第二章 capter-1 「シックザール」
「マシンの点検は完了した。魔石による予備バッテリーは5分程蓄電してあるから万が一の場合はそれで稼動可能だ」
「了解です」
動かし方のガイダンスを受け、ついに出発の時になる。
「一応食料も積んでおきましたが……心配ですので万が一の場合は狩猟行為を推奨しておきますよ、先生」
「私は果物が好きなんでな。そんな事するなら木でも登って食える実でも探すさ」
薮崎の進言を受けつつも須賀谷、順、イフット、篝火二号、ダリゼルディスという順番にマシンに乗り込む。
「運転席は順がやってくれ、頼む。俺じゃ出力が足りない」
須賀谷がそう言うと、あぁ分かったと言って順が運転席のハンドルのグリップ部分を握り、魔力をハンドルからマシンに流し込む。
他の面々は荷物を固定すると一段高くなっている床に用意された座布団に座り、待機する。
「それでは気をつけていけよ。篝火二号、皆を頼むぞ!」
「やるだけはやっておきます」
通信機から聞こえる藪崎の声を後に朝日を受け、シックザールは早朝の学校を出発した。
「幾らかの策でバックアップはするが……死なないでくれよ」
薮崎は皆を見送ってから一人呟くと、祈るような仕草をしてから踵を返した。
日差しの照り付ける中、シックザールは荒地を走る。
秘奥国の首都であるヒオウ市を東に外れると海を挟んで天神原諸島が見える丘に出るが、今回は逆に西へ向かうことになる。
「魔力の制御が難しいな、このマシンは」
そう言う順は運転席でシックザールを命一杯飛ばし、走らせる。
「よう言うわ。こんなマシン私じゃ慣れすらしないよ。マニュアル見ても中々覚えられないしやっぱ若いから機械に適正があるって奴なのかね」
ダリゼルディスは運転席の順を後ろからちらりと見ると、バッグから水筒を出してコップに何かを注ぎ飲んだ。
「かぁーっ、美味いなぁぁぁ!」
「……それ、なんですか?」
「……ん、飲むかい?」
「アルコールを検知。成分解析。……オレンジ、ウォッカ。対象をスクリュードライバーと断定。須賀谷士亜の摂取不許可」
須賀谷が聞くよりも早く、横から篝火二号が口を挟む。
「……あらー、よく分かったねぇ。横目で見ただけなのに」
「設計士に余計な機能を付けられていますから。私は基本的に1から戦闘用として作られた訳じゃないので」
ダリゼルディスの関心にそう答えた篝火二号は無機質にそう告げると、勉強の時間ですと言って自分の荷物からでかい辞典を徐に取り出して読み始めた。
「……ねぇ士亜。これ遠足みたいだね」
イフットが暫くしてから、肩をつつきながら話しかけてくる。
「班行動で男一人ってなんだよ、俺はぼっちなのか」
「私がいるじゃん」
「いやそういう意味じゃなくてだな……」
「嫌い?」
「いや、好きだけど……あぁもう……」
「青春だねぇ……ヒューヒュー」
「全くだな。……というか運転が長いと飽きてくるのだが」
「熱くなってもいいですが倫理上問題ある行為に出たら水を掛けますよ」
二人で話していると篝火二号や順、ダリゼルディスが絡んでくる。
……皆して、暇してるんだな。というか本を読んでいた篝火二号、ちゃっかりこっちの話も聞いてるじゃないか。
下手な人間より人間っぽい。……これを作ったあのマルクカって人は、どんな育ちで過ごしてきた人なのだろう……?
「そう言えば順」
さらにまたイフットやダリゼルディスと茶々を入れていた時、唐突に思い出す。
「何だ?」
「前に言ってた強い騎馬って何なんだ?」
「あー、あれの事か。朝霞の養成所には従兄弟がいるんだよ、私の」
「群雲家か?」
「……分家だがな。レオカディオ・アロンソ・ムラクモという。うちの叔母の子だ。17になる」
「レオカディオ・アロンソォ!?」
そういった瞬間、ダリゼルディスが顔を歪めた。
「あんたんとこ、本当に天才の一族だねぇ……やっぱり血なのかしら……」
「知ってるんですか?」
驚きようにこちらもつられて、尋ねる。
「……全世界マジックボードのチャンプだよ。7歳から大会に出るたびに表彰台を掻っ攫ってる奴だ」
順がそう言って来た。
「マジックボード?」
「マジックアイテムの一種だ。魔法の絨毯や空飛ぶ箒みたいなもんだよ。ただ、全自動じゃなくて操者の魔力が動力源だけどね。奴はそのレースで2位に大差をつけマッハに近いスピードを瞬きすらせず感じられている。……スピード感覚に関しては私からしても異次元のものを持っている」
順はそう言うと、元々アイツは騎兵専攻だったのだがどうせなら空飛ぶものがいいと言って飛んだ奴でもあると告げた。
「へぇ……」
「個人的には騎兵として大成してくれればと思ったが、今のアイツは凄く輝いているから何もいえないさ。……むしろ私が頑張らなきゃいけないという気にもなる」
そのまま下に視線を落としていき、俯く。
その瞬間にシックザールのフロントガラスに何か紫のものが映った。
「……順、前見ろ! 何か来るぞ! 余所見するな!」
後ろから声を掛けるとーー。
ヒュンッと、何かがシックザールを掠めながら真横を通り過ぎていった……。
「え?」
「今の顔は?」
順が弾かれたようにシックザールを急ブレーキさせ、慌てて甲板に出る。
「俺には分からなかったが……何かしっかり見えたのか? 順」
須賀谷もその後に続き、梯子から甲板に出る。
するとそこにはーー。
「てめぇらあぶねぇじゃねぇかこんちくしょう! ふらふらしやがって、危うく当たるところだったぞ!」
上空にふわふわと浮くボードに乗った、不機嫌そうな紫の髪の毛の少年が居た。
「……噂をすれば何とやら……か。久しぶりだなアロンソ。何故此処に?」
「うぉ、順じゃねぇか!? 懐かしい顔だな、お前なんでこんなところに?」
……ほぼ同時にその言葉が入れ違う。
「私は」
「俺は」
「……」
「……」
このままでは話は進まない。
「話がある。ーー時間はあるか? アロンソ」
「あぁ、単に練習してただけだからな。そのでかいのも面白そうだからちょっくら入らせてもらうよ。茶菓子くらいは出るんだろ?」
アロンソという少年は順の顔を見ると嬉しそうにしながら、ボードを操りひょいと甲板に飛び乗ってきた。
無邪気な男、というのがその少年の第一印象だった。
「順よぉ、実家との仲はどうなんだ?」
「どうもこうもない、ほぼ勘当のままだ」
「親御も心配してると思うぜ? うちの親だって気掛かりにしてたくらいだからな……」
「あんなのは所詮どうにも思ってないさ、私のことなど金儲けの道具くらいにしか思ってないんだ」
「……言うねェ」
アロンソという男は心底順を心配しているかのような様子で話をしている。
その手元には食料として積み込んできた中のトリンカーアーマムのイチゴ味があった。
「それよりもあれだ、アロンソ。お前のほうは生活は大丈夫なのか?」
「ん、俺か? 俺なら大丈夫だぜ、メーカーの、ブレイズクレイドル社とプロ契約してるしな。俺のマジックボードは、あそこ製に変えたんだ。お前も欲しけりゃ新型くれるように取り計らってやるぜ?」
「……ブレイズクレイドルか。給料はどれくらい貰えるんだ?」
「月に60万エルカタルくらいだな。レースやらで勝てばもっと貰えるけど……まぁ安定はしないとは思うさ」
(60万ッ!?)
横で聞いていた須賀谷は密かにその言葉に驚きつつも、指折り数える。
自分が困ってる学費をあっさり払えるこの男……羨ましい。
「お前が負ける心配とは珍しいな」
「まぁ事実安定はしないからよ、怪我でもした日には危ないしな」
「だなぁ……」
そこまで話したところで、イフットが口を挟んできた。
「アロンソさん」
「ん、なんだい? 嬢ちゃん」
「アロンソさんは何故マジックボードの世界に?」
「……そーだなぁ。役人が嫌なだけかなぁ。生涯年収っていう給料が決まってたらつまらんだろ。もっともっと生きて自分の限界がみたいだけさ。まぁ、額に汗して安月給で働くのが嫌なだけでもあるけど」
(こいつ……男としてもかなりすげぇな……)
素直に須賀谷は感心しつつも、いつの間にかアロンソに敬意を払っていた……。
俺とそう変わらないはずなのに、ここまで芯がしっかりしているとは。
イフットを守る為に、俺も背筋を直さなきゃな。
こいつらが見てないところでも走りこみとかして色々……身体を鍛えなきゃ。
「さて……まぁそこのダリゼルディスって先生にサインも書いたし、俺はそろそろ出ようと思うが……」
「待て、アロンソ」
「んぁ?」
「最近起きている子供の連れ去り事件について……何か知ってることはないか?」
出ようとしたアロンソを順が呼び止め、そう尋ねる。
「……新聞で見たが……あんなもん調べてんのか?」
「あぁ」
「危険なことはすんなよな。ただ……そうだな……。風体の悪い男が子供を連れ去ってたってのは聞いてるな。流石に詳細までは会社の週刊誌で読んだくらいしか知らないがよ」
「お前の学校に……少し関与していると思われる人物がいるらしい。分かるか?」
「……心当たりのありそうな奴はいるな。確証は持てないが。だが、お前の頼みとあれば俺は俺で情報を集めるように裏で動くぜ?」
「あぁ頼む」
順が頼むと、任せておきなとアロンソはいい顔で笑い、ぽんと順の肩を叩いた。
そしてそのまま立ち上がり、須賀谷達の方を見る。
「従姉妹をよろしく頼むぜ、あんた達。順はぶきっちょだが、悪い子じゃないんだ」
「……おい、人を子供か何かのように言うな」
「お前はプライドが高すぎんだよ。……それじゃあな、縁があったらまた会おう。ブレイズクレイドルに連絡を取ってくれれば無条件で協力するぜ」
アロンソはトリンカーアーマムの小分けされた袋を幾つか掴むとポケットに押し込み、甲板へと梯子を上りボードに乗ると飛んで行った……。
「あばよー!」
「あの菓子、気に入ったんでしょうね」
イフットが小声で順に言う。
「あぁ、奴はイチゴ味が好きだからな」
順は頷くと、後姿を見送るのをやめた。
「さて、まずは何処に行くんだ? 俺達はさ」
再度ハンドルを握った順に須賀田には後ろから話し掛ける。
「遺跡に先に行かせて貰いたいな。個人的には鉱物の採取を優先することでマルクカに対する負担も和らげたい」
順は振り返ってそう言うと、シックザールを始動させる。
「あいよ。こっちも了解だ」
ダリゼルディス先生もひときしり眺めていた色紙のサインを棚に仕舞うと機嫌良さそうに返事をし、頷いてみせる。
「それでは進路を朝霞のミストエリアに取る。途中で賊が出るかもしれないから皆、一応周囲に対して注意だけはしていてくれ。私は運転に集中するからな」
順は少し方向を転換させると、シックザールを巡航速度まで加速させた。
並みいる貧相な木々を横目に走るシックザールは、次の朝にはミストエリアにへと着いた。




