第三章 capter-1 「野望への一歩目」
「くっ……っぁぁあ……うぅぅむ……っくぅ…………腹、減ったな……」
試合まで数日にへと迫った朝、須賀谷は硬い布団の上で目覚めた。背筋が痛く、連日の訓練の疲れは抜けきっていない。
だが、空腹で二度寝もできないので起きる事にする。ちらりと玄関のドアを見ると、いつに投函されたのかは知らないが手紙が入っていた。
「生徒会室からのお呼び出し……か。まさかあのトレーニングルームの修理費が請求されるのか? ……それともミノタウロスの件か?」
少々思う事はあったが、それでも外出をする。
それから30分後。一時限目の始まる前に生徒会室の前に着くと、水入りのバケツか何かに引っ掛かったらしくズボンの膝下が濡れたままの薮崎が出迎えてきた。
「ちょいんっす。さっきちょっと馬鹿に水をかけられてな。悠然と歩いてくるつもりだったが、そうはいかんらしい」
薮崎は少し苦い顔でやぁ、と声を掛けてきた。こちらから見る限りでは、靴下もぐちゃぐちゃと濡れていて辛そうだ。
「おはようございます。難儀というか大変そうですね……心中お察ししますよ」
須賀谷は少し気遣いながらも、薮崎に挨拶をした。……自分の見えない世界も、色々と苦労がありそうだ。
「ははっ、まぁな」
――生徒会長というのは、察するに辛い仕事なのだろうか。
「……まだ時間はあるし椅子に座っててくれ、お茶は出してあるからちょっと着替えてくるわ」
薮崎はそう言うと一旦、ささっと部屋の奥にへと入り込んでいく。
「……やれやれだな」
その光景を見る限りでは偉い立場だというのに気を揉み、色々と骨を折っているようだ。一見華やかに見えるが和気藹々の下は……死屍累々なのだろうか。柄にもなく気を使って、須賀谷はそのような事を考えてしまった。
……暫くして、着替えた薮崎が戻ってくる。その表情は少々、さっぱりしたようで明るい。
「あー。順の事だが……ありがとよ。無理を言ったが凄く俺達は助かった。アイツも対等に話せる人間が出来て嬉しそうだ」
まずは軽く頭を下げられ、礼を言われる。
「いえ。利害の一致もしていますし、あの力は僕にとっても尊敬できるので。順と一緒に居ると稽古も付けてくれるし、戦技科目は安心ですよ」
会長の気持ちを掴みたいので須賀谷は少し、愛想笑いをしつつも謙遜をして答えた。
「そうか。……マジですまんな、恩に着るよ、ありがとう」
「そう言われると意欲も湧きます。……で、今回は何でしょう?」
若干自分でもコミュ障のようで歯痒いが、人間関係を円滑にする事を考えると自分にはこんな話し方をせねば目上の機嫌を取る事は出来ない。須賀谷は作り笑いをしつづけながらも、そう尋ねた。
「んぁ、今日は取り敢えず礼が言いたかっただけだな。……まぁ軽く、借りのつもりだが。あぁ、そうだ。ささやかだが聞きたい事があれば一般生徒に流れてない情報を流すくらいは出来るがよ、何か俺に出来る情報提供はあるか? 君が欲しい事に関しては多少話せるはずだ」
薮崎は無論テスト内容や機密条項以外で、と付け加えて言ってきた。
「どうも。それは有り難いです」
「……何が聞きたい?」
薮崎は此方に、満足そうな顔をしつつも首を傾げてくる。
「そうですね、それじゃ今度の大会の詳細について聞きましょうか」
……此処はお言葉に甘えておこう。須賀谷はそれに対し、大会に関連したいくつかの質問を投げかけた。
「職員室で聞いたんだが……今年の試合は去年の1年とは違いクラス対抗で3組ずつになりそうだぞ、2年生と3年生は」
――すると薮崎はそう言ってきた。
「はぁ、そうなんですか」
言葉を受けて頷く。
「なんでも進行日程の関係でクラス内で予選をやった後に、クラス内でタッグ2つの計4人が特進、特進2、普通で選抜されて決勝戦を行うそうだ。……あ、あとこれは、個人的にお前に渡したいものだ。迷惑に対する贖罪という訳ではないが、見ておいてくれ」
「渡したいもの……ですか。ありがとうございます」
それから分厚いA4のプリントを渡されるとぱっと見て新たないい情報と自分にとって悪い情報を幾つか手に入れ、須賀谷は丁寧に礼を言った。視線を動かして部屋の壁にかけてある時計を見れば、そろそろ、授業の時間だ。
「んじゃ、そろそろ授業が始まるので……プリントは後でしっかりと読む事にします」
須賀谷はふぅと息をつき、部屋から出ようとする。
「予選は明後日からだ、今日中に公示されるだろうがチェックには気を付けておけよ――!」
部屋を出る時にそう聞こえたので、須賀谷は分かりましたよとだけ返事を言って自分の教室に向かっていった。
廊下を歩いている途中に不意にカァンと高い音がして、空き缶が肩を掠めて飛んできた。
「……っ」
ノーコンなので避けずとも当たらないが、須賀谷は憎らしく思い飛んできたものの方向を睨み付ける。
「よぉ、須賀谷じゃないか……久し振りだな。故障した身体は治ったかよ? スクラップが」
すると、進行方向から鈍いような声が聞こえた。
――聴きなれた、かつて怒りを覚えた声だ。それで後ろを振り向かなくても、嫌な予感の正体が分かった。
「……っ」
殺意が芽生え、一気に不機嫌になる。
「俺に何か用かよ……黒岩田。もう授業だぞ」
須賀谷はジト目をしながらも、黒岩田の方向を振り返った。心中穏やかではない。転がっている缶が、カラカラと音を立てる。
「くく、恐い顔をそうするもんじゃないな。……なぁに、お前は勝つ為に色々やってるそうじゃないか、無駄な努力を」
すると黒岩田がいやらしい顔で笑ってきた。フン。
「……無駄かどうかは、やってみなくちゃ分からないさ」
「いいや、無駄だね。社会の厳しさを教えてやるいい機会だ……上がって来い、今度こそ再起不能になるまで俺が叩き潰してやるよ。雑魚に発言権はないということを教えてやる」
……奴は此方に対し威圧的な態度を、とってきた。
「口が減らないな……吠え面を掻くなよ、俺はお前のような人間にだけは負ける気は無いから。 もうこの話はしなくていい」
それに対し須賀谷はうんざりした顔で、応える。
――視線から火花が散ったのを、感じた。
今までの自分とは、今の自分は違うのだ。
だがそう思っていると今度は向こうはさらに、付け上がったような表情をしてくる。
「ふん、俺は不幸で可哀想な人間をみるとワクワクするんだよ。どんなふうに足掻くかなぁ」
(……うっぜぇ)
――不快さのあまり、歯軋りをする。
「……自分が同じ目に遭えば分かるか? ゲス野郎の黒岩田」
そして苛々して睨みながらも、黒岩田を煽り返した。……散々罵られているのだ。いい加減これくらいやり返してもいいだろう。
「ほぅ……言うようになったか。ま、いいさ。どうせすぐに分かる。心を完全に折られてしまえばいい。……まぁ、俺と戦う前にお前は予選で落ちてるかも知れないがな。……じゃあな! クズ!」
すると言うが早く、黒岩田はニヤリと笑って後ろを向いて去っていった。
(――死んでしまえ、逃げやがって……!)
俺は中指を立てつつも心の中で、去っていく黒岩田に憎悪の念を飛ばしたーー。それからその日の須賀谷は黒岩田に勝ちたいが為に訓練を長引かせ、3時間延長をして順に指導を受ける事にした。
次の日の午後に、情報が開示された。それによると薮崎の情報は正しく、さらに2日後に予選が始まる事になる。場所は広大な学校の敷地内を自由に使い相手は同レベルクラス内でのタッグ対決というルールで、敗北条件は戦闘不可能となるか、戦闘放棄を明言して予め与えられたスチール製の自らのタッグカードを折るというものだった。
「……私の足は引っ張るなよ、士亜。基礎くらいは教えたつもりだ。後は――」
初戦闘の前に、順が高圧的かつ高揚した口調で須賀谷に言ってきた。
「――実行、ってね。当たり前だろ。……何の為にあれだけの順の師事を受けたと思っているんだ」
須賀谷は威勢よく言葉を返しながら、順が倉庫から見繕ってくれたレンタル品の鉄の剣とマクシミリアン式甲冑を装備して目の前の相手に対して視線を向ける。
「あ、あちゃー……ち、ちょっとこれ……苦し過ぎるかなぁ……幾ら近接戦闘をこっちも履修したからって無理があるよ」
相手側には初日に自分と話してくれた女子生徒のヘルナス・アルレインと見知らぬもう一人の生徒が居て少し泣きそうな顔で、法衣を着て魔力石の飾りが付いたメイスを構えていた。
「大人しく降参すれば痛い目はみなくても済んだものを。……戦闘開始だ! 喰らえ! 《爆裂光槍》!」」
だが順はそんな様子など関係ないような事を吐き出すと、開幕から大技を繰り出していった――。
ーー憐れむ間もなく当然のごとく、須賀谷達は圧勝をする。
それからというもの決勝トーナメントの日までは、負けるどころか苦戦する試合は一度も無かった。
というか、順が規格外に強過ぎただけなのだが。
他のクラスの事情は知り得なかったが、普通科ではチーム落ちこぼれの須賀谷と順のタッグと、何だかんだで驚異的な耐久力を活かし勝ち上がってきたニリーツと神聖魔法士ビショップのアルヴァレッタのタッグが選抜される事となった。
……物事が順風満帆に行っているときの時の流れは、速く感じるものだ。
体育館裏で順と連日訓練をしているうちに、あっという間に決勝トーナメントの日が訪れてしまった。
決戦の始まるその日の朝、須賀谷が目が覚めて朝の緑茶を淹れていると玄関のドアを叩かれ、人の来訪する気配を感じ取った。
「うん……? 何だろう……?」
こんな時間に誰だろうというリアクションをしつつも、扉の前に立つ。
「おはようございますー、ヒオウ宅配の者ですー。イフット様よりお荷物をお預かりしていますんで、サインか印鑑を宜しくお願いしますねー」
扉を開けて見れば二十歳そこそこのお姉さんが、細長い段ボール箱を抱えて立っていた。
「イフットから……? あぁ、朝からお仕事お疲れ様です。ありがとうございますね」
慌てて応対した須賀谷は、会釈をしてペンで紙に署名をする。
「どうも、ありがとうございました」
「今後ともご贔屓にー」
お姉さんを送り出した後、ダンボールに視線を動かす。
「後でも良いが、開けておこうかな……どれどれっと」
ダンボールを開き中身を見ると、何やら高価そうな刀剣と封筒が入っている。
一体何だと手にとってみて、封筒を開く。するとそこには、謝罪の文が書かれていた。
『おはよう。そして中々連絡がとれなくて、ごめんね。
実は私も決勝トーナメントに行ったのだけれど……。それはあなたにとっては好ましくはない事かも、知れない。
実はあれから色々な事があって、私は自由に外出することも難しい立場に置かれていたの。
どんな事かは言えないけれど……私の本心は、前にも言ったようにあなたに期待をしているのは事実だから。絶対に勝ち抜いてね、士亜。
私は多分一番上で待っていると思うけど、士亜と戦う為に誰にも負けないつもりでいる。だから、一番上にいる私を……私が大好きなあなたの手で倒して。お願い。(フォント変更)』
PS 一緒に贈った剣は一応少々の業物よ。良かったら使って。
見た感じでは相変わらず達筆だが、最後の方は字がかなり震えている。……恐らく、感情が揺れていたのだろう。
「……プレッシャーになるな……これは……」
何があったのかは知らないが思いの入った文章に、須賀谷は重圧を感じて少し俯く。……だが、逆を言えばこれは自分を頼りにしてくれているという事なのだろう。
……昔を軽く、思い出す。あいつは俺を、ずっと小さい頃から助けてくれていたんだ。ならば、悲観する必要は全くない。
「ここで男を見せるのも悪くはない……行くかな」
何にせよ、便りが無いよりはある方がいい。イフットの手紙に頬をほころばせた須賀谷は気分を良くさせつつも立ち上がると、床から起き上がって服を着替え始めた。
「……おはよう、士亜。……今日は気分がいいのか? 最近良い顔になってきたじゃないか」
イフットから貰った剣を持って教室に着くと、早速順が機嫌良さそうに話し掛けてきた。
「おはよう、順。……まぁ、気力や体力が上がってきたからな」
それに対し、同じく明るく返事をした。
「でも、それを言うなら順も最近元気になったんじゃないのか?」
さらに追加で、言葉を返しておく。
「……そうか?」
すると順は自覚をしてないようで首を傾げて、頭の上に?のマークを浮かべた。
「前だったらトゲトゲしてすぐに怒ってあちこちに当たり散らしてたじゃないか。それを思えば今は健康的だろうさ」
そこで順に、言ってやる。事実なんというか、性格的に柔らかくなったような感じが見える。
「ふむ。確かに、言われてみればそうかもしれないな」
指摘を受けた順は一瞬遠い目をすると、細く息を吐いた。心無しかその横顔が、笑ったかのように見える。須賀谷もその顔を見て、何となく安心をした。
「……まぁそう見えるのなら、お前のお陰だろう」
「俺のお陰じゃ無いよ、お互いさまさ」
「……そうだと、いいな。しかし話は変わるが……それ、良い剣を持っているじゃないか。非実体剣は疲労をするし、いつまでも質の悪いレンタル品でいても面白くなかろう。タマチルツルギは切り札としていて、今日は今もっている剣を使うといいぞ」
「そうだね、そうするよ」
そんな会話を交わしていたら、ぼちぼちと時が経ってきた。
「20分後に第2体育館だ。それまでに戦闘までの準備を済ませておけ。拘束はしないから勉強をするなり、ジュースを飲むなりトイレに行くなり柔軟をするなり勝手にしていろ」
順はそう告げると、私は朝食を済ませていないから購買のパンでも買ってくる、といいながら教室から出ていった。
「俺も、そろそろ動くか」
須賀谷もやる事は無いが順に触発され、少しして教室を出る事にした。
それから後、ジュースを飲んでふと尿意を催しトイレに行こうとすると、手洗い場の近くで試作品の近衛型鎧を着込んだニリーツが待ち伏せをしていたような感じで佇んでいた。
「……やぁ、士亜。順を宜しく、だそうだ。薮崎会長がな」
横を通りすがろうとするとニリーツが緑の髪を揺らしながらもぼそりと、須賀谷の耳元で囁いてくる。
――えっ。
「ニリーツ……? もしかして、お前が会長が言っていた……?」
須賀谷は驚いて、ニリーツの方を見る。……まさか生徒会の人間が、この男だったとは。
「某も馬鹿を演じるのは楽じゃなくてな。耐久力に定評があるからとはいえ、盾タンク役ばかりにされるのは忍びない。……あ、途中からたまに訓練の様子をカメラで見させて貰ったが、君は結構腕を上げていたじゃないか、士亜」
そう言ってニリーツは満足そうな顔をし、さらに言葉を続ける。
「元気でな。まず某は試合に行ってくる。某の相手は特進Aだ。少々辛いだろうが、頑張ってくるさ」
「……そっか。健闘を祈るよ、ニリーツ」
須賀谷はニリーツに対し、親指を立ててグッドラックの構えをする。奇遇ではあるが、この男経由なら順の話が薮崎会長に回ったのも不思議ではなかった。
「お前も勝てよ。意図的に順を挑発をするのも楽ではないのだ。手当が出るとは言え、願わくば順に殴られる役は痛いから二度とやりたくない。……後、ミノタウロスはもう御免だ。あれを見るとやめてくれよ……(絶望)という気分になる」
ニリーツは穏やかな表情でその動作を真似ると、鎧をガチャガチャと鳴らしながらもさっさと先に体育館にへと走って行った。
「……まさか、生徒会の人間がニリーツだったとはな……」
思いもよらぬ人間の登場に、須賀谷は感心をする。人は見掛けによらないという事か。 ……あまりの言葉に驚いた須賀谷だったが、暫くすると尿意を再度催し、さっさとトイレに入って行った。
【《キャスティング》解放……アイシクルブースト! 秘術! 蒼撃《氷襲裂波斬》ッ! せぇいぁ!】
叫びと共に斬撃の乗った氷の一撃が飛んでいき、相手チームを飲み込む。
「勝負あり!」
「おのれぇぇぇ! ニリーツゥゥ!」
特進Aのクラスの側からのブーイングが、観客席の一部から上がった。
須賀谷が手を洗ってから体育館に着いた時に目にしたのは、ニリーツが一戦目の特進Aの生徒を相手に勝利を収めたところであった。
体育館内では既に2年の生徒が続々と集まっており、遠くには先生の姿も見えた。
「ハハッ、特進Aの癖に1分も持たないとはざまぁないぜ! 多少の攻撃を受けようとも所詮、死ななきゃ安いんだよ! 追い詰める為にダメージを与えて動きを鈍らせようなどというエリートの定石は通用しないのだ―! うっひゃっひゃっひゃ!」
「……調子に乗り過ぎじゃないのか? ニリーツ」
「おお、士亜じゃないか。今回は思ったよりも敵が弱くて助かったぜ」
ニリーツが得意げに胸を張って、須賀谷に向かいはしゃぎつつも笑い掛けてくる。……成程、普段は三枚目で通すつもりなのか。
「私が防御魔法を掛けなければ敵の最初のラッシュで倒れていたクセに。……ちゃんと感謝はしてるんだよな?」
ニリーツの背後に居た神聖魔法士の女生徒が、それに対し不服そうな顔をしたのが見えた。
するとすかさずニリーツは、背後に振り返る。
「分かっているさブショッピさんのアルヴァレッタ。いつもいつも庇ってくれて有り難いとは思ってる。幾ら回復に長けていてもそれ以上のダメージを受け続けたらお終いだからな、大型魔法のキャスティング時間を稼いでくれて感謝はしているよ、本当本当愛してる!」
「なっ……! この馬鹿、誤解されるような事を言うな! それに誰がブショッピだ……、ビショップと呼べよ……!」
「おっとと、すまんごめん、首もとを掴むのは止めてくれ……って痛い! そこを抓られると死ぬる! 痛い痛い!」
「恥ずかしいんだよ、馬鹿!」
「ストップ! ごーめん! 悪かった―!」
ニリーツは背後に向かい慌てて、謝罪をする。
……中々連携も取れていそうであり、とても良いチームのようだ。
「――仲、良さそうだな」
須賀谷は少しほほえましく思いながらも、そう二人に笑いかけてみた。
「まぁな、先週末にも同じプリンパフェを食った仲だし」
「ち、ちょっと、あまり変な言い方ををしないでくれよな!?」
すると、二人は全く違った反応をしてくる。
……しかしいずれにしろ、どちらの顔を見ても楽しそうに見える。今度時間が有ったら、彼らともっと話してみたいと思った。
「……それじゃ、俺は順を見付けるよ。すまないけどそっちがこんな早く終わったって事は、俺達も出番が近そうだし」
須賀谷は二人に会釈をすると、視線を体育館内にへと泳がせる。
「あぁ、お前達の試合ももうすぐだからな。某も応援してるぞ。勝てよ?」
ニリーツが一瞬気分を取り直すと真面目な表情をして、言ってくる。
「分かってるさ、……あ、あの席に居た。じゃあな!」
そう返事をするとほぼ同時に客席に順の紫の髪を見付け、須賀谷はニリーツ達と別れて走りだした。
「それじゃ、ばいばーいっと、達者でね!」
アルヴァレッタ達の声が背後から投げかけられたので、須賀谷は軽く右手を振って返事をした。
そして須賀谷は、人込みをかき分けて順の近くに歩み寄る。
「先程のニリーツの試合、最後しか見れなかったけどどんな感じだったんだ? 順」
そのまま、勉強にはなりそうなので参考程度に訊いてみる。
「……士亜か。先の試合は概ね敵が力押しをしていたな。相手は前衛のニリーツ相手に向けて魔法をいきなり撃ち放ったが、あの馬鹿ニリーツは耐久力だけは異常だから盾役に徹して数発は耐えきった。まぁ軽く言えば囮になっていた訳だ。そして後ろのアルヴァレッタが二リーツがぼこられている隙に大技をキャスティングして、二人で一気にラッシュをかましたという事だよ」
順はテンションのあまり高くない声で、そう返事をしてきた。
「へぇ。……でもちょっとすまんが、キャスティングって……何の事だ?」
一応気になった語句があったので、訊いてみる。
「……うむ」
「力を溜めるという事だよ。取り敢えず説明をしやすいように魔術物理用語に言い変えると消費MPが0であり、効果は体内にMPを溜める魔法という表現だ。エネルギーチャージの類で一見すれば便利だが隙が生じる行為である以上、実戦では多用は出来ないものになる。時間アドバンテージを失うからな」
すると順はきょとんとした須賀谷に、丁寧に説明をしてくれた。
「有り難い、……そんな魔法があったのか」
「……別に肉弾メインで戦うならば使いこなす必要がない事なのだが。だが、高等魔法を使うようになったら、覚えた方がいい。私がいずれ教えてやる」
それから静かに言葉を、吐く。
「へぇぇ……」
「呆けている場合か。それよりももうすぐ始まる私達の相手は特進Bだぞ。まぁ然程の相手でもなさそうなので私が手早く片付けてやるが、一応準備体操くらいはしとけ」
感心をしていると順が自分の肩を触りながらも声を続けて、掛けてきた。
「あ……おう」
須賀谷はイフットも今日此処の会場の何処かに来ているという事について気になったが、集中できずに全力が出せないのも情けないのでその事を脳内から一時的に消し去ることにした。
「死ね!」
順が爆風と共に、相手二人を衝撃波で吹き飛ばす。
「場外!」
午前の試合は粗方終わり、一旦休憩となった。
「少し……お前達は休んでていいそうだ」
控え室で椅子に座って休んで暫くすると、担任のダリゼルディスが運営席から駆け寄って来て二人に言った。
「……何でです?」
須賀谷は先生に向かい訊ねる。
「此処の試合会場は午前の試合から判断すると、順の火力が高すぎて安全上暫く使えないとの事だ。……先程にやり過ぎたからな。……だから外で新しく、教師の戦術訓練用の結界を張って貰うようにしたんだ。よって試合は一時中止、40分後にニリーツ達の試合が始まり、お前達も1時間後に体育館内の2年用のコートではなく1キロ四方ほどある外の屋外コートを使う事になる」
ダリゼルディスは苦い顔をしながら説明をした。
「規格は教師の戦術訓練用ですか……」
須賀谷は順の火力がイレギュラーであったのかと躊躇しながらも、関心をする。
「あぁ、そうでもしないとまた誰かさんが軽く結界をぶち抜くからな。本人はともかく、周りの観客に下手に怪我でもされると困るのだよ、お忍びで観戦者にVIPも居るのだし」
するとダリゼルディスは困った顔をしながら、そう続けた。
「私が手加減をすると……余計相手を精神的に痛めつける気がしてならないのですがね。女相手に男が拳で一発一発痛めつけられるのは正直、女の私が言う事じゃないが屈辱じゃないかと思いますよ? このくらいの歳ならばね」
順はそれに対し、須賀谷を指差して軽く皮肉ってみせた。
「……過去のスポーツテスト、さらに兵士適性で耐久試験を見れば毒も効かない、水中障害も効かない上に鍛え方が異常……私から見ればその歳でそんなスペックの順の方が異常だろうよ。全盛期ほどではないとはいえ、流石だとは思えるさ」
言葉を聴きダリゼルディスは、小気味悪くも笑う。
「性格が唯一にして最大の欠点ですからね。すぐに熱くなる所だけは大きな弱点だと自覚しています」
それに対し笑われた順はダリゼルディスに向かって、余裕そうな顔でそう自虐を言って誤魔化してみせた。
「……性格だけなら私も変わらんよ。27でバツ一だからね、あたしは」
ダリゼルディスはまた笑ってそう言ってくると、今度はニリーツ達のところへ行ってくると言い、須賀谷達の前から姿を消していった。
「……ふぅ」
ダリゼルディスが退室すると順が、いきなり肩を落として溜息を付いてみせた。
「……順?」
須賀谷は気になり、大丈夫かと気にかけてみる。
「……幾ら褒められても何だか、面白くないな。アドバンテージがあるから私は誉められたものではないのだぞ、士亜」
すると椅子に座り込みつつも、須賀谷に対して厳しい表情でこう言ってきた。疲れていそうな、顔だ。
「え?」
「なんだか孤独感というか……少し虚しくなってきた」
少し目も落としながら、須賀谷に言葉を続ける。
「士亜。……お前、子供相手に勝って嬉しいと思うか?」
「いや……そうは思わない」
「だろ? 図に乗るわけではないが、これでは空虚で情けなさ過ぎる」
順は同意を求めてくる。
恐らく、自分はダブっている事を負い目に思い格下相手には勝てて当然だと考えているのだろう。
「少し聞くが順にとっては俺も……まだまだ子供なのか?」
そこを気になって一応、訊ねてみる。
「精神的にはどうかは知らんが……まだ力として今は全然だな」
すると、返事が返ってきた。
「正直言って、私のスピードに多少目が慣れた程度だろうよ」
「確かにおっしゃる通りだ」
須賀谷は落ち着いて声を出す。まだまだ半人前と認識されているのか。だがまぁ、厳しい言葉を掛けてくれるという事はまだ自分に期待をしてくれていると言う事だろう。
「………………」
順はまた、黙った。それによって微妙な空気に、なる。
「ダリゼルディスの言っている事を、気にしているのか? 試合場を壊した事とか」
「……いや」
「何か他にも、あるのか?」
一応、心配に思って訊ねてみる。
「……いや、何でもない」
しかし順は誤魔化すように言うと、首を横に振った。
「そうか。だが、何か心の中に負担や不平不満があるのなら、言ってくれよ。引け目には思うことはない」
そう言うと、順は少し意外といった感じで驚いたような表情をした。
「……ありがとう。だが、すまんな。まだ言えんよ」
順は心から感謝したような声で、礼を言ってくる。
「……分かったよ、乙女心が複雑なのかは知らんが、まだ話すつもりがないならいいから」
まだ機では無いと察し、須賀谷は頷いた。
「乙女心なんてものは私にゃないよ。――それより、昼飯でも食うか? 今からだが」
――話題転換という事か。
「そうだな、飯にしよう」
そろそろお腹が空いてきたのも事実だ。心を汲んで、行くとしよう。
「よし、行くか。士亜」
順がすっくと立ちあがる。
「――あぁ、順。今日は確かC定食がチーズケーキ味の唐揚げだったな……」
素直では無いな、そう思いつつも須賀谷は順に続いて立ち上がると、彼女と一緒に食堂に歩みを向けていった……。
時間にして、50分後になる。そこでは準決勝の第一試合が外のコートで行われていたが、その試合も最早終わりそうであった。
「……某がこんなザマを晒す事になるとは、まさか思いもしなかったな……。」
ニリーツは苦痛に顔を歪めながらも、地に片膝を着いた。先程まで立っていた場所からは、火炎弾を避けた後の煙が出ていた。
「――何てこった」
高威力の火炎魔法を真正面から受け続けた事により鎧とその下に着込んである制服の一部が焼け、酷い状態になってしまっている。体内の魔力もその場しのぎの防御魔法に回して大半を消費してしまい、最早回復をする事さえもが出来なかった。
「大丈夫かよ、ニリーツ!」
後ろから自分もかなりのダメージを受けているというのに、アルヴァレッタが心配をしてくる。……健気な事だ。
「……まだ何とかな。……某はやられる訳にはいかないさ。女より先に男が倒れるわけにはいくまい」
――しかしこちらも、意地がある。自分は生徒会の人間なんだ、そう簡単に倒される訳にもいかない。
目の前の相手の段違いの能力に対し恐怖感を感じながらも、ニリーツは立ち上がった。
「――可哀想だなぁ、不幸だなぁ? 俺達の前に立ち塞がるとはなぁ?」
しかしその時、相対するプレートアーマーを着込んだ体格の大きな男が、此方に向かって話し掛けてきた。
「……粋がるなよ! ……クソ力が!」
ニリーツは反骨の目を浮かべて怒鳴りながら、両手持ち西洋剣のカラドボルグを構えた。
しかしその身体には、言葉と相反して既に殆ど力が入っていない。
……立っているだけでも膝が痛い。腕もまた、震えてきている。
「まだ相手の力が分からないのか? ……負け犬なんだよ――お前達は!」
相手の男が両手持ちの戦斧を振りかざしながら、呟いた。
そして踏み込みながら既にフラフラのニリーツの首元へと獲物を狙い付けると、そのまま一直線に叩きつけた。
「……うぐっ!」
……腕に力が入らず、防御の体勢を取る事さえ出来やしなかった。
――止めを刺された感覚が、ある。
胸元からバッサリと斧で切り下ろされ、ニリーツの鎧が砕ける。
鮮血が肋骨の近くから、漏れ出てきた。
立つことさえもが不可能な程に傷は深い。足にももう、力が入らない。
そのまま身体にダメージが達し、ニリーツはうつ伏せに崩れ落ちた。
「ニリーツ……!? おい!? まさかやられたのか!?」
後ろのアルヴァレッタが信じられないと言う表情をする。
「うぁっ!?」
そしてニリーツに駆け寄ろうとしたところでそんな彼女にも火球と衝撃弾が着弾し、吹き飛ばす。
「《フレアーハウリング》……これでおしまい」
「……ッ!?」
アルヴァレッタは魔法が命中をした衝撃で宙を舞い、地面に叩き付けられて気を失った。
――大柄な男は、倒れたニリーツの背中を片足で踏みつけている。
その様子を、須賀谷と順は観客席で静かに見ていた。
「……順」
「何だ?」
「あの男だけは、俺に絶対に倒させてくれ……お願いだ」
須賀谷は順に対して、静かで、それでいて血走った目でそう頼み込んだ。
――腹立たしいのだ。激しい怒りを感じる。
「――あぁ、分かったよ士亜。私もアルヴァレッタを撃ったあの女の相手をメインにする」
順もそれに対し、同じくかつて須賀谷が見たことのないような憎々しげな眼で男を睨みながらも、頷いて答えた。
程なくして勝利者の名前が、コールされる。
『ウィナー……クロイワダ&イフット!』
――結界から出てきた大柄な男は、こちらを見る。
「漸く来るかよ、値札もつかないような落ちこぼれの雑魚どもが……。負け犬は今度こそ殲滅してやるよ。ククク……恥をかかせてやる」
男の正体である黒岩田がこちらに視線を向けたまま、下賤にも挑発的に嘲笑ってくる。
そしてさらに横を見て、こう続けた。
「――なぁ、イフット」
「……えぇ」
結界から出た直後に言葉を振られた女はロクに何とも思わないかのような淡白な仕草をすると、同じく控室へと戻っていく。
「――何故だよ……? 何であいつらが……」
先ほどからずっと、納得がいかない。須賀谷は拳をギリギリと震わせながらも色々な事を思ったが、今はニリーツが心配なので負の感情は一旦全て心の中に封印する事にした。
須賀谷と順は、医務室にへと急ぎ程なくして着いた。ベッドで寝ているニリーツは外傷が激しく、点滴を受けている様子が見える。
「ニリーツ!」
「う……う……」
須賀谷達が話し掛けた時には、既にニリーツの意識は戻っていた。
「あだだだ……アルヴァレッタは……?」
ニリーツが細い声で、力なく呟く。
「無事だ、少なくともお前よりは酷くは無い。それにしても……酷い有様だな」
順がまだ起き上がることが出来ないニリーツに言葉を、返してやる。
アルヴァレッタは失神をしてベッドに寝ているが呼吸も心拍も異常がなく、単に衝撃を受けただけで緊急検査の様子では脳にもダメージは無いようだった。
「そうか……良かった……」
ニリーツが弱弱しげに、言葉を吐いた。
「――喋るんじゃない、傷に触るぞ」
順が目を細めて、そう心配をする。
「優しいじゃないか、初日に散々どついてきた某なんかに言葉をかけるとは。……いいところがあるな、順」
それに対し、ニリーツが順の方を見た。
「フン、ま、まぁ、重態の人間にはカスとは言わん。……そ、それでは私達はいくぞ」
すると順は照れ隠しのように、横を向いてしまう。
しかしニリーツは、そうした順の姿を見て笑った後に今度は須賀谷の方に向き直った。
「士亜。……炎に気を付けろ……炎になぁ。アイツらマジで、洒落にならんわ」
そして、真面目な顔に戻りそうとだけ告げてくる。
「あぁ」
分かってると、頷く。
「お前達が勝つのを祈っているぞ、士亜、順……」
それからニリーツは片腕の親指をぎっと立てると、静かに疲れたかのように目を閉じた。
「ニリーツ!」
須賀谷達は、ニリーツに押しかけようとした。
「大丈夫だよ……いってこいや」
だがそこで目を瞑ったままニリーツが呟く。
「……え」
「大丈夫だって言ってるだろ。目を閉じただけだ。大事なのはお前らが勝ちにいく事なんだよ、ばかちんが」
ニリーツは人の悪いような表情をして平然と答える。
「この位の怪我は慣れている。どうこう言う間があったら優勝トロフィーの一つでも見せてみろよ……頼むぜ?」
そのまま軽く、促される。邪魔だと言うのではなく俺を忘れてしっかり戦って来いと言っているかのようだ。
「医務教員の先生……二リーツを頼みますよ。出来ることならこいつが早く治るように、たっぷりと傷口に消毒薬でも塗っておいてください。――士亜、いくぞ」
順はそこでニリーツの意志を汲みとったのか、部屋の隅に居た医務教員に一礼をするとそう口を開く。
「あぁ」
俺も頷くと、順に続き部屋を出た。
「……シア君。まさか此処まで来るとはね。……ニリーツ君の分も頑張って欲しいな、今度こそ順さんに負けないように活躍してよね?」
「……ヘルナス」
医務室から出たところの通路を通ると、予選で最初に撃ち勝った相手のヘルナスが目の前に立っていた。
「……それじゃ、私は先に行っている。遅刻をするなよ」
それを見て順は気を使ったような表情をすると、先に歩きだしていく。
「あ……おぅ」
微妙に口惜しそうに見えたのは、気のせいなのかもしれない。
「ヘルナス、どうしてここに?」
須賀谷は、不思議に思い声をかけた。
「……用事があるからだよ、シア君。これ、何かの役に立つと思うから、貸してあげるよ」
すると彼女は淡い水色の髪を棚引かせながらも、何かを差し出してきた。
「……これは?」
須賀谷は訝しげに、差し出されたものを見る。猛火の印章のリング。……赤く輝く宝石の付いた、指輪だった。
「グレード2、《紅蓮の指輪》。炎の魔法を即席で使えるよう、携帯する時に用いる指輪なの。……ニリーツ君がやられてたのを見てたから、寮の部屋から急いで引っ張り出してきちゃったよ」
ヘルナスはふふっと、言う。
「自分の炎の魔法を温存する意味でも使えるけど、シア君ならリフレクターみたいに相手の撃ってきた軽い炎の魔法を吸収してそのまま撃ち返す事も出来ると思うよ」
そして、使い方を教えてくれた。これを自分に、与えてくれるというのか。
「――ありがとう。……だが、本当にいいのか?」
こんな便利なアイテムを使わせてくれるなんて、正直嬉しい。しかし、気を使わせていないだろうか。遠慮がちに須賀谷は訊く。
「元々衝動買いで通販で買ったものだからね、構わないよ。なんかあの相手の男の人、少し嫌な感じするしさ。戦いにおいて相手にメタを張るのは定石でしょ?」
するとヘルナスは大丈夫だよ、と言って笑うと、そのままの姿勢で時間を気にしてもう行くねと言い、その場からゆっくりと離れていった。
「……ありがたや、……だな」
思わぬ人の親切に、自然と心強く思った。――こんな時だからこそ、自分に声を掛けてくれる人間はつくづく嬉しいと感じる。
「――助かったよ。……絶対これで、勝って見せるさ!」
須賀谷は客席に走って行くヘルナスの後ろ姿に力強い表情で勝ちを宣言をすると、今度は後ろを振り返らないようにして先を歩く順にへと続いていった。
此処に来るまでの自分は復讐と、そしてイフットに認めて貰う為だけに頑張ってきたつもりであった。だがしかし今では、その思いは変わっていた。
――ニリーツの為にも、ヘルナスの為にも、アルヴァレッタの為にも、そして順の為にも自分の為にもと大勢の人間の力を載せて勝ちたいと思う気持ちが芽生えたのだ。
個人的には、会長自身の思いには賛同は出来かねる。だが、この場で戦うという選択肢があるのなら戦うしかない。
「今の自分は自分一人だけの力じゃ無い……! 負けられるものかよ」
そしてアイツらが組んでいる事の真意を確かめる為にも、未だに納得のいかないままだが黒岩田とイフットを倒す事を決めた。
ーー数分後。
「終わりましたよ、ヤブサキさん。いやー……凄く恥ずかしかったですよ、全く」
須賀谷が去った後の通路裏で、ヘルナスが周囲を警戒しながらも口を開いた。
「……すまないな。これは報酬、生徒会の予算で手に入れた秘蔵のクッキー、トリンカーアーマムだ」
言われて物陰に隠れていた薮崎は通路に出つつも遠慮がちな表情で、ヘルナスにクッキー缶を軽く手渡す。缶には絵と共に北部大陸名産限定オレンジクッキー、ギフト用と綺麗な字で走り書きがされていた。
「ありがとうですよ、これ、美味しいんですよね」
缶を渡され、ヘルナスは口角を少し上げて喜んだ。
「なに、働いてくれた対価だ。気にするな」
薮崎はそう、口にする。
「でも……何故、こんな事は自分でやらなかったんですか? 男が指輪を渡すのは恥ずかしいって事だとでも? それにあの指輪……竜の骨から作った宝石ですよね? 高価で早々……私達のような人間に手に入るような物じゃないでしょう?」
そこへ向かい、ヘルナスが首をかしげつつも立て続けに質問を投げかけた。
……すると瞬間的に、薮崎の顔が強張る。
「……ほぅ、竜の骨だと分かったのか。流石だな」
「家に昔図鑑があったんで……確かそういうものだと、記憶していました」
「……そうか。あれは言う通りに竜の骨から出来たものだし、高価なものでもある。……だが、俺も薄情では無いし、やらねばならん事なのでな。須賀谷の為に骨を折る事……これくらいはしなくては上の立場とは言えんしよ。しかし、かと言って露骨な支援が渡辺にバレてはこちらの動きが取れなくなるし、色々考えた結果でこうせざるを得なかったのだ。こういうモンは女の手から渡してやった方が男は喜ぶだろうし、表向き俺はニリーツの見舞いという事で生徒会室を抜け出してきたのだからよ、こちらも色々と都合があるのだ」
厳しげな表情で、続ける。
「……立場があるって、辛いですね」
「ん、まぁな。でも、リアルに戦ってるアイツら程じゃねぇよ。特に須賀谷の方はまだ清濁飲み合わせた強さは持っていないものの、人の痛みが分かる近年まれにみる良い子だからな。あんな素直な……アイツの為に一肌も脱がないようでは送り出しといて会長失格だわ。……んじゃ、この件は口外禁止という事で頼むよ。お願いな」
薮崎はそう言い終えるが早く、深い息をついてニリーツの病室にへと向かっていく。
「何を考えているのかは知りませんが……私は誰とも会わなかった。そう、記憶しておきますよ。……ふふ、シア君。頑張ってね」
それから後。一人残ったヘルナスはクッキー缶を見詰めて満足気な顔をしながらも、味を想像して嬉しそうにしてみせた。
結界の中に入る。今回の内側は、廃墟都市となっていた。周囲を見渡せば折れたビルと薄暗さばかりが、目についてくる。
「……っ」
自分の心臓の鼓動を感じる。緊張も高まってきた。覚悟も充分にしてきたつもりだったが、思った通りには自分はいかない。
――改めて相手を見るとやはり、心に来るものがあるのだ。
向こうに居る黒岩田とイフットの姿がまだ、自分には現実であると信じられなかった。
「士亜。女の方は私に任せておけ。元々あちらのチームでは男より女の方が格上だろうと思えるが、私なら問題は無い」
色々と考え込んでいると順が横から、心強い口調で話し掛けてきた。
「……あぁ」
須賀谷は応えて、鉄の剣を鞘から抜く。
「……エクステンション! セミアーマード!」
順も大会のレギュレーションでリミッターを掛けているもののアーマーを以前のようにセミアーマーの形で瞬間装着し、戦闘態勢に入った。
――試合開始のカウントダウンが始まる。
刻々と秒読みは0にへと近付いて行き、決勝戦のゴングはついに鳴る事となったーー。