100話
「護衛についてですが、現在うちの戦闘員は私を含めて5名となっております」
古泉さん、茜さん、桜さん、俺、そして恭介さんもだ。
……単騎で一番護衛に向いているのは古泉さん……と、恭介さんも、だろうか。
茜さんは状態異常系の異能のエキスパートだし回復もできるから、死傷沙汰にしたくない場合に向いている。
桜さんは1瞬後が見えている訳だから、護衛、という点では最高かもしれない。単騎での火力がやや低い、というのがネックだけれど。
俺は……とりあえず臨機応変さとこけおどしでは右に出るヒーローはいない、と豪語できる自信がある。
コウタ君とソウタ君は護衛に向く異能じゃない。
ロイナは……戦闘経験が無さ過ぎて護衛にするには不安だ。そもそも、相手が異能持ちじゃないとその異能が真価を発揮しないのだし。
「護衛というと、目立たない方がいいのでしょうか?」
「そうですね、あまり大人数になっても……あの、そちらの女性方はヒーローの方ですか?」
「はーい。『パラダイス・キッス』でっす!状態異常系の異能持ちで、一応、回復もできますよー」
「『カミカゼ・バタフライ』。風系異能です。投擲ナイフで戦います。命中率には自信があります」
速見さんが尋ねると、茜さんはいつもの明るい笑みを浮かべて答え、桜さんはいつも通り表情を変えずにぺこり、と一礼して見せた。
桜さんの答えまでを聞いて、ふむ、と速見さんは考え込んだ。
「どうかなさいましたか」
「いえ、やはり娘の護衛は女性の方が何かといいかと思ったのです。一緒にいて怪しまれないだろうし……ただ、状態異常系の異能、というのが良く分からなくて」
成程、確かに、女の子の護衛なら女性……桜さんと茜さんの方が向いているだろう。
けれど、茜さんの異能は……うーん、どうだろう。
確かに、火力、という点ではやや劣る2人かもしれない。
「状態異常の異能はですね、眠らせる、麻痺させる、誘惑する、混乱させる、って所ですね。ちょーっと記憶弄る位ならま、できないことも無いかな……あ、どれか試します?」
「茜」
「じょーだんですよ、じょーだんっ」
茜さんが冗談めかして答えると、速見さんはまた考えこむ。
「……この中に防御に特化したような方はいらっしゃらない、でしょうか。……その、私は最悪、どうなってもいいのです。怪我の1つや2つはこの役職に就いた以上、覚悟の上ですし、死ななければいい、位に思っています。……でも、娘には傷1つ付けたくなくて。もし何かあったら、と思うと……」
「成程、お気持ちはよく分かります。何かあってからの対処では遅い、という事ですね。それならば……」
古泉さんはちらり、と桜さんを見た。
しかし桜さんは少し困った顔をしている。
『未来が見える異能』については伏せておきたいのだろう。
それは分かっているのか、古泉さんも小さく1つ頷いてから……俺を見た。
桜さんも俺を見ている。
茜さんも俺を見ている。
……はい、分かりました。
「俺ならご希望に添えます」
古泉さん程かっこよくなく、恭介さん程暗くも無い位の……『普通の男子高校生』のような笑顔を浮かべて、俺が手を挙げた。
「……というと、防御系の異能をお持ちなのですか?」
さて。ここからがもう、俺の戦場になる。
「いえ、一概に防御系と言える訳ではありません。ですが、防御にも十分に応用できます」
そう笑顔で答えながら、最適解を導き出す。
イメージ、視覚的な物や、その使い勝手、動き方……人に見せられるようなもので、見せておかしくないもの、できれば即興で一芸になりそうなものがベスト、か。
「それは具体的にはどのような物なんでしょうか」
「申し訳ありませんが、詳しくお伝えすることはできないんです。今後の業務や他のお客様にも関わることなので。……でも、御覧に入れることはできます」
あくまで、説明しちゃいけない。
『よく分からないけれど大体こんなものらしい』位の認識でいてもらわないと、本当に俺の異能が書き換わってしまう恐れがあるのだから。
近くからミスコピーを拾ってきて、紙飛行機の形に折る。
それを速見さんに渡してから、変身する。
今回変身するのは剣士型ではなく魔術師型の方だ。その方がそれっぽい。
変身し終わったら、宙をなでるように右手を動かす。
「俺に向かって投げていただけますか」
そして、速見さんにそう指示すると、速見さんはそっと、紙飛行機を俺に向かって飛ばした。
その紙飛行機が俺の目の前……右手で撫でた辺りに達した時、俺は紙飛行機を幻影で消して、幻影の紙飛行機をそこで墜落させた。
そのとき、かつん、という軽い音も忘れずに出す。
「おお!……見えない壁、ですか?」
「あはは、ごめんなさい、手札を明かすわけにはいかないんです」
やや興奮気味の速見さんにそう笑って答えれば、すみません、と言いながら、俺の近くまで来てぺたぺた、と『壁を触って確認した』。
「おおー……すごいな、これは……これは、武器などの攻撃にも耐えられるんでしょうか?」
……よし。信じて貰えたらしい。
「大丈夫です。なんなら殴ったり蹴ったりして頂いても大丈夫ですよ」
速見さんははしゃぐように壁をこつこつ拳で叩いたり、靴でげしげしやってみたりして、一通りその強度を確かめた。
……よし、次のステップに移ろう。
「そして、俺の意思でこれは消したりすることもできます。壁が無いように見せかけることも可能です。……今、消しました」
特に所作は必要ない、という設定なので、何もせずに宣言するだけにする。
そして、速見さんが動く前に俺が『壁』のあった場所を超えて、速見さんの手に触れる。
「成程、これなら何かあった時に娘に触れる事もできる訳ですね!」
「ある程度通すものと通さないものを分けることもできますから、武器や銃弾の類は通さず、人だけ通すようなこともできますよ」
これ幸い、ということで、嘘を重ねていくと、速見さんはすっかり感心して信じ込んでしまった。
……うん、俺、この人が嫌いじゃない。好きな部類に入る。
少年のような好奇心を持っているからだろう、俺の異能に関しても感心しっぱなしだし……こういう人だから、いいシルフボードを作れるんだろうな。
「はあ、いや、凄いな。……もしよろしければ、この方に娘の護衛をお願いしたいのですが」
「はい、承りました。では、そのように。……そうですね、でも、女性ヒーローも1人、付いた方がいいでしょうか?彼1人でも火力はそこそこ高いのですが、目は多い方がいいかと」
古泉さんもさらっと嘘に参加しながら計画書を詰めていく。
「そう、ですね。何かと女性がいらっしゃった方がいいだろうし……」
「なら、こちらの『カミカゼ・バタフライ』も娘さんの護衛として付けましょう。……それから、これはご依頼から外れるかもしれないのですが、確認だけ。……速見さん。襲撃者および、この脅迫状を送ってきた犯人の捕縛を望まれますか?」
古泉さんの言葉に、速見さんは一瞬ぽかん、とした後、苦い顔をした。
「……いや、参ったな。そこまで考えてなかったです。とりあえず娘の身が守れれば、位しか考えていなかった。その先の事なんて考えて無かったんですよ。……自分でも分からない位、焦っていたみたいです。覚悟の上、なんて言ったって、こんな事初めてで……しかし、そうですね……」
一応、首謀者は招待状を送った相手……つまり、知り合い、そこそこに付き合いのある仲、という事になる。
それを捕縛する、となると、確かに考える必要があるだろう。
そして、暫く速見さんは考えて、結論を出した。
「……秘密裏に、という事は可能でしょうか?あの、勿論第一は娘の安全、私の護衛、ということにしていただいて……」
「ええ、大丈夫ですよ。そうですね、秘密裏に、となれば、やはり『パラダイス・キッス』がいいでしょうね。彼女ともう1人、男性ヒーローを場内の巡回に致しましょう。……速見さんご自身には私が控えさせていただく、という事でよろしいでしょうか?」
……確かに恭介さんは人の側に控えている、なんていうのは向いていないだろうな。うん。異能に関係なく。
場内の見取り図、来客の数、内訳、タイムスケジュール……等々を教えてもらい、綿密な打ち合わせを進めていく。
また実際の場を見て決める部分もあるだろうが、できるだけ色々な事をここで決めておけば速見さんの安心にもなるだろう。
そうして、打ち合わせは一時間半程度で終了した。
「ええ、ではこれで是非、お願いします。……それで、代金の事なんですが……」
「そうですね……では、こんなかんじで……うーん……あ」
そこで、古泉さんは俺の方を向いた。
「真君。今、シルフボードで改造したい部分とか、あるか?」
「……え?」
唐突な提案に困惑していると、ぎ……と、ドアが開く。
「真さんのはそろそろブースターがヘタりそうです。俺のは新しい安定装置があればそれをお願いします」
……恭介さんはそれだけ言って、また部屋に戻っていった。
なんとなく全員そっちを見つめて固まってしまう。
「……あ、あの、あと、コウタ君とソウタ君のシルフボードも、できればもう1ランク上の物がいるかもしれません。2人ともアクロバットしたがるようになってきたし……」
固まった空気を打破すべく、そう発言すれば、全員の注目が今度は俺と……奥で遊んでいる双子に行く。
「成程な。確かに、双子君のもそろそろ上級者向けのが欲しいか。……という事で、速見さん。もしよろしければ、代金の一部をシルフボードやパーツのの割引、という形でお支払いしていただけませんか?」
古泉さんがそう持ち掛けると、速見さんは顔を明るくした。
「なんと!こちらではうちのシルフボードをお使いいただいているんですね!……いやあ、嬉しいなあ。うちの製品に乗って戦ったりしてらっしゃるんですよね?うわあ、嬉しい、これは嬉しいですよ」
速見さんはにこにこ、と満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
俺はものを作る立場じゃないけれど、製作者としては自分が作ったものを使ってもらう、という事は喜ばしいことなんだろう。
……気持ちは分からなくもないな。
「それならそれでいきましょう。流石にタダにするわけにはいきませんが、90%オフ位にまでなら」
太っ腹な提案を貰って、俺達としても嬉しい。……90%オフなんかで大丈夫なのかは置いておいて。
細かい部分も詰めて、速見さん達は帰って行った。
「では、よろしくお願いします」
「します!」
「……ます」
小さな娘さん達もぺこ、と頭を下げて帰って行った。
上の娘さんが12歳、下の娘さんが9歳だそうだ。
上の娘さんは元気が良く、下の娘さんは少し人見知りみたいだ。
この辺りはコウタ君とソウタ君とロイナに聞けばいいかな。ずっと2人と遊んでいた訳だから。
「……さて、じゃ、俺達の打ち合わせもしないとな。……主に真君の『設定』について」
俺達の護衛は、もう始まっているのだ。
気を抜くわけにはいかないな。