泉さんに視線を向けると、古泉さんは少し考える素振りを見せてから、俺に向き直った。
「……真君。ここは、ソウルクリスタルの分析を進めている研究所だ。うちのお得意さんでもある。そして、こちらがここの所長の日比谷さん。彼は信頼できる人だと思う。いずれ、君の『前の』カルディア・デバイスについて相談しようと思っていた相手だ」
そこまで聞けば、古泉さんが俺に聞きたい事も分かった。
つまり、日比谷所長に、俺の事をばらしてもいいか、ということだろう。
「俺は構いません。俺も『前の』カルディア・デバイスについては気になっていたんです」
答えると、そうか、と古泉さんも頷く。
「この新人は、あるヒーロー企業によって見殺しにされかけた所をうちのカミカゼが拾ってきました」