103話
「いや、助かりましたよ!本当にありがとう!」
無事、『旋風堂30周年記念式典』が終了して、俺達は速見さんにひたすら拝まれていた。
「あんなにスマートに犯人たちを捕らえてくれるなんて!」
俺が気絶させた覆面の人達は、俺が愛想よくステージへ『フォルトゥーナ』を戻し、観客の視線を引き付けている間にコウタ君とソウタ君が回収していった。
……裏方スタッフ、という体の2人に「お疲れ様」と笑顔を向ける人はいても、不審に思ったりする人はいなかった。
一度『ドッキリ』の看板を持っていた時点でもうスタッフ扱いされてるんだろう。
「娘も無事でしたし、お客様からも怪我人は出ませんでしたし、『旋風堂』の評判も落とさずに済みました!いやはや、なんとお礼を申し上げればいいのか」
「ヒーローとして当然の事をしたまでですよ」
こんなにありがたがられると悪い気はしないけれど、少し気恥ずかしい。
「真クンの趣味が生きたよね、ホント」
「初めて乗るシルフボードでああいう事するんだもんなー、真さん」
茜さんとコウタ君にはなんというか、少し呆れられてもいる。
コウタ君の方は「今度俺もやってみよ」と言ってソウタ君にたしなめられていたけれど。
シルフボード馬鹿ならではの『守り方』ができたのは、なんというか……俺としては、凄く嬉しい。
「さて、ではお代の方ですが、これで」
速見さんが古泉さんに封筒を手渡すと、古泉さんは断りを入れてからそれを検める。
「……はい。確かに」
「それから、これを」
それから、速見さんがカードのようなものを古泉さんに渡した。
「これをご提示いただければ『旋風堂』本社でシルフボード関連商品を安くご提供できます」
流石に90%オフにはならなさそうだけれど、それでも相当安くなるみたいだからありがたい。
「それから、これはお代とは関係なく、個人的なプレゼントです」
……そして、速見さんは台の上の『フォルトゥーナ』を取ると、俺に差し出した。
「え、いや、あの」
「受け取って下さい。私としても、あんなに綺麗にシルフボードに乗る人は初めて見た。どうせならあなたのような人に『フォルトゥーナ』を使って頂きたい」
どうしよう。
……貧乏人の性で、『フォルトゥーナ』の値段は確認済みだ。
この『フォルトゥーナ』、安い鮭の切り身が2000切れ買えるぐらいの値段がする。
どうしよう、という思いを込めて古泉さんを見ると、「頂いておきなさい」と口だけで言われて、にっこり笑われてしまう。
……うわあ……。
「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
受け取って、しまった。
「いえいえ。あなたのような人に乗ってもらえるのは製作者冥利に尽きます」
……なんとなく、ひたすら俺だけ緊張したまま、そのまま諸手続きを終えていく。
まず、首謀者について。
首謀者は、会場に来ていた『旋風堂』の元役員だった。
その役員は以前、『旋風堂』内で不正を行って速見さんに摘発され、その筋で速見さんを逆恨みしていたらしい。
今回招待状の封筒を使って脅迫状を送れたのは、その元役員の兄弟が資本家で、そこに招待状が届いていたからだったらしい。
この人は、しっかり然るべき場所へ連れていかれた。
少なくとも、当分速見さんと娘さん達に危害を加えることはできないだろう。
それから、襲撃者……覆面の人たちについて。
この人たちは、ヒーロー協会に連れていくことになっている。
理由は簡単、この人たちが異能持ちだからだ。
『ポーラスター』の様に事務所の体を取るでもなく、フリーのヒーロー……というより、何でも屋として活動している人達が集められて、こうして襲撃要員にされたらしい。
この人達は今回、異能を使わなかった……いや、使えなかった訳で、まあ、異能を使わなかった分、罪は軽くて済むかもしれない。
……何故この人達が異能を使えなかったか、というと、それは勿論俺の『嘘』の所為だ。
あの場にいた沢山の来場客が、俺と覆面の人たちとの戦闘を『そういうショー』もしくは『そういう『フォルトゥーナ』の宣伝』だと信じたのだ。
只のヒーローショーで怪我人が出たりするはずは無い。
只のヒーローショー、それも、只、宣伝の為に少し行うぐらいのお遊び程度のもので、敵役が強い異能を使ったりするはずは無い。
だから、彼らは異能を使えなかったのだ。
……やっぱり、俺、見ず知らずの人が沢山居る場所で戦うのが一番強いな……。
「……はい。ではこれで諸手続きも完了、という事で。こいつらの処理は私達にお任せください」
手続きが終わり、俺達は会場を辞する事になった。
……が。
「お姉ちゃん、帰っちゃうの?」
「……の?」
桜さんが、娘さん2人に服の裾を捕まえられていた。
「うん、まだ困ってる人、沢山居るから、いかなきゃ」
俺が覆面の人達と戦っている間、また、その後……桜さんは娘さん2人のフォローに回っていた。
実情を知ってしまっている分、『お芝居』だと信じられなかったらしい2人は怖がって、桜さんに宥められていたらしい。
そして、懐かれた、と。
「……そっかぁ、お姉ちゃん、ヒーローだもんね。悪い奴やっつけなきゃだもんね」
「……また、遊びに来てくれる?」
「うん」
そして、桜さんと娘さん2人の『指切りげんまん』を微笑ましい面持ちで見守ってから、今度こそ俺達は会場を辞した。
……覆面の人達を担いで。
それから俺達は覆面の人達をヒーロー協会に放り込んみ、やっと帰宅、と相成った。
「はー、つかれた」
「茜は今回サクラしかやってないだろう」
「えー、お客さん落ち着かせたりとかしてたしぃ」
「……呼んだ?」
「あ……いや、サクラ、って、桜ちゃんじゃなくて。すまんな、なんか紛らわしい言い方して……」
……それから俺達は慣れない服(古泉さん除く)を着替えて、また応接間に集まっていた。
目的は、これである。
「わー、綺麗だねー、それ」
パーティードレスから着替えた茜さんが改めて、『フォルトゥーナ』を見つめる。
……全員、やっぱりこれが気になるらしい。
「これ、やっぱり性能いいの?」
「凄くいいですよ。少し従順すぎる、というか、大人しすぎるかんじはありますけれど」
俺が今使っているシルフボードはもうちょっと……こう、『じゃじゃ馬』だ。
『フォルトゥーナ』は癖がない分、初見で乗るのもそう難しくなかった。
「へー。……で、真クン、これに乗り換えるの?戦闘に使うにはちょっと華奢な気がするけど」
「華奢云々はどうせ、どんなシルフボードでもちょっと破損したらすぐバランス崩れて使い物にならなくなるからそんなに関係ないんですけれど……うーん、どうしようかな」
間違いなく、『フォルトゥーナ』は性能がいい。
最高速度は俺が今使っているシルフボードを上回るだろうし、安定性も非常に高い。
乗りながら安定して戦える、というのは十分なアドバンテージだろう。
「でも、愛着も慣れもあるんですよね」
しかし、小回りや変則的な動き方、やや無理をさせる様な動き方に関しては俺が今使っているシルフボードが上回るように思う。
そして何より、愛着だ。
……うーん、迷うな。
「……真さん」
迷っていたら、背後に恭介さんが居た。
「『フォルトゥーナ』、分解していいですか?」
「だ、駄目です!」
爛々と目を光らせる恭介さんから庇うように『フォルトゥーナ』を抱えると、恭介さんは少しばつの悪そうな顔をした。
「……いや、回路、どうなってんのか分かったら、真さんの今のシルフボードに応用できるかもしれないんで、それで。……『フォルトゥーナ』のコアだけ、今の真さんのシルフボードのコアと取り換えてもいいかな、とか」
……成程。
「お願いします」
「いいのかよっ!」
『フォルトゥーナ』を弄ってしまうのは少し気が咎めるけれど、恭介さんなら壊したりはしないだろうし……それで俺の今のシルフボードの性能が上がるなら、もっといい。
「『フォルトゥーナ』は戦闘用じゃなくて、買い物に行くときとかに乗ろうかな」
「勿体なっ!」
「高級シルフボードで近所のスーパーに安売り品買いに行くのって、なんだか……うーん……」
……それとも、たまには戦闘でも買い物でも無く、シルフボードに乗ってどこかに行ってみようかな。