102話
式典は恙なく進行していく。
さっきの『ドッキリ』に関しても、少しばかり場がざわめいた程度である。
今の所、犯人の思い通りになっていない、と言えるだろう。
「それでは続きまして、旋風堂30周年を記念して作られた特別モデルシルフボードのご紹介です」
そして、今回の式典の1つの目玉でもある、新型シルフボードのお披露目が行われた。
会場の電気が消える。
……そして、たっぷり1秒後、ステージ上が明るく照らされ、そこにシルフボード……としての概念を覆すような、斬新なデザインの代物が現れた。
「こちらが旋風堂が30周年記念としてお送りしますシルフボード『フォルトゥーナ』です!」
それは、シルフボードから『板』という概念を取り払ったようなシルフボードだった。
美術品のようにも見える、華奢な金属フレームだけのボディ。
そのフレームの中の……およそ剥き出しと言ってもいいようなコアは、鮮やかな翠に輝く。それはどんな宝石にも勝るとも劣らない美しさだ。
コアから溢れる光は規則的に動き、フレームの中で幾何学的な紋様を描く。
……それが回路であると気付くのに、少しばかり時間がかかった。
何しろ、それは一つの芸術の様に美しいのだ。
よく見れば、華奢なフレームの中にはきちんとブースターやスタビライザも収まっており、成程、きちんとシルフボードとしての役割を果たすのだろう。
ただ、そのすべてがあまりにも華奢な見目で、あまりにも美しすぎる、という事がひたすらに衝撃的だった。
「こちらの『フォルトゥーナ』は、女神の名を冠すことに恥じない美しさと性能を兼ね備えています」
ステージ上のスクリーンに、次々と『フォルトゥーナ』の性能や、様々な角度からの画像が映し出される。
「華奢な見た目に反し、その性能は非常にパワフル。最先端のコア制御システムにより極限まで高められたコア効率と、小型ながらも力強いブースターがあなたの飛行生活を力強くサポート。上級者にもご満足いただける出力を実現しています。また、コア効率の上昇に伴って見直されたスタビライザは、小型ながらも安定性抜群。初心者にも安心して飛んでいただける安定性を実現しました。そして、芸術的なコア回路をそのまま見せる大胆なデザインにより、美しさの実現と共に、従来のシルフボードより遥かに軽い725gという軽量化も実現しています」
そういえば、恭介さんが作ってくれた携帯型シルフボード。
あれもこれと似た造りだったかもしれない。
勿論、安定性には欠くものだったし、出力もかなり低かったけれど。
(あとで恭介さんに聞いたら、あれはポケットサイズの本体に回路が仕込んであったらしく、今回の剥き出しの回路はかなり革新的なのだ、とのことだった。)
……あれにフレームを付けたとはいえ、性能を普通のシルフボードと同等かそれ以上にしたわけだから……『旋風堂』の技術の高さが見て取れる。
……いいな、あれ。俺が今使っているシルフボードは相当な愛着があるし、あれを手放す気はさらさらないけれど、そういうのは置いておいて……ちょっと、欲しくなった。
いや、きっと相当な値段がする代物だろうから、諦めざるを得ないだろうけれど……。
「それでは『フォルトゥーナ』で実際に飛行した映像をご覧いただきます」
性能とデザインのアピールが終了したところで、また会場の電気が消え、音楽が始まる。
そして、ステージ上のスクリーンが一瞬光り……始まったばかりの音楽と共に、途切れた。
ぶつり、と急に途切れた音楽も、一向に始まらない映像も、何かのハプニングを予期させるには十分で……しかし、何が起こるのかを予測するには少々、遅かった。
咄嗟に、娘さん達を守る為の壁を出現……させたかったのだが……何せ、会場は電気が消えて真っ暗。
誰も俺の動きを見ていない。
その状態で、壁の存在を信じてくれる人が居るわけは無い!
咄嗟に、娘さん2人の側に駆け寄って、腕の中に抱え込むようにして守る。
……ガラスだろうか、硬い何かが割れる様な音が響き、その音が場内の不安を一気に煽る。
そして、会場の後ろ側の扉が開き……そこから、5人の覆面の人間が現れた。
「動くな!……来場客に怪我をさせたくなかったら、速見一家はこちらへ来い!」
5人の覆面の人間が一歩進み出ると、途端、来場客達は息を呑み、ある人は小さく悲鳴を上げ、ある人は黙る。
「桜さん」
俺達が一気にかかれば、大したことは無い相手だろう。
でも、俺達には守るものが沢山ある。
「……真君、娘さん達は私が守る」
「分かった、任せる」
5人を相手でも、桜さんなら十分防衛できるだろう。
火力こそないが、手数ならかなり多い。そして命中率100%なのだ。5人程度の、しかも、流れ弾の処理程度なら、桜さん1人でも何とかなるだろう。
「じゃあ、俺は式典を守る」
「うん」
……俺達はヒーローだ。
守るものの内の1つだって、襲撃者にくれてやるつもりはない。
暗闇に紛れて、一気に壁を蹴って進む。
変身によって身体能力を強化すれば、ステージ上まで一気に進むことだってできる。
変身形態はよりヒーローっぽい剣士形態。
剣は無いが……そんなものは幻影で作ればいい。
ステージ上の目的のものを手に取ったら、一呼吸。二呼吸。
……よし。
「そこまでだ!」
大きく声を張り、一気にライトの幻影を生み出す。
いきなり照らされたステージ上。そこに立っているのは、『旋風堂30周年記念シルフボード』の『フォルトゥーナ』を小脇に抱えたヒーロー……つまり、俺である。
「幸運の女神『フォルトゥーナ』の名にかけて!この俺が悪を許さない!」
『フォルトゥーナ』はコアの翠とフレームの金色が美しいシルフボードだ。
それをイメージしながら、ひたすら幻影を重ねて……光り輝く、金のフレームに翠の光の刀身を持つ剣を作り出した。
おお、と、来場客の中から感嘆の声が漏れる。
……よし。そのまま、信じてくれ。
『フォルトゥーナ』を起動させる。
翠の光がフレームの隙間を埋めるように広がり、芸術品がシルフボードへと変化する。
「参る!」
初めて乗るシルフボードだ。緊張しないわけは無い。
……でも、所詮、といったらおかしいが……シルフボード、だ。
ふわり、と2m程浮きあがり、一気にそのまま、前方へ加速。
……『フォルトゥーナ』は素晴らしいシルフボードだった。
柔らかく、鋭く、風を切って進む。
そのまま突っ込んでいき、5人の覆面の内の1人を、剣で横薙ぎに切る。
……もちろん、これは『ただの演出なので』、実際に切れたり血が出たりするわけでは無い。
ただ、覆面の人が『気絶したふりをしてくれる』だけである。
「逃がさない!」
真っ直ぐ突っ込んでいくことによって散り散りに逃げかけた残り4人を追う為、背面飛行になってUターンする。
そのまま進みつつ、ひねりを加えながら体を起こしてもう1人、切る。
次は側面飛行だ。
真横の体勢のまま進んで、覆面の人に近づいた所で高速回転を加えて、その勢いで剣を叩きつける。
輝く剣と『フォルトゥーナ』で、翠の光が高速回転したように見えただろう。
次は、ループ。空中で大きく円を描きながら体勢を整える。
折角なので、もう1度ループする際、剣を投げ上げてからループの頂点でキャッチする、という曲芸も披露してみた。
来場客から歓声と拍手が起こる。
もう、これが『本物の襲撃者とヒーロー』だなんて、信じる人はいないだろう。
だから、覆面の人達は必要以上に襲ってこないし、来場客を狙って攻撃するなんてことも無い!
俺はそのままの勢いで覆面の人を2人纏めて切り……2人が床に崩れ落ちる瞬間、その場に急停止する。
……こう言うのもなんだけれど……実は、シルフボードで『急停止』、ましてや『ぴたりと止まって動かない』のは難易度が高い。
それでも、俺は俺のシルフボードならそれができるし、この『フォルトゥーナ』ならできるだろう、という自信もあった。
……そして実際に、俺はその場で綺麗にぴたり、と静止する。
たっぷり3秒程停止した後、シルフボードから降りて、俺はその場でやや大仰な礼をしてみせる。
倒れた覆面の人たちと俺に、盛大な拍手が降り注いだ。