第二章 capter-3 「血と心」(2)
「さーて、こちらもどうするかだが」
二人と別れ自室に戻った須賀谷は、溜息を吐く。
「上着だけでも脱げば外に出るのは目立たなくなるか……? いや、だがどの道シャツにラインは入ってるからどちらにしろ場に浮くのは変わらんか……そもそもこのまま一人で動いて後詰めの迷惑にならないだろうか」
ここは若干悩むところだ。イフットや順は動いてくれるだろうが、頻度は高くないとはいえこちらはこちらで守衛も巡回している。
迂闊に出て咎められたらやや厄介なところだが……。
コンコン。
「ん?」
誰だ、部屋をノックするのは……。
用心しつつも、ドアをゆっくりと開ける。そして覗き見ると……。
「覚悟っ!」
いきなり首元に突き出されてくる腕が、あった。
瞬時に状況を判断ーー。成程、夜襲って事か!?
「……舐めるなぁ!」
顔も確かめないままに反射的にその腕を取り、踏み込んで一本背負いをする。
綺麗に円を描いて決まり、技有りだ。
「んきゃっ!」
そのまま倒れた襲撃者に向けて流れるように右腕を突き出す。……実のことを言えば魔法は打てないが、ハッタリにはなるだろう。
「くっ……群雲順の部屋かと思ったら違ったわね。今日チェックインって言ったからこの部屋かと思ったのに」
襲撃者は喚いてみせる。
「……お前は、さっきのちっさいの」
その顔を覗き込めばピンク髪の少女。なんとか院トルネード朱音だったか。
「天月院トラムトリスト朱音よ……煮るなり焼くなり脱がすなりしなさい」
少女は着衣が少し乱れたまま恥ずかしそうな素振りをしてそう言ってくる。
「トラムトリスト……あぁその目の色といい、頭の奥に引っかかっていたが家柄はトリスタンか。興味ないな、帰れ」
トラムトリストというのは確か名家で勝手に名乗れないものであり、勲章持ちの貴族だったはずだ。
「その名を名乗るのは成人後からよ。……って、えっ?」
倒れたままの少女と言葉を交わすが、文句に驚かれる。
「何を驚いている。森へお帰りとでも言って欲しいのか?」
「いや、だってこうやって捕まったって事はそういうヤーンな事があるかと……つまり据え膳でしょ? 悪いことにしに来て捕まってお仕置きは無しなの? 拷問は?」
何故頬を赤らめるか。
「……俺は既婚なんだ。それに妻が好きだからな、ほら、知らなかったことにしておいてやるからさっさと出る!」
こんなところを篝火に茶化されでもしたら五月蝿いことになる、そう思い胴着の首根っこを掴み、持ち上げて部屋からつまみ出す。
「軽っ」
魔法もなしに片腕で持ち上げられるとは。こいつ何キロなんだと思えるくらいに軽いぞ。
「……39キロだもん」
「……病気じゃねぇのか? しっかり飯を食わないと貧血になるぞ」
そういいドアを閉めるが……。
「ねーねー」
ドンドンとドアを叩かれる。
「なんだ五月蝿い。俺は明日の試合の準備があるんだ」
またドアを開く。すると右足をねじ込んでくる。
「悪質なセールスはお断りだ」
「それでも聞きたいことがあるの!」
「あぁ?」
「その、あの……順って女は何しに来たの? マジで弓道部を解体しに来たんだったら止めてよあんたが!」
何を訴えるかと思ったらそんな事か。
「そんな事はないから安心して帰れ」
足に足を押し付けて追い出し、普通にドアを閉めて鍵をかける。
「マスターキー、私持ってるけどいいの? それに解錠魔法私使えるよ?」
「やってみろ。殴り倒すぞ」
「……くっ……それもいいかもしれない、というか襲ってこないなんてなんなの、屈辱よ」
「だから俺には配偶者がいるっての、馬鹿かお前は」
「ぷん! この私の魅力が分からないなんて本当失礼ね!」
あぁああああああああああこんのアマ……。言葉が通じないのかと思えるくらい扱い辛い。
なんなんだこいつは。
あまりのしつこさに本気で篝火二号の部屋にでも逃げようかと一瞬思う。だが、彼女の部屋の番号を忘れてしまったのが少し悔やまれる……。
イフットに助けてもらいたいと思ったのは久しぶりだ。あぁ全く厄介な。
俺も地下に逃げてイフットのところに行くか? いや、しかしその間に部屋を物色されては厄介だが、どうしたらいい……?
「そこ、退かないと燃やしますよ」
そこで透き通るような割り込む声が一つ。噂をすればなんとやら、篝火二号だ。
整備が終わったのか少し機嫌よさそうな感じもする。
「な、なによぅあんた」
「迎撃モードレベル1、レモン汁」
朱音が反応するよりも早く、篝火が右手を突き出すと人差し指から透明な液体をびゅっとぶっ掛けた。
「ーーーーーっ! ぷぁああああ目が痛いっ! ひっど! 鬼! 悪魔あああああぁ!」
朱音は妙な液体を避けられずに顔に浴び、のた打ち回ってからその場を去って行く。
よく嗅げば確かに匂いは、レモンだ。
あれだけしつこかった女を追い払うとは……。
「あれ、大丈夫なのか?」
「実際この方法は物貰いの治療として民間療法では存在しますから多分大丈夫です。それにしても……身の回りに対する注意が足りてないですよ。実際あの子は多分、貴方狙いです。フロントにハッキングしたら照会の記録が残ってました」
篝火二号はそこまで告げてからしげしげと須賀谷を見る。
そして、
「とりあえず、貴方にも言っておきますが他校の生徒に手を出すのは良くないと思いますよ」
お前もかーい。
「いや、出してないから」
「手じゃなくて、謎の白い液体ですねいやらしい。動けないよう固定してありとあらゆる辱めをしたと」
「……またそういうセクハラを……藪崎会長が苦労してるのも分かる気がするよ」
「でもあれに手を出すのはロリコンの域かと」
「だぁからぁ、俺にはイフットが居るんだってば。あれは押しかけてきた変な人なんだよ、何もしてないって」
「しかし英雄は好色家です」
「俺はただの男なんだよ」
「……いやらしい」
「なんでだ!?」
「男という時点でいやらしいの必要十分条件を満たしていると思います」
「もういいよ。……んで、何でこっちに?」
「夜伽という名の接待を受けてないか見回りに来ただけです。あと腕の整備は終わりましたので順さんの位置を教えてください」
「はぁ。部室棟か馬の近くだって言ってたよ」
「……了解です。よき夜を」
言うが早く篝火はその場を後にし、歩いていってしまう。
何が何だか知らんが、助かったものだなとそう思った矢先にまた篝火がさっさと戻ってきて、
「次にあの淫乱ピンクがきたらレモン汁だらけにしてやりますので」
と捨て台詞をはいていった。
「ひとまずこのフロアをチェックしたが……怪しいところは無いようだったぞ」
40分後。とりあえずこっちはこっちで天月院に見つからないようにして歩き回り、階段からあがってきたイフット相手にそう話し掛ける。
実際問題かなり見回ったのだが、子供の声やら妙な匂いなどは全く知覚できなかったのだ。
魔力の不自然な漏れも感知できず、怪しいところは無いといってさえもいい。
「士亜。こっちも収穫自体は無いかなぁ」
イフットも残念そうに自分の髪を結びながら成果無しをアピールしてくる。
「……流石にここまで成果無しだと、あの不良が出任せに言ったのではないかとも思えてくるな」
聊か軽率だと思うが、そうとさえも思えてきた。
「明日の試合が本格的な任務でしょ。今そんなつもりだと困るわよ、緊張感をもっと持ちなって」
「いや、そう言われてもな。もう結構時間も経ってきたし腹も減ったしでさ」
「全く、本当に能天気なんだから。……夜食にでもいく?」
「そうだな。戦闘中に魔力切れになったらとりあえず手当たり次第に飴でもおにぎりでも咀嚼しないと魔法が打てなくなるし。お前もそういうことあるだろ?」
同意しながらも歩き出し、食堂へ向かう。朝霞にはどんなメニューがあるのか楽しみだ。
「うーん。でも残念だけど私は魔力切れって状況になった事がないのよ」
「……マジか? スタミナが枯渇しねぇのはずるいよなぁ。殆ど魔法が打ち放題ってのはせこい」
「血って奴だから望まなくてもそうなってるものはしょうがないよ、俗に言う先天技能なんだから」
「俺もそういうのを手に入れて生まれたかったよ全く。世の中イージーに思えるしなぁ」
「でもあなた私の血を使って下駄散々履いても、やっと異界の子供に傷を与えた程度じゃない。私だってあの子には勝てないだろうし向こうから見れば所詮どんぐりで似たようなもんでしょ。そう考えたら世の中がイージーなんてとても思えないって」
言われて少しセンチメンタルな気分になる。
過去は変えられない。敵に勝てなかったあの結果は……変えられないものだ。
「それは分かってるよ。順で無理なものが俺にできる訳無いしな。……あぁ、さっさと成長したいものだな、お互いによ」
溜息気味に願望を吐き出すと
「そうだねぇ……私も召還術とかもっと使えるようにならなきゃ駄目だね」
とイフットも言ってくれる。
「それ以前に俺はお前のレベルにまで追いつきたいよ、最近本当に肩身が狭いから」
「って事は篝火ちゃんになんか言われたの?」
「そういう訳じゃないが……、やっぱり俺は並の人間だから劣等感ってのがあるのさ」
「駄目だよ、そんな事思っちゃ。落ち込むと気力も下がっちゃうよ?」
「……あぁ」
肩を叩かれて若干気を取り直す。まだ俺は伸びしろが……あるはずだ。
「イジイジしてたら嫌われちまうもんな。……よし、頑張るよ」
「そうそう、その意気!」
定期的にこうされないと、俺は駄目だな。こうして貰えるのが一番、いい。
ああ全く、自分でも甘えん坊だと思うよ。




