セリヌンティウスの三日間
それはいつもと同じように仕事を終え、就寝している時であった。
気持ちよく寝ていると、急にゴンゴンと扉が叩かれる音がした。
こんな夜更けに誰だろうと疑問を抱いたが、ひとまず来客してきた人への対応が先だろうと軋む音をたてながら扉を開ける。
そこに居た人物は、一目で何者か分かるような姿をしていた。
「王が呼んでいる」
と、客人、改め兵士が言った。
巷では、一つの噂があった。
それは“王は人を殺す”という物であった。
思わずごくりと喉を鳴らせ、兵士に向かって問うた。
「何故私だ」
その問いは、無論一兵などに分かるはずもなく
「知らぬ」と一言で返された。
せめてもと置手紙を残した。
弟子の為にである。
王の城へ着くと、なぜかその場に古き友、メロスの姿があった。
どうしたのかと問いかける前に、メロスは事情を語った。
私はそれにうんと大きく頷いた。
メロスは勇敢な男である。人を殺す王を許せなかったのであろう。
その日私は牢屋に入った。
鉄格子を挟んで見た空は、初夏、満点の星であった。
一日目は少ない食事の量で越えた。
あくまで王は、三日目まで私を殺さぬつもりらしい。
二日目の昼ごろ、何を思ったのか、王は私の前に現れた。
薄い布団の敷かれたベットに座る私に、酷く冷たげに、そして寂しげに吐き出した。
「お前はあの男が本当に帰ってくる、と思っているのか」
私はもちろんと返した。
あの、人を疑うこととうそをつくことが最も嫌いなメロスが、裏切るはずなどない。
そんな私を見て、王は嘲笑うかのように鼻で笑った。
「ふっ・・まるで戯言だな。あの男のどこをそんなに信じられる。
お前を置いてサッサと家に帰るような男だ。少し遅れてきて“間に合わなかった”と言い出すに決まっている」
王は再び寂しそうな目をし、そう言った。
「・・・メロスは来る。あいつは勇敢な男だ」
私が下を向いてそう言うと、王はくっと後ろを向いた。
そして小さく「馬鹿だな」と呟き、去っていった。
それと入れ替わるようにして、フィロストラトスがやってきた。
「セリヌンティウス様」
私を見て、彼は呼んだ。
メロスの事に関しては話すようなことはせず、ただ彼は「帰って来てください」とだけ言った。
私はそれに頷き、しばらく彼と話した。
夜になると、私は悩んだ。
空は雨空。昨日の晴れやかな空とは別物であった。
「本当にメロスは来るのだろうか」
口に出すと、ますます怖くなった。
まさか、メロスが私を裏切るはずがないと思う反面、もしかしてと考える自分も居た。
信じたいのに信じられない。
今までこんな事などなかったのにと頭が異常に痛んだ。
すると牢屋の外から声がした。
「貴方の友人はそんな者なのですか」
見張りであった。
突然のことに私は考えるのをやめ、見張りの声に耳を傾けた。
「正直に言うと、私は王様には迷惑と恐怖を感じています」
理由は、自分もいつ殺されるのか分からないから、という非常に人間らしい言葉であった。
「私はあの方と、貴方を信じています。信じたいのです」
見張りの言葉に私はハッとした。
何を悩んでいたのだろう。
信じたいのなら、信じればいい。
とことんメロスを信じきってやればいいのだ。
「ありがとう」
私がそう言うと見張りは前を向いたまま「いえ」と小さく言った。
その日、私はよく眠れた。
朝になり、その日も王はやってきた。
昨日と同じような問いをかけられたが、それでも私は胸を張って言った。
「私はメロスを信じる」と。
フィロストラトスも来、心配をしていたが王と同じように言った。
結局最後まで心配げな顔は変わらず帰っていった。
そうして時間が過ぎ日も沈み始めた頃、私は刑場へ連れ出された。
日もゆらゆらと消えそうになった時、縄にくくりつけられた時も私はメロスを信じていた。
間に合う、間に合わないは問題ではない。
メロスは来る。私は信じる。それが信実だ。
目をつむった時、私はなにやら足に重みを感じた。
そう、と見てみると、そこには私の友、メロスがいた。
群衆は私を離すよう、口々に言った。
ついに私の縄は解かれた。
メロスは涙を浮かべ、殴れと言った。
必死そうに言う彼を見て、全てを悟った。
そして音高く頬を殴った。
私もこれだけではすまぬとメロスに殴ってもらうよう頼んだ。
刑場いっぱいに音が鳴ると、少し頬に痛みを感じた。
「ありがとう、友よ」
私達はそう言うと、ひしと抱き合い、泣いた。
王、ディオニスもそれを見て優しげに微笑んだ。
「わしも仲間に入れてくれまいか」
少し顔を赤らめて言う王に、もうあの寂しげな表情はなかった。
わっと起こる歓声の中、赤面する勇者に、殴るとき手加減しておいたことは秘密にしておこう、とセリヌンティウスは心にしまいこんだ。
ノートに綴ったものを少し変えたやつです。
変な文頭もあるかもしれませんが、その場合はご指摘頂けるとうれしいです。