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ZSーゼット・ストライカーー  作者: ひびき澪
EP1ーヴァルヴァロス
9/36

第三章 capter-1 「野望への一歩目」(2)

 カァン!

 ――戦闘、開始――。

「早速だが今の私は機嫌が悪いんでな……お前には倒れていて貰おうッ!」

「倒れるのはどちらか見せてあげるよ……!」

「《ツインフレアーボルト!》」

「《爆裂光槍!》」

 試合が始まるが早く順とイフットが、魔法の撃ち合いを始める。

 ほぼ同時に撃ち出した魔法はぶつかると巨大な煙を撒きあげ、空気を震えさせた。


 ――そして順が煙の中の気配を探知しようと周囲に意識を配り出した時に、もう一か所でも戦闘が始まった。

「黒岩田……お前を目の敵にして決勝戦まで来たが何か言う事はあるかよ?」

 須賀谷はこちらに向かってきた黒岩田に対し、そう言ってやる。

「別に? ……何も無いな、負け犬が。所詮女にくっついていなければお前は何もできない雑魚じゃないか!」

 すると黒岩田は長い斧を振りまわしながら、此方を煽ってきた。

「さぁ、大人しく死ねッ! 須賀谷ァ!」

 ーーすぐさまに相手の斬撃のラッシュが始まる。左腕に構えた盾との接触による激しい金属音が鳴った。

 一発目、二発目を盾で、防ぐ。黒岩田の能力は順と比較をすれば体格が大柄なお陰でスピードは大幅に劣るが、リーチがある上に黒岩田自身のパワーは中々どうして馬鹿に出来ない程に高い。

 流石に防戦一方であり盾で攻撃を受け止める度に、腕が少しずつ痺れていくのを須賀谷は感じた。


 だがこっちも、間抜けでは無い。以前の自分ならこのラッシュには耐えられなかっただろうが、今の自分は血で強化されている上に順に鍛えられたのだ。

「いつまでも……俺が雑魚だと思うなよ! スタミナだって上がってるんだからなぁ!」

 相手の隙を見計らうと斧の死角に入り込み、カウンターで腕に持ったままの盾を問答無用で黒岩田の肩口へと振り下ろした。

「シールドバッシュだ! 骨ごと折れて死ねっ!」

 一撃が肩口に、めり込む。

「ぐぉっ!? 中々に痛ぇじゃねぇかぁ!」

 黒岩田は一撃をもらい、忌々しそうな顔をした。

 シールドが防御のためだけの道具でない事は、順に教えて貰った事で須賀谷にはしっかりと身についていた。

 しかし相手の防御力も、半端程度では無いらしい。黒岩田は怯む様子も無く長斧を振り回しこちらを振り払うと、不満声を出してきた。


「世界の縮図を理解してないんだよ、お前という奴は!」

 しかし黒岩田は、剣戟を繰り出しつつも此方に言葉を続けてくる。――大物ぶって、何様のつもりだ。

「お前の自己満足など……聞きたくもないと言った! 大体身内の権力の傘の下にいるお前の言葉など無駄だ!」

 挑発なんかに乗るものかよと、冷徹に撥ね退ける。

「目の色を変えやがって、焦っているな……。そんなにイフットを取られて悔しかったのか?」

 すると黒岩田は、再度目に見えた挑発をしてきた。

「貴様……!」

「……世界の掟を変える程の力どころか並み以下の力さえも持っていないお前などに心配をされるとは、イフットも罪な事だなぁ」

 黒岩田は、そんなこっちの姿を見てわざとらしそうな溜息を付く。

「世界の掟と出るかよ……そんなもんやれるものならいつかやってるさ、だがその前に俺は今目の前にある、お前を倒す! そして渡辺を見返して俺は元の生活に戻る!」

 まともに話すだけ無駄だと身体に力を溜めながらも、言い返してやる。

「叔父貴を見返す、ねぇ……。噴飯ものだぞ、それは。身の程も弁えずによく言う事だ。実力の伴わぬ雑魚は粛清されるだけだぞ? 須賀谷士亜ぁぁ?」

 闘気の圧迫を受け怯みそうになるが、動きは止めない。

「魔法を撃てないお前が……実力不相応などという言葉を出すな!」

 こちらも負けてはいられない。剣を構えながら反論をする。

 しかしところが、黒岩田は今度はその言葉を聞くと急に笑い出した。

「ハハハハハハッ……!」

「木偶の坊が! 何がおかしい……!」

 盾も構え、刺突しようと間合いを窺いながらも、須賀谷は黒岩田に問い詰める。膠着状態になり、迂闊に手が出せない。

「面白いのでもっと暴れて欲しいが……お前の回答が滑稽でな。お前は俺がいつまでも魔法が使えないと思っていたのか?」

 だが黒岩田は、満面の笑みを浮かべながら右腕を振り翳してきた。

「この通りだ……マジックウェポン《サイバーアームドガントレット》装着!《フレアーハウリング!》射出!」

 そしてさらにそう言い放ちつつも、右腕から光を発すると螺旋状の火炎放射を撃ち放ってきた。


「うぉっ!?」

 いきなり撃たれてきた業火に対し咄嗟に手甲で防御をしようとすると、指に装着された《紅蓮の指輪》が勝手に火炎を掻き消す。

(――助かったのか!?)

 熱は多少感じたものの、幸運な事に須賀谷は火傷を負う事は無かった。

「……ほう、その指輪は……。此方の機械腕からの魔法をレジストしやがるとはな」

 まさか防がれるとは思わなかったのか、黒岩田は感心をしてくる。見ればその右腕には、巨大なハンマーのようなアームユニットが付いていた。

「マジックアイテムだ。俺自体は相変わらずの雑魚の雑魚だよ。超人的な力もないしカリスマは無い。だが、そっちも折角使ったシオマネキみたいな腕の魔法も防がれて残念だったな」

 一泡吹かせたと考えて思わずにも、言い返してしまう。

「口は達者だな。その様子ならまだ戦えるか」

 しかし相手は、まだまだ余力を隠しているらしい。表情から、この程度では済まない様子が見て取れた。


「無駄な努力をみせてみろよ! 須賀谷!」

 黒岩田は笑いながら右腕を向けてくると突然、何処から作り出したのか鉄製の円形ブーメランを機械の腕から射出してきた。

「実体射撃!? ……クソッ!」

 須賀谷は慌てて弧を描いて飛んできたブーメランを剣で弾く。

 しかし投げられたブーメランは思ったよりも重く、弾くと同時に須賀谷はよろけてしまった。

「これは……!」

 振り向くとその辺の岩にブーメランが突き刺さっており、深い亀裂を入れている。

 相手の遠投能力は、どうやら相当の精度と威力のようだ。やや間合いが遠いことを少し、後悔する。

 須賀谷は昔から剣士スタイルで、中距離魔法を実用レベルでは持ち合わせてはいない。加えて今は、この間合いで使える飛び道具など全く用意もしてこなかった。

「素敵な装備品のようだが……実体攻撃カッターブーメランは無効に出来はしないだろう? チャージに時間が掛かるとはいえ、残念だったなぁ?」

 黒岩田がまた、喧嘩を売ってくる。隠れるものは何かないかと周りを見渡すと、少し向こうの離れたところで再び順がイフットと魔法の打ち合いで戦いを続けているのが見えた。


 (――順の援護はもう、期待できない。冷静さを簡単に失う訳にもいかない。単純な筋力はまだ向こうの方が上か)

 恐らくは《エンチャント・ナックル》でさえも相手を消耗させなければ大きなダメージを与える事は出来ないだろう、そう推測する。

「ならば先に……スタミナを下げるために手傷を負わせればいい!」

 須賀谷は盾をしっかり構えると、再度間合いを詰めにステップをした。

 あの大腕を避けて一撃を刺すなり、よろけさせれば……勝機はある。 そう思いながらも黒岩田に剣の切っ先を向け、飛び出す。

 ――だが。

「嘘に引っ掛かったかよ! 単細胞が! 残念ながらこいつは3発ごとに手動リロードが必要なだけでね!」

 黒岩田はそう言うと、新たに腕からブーメランを撃ち出してきた。

「飛び道具が……まだあったのか!?」

 須賀谷はいきなり迫ってきた剛速のブーメランに驚いて身体を捻り回避をしたが、体勢を崩す。

 その瞬間に、隙が生まれる。

『《フレアーハウリング》、最大出力だぁ! 丸焼きにしてやるッ!』

 そこへ追撃の炎の渦が放たれた。

「火炎かよ! だがそれは想定内だ! 炎に紛れて突っ込めば……なんとかなる!」

 対応するように慌てて炎の印章のリングで防御をする。

 狙い通りに火炎は四散し、無力化される。


 ――しかし、黒岩田の狙いはその先にあった。

「甘いのはお前だ! 炎は視界さえ防げればよかったのだよ! ……お前などに斧を使うまでもない……死ぬがいいぜ!」

 いつの間にか、無力化された炎の真後ろを黒岩田が追いかけていたのだった。

「何っ!?」

 あまりの事に目を疑う。須賀谷の目の前に、いきなり巨大な機械腕を振りあげた黒岩田が現れたのだ。

「おらァ! アームパンチ!」

 防御の前に鉄パイプのような正拳が勢いよく須賀谷の腹に沈む。

 瞬時に鋭い痛覚が身体全体に危険信号を送ってくる。

「ぐぇぉぁ……ッ!」

 当たり所が、悪かった。

 須賀谷は唾を吐きながら、後ろに吹き飛び転がって悶絶をした。マクシミリアン式甲冑の上からでも相当の衝撃だ。アバラ骨が折れて肺に突き刺さったかと思えた。

「おっと、そんな簡単に逃がすかよ! 締め上げて叩き付けてやる!」

 倒れるとさらなる後方回避に移る前に巨大な腕で身体を掴まれ、起こされる。

 そして続けざまに地面に打ち落とされ、衝撃を受けた。

 鎧の表面がぐわんとひしゃげ、身体に激痛が広がった。

「うぉぁぁ……むぐッ!」

「はは、泣けよ!」

 あまりの痛みに苦痛の声を上げると奴は、さらに躊躇なしに上から殴りつけてきた。

 なんて力だよ。息が出来ない。逃げられない。

「ぐっ……」

 憎悪の心が、さらに上がってきた。笑えやしない、こんな奴に。気分が悪くなる。

「ほらほらほらほら! 何とか言えよ……あぁ? 快感なのか? てめぇは異常かぁ?」

 こちらの身体を甚振るように何度も巨大な腕で殴り続けながら、黒岩田が笑う。

「……あぐっ……」

 連続で攻撃を受けたせいで身体全体が重く、返答が出来ない。

「……くぅ」

 辛うじて死の直前の蝉の鳴き声のような物をあげられる程度だ。

「――返事が出来ないなら骨の一本でも折ってやるか?」

 黒岩田が視線を送りながら、嘲笑ってくる。須賀谷は蹴り転がされ、地面に仰向けに倒れた。


 空にはビジョン内の、偽の空がある。

 ――ロクでもない。うんざりする。何故こんな苦しい思いをしながら戦っているのだろう。

 ぼんやりとした意識で目を開くと、そうも思えてきた。

「あちらさんでもお前の相棒の順とかいうのがイフットと戦っているが、あれも敗北者なんだってなぁ」

 その時黒岩田が突然、倒れた自分に対して言ってきた。

「不様だよなぁ、†産廃†という過去の人間なのにまだまだ生きようとする。生きた化石人間、時代遅れのカスだ」

 誰にともなく、罵倒が続く。無論、こちらへの当て付けだ。

 ――怒りはくるが、肉体が一気に消耗し今は耐えられなくなっている。

「おい、その態度は何か不満か?」

 奴がこちらに向かって怒鳴ってくるが、しかし身体は動かない。そうしていると黒岩田はさらにこちらの右腕を、ガントレットの上から踏み付けてきた。

……腕が重い。言い返せない自分が情けない。

「……フン、まぁ剣が無ければ抵抗はされんだろ。……その武器を貰っておこうか」

「……断る……!」

「よこせってんだよ……蹴りでも食らってろ」

「……ぐっ!」

 揉みあいと問答の末に一撃を受け、須賀谷は呻く。

「没収だ。……《フレアーハウリング》!」

 その隙に黒岩田は須賀谷の剣を右手から引きはがして奪うと、掴んで遠くに投げ捨て、さらに炎の魔法を剣へと放ち追い打ちをかけた。

「……貴様!? ……それは……やめろ! やってはいけない! それはイフットのくれた……!」

 須賀谷は慌てて、叫んで相手の行動を静止させようとする。

「そいつは無理な相談だなぁ!」

 だが、黒岩田は魔法の手を止めない。たちまち須賀谷の剣はメラメラと赤黒く燃えだすと、十数秒かけて溶けて蒸発をしていった。

 ――剣が蒸発するその様子は、まるで須賀谷自身の精神のようだった。


「くそっ……」

 ……装備を用意をしてくれたイフットに、申し訳がない。そう感じ歯軋りを起こす。

 須賀谷は隙を見て横に転がり腹を押さえながらも根性で起き上がったが、武器を奪われた事に歯を食いしばる。……自分の不甲斐なさに対する憎しみと共に、一気に絶望感に襲われる。

「さぁ、もう反撃は出来まい。これでお前の武器は無くなった訳だが……まだ足りんなぁ」

 黒岩田が、此方を自信ありげに向いてくる。自分は何も、言い返せない。

 大切な人に貰った大事なものを破壊されて今、恐らくは自分は目の焦点が殆ど合っていないだろう。

 「実力では充分思い知らせたからな……次は少し、精神を壊してやるか」

 そんなこちらに対し笑いながら、奴が語りかけてきた。

「何……っ」

 辛さに耐えつつも須賀谷は、苦々しく応答をした。


「お前は、イフットの事が大好きで大好きでたまらないんだろう?」

 不意にその時突然、黒岩田が此方を指で刺し、話題を振ってきた。

 何のつもりだ。

 ――言葉を訊いて、心臓が痛んだ。事実、言われたらその情が有る。

 ……だが、そんな事は今は関係ないはずだ。

「……何故、そんな事を言う……!」

 恨めしく思いながらも須賀谷は躊躇ったが、言葉を返す。

「必死な顔をするなぁ、お前は隠し事が苦手なようだな」

 しかし目の前には、勝ち誇った顔でいる黒岩田が居るだけであった。

「……無能な働き者は処刑するべきって言葉、知ってるか」

 更にこちらの足に対し掌を向け、話しかけてくる。

 ――応えられない。

『《フレアー……ハウリング》』

 そうしていると徐に黒岩田は小さく、呟いた。


 ――ゴッ。

「ッ!?」

 須賀谷の足元を、指輪が効力を発する前に至近距離から炎が包む。――だがしかし、須賀谷は火炎によって自分の身体が燃える前に、勝手に魔法が皮膚上で分解されて行くのを感じた。

「――指輪が働いてないのに火が、消えていく……?」

 一瞬動揺をしたが、すぐに自分の身体に何が起きたのかを理解する。イフットの血の、力だ。僅かに身体の中にあるイフットの力が、守ってくれた。

 須賀谷は吐息を吐いて安堵する。

「――やはりな。指輪など、要らなかったではないか」

 しかしそれを見て黒岩田は、にやりと笑ってきた。

「……何を……考えている!?」

 気持ちが悪い。

 焦りつつもうつろな目で、訊ねた。相手の真意が分からない、その思いがある。

「別に……? 血……っていいモンだよなぁと思ってなぁ?」

 すると黒岩田はくくくっと笑って、そう答えた。

「……まさか」

 目が、その時一瞬で我に返る。――再び脳内に、嫌な映像が浮かんだ。

 イフットと、黒岩田が一緒に居る光景だ。

 ……発狂をしたくもなる、最悪の想像だ。

「何を……想像したのかな?」

 それを見て黒岩田は今度は、悪魔のような表情を浮かべて走りだし、須賀谷の胸骨の上のあたりをいきなり蹴りつけてきた。

「……ぐぉっ!」

 胸板を蹴りあげられ、須賀谷は胸部を抑えてうつ伏せに蹲る。そこをさらに頭を上から、踏み付けられた。

「術力同調、火炎抵抗、そして技術向上。ははははっ! イフット・イフリートの力はいいものだよなぁ!?」

 上から黒岩田が、頭をぐりぐりと踏みつけ続けながらも嘲笑ってくる。

「一体全体何様のつもりだぁ? お前はイフットにとってのなんなんだぁ?」

 ――その声が妙に、響いてきた。

 ――身体が痛くて答えられない。

「お前が特進Bにもう一度来たいのは知っているがよ……努力して搾取する側になりたいんだろ? そしてイフットの横に居る俺が羨ましいと思ったんだろ?」

 言葉でグサグサと、突き刺してくる。

「違う……俺は、俺の……」

「見苦しいわ。お前は世界を変える力など何一つ持っちゃいねぇぇ!」

 更に首元を、蹴られる。

 ――痛い。

 何処か遠くで順とイフットの戦う声が聞こえるが、そんなのは身に入らない。

「結局お前は、イフットを自分のものにしていたかった」

 こちらの頭を踏みつけながら、黒岩田が偉そうに言ってくる。

 ――図星なのかもしれない。

 俺を大切にしてくれる――自分を好きだと言ってくれるあいつが確かに俺は好きだ。

 ――そう、思う。

「だが、お姫様はもういないんだよなぁぁ! お前の帰るところはねぇんだよぉ!」

 しかし黒岩田はそう言って、嘲笑ってきた。

「……っ」

 胸が、苦しくなる。目が潤んできているのが分かった。悲しくも悔しい。負けたくない。負けるものか。

「何故ならば教えて欲しいか……? ん?」

 だが、こちらにさらに得意そうに罵りながら、黒岩田は叫ぶ。

「もう既に俺がアイツと組んでいてなぁ……! 俺はお前が手に入れるのに幼馴染として何年もかかっていた血をッ! ……既に血を……持っているからだぁ!」

 いかにも自信のある顔で、高笑いの声を張り上げたのだ。

「……えっ」

 瞬間、須賀谷は愕然とした。心の中が空っぽになっていく。

 ――まさか……本当なのか?

 冷や汗を掻く。心の底までが冷たくもなる。

 ……そんな馬鹿な。そんな事があるわけがない!

「嘘だ……ッ!? そんな事が有るわけがないっ……! あいつは俺を助けてくれると言った……! 俺は特別な筈だ!」

 須賀谷は力いっぱい、否定をした。……認めない、認めたくもない。

「……そう、てめぇが思い込んでいただけだったらどうするよ? ……好きな人間に愛想を付かれたのだとしたらぁ!」

 だが、黒岩田は残酷な言葉を返してくる。

 そのような事は、信じられやしない。いや、根拠がないだけに信じたくはない。

 嫌だ嘘だ有り得ないそんな事など冗談だろう畜生クソが。

「嘘だと言うならばお前、先程お前に撃った《フレアーハウリング》を撃ち返してみろよ」

 しかし黒岩田は不敵に言いながらも、動きを封じていた足を須賀谷の頭の上から外し胸を張って2、3歩後退する。

 ――挑発のようだ。動揺などに負けてたまるか……!

「……言われなくても! 貴様を千切り噛み砕いてやる!」

 須賀谷はボロボロに傷付いた身体のまま起き上がって指輪を構え、黒岩田に向ける。

 このままでは悔しい。腹に据えかねるというレベルでは無い。

 ……頭にきた。潰してやる! ぶっ殺す!

「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁぁ!!」

 逆上し、腹の底から声を発しながら怒りを上げる。自分の奥歯が折れそうになるほど噛み締める。

「《フレアーハウリング》……焼き尽くせッ! 死んでしまえよ!」

 そして今までに3回溜めた分の特大な炎を、鋭い目で憎しみと共に一気に指から相手の顔に向けて吐き出した。


 【ゴォォォォォッ……!】

 爆焔が黒岩田の全身を勢いよく、燃やし尽くす。

 だが、それはすぐに先程の相手の須賀谷自身への魔法と同じように、消えてしまった。

「……何だとっ!?」

 須賀谷は無力化をされた炎に、愕然とする。

「お互い様という事だよ。てめぇと同じ効果だよなぁ、これは。……さぁ、俺はイフット……、イフット・イフリートの血を手に入れている。これは事実だ。……そしてその先は……どうだと思う?」

 そんな事を尻目に、黒岩田はこちらの顔を見ながら、もっと撃ってみろよと目を輝かせてきた。

「強きもの、我が名は男なり。……そういう事さ、須賀谷ぁ」

「……くそっ」

 人間としての敗北感を、感じた。劣等感で脳から血が吹き出そうだ。

 ――悔しい。此処まで来てこれは一体、どういう事だ。

 ……悔しい、悔しいのだ。怒りの炎もさらに燃え上がる。腹立たしい。口惜しい。くそっ、クソ野郎……! 許さん……ッ!

 こんな事が許されてたまるかよ……!

「――うわあああああああああぁあああああ畜生ぁぁぁ!!」

 須賀谷は、心の底から怒りを暴発させた。

 限界だ。もう冷静になんてなれない!

「高まるねぇ! 嫉妬かぁ!? 反吐が出るなぁ! 負け犬風情が見苦しいぜ!」

 それを見て黒岩田が嬉しそうに、声を張り上げる。

「よくも……ッ! 馬鹿野郎がぁぁぁあ!」

 あまりにも、酷い人間だ。

「死ねぇぇぇぇッ!」

 怒りの臨界点を超え、叫びながら相手の眼球に向けて殴り掛かった。

 ――だがしかし、その行動は読まれていた。

「ひゃーっはっはあははあああッ! 低スペックの産廃が! お前が情けなく死ね!」

 動きを読まれて肘打ちで殴り返されると、さらに回し蹴りを浴びせられて横殴りに吹き飛ばされた。

「げぼっ……! ……がはぁっ!」

 反撃を受けてボロ切れのように地面に倒れ、口から血を吐く。

 ……身体に力が、入らない。喉が痛い。怨嗟の声も届かず咥内で酷い鉄の味がする。

「所詮てめぇは、力が無ければお役御免だって事さ、踏み台なんだよ」

 黒岩田が嗜虐の顔でぽつりと、そう言ってきた――。


「――ッ!」

 ――瞬間、須賀谷の目から、光が消えた。

 ――信じたくは、なかった。

 嫌な思いが意識一杯に、広がる。心が痛んでくる。過去の記憶が破壊されていくのを感じた。

 大好きだったものも、生き残ると決めて努力をしようとした事も、全部無駄だったのか――。

 意識が真っ黒になるよりもはやく、心の中の炎が消えて脳内が淀んでいく。

 砕かれていく心がタワシなんかで擦られるより痛くなり、死にたくなった。

「――馬鹿、だったのか、俺は」

 か細い声でそう、口走らざるを得なかった。

「――そう言う事だな。過去に執着して、見苦しい」

 相手は無情にも、此方の意思を肯定してくる。

「は、ははははは……ははは……」

 思わず、力なく喉から声が出る。

 失意の底に、沈められた気分になっていく。

「……く、はははは……そうか……そうだったのか」

 あまりの空虚感に、渇いた笑いしか出なかった。

「分かったら自業自得の愚か者は死ぬ事だな、その方がこの学校の為にもなる。これが大人の考え方だ」

 そんなところへ、黒岩田が諭すような声で嘲笑をしてきた。

 ――何だか、胸が痛い。こんな筈では無かったのに。眩暈がする。自分が惨めだ。

 何もかも、どうでもいいとさえ思えてくる。

「ははは……はぁっ……」

 先程の相手の言葉は、心の奥底にまで染みわたるような罵倒だ。

 ――だが、須賀谷が次に起こしたのは、その場で悔しがる事ではなかった。

 ――急速に脳の奥が冷えていく感覚を、得る。絶望感にも勝る、憎悪だ。眼の奥が冷えて沈み込み、執念でもつらさでもない感情の台頭を感じる。同時に須賀谷は、順に教わった事を思い出した。

『負の感情』

 気持ちが震える訳ではない。何が何でも目の前の敵を引き裂きたいという獣のような衝動だ。

「……もういい……もういいさ。だったら俺には新しくやる事がある……! ならば徹底的に……ぶち壊してやるよ! 俺の未来を力ずくで取り戻す為にてめぇをなぁ!」

 ――許せやしない。許す事が出来ない。遠慮なんて……もう、しない。深淵に落とされ、心の中にあった燃えカスが逆恨みの灰に変質をする。肩を震わせて逆上をする。

 ……奴を倒さねば、未来はないのだ。

 どんなに差が付いていたとしても……全てを精神で追い抜いてやる!

「俺の生きる道を……踏みにじられてたまるかぁぁ! 俺はぁ! 絶対勝つッ! 俺はあいつを取り戻すッ! 俺はあいつを……あいつをぉぉ……! イフットを……好きなんだからなぁ! 俺が守るんだよ! 俺がアイツの傍にいるんだ! お前なんかに……渡すかぁぁ!」

 遠慮も抑制も知った事か。相手を倒したい。力が欲しい。……そう思い目を剥いて咆哮をする……!

 <…………!>

 ――すると突然、体内を満たしていたおぞましくもある最低最悪の心が自分の力にへと変換されていくのが身体でわかった。

 それは魔術的には《アブソーブエナジー》と呼称されている負の力を自らに取り込むという暗黒騎士のスキルであったが、まさしくこれは怒りでのアビリティの発動であった。


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