106話
「へー、ヒーローの運動会、かぁ。面白そーだね」
ヒーローの運動会、とは、どんなものだろう。当然、規模が大きくて、見て面白いものになるのだろうけれど。
茜さんが楽しげに言うと、古泉さんは少しばかり遠い目でため息を吐いた。
「こぞって大手が出資してる。また最近、『ミリオン・ブレイバーズ』幹部の捕獲騒ぎのせいで、一回収まりかけたヒーロー企業への不信感が増大してるからな。それ対策だろう。全く、もっと他にやるべき事があるだろうに」
……楽しいだけではない企画のようだ。
……どうも、『ミリオン・ブレイバーズ』の起こした一連の事件のせいで、市民の間ではヒーロー業への不信感が高まっているらしい。
中小は元々アイディオンを狩って生活しているようなものだからいいとしても、大手は依頼を受けて利益を生んでいる。これは大手にとって痛手となる。
「追い打ちかけるみたいに、Lv100アイディオン倒したのも星間協会だったし、『ミリオン・ブレイバーズ』の幹部とっ捕まえたのも星間協会……ま、つまり中小だもんね」
更に、俺達の行動は大手ヒーロー企業に追い打ちをかける。
Lv100アイディオン……実際はLv30程度、という事になってはいるが、それでも十分強敵である超高レベルアイディオンを、ほぼ損害ゼロで倒し、『悪の組織』であった『ミリオン・ブレイバーズ』を完全に除去した。
立て続けに(間に3か月挟まってはいるが)起きた2つの活躍は、いくらマスコミに圧力がかけられている、とはいえ、十分に輝かしく市民に伝わってしまったのだ。
特に、アイディオン討伐の方なんかは、実際に俺達の姿を見ている人も多いし。
……そして、その結果どういう事になったか、というと……『大手はヒーローとしての正義を全うしていない』とか、『そもそも悪であるアイディオンを倒すだけの能力が無いんじゃないか』とか、そういう類の疑問が上がってきてしまったのだ。
……確かに、大手ヒーロー企業のアイディオン討伐による利益は、利益の内でいけばごくわずかな割合でしかないだろう。多分、ノルマを毎月ぎりぎり達成できればいい、位のアイディオン討伐率のはずだ。
だって、金にならないし。
そう。ただ金を稼ぐだけなら、アイディオンを狩るよりも依頼を受けた方が遥かに実入りがいいのだ。身の危険が少ないことも多いし。
だからこそ、市民はそんな大手企業自体、また、大手企業のヒーロー達に疑問を持った。
『彼らは本当に自分達を守ってくれるのか』、『自分達を守れる力があるのか』と。
「これ、大手が中小のヒーローをぼこぼこにして勝ってその強さを誇示する大会ですよね」
つまりは、恭介さんの言う通り、そういう事なのだろう。
『大手のヒーローは強い』というイメージを強めて、大手企業の損なわれたイメージを補う。
そういう事なのだ。多分。
「よっしゃむかつく。ぼっこぼこにし返してやろーよ叔父さん」
「まあ、待て」
早速笑顔で物騒な事を言う茜さんを古泉さんは押しとどめる。
「いいか?ここで俺達の目的を考えたい。俺達の目的はあくまで『ヒーローの要らない世界作り』だ。勿論、その為には今の大手ヒーロー企業は邪魔になることが多いな。けれど、それだって別に、全部無視して俺達だけでアイディオンを撲滅できたらそれで済む話だ。大手潰しは絶対の条件じゃない」
「っつってもさ、潰せるなら潰しとこうよ」
「茜、普通に考えろ。Lv100……この際、30でもいいが。そういう超高レベルアイディオンを損害ゼロで倒せるようなヒーロー達相手に招待状を送ってるんだ。勝とうとしている相手がとる行動としてはあまり賢くないだろう?……つまり、この『運動会』の競技とやらは、大手ヒーロー企業に有利な設定にしてある可能性が高い」
成程。これは罠だ、とも取れる訳だ。
向こうの土俵で戦わされる、という事は当然、俺達にとってのリスクになり得る。
どんなルールで何をするのかによっては、完全に大手のアピールタイムに俺達が付き合わされるだけになりかねない。
「ちょっとここで考えてみてくれ。……もし、大手が大手の強さをアピールしたいのに、その場に『悪役』が居なかったら」
『悪役』……つまり、大手の強さの証明をするために倒される中小のヒーロー、という事だが。
……ヒーロー大運動会、とやらに、中小のヒーローが1人もいなかったら。
「大手の、潰し合い?」
「その通りだ、桜ちゃん。……大手は大手同士で殴り合うしかない。巧く煽ればここで大手を1つ位、潰せるかもしれない」
成程、つまり、これに乗らない、というのも1つの戦略なわけだ。
大手としては、俺達を潰したいんだ。なら、最初から潰せるような位置にいなければいい。
潰せなければ、大手は歯噛みするしかないのだから。
「でもそれって『大手』っていう市場を分け合う企業の数が減って、1社辺りの割合が増えるだけだろ?」
「残った大手が強化されることも考えるべきだと思います」
当然、俺達としては負けて欲しい相手に負けてもらえるが、勝ってほしくない相手に勝たれることにもなる。
そういう意味では、あまりいい手では無いかもしれない。
「……という所を踏まえて、どうする。これに参加するか、しないか」
「1つ聞くけど、これ、私達が参加する、って言っても、他の中小の動きによっては不参加にせざるを得なくなったり、その逆もあるよね?」
「だろうな。ここで一番大切なのは中小で足並みをそろえることだ」
大手同士で潰し合いをさせるなら、全ての中小企業が不参戦を決め込む必要がある。
逆に、大手を叩き潰すなら、その限りでは無い。
「更に、性質の悪いことに今回、招待状を貰っている中小企業は『ポーラスター』をはじめとした星間協会に所属する事務所の他にもある。非常に足並みをそろえにくい状況だな」
大手もそのあたりを考えていない訳では無いのだろう。
ヒーロー大運動会、ともなれば、出場しただけである程度の宣伝になる。
つまり、中小企業が全部不参戦を決め込もう、と予め打ち合わせておいたとしても、絶対に裏切る所が1つ2つあるだろう、という事だ。
「ってことはさ、絶対に出場しなきゃじゃん。囚人のジレンマみたいだよね、これ」
……まあ、予め打ち合わせをしても裏切られる可能性がある時点で、これは却下だろう。
「相手の土俵だろうが何だろうが、カジノにしちまえばかわんねーよな」
「でもそれって運動会としてはどうかな……」
「わーい。大手ぼこぼこにしてやろっと」
「俺はネットで大手の情報掲示板探して手あたり次第炎上させますね」
「……恭介さんの異能は相手の土俵で戦う時、凄く有利だと思うの……多分、恭介さん、普通に出場した方がいいと思う」
……俺達は、この『ヒーロー大運動会』に参加せざるを得ないのだ。
「で、詳細って分かんないの?」
「大体どんな種目かは名前から分かるが、詳細は当日発表らしいな。どうせ大手のヒーロー達は詳細が分かっていて、練習した上で挑んでくるんだろうが」
ということで、俺達は参加申し込み用紙を記入すべく、誰がどの競技に参加するかを決めていた。
「『乱闘バトルロイヤル』はどう考えても乱闘でバトルロイヤルだよね、これ」
「『ゼロサムバー』はまるで分からんなぁ……」
「『重量上げ』は分かるね」
……そして、俺達は書類とにらめっこしながら、ひたすら協議の内容を協議名から推測していく作業に勤しんだのだった。
「よし、これでいいか。恭介君とロイナは『乱闘バトルロイヤル』に参加。茜は『障害物競走』。真君は『スカイトライアル』。桜ちゃんは『スナイプショット』。コウタ君とソウタ君は『ゼロサムバー』。俺は『重量上げ』だな」
それぞれ、なんとなくそれっぽい人選にした。
……恭介さんとロイナの『乱闘バトルロイヤル』は完全にもう策略を練っている訳だが。
「とりあえず、これらがどんな競技かも分からない。各自、できることを増やしておいてくれ」
「最悪、恭介君が頑張れば『ぼこぼこ』は達成できるから。それ以外は気楽にいこーよ」
「何で俺が……」
……さて。俺は『スカイトライアル』とやらに向けて、とりあえず恭介さんにシルフボードの改造をお願いしておこうか。




