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101話

 そして『旋風堂30周年記念式典』当日。

「……変じゃないですか?」

「大丈夫だ。堂々としてればいい」

「……変じゃない?」

「大丈夫。桜ちゃんも可愛いよ」

「……俺やっぱり帰りま」

「はいはい恭介君もいつもから2割増しで男前だからねー大丈夫だからねー」

 明らかに護衛、という見た目でいるのも警戒を招くだろう、という事で……パーティー会場らしい恰好をしていた。

 古泉さんのスーツ姿と茜さんのパーティードレス姿は堂に入りすぎて怖いぐらいだ。この2人はそういう人達だからもう今更あれこれ言うものでも無いと思っている。諦めた。

 ……問題は、他3人だった。

 俺と恭介さんもスーツを経費で購入して、それを今着ている。

 ……こんな恰好をするのは不慣れだし、気恥ずかしくもある。

「却って堂々としてた方がおかしくないって。なんで恭介君猫背なの」

「俺の背骨は生まれつき曲がってるんです」

「嘘おっしゃい!」

 ……恭介さんの方は茜さんが付いてるから大丈夫だろう。

 問題は、こっちだ。

「……真君、変じゃない?」

 ミントグリーンの柔らかい布でできた清楚なワンピースドレスにボレロ、という恰好は、桜さんに似合いすぎる位には似合っていたし、桜さんの浮世離れした雰囲気もあり、どこかの令嬢を思わせるいで立ちになっていた。

 ただ、問題なのは……本人にその自覚が無いことだ。

 桜さんは不安げにそわそわもじもじしている。

「桜さんは全然変じゃないよ。似合ってる。……でも、俺はなぁ……」

「真君は変じゃないから、大丈夫……」

 そしてもう1つ問題がある。

 ……俺は茜さんのようにフォローが上手くも、会話が上手くも無い。

 そして、古泉さんの様にスーツの似合う大人でもないのだった。




 それでも気を取り直して、早速場内を歩き出す。

 俺達の仕事は人を守る仕事だ。気を抜いてなんて居られない。

 多少護衛っぽくて怪しかったとしても、俺達にとってそこはあまり重要では無いのだ。

 あくまで、重要なのは速見さんと娘さん2人の護衛。

 犯人の捕縛の優先順位はずっと後だ。恰好は更にその次の次の次、位でいいだろう。


「ええと……あ、あった」

 会場内の人がまだそんなに多くない内に、早速俺達は動く。

 桜さんと少し離れて場内を歩けば、速見さんと打ち合わせた通り、大きなフラワーアレンジメントが設置してあるのを見つけた。

 できるだけ派手に、という打ち合わせ通り、かなり大きく華やかなものになっている。

 ……たぶんお値段も相当なんだろうな、と思ってしまうのは貧乏人の悲しい性か。

 桜さんが俺を見て小さく頷く。

 俺も頷き返すと、桜さんはややふらつきながら、そのフラワーアレンジメントに向かっていく。

 ……そして、そこに丁度よく人が通った。

 桜さんは絶妙な体重移動、全く不自然では無い体の動かし方……つまり、非常に高度な体の制御と演技によって(素なのかもしれないけれど)、その人にぶつかった。

「きゃ」

 そして、その拍子に桜さんはよろめいてフラワーアレンジメントの台にぶつかる。

 不安定な台に乗せられていたフラワーアレンジメントは当然傾き、桜さんに向かって落下し始めた。

 そこにタイミングよく、女性の……茜さんの悲鳴が響き、その悲鳴の方向に注視した観衆達は、ゆっくりと桜さんに向かって落下していくフラワーアレンジメントを目撃することになる。

「危ない!」

 そして俺は一歩踏み出して、右手を大きく振る。

 幻影を被せて、座り込んだままの桜さんと、ぴたり、と宙で『壁にぶつかったように』静止するフラワーアレンジメントを作り出して……桜さんは、その幻影に隠れて、音を立てずにフラワーアレンジメントをキャッチした。


「な……なんだあれは!」

「異能、かしら……?」

 しん、と静まり返った会場がまたざわめき始めたのを見て、俺は桜さんに駆けよる。

「大丈夫ですか!」

 もうこの時には、『宙に浮いたフラワーアレンジメント』は真実になっている。

 それが『壁』に見えるように、やや散らばってしまった花も、ある1つの大きな面によって受け止められているように静止している。……実際に俺が触ってみてもそこには壁があった。

 ……大体成功したらしい。

「怪我はありませんか?」

 桜さんを壁の影から引っ張り出して立たせて、フラワーアレンジメントを台の上に戻す。

 そして少し『壁』を強く見つめれば、残った花がばらばらと床に落ちた。

「大丈夫です。……ありがとう」

 桜さんは笑って俺にお礼を言う。

 ……そして、黙々と2人で花を拾っては、桜さんがアレンジメントに戻していく、という作業を行って、会場の復帰も無事に済ませることができた。




「これで真君の『嘘』、できたね」

「どうなるかはまだ分からないし、油断はできないけれどね、とりあえず第一段階、かな」

 そして、俺達は会場の端の方……速見さんの娘さん2人が座っている近くにうまく陣取り、話していた。

 ……勿論、『花の下敷きになりそうなところを助けた俺と助けられた桜さん』のふりをして、である。

 遠目に見て、どこかもじもじしながら話す桜さんと、やはりぎくしゃくしている俺は親しい間柄には見えない……だろう。多分。茜さんのお墨付きも貰ってるし……。

「何か、先は見えたりする?」

「ううん、まだ、何も……」

 そんな見た目にかこつけて、俺達は仕事の話をする。

「でも、見えたらすぐ動く、つもり。……真君も、油断しないでね」

「大丈夫」

 時々、ちらちらとあちこちを見ながら右手を動かしている。

 これで不可視の防壁を作っておけば、少なくとも、桜さんが動くまでの時間稼ぎ程度にはなるだろう。




 式典は恙なく進んでいく。

 仰々しい挨拶は手短に終わり、堅苦しさや退屈さの少ないイベントが進行していく。

 速見さんの人柄なのだろうか。式典、というものの悪いイメージを悉く裏切るような式典だった。

『旋風堂』の歴史の紹介が特に面白く、シルフボードについての勉強にもなった。

 桜さんも退屈した様子は無かったから、別にシルフボード好きだけが楽しめる、といったものでもなかったようだ。


「真君」

 そして、式の途中で、桜さんが俺の裾を引いた。

「構えて。多分、あっちの窓から」

「シールド!」

 桜さんへの返事より先に、俺は大きく叫んで右手を動かす。

 大きな声と動作に、会場の人達も俺と……俺の視線の先に注目した。

 そして、その瞬間、窓がけたたましい音を立てて割れた。




 割れたガラスの破片は来場客に向かって飛び散る……事は無い。

 俺の嘘が作り出した壁が、ガラス片を全て受け止めたからだ。

 ……ついでに、ガラス片と一緒に、窓から飛び込んできたらしい人影が相次いで見えない壁にぶつかってもんどりうつ。

 ……。

 すっかり静まり返った場内で、全員が侵入者を注視していた。

「これは考えなかったパターンだ」

「……もうちょっと賢いと思った……」

 俺と桜さんも、思わず残念な侵入者に対して、微妙な面持ちをせざるを得ない。

 ……と、そこに、『ドッキリ』と書かれた看板を掲げたコウタ君が顔を出した。

 そして、ソウタ君が気絶した侵入者を引きずって窓から出ていき……俺は、それを見て、窓が元通りに直る幻影を掛ける。

 直った窓に、観客から歓声と拍手が一通り起きた所で、式はまた進行しだした。

「……うまくいったね」

「会がうまくいくに越したことはないからな」

 速見さんに脅迫状を送った犯人の意図の1つは、間違いなく速見さんに敵意を伝えることだっただろう。それを元に、速見さんを恐怖させ、その様子を見て楽しんだりしようとしたのかもしれない。

 しかし、速見さんを殺そうとした、とは思いにくい。

 殺したいなら、最初から予告なんてせずに殺せばいい。

 それができないなら、この式でもできやしない。

 ここには沢山の人目があるのだから、ただ人を殺すだけなら明らかに条件が悪いのだ。

 ……自爆テロでもやろうとしているなら話は別だが、脅迫状にあったのはあくまで『あなた達家族の血の雨が降るでしょう』だ。

 ならば、不特定多数を巻き込む気は無いだろう、と思える。

 ……そして、犯人がわざわざこの『30周年記念式典』を犯行場所として宣言した理由があるはずだ。

 それは、『旋風堂』の評判を落とす、という事。

 式典が中止されればそれだけで評判を落とす事が出来るし、そこであることないこと悪評を流せばまことしやかに流れるだろう。

 そして、ましてや式典の途中でハプニング……何者かの襲来や、来客の怪我など、が起きたなら……間違いなく、『旋風堂』は評判を落とすのだ。

 ……だから、俺達の仕事は第一に護衛。第二に、『旋風堂』の護衛。そして第三に犯人の特定、第四に襲撃者の捕縛、と言った所だ。

 今回の俺達の仕事は、何かあってからどうにかする事じゃない。

 何事も無く、悪役と戦うヒーローなんていなかったかのようにすることが、今回の俺達の仕事である。


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