第一章 capter-2 「レーザー・ストラクション」
「こちらイフット。上空からのサテライトによると犯人は南24区8番街を逃走中。やはりターゲットは予測通りサイバネティック技術を仕込まれていました!」
イフットの通信を受け、犯人を追跡する。
「須賀谷、逃がすな! 私は分裂して逃げたB班を追う! イフットは須賀谷の援護に行ってくれ!」
「了解!」
「分かってる!」
薮崎の依頼を受けて作り上げた新生騎士団……ヴァルヴァロスが結成して3日目になる。 初代メンバーは団長が群雲 順。そして団員が須賀谷 士亜、イフット・イフリータ・イフリートと合計3人に落ち着いた。
というより、他のメンバーが加入できなかった理由としてはまだまだ以前の大会での怪我からアルヴァレッタが回復せずに、ニリーツの奴はそちらに付き添うといった事を余儀なくされたからだ。
まだまだ名声も財力も少ないが為に今はこうして街の以来を受け、異界の民からの技術供与を受けて街を破壊するサイバー不良を鎮圧しにきているという事なのだが。
「待ちやがれってんだよ!」
「誰が待つものか!、ひよっこの餓鬼が!」
ヒオウ市街の中で治安が悪い南24区。全速力で走る須賀谷の前を、ローラーブレードを履いた銀色リーゼントの男が逃げ去っていこうとしている。
マクシミリアン式甲冑装備の須賀谷とは機動性が歴然の差で、追いすがってはいるものの巧みに障害物を利用して逃げる男と徐々にその差は開いてきていた。
相手が早い、このままではこちらの息が上がってしまう。
「イフット、道を塞げ! このままじゃ逃げられる!」
学校手製の通信機で悲痛な増援希望を送ると、
「分かってるわよ!《紅蓮獣 クリムゾンノヴァ》!」
リーゼントの男の逃走先を目掛けて空を飛んでいるイフットが上空から魔方陣とともに炎トカゲを召喚し、道を思い切り塞いだ。
「あぁん!?」
リーゼントの男のまん前に強面の炎トカゲがずしんと着地し、その爪とブレスを出す仕草で威嚇をする。
「もう、逃げられんぞ!」
そして一瞬たじろいだ男の背後に須賀谷は追いついて退路に立ち塞がり、紫色のビーム剣……タマチルツルギを抜いた。
「はははは、クソ餓鬼が調子に乗りやがってよぉ!、俺の邪魔すんならバラしてやるよ!」
サイバー不良の男は目をかっと見開くと、擬態していた人間の腕からカギ爪のようなモノに手首をモーフィングさせる。
奴らは力欲しさに魂を売り渡し人攫いや略奪をする、クズどもだ。
両替詐欺なども足元に及ばないような吐き気のするゴミである。
「お前のような人間としての最低限の品性すら捨てた男にだけは言われたくないな!」
須賀谷は言い返すとそのまま切り掛かり、受けてきた鍵爪と切り結ぶ。
「ファハハ! それがお前の武器かい! 少しは楽しめそうだがなぁ!」
鍵爪の不良の男はニヤリと笑いながらやすやすタマチルツルギを受け止めると、鍔迫り合いの体勢で笑ってみせる。
「余裕を持っていても無駄だ! お前達が攫った子供の在り処を言え!」
須賀谷が問い詰めると、
「だぁがひよっこはひよっこだぁ! 俺に勝ったら教えてやるよぉ!」
『リーゼントカノン!』
その瞬間に返事もせず銀のリーゼントの中から爆発する光弾を放ち、須賀谷を至近距離から打ち飛ばした。
「ぐあぁぁぁっ!?」
マクシミリアンに穴は開かないものの須賀谷は吹っ飛び、近くの水色のゴミ箱を吹き飛ばしビルの壁に叩き付けられる。
そしてさらに壁に叩き付けられた須賀谷に対し追い討ちでリーゼントカノンを5連射され、爆煙と共に追撃をされた。
「ファハハ! これで死んじまったなぁ!」
不良は銀のリーゼントを揺らしながら笑うと、チラリと上空のイフットを見る。
「娘ちゃんも帰りな、相手してほしいんなら別だがよぉ」
そしてフッと懐から煙草を取り出し火をつけようとした時ーー。
「士亜はこれくらいじゃやられないよ」
「あぁ。対ビームコートマント……順に言われて装備して正解だったな」
黒いマントを羽織った須賀谷が煙の中から姿を現した。
「ファハ! 咄嗟に身を守ったってか! やるじゃねぇか!」
不良はにぃと笑うと胸の中に再び煙草を仕舞い、再度臨戦態勢をとる。
「……銀のリーゼントの男は強い、そう事前に聞いてね」
「素直に死んだ振りをしていればいいものを……だが二度はないと言う事を教えてやるよ!」
リーゼントの男は再度リーゼントカノンを装填すると、髪から強烈な一撃を吐き出す。
ーーだが!
「舐めんなッ!」
リーゼントから出たビームを瞬時に切り払ってタマチルツルギで打ち返し、そのまま男のリーゼントを削った。
「ピッチャー返しだと!?」
そしてさらに男の前髪をふっ飛ばしながら距離を詰め、刀身を開放したまま右腕に魔力を集中させる。
「何をする気だ!?」
《エンチャント! ナックルッ!》
直後に瞬時に男の腹に拳を叩き込み、不良を無力化させた。
「がっ……かくぁぁぁ」
男は地面に涎を出し、悶絶しながら倒れこむ。
「イフット、縄をこっちに」
「……はい、どうぞ。……でもちょっと見ててヒヤヒヤしたよ。無闇矢鱈に接近戦はやめてね、士亜」
「俺に遠距離武器がないからしょうがないだろ。まさかでも、敵さんがリーゼントを武器にするとは思いもしなかったけどな。変な髪形だからって油断しちゃまずいな」
「サイバー化した人間による犯罪……やっぱり怖いわよね」
「あぁ、こんな人間がいっぱいいて子供を連れ去ってるとか……嫌な予感がするよ」
須賀谷と上空から降りてきたイフットは顔を見合わせると、頷きあった。
「おいてめぇら、俺を誰だと思っている? 離せよこのアマにガキ」
クラン、『ヴァルヴァロス』の詰所にて、縛られたリーゼントの男が怒鳴ってくる。須賀谷は、五月蝿いといった顔をしつつも横を向いた。
「……何故、貴様達は異界の人間に加担したのだ? 他人の子供を連れ去り売り飛ばすなど、まともな心のあるものならばしないだろう」
順が声を張らせつつも、尋問をしている。先ほど彼女が追っていたほうは既に4人程のして、治安局に引き渡した後だ。
なのでこちらの捕まえた男をどうするかという事になり、順が尋問を行うことになったのだ。
「……」
「最初に言っておく。人間とは人を思いやることができるのが、動物との違いだ。だから年端もいかない子供を誘拐するお前を、私は人間とは思っていない」
「そうかい」
「隠し場所を言え」
「あぁ? やだね」
直後にゴキッと、手首の折れる音がした。
「ぎゃあああああ!!」
「人道を外れた者に情けは不要と認識している」
「がっ……!」
「まだ黙るのなら……膝の皿を両方割ってやろうか?」
「そっ、それは……」
「ならば吐け!」
順はさらに強く睨むと男をさらに詰った。今日の順はどうやら虫の居所が悪いようだ。
「……チィ。腐った世の中の人間などどうなったって知らねぇだろうがよ!」
すると男は逆切れしたかのようにそう話してくる。
「どういう事だ?」
「こんな時代、人のことなんて人間どうも思いやしねぇ、だから俺達だって自分が生きる為に人の命を吸ってんだよ、文句あるかよ!?」
「……だからといって正気でもない者に加担するというのか?」
「あぁ、腐った世界よりはマシだね! こんな時代壊れてしまえ!」
「恥を知らないのか……破廉恥な!」
「破廉恥とかどうでもいいんだよ、俺らは金になればそれでいいのさ」
「それが未来の自分の首を絞めるとしてもか?」
「そんなもの恐くもない!」
「やられた側の気持ちはどうなる!?」
「知った事か!」
そこまで言った瞬間、順が徐に右腕を振り上げた。
「止めろ、順」
そこで須賀谷は横から言って静止させる。
「お前がキレたところでここはどうにもならない。今できることは子供達の運ばれたルートを洗うことと彼らを取り戻すことだ、それが依頼のはずだ」
「……分かっているさ。ただ、受け入れられないんだよ」
順はすると苦々しそうな顔をしながら、横に首を振った。
「俺らだって金の為にこの任務を受けたが……それでも人の命を救いたいとは思っている。この不良達とは根本的に違うさ。だから……今は落ち着くときだよ」
須賀谷は背後からそう告げ、軽く諭して見せた。
「現金3万エルカタルに生ポーション樽を1樽、か。今回の報酬は太っ腹だったな」
「まぁ商会の奴らも自分の子供を連れ去った奴らを捕まえてくれたという人間にはこれくらい出すだろう」
夕方の帰り道を3人で横になって、歩く。
順の長髪がやけに、風に靡いて見える。
「それって重そうだけど、大体どれくらいあるんですか、順さん?」
「この樽か。20リットルだぞ。まぁ帰ったらそのまま飲んでもいいが、冷やさないとまずいし調合にも出来る。現金は山分けしたがこの樽はどうしたい? 何もないならとりあえず部室に置いて冷やしておこうと思うが……異論はあるか?」
「特に研究するつもりもないし部室が置き場でいいと思います」
「俺もそれでいいと思う」
相槌をそう打つ。
「そうか。寮に幾つかカシスとグレープフルーツのエードがあるからついでに明日もって行って部室の冷蔵庫で冷やしておくよ。疲れたらそれと調合して自由に飲んでくれて構わない」
すると順はにこりと笑って、そう返してきた。
「おお、ありがとうございます」
「いいですね、カシスポーションおいしいですし。学校の自販機でも売れ線ですぐなくなるからとても有難いです」
「あぁ、後ひとつ忠告だが1万エルカタルは……あっという間になくなるからな。金の使い道はしっかり考えておくことだ」
順は其処までを言うと、腕が疲れたのかそれまで肩に担いでいたポーション樽を横に抱えて持ち直した。
そして表情をふと、険しくする。
「しかし最終的に奴が吐いた子供の隠し場所……それがウチの秘奥学園の姉妹校だったとはな。私にも初耳だった」
「隣の市の朝霞附属勇士養成所ですよね」
「あぁ、奴が言っていた言葉……探る必要がありそうだな。まんざら出鱈目とも思えないから、薮崎の奴に上告をしてみるつもりだ」
「しかし……何故子供を連れ去るのでしょう? 人を連れ去るのなら言い方はともかく、洗脳をするにしても学園生徒のほうが潜在的能力としてはスペックはあるはずです」
「イフット。俺は思うが、あの時大会に現れた子供のような奴……もしかしてあれは改造人間なんじゃないのか? そしてその素体は子供のほうが適していてだから連れ去って仲間にしているとか、そういった事じゃないのか?」
「そういう考え方もあるのか……順さんは……どう思います?」
「それは分からん。ただ……人が連れ去られるというのは暢気に構えていられる状況ではない、というのは事実だ」
「まぁ私達が幾ら頑張ったって、今のままでは相手が規格外に強すぎますからね……馬でドラゴンに挑むようなものですよ」
「馬……か。そういえばその朝霞附属では馬術課とかいう専攻もあるそうだぞ」
「馬術なんて、今の騎士にいるのか? 順」
「一長一短だが、馬の高い機動性はまだまだ優位にあるぞ。そもそも私のアーマーも機動力だけならばあれ以上は出せるが隠密性に置いては魔力で探知される可能性もある。それに、よく訓練された名馬は格闘戦において恐るべきパワーを発揮するしな。色々言うことはあるが、手数を考えたら馬は強いと断言できる」
「そうなのか」
「あぁ、昔一度だけ騎兵と戦ったことがあるが……正直私の見た人間の中で5本の指に入る強さだと思う」
「……人間以外をカウントすると?」
「それでも独特の間合いがあって強いさ。……一度、やりあってみれば分かるがな」
「……っと、そろそろ別れ道だな。お疲れ様」
「お疲れさんだ、また明日な」
「それでは、またな。二人とも寝過ごすなよ」
ーー順と別れ、イフットと共に新しい寮に帰る。
薮崎は義理堅い男のようで、ちゃんと夫婦用の寮に部屋を用意してくれたのだ。
「よしっと」
荷物から取り出し、部屋の鍵を開ける。
「んじゃ士亜。ご飯作るね」
「あぁ、ならその間に俺は風呂を掃除しておくよ」
イフットの言葉を受け、俺ーー須賀谷士亜は、返事をする。
10畳一間にキッチン、風呂トイレ別と二人で住むには最低限揃った程度の部屋だが、それでも前の家よりは豪華ではある。
なのでこの生活には全く、文句などというものはなかった。
ーー若干防音に関しては作りが古いのか隣の部屋のいちゃいちゃがたまに聞こえてくる事はあるのだが。
「イフットもこっちにきてくれて……よかった」
ちょっと気分がセンチメンタルになって独り言のように言うと、
「ん、どうせ一人でB寮に住むくらいならこっちに来るわよ。士亜がいなけりゃあんなところ住んでても意味ないし」
そう言ってくれる。
「……本当にお前はよく出来た女だな」
振り向きざまにそう告げると、褒めても材料がないから一品追加しないよ、とふと笑ってきてくれた。
……あぁ、俺はこういう生活がよかったんだな、とつくづくに感じてくる。
「……イフット」
「……なぁに?」
「俺、強くなって見せるよ。出来もしないことなんてなくなるくらいに、そうなってみせる」
「法螺を吹くのはいいけどさ、まず順さんに並べるくらいにならないとね。それにはまず、私と並ばないと」
「あぁ、俺はやってみせるさ……必ずな」
俺はそう言い、モップを取り出して掃除にへと向かった。
……会話を続けていたら心の奥底が少し、暖かくなった。
毎度毎度のことだが、こいつと話しているとやる気というか自己研鑽をしなけりゃいけないような欲望が出てくる。
こいつの輝きが俺を光らせて……くれるのだろうな。
「ご飯できたよー」
「おう、ありがと。そういや今日の分を作ると明日の朝で食材が終わりだっけ?」
「うん、そうだね。明日に学校終わったら買い物行かないといけないかな。士亜も手伝ってよね、買出しとか?」
「分かってるよ。お前だけに持たせるわけにもいかないからな」
「それでよろしい」
「……あーしかしうまそうな飯だ、これは体力になりそうだ」
「でしょ? 健康はやっぱり食からだよ」
……充実した日というのが肌で感じられる。
これこそが俺が……大会中俺が必死で取り戻そうとしていたものなんだろうな。
須賀谷は飯をかき込みながらも充実感に浸っていた。
それから2日程したある日、順、イフットと共に須賀谷は久しぶりに藪崎のいる生徒会室へと召集を受けた。
ーー全く、なんだというのだ。
「やぁ須賀谷君。まずは今回、大会の後に軽く触って今まで面識のなかった人を……紹介したい」
相変わらず改造制服を着ている薮崎を見て変わりはないなと安心しつつも、篝火二号機の持ってきてくれたお茶を口に運ぶ。
「……どうも、お初にお目にかかります。古海・マルクカ・テスラ・コレカイですよ。こっちの発音じゃ上手く言いにくいんでマルクカか古海と呼んで下さい」
すると痩せ型かつ長髪で長身の白衣を着た科学者が部屋の奥から歩いてきて、軽く会釈をしてきた。第一印象としては、不健康そうな顔をしているという事だ。
「マルクカさんは君のタマチルツルギの開発並び順のアーマー、そしてこの篝火二号機の設計をした男だ。とても我々の側の人間として欠かせないものであり、そして……異界の人間でもある」
「……っ!」
その言葉を聴いてイフットと俺は驚く。
「警戒するのはわかります。正確には亡命者ですがね。私自身は頭脳労働担当の科学者でありますよ。私は彼らのやり方が許せなくてこちらにきた……いわば彼らのやり方ではマッドサイエンティストの烙印を押された男でありますがね。……まぁそれでも私自身は最低限の常識はあるつもりなので宜しくお願いします」
するとマルクカと名乗った男はそれを察したのか頭を下げ、 申し訳なさそうな顔をして謝罪をしてきた。
「……貴方もあのフランベルグとか言う男の子のように超人的な身体能力はあるんですか?」
イフットが、妙そうな顔をして訊ねる。
「まさか。運動は個人的に嫌いではないですが私はあんなふざけたステータスは持ち合わせちゃいませんよ」
「あんなふざけたステータスと話すという事は彼らについて何か……知ってるんですか?」
「彼らは生み出された生命体……国際資源技術発掘部開拓科所長、ジンメール達の黒船計画の為に生み出された兵士ですよ」
「生み出された生命体? それに黒船計画とは?」
「一個一個説明しましょう。まず私達の世界は元々緑光暦という暦を使ったこことは別の世界の生まれでした。そこの世界はここの世界よりも比較的その、科学が発達していましてね。私の専門外の分野でも言葉で再現できないのがアレですが相当に発達をしていましたよ。記憶媒体、食料保存技術、航空航宙技術……」
「航宙って……何ですか?」
「宇宙……どう説明していいのか分かりかねますが……真っ暗なところですよ、なんといったらいのでしょうか、人間にとっては生身でいけない深海のような場所です」
「成程」
「だがしかし、技術の進歩した文明というのは資源の枯渇をするんですよ。どうにも宿命から逃れられないことなのですが、我々の世界では世界の隅々までを開拓してしまい、天然資源が足りなくなってしまったのです」
「ふむ」
「そこで私は再生エネルギーというものを研究していたのですが、国際資源技術発掘部開拓科所長のジンメール……私の元上司ですが、あの女は、資源がないなら他の世界から奪えばいい、そう結論を下したのです」
「成程……」
「私も研究のことになれば多少周りが見えなくなることはあります、でもあれはいくらなんでも他の世界からの略奪を正当化するのは人間としておかしいものだとそう私は思います」
「……上司を、恨んでいられるのですね」
「私のところでは一周が7日周期でしたが、週6日勤務で昼11時に出勤、翌日朝5時退勤とかふざけてるとおもいませんか? ……おまけに住宅手当もつかないし通勤手当も月に1万……そうですね、こちらの単位ではエルカタルでしたか、それすら寄越さないんですよ」
「それは酷い……」
「コンプライアンスの欠片もなくて若い人間に死んでくれと言っている態度も憎いですが、ジンメールのやり方はさらに私服を肥やし我々に還元させようとするものでは無かった……それに尽きます」
「そうですか、だからこちらの世界にこられたと」
「……えぇ。彼らのこちらの世界での所業を知っておられるでしょう? だから私は彼らと戦うつもりでこちらの世界に亡命したのですよ。あんなものが存在していい訳がない、そう思いましてね。やり方が気に食わないんです。富んだ者達は富んだ者達でそ知らぬ顔をしていますからね。逆恨みとはいえ、許せないんです」
「そりゃそうでしょうね。似たようなやり方をしていた渡辺も正直、俺は嫌いでしたから」
須賀谷は同意しつつも静かに呟いた。
「あぁ」
藪崎がもっともだといった風に首を縦に振る。
「ただ……俺の場合はその反面、駄々を捏ねていたというのも最近自覚はしてきています」
さらにそこに、言葉を繋げる。
「ほぅ」
「あのままでは俺は自分の現状を認められないクズとして戦い、自分の逆恨みから戦ったという事になります。そう考えると俺はあの大会の終盤で子供相手にほぼ負けたことで新しい目標を持たせられた形になりました。悪く言っちゃなんですけど、俺はアイツに負けたことで自分の伸びしろを増やせたとさえ思っています……貴方方には悪いですが」
「……成程、そういう考え方もあるか、士亜」
「そうだよ、順。渡辺にやり込められたからって黒岩田を倒したところで話は終わらなかった。もっと物事の根底……それを俺は知らなかったからさ。俺が世間知らずでありすぎたんだ、悔しいことにな」
「そういえば貴方が……あの剣の想定出力以上の物を出した子でしたね」
そこでマルクカがふと、興味深そうな顔をする。
「はい」
「昨日の朝、あなたの大会での録画した映像を見ていましたが……多少魔力が散るという弱点さえ除けば出力もいいですし、使い方も上手い。タマチルツルギの方もそのうち、データを取って貴方に適正化した後継品を作りたいと思いますよ。しかし本当に力を引き出してくれて嬉しかったです、作者冥利に尽きます。……いやーしかしあのエネルギー開放には、驚きましたよ」
そしてさらに、そう続けた。
「俺のあの紫のエネルギー波によるバフの事ですよね?」
「えぇ」
「でもあれでしたら……今は使えませんよ。少なくとも自力では」
「……そうなのですか?」
マルクカは断りを聞き、残念そうな顔をしてくる。
「不思議なことになんだか命に関わるレベルの危機感とか思いつめた事がないと、出来ないそうなんです。何度か試しているんですが魔力の総量が足りなくて……」
横から出てきたイフットが代わりに説明をしてくれた。
「身体のどこからあんなパワーが出たのか不思議なくらいです、今考えると火事場の底力のようなものだったんでしょうね」
「制御は難しそう、といったところですね」
「えぇ」
「そういえば研究者としての立場ではマルクカさんは魔力について、どう思いますか?」
「私は魔力についてはどうこう思いませんよ。ジンメール一派が魔力を資源として高評価しているだけです。……私個人としてはあなた達この世界の人間に備わった、いい力だとしか評価していません。ただ武器に試作的に転用してみたのは、今回が初の試みでしたので……あの剣でも基礎出力ではフランベルグ相手にはまずほぼ通用しないというのは誤算でしたが」
「不満を言うつもりは無いがケイラウトアーマーもほぼ効かなかったぞ」
そこで暫く黙っていた順が口を挟む。
「……すみません。申し訳ありませんがあれもアップデートが必要だというのが痛感しました。あれの基本設計というのは二年前の物なのですが、まさかジンメールがあそこまで高性能な人造人間を開発していたとは思いませんでしたので……」
「何か対策は取れるのか?」
「型番を一つあげるくらいの気持ちで改良します。MRK-KJ4(エムアールケー、ケージェイフォー意味はマルクカ・ケイラウト順四式)からMRK-KJ4+に」
「具体的には?」
「コンバーターの換装による出力効率の上昇を狙います。今までは単純にフレーム強度に問題があってある程度セーブせざるを得ませんでしたが、タマチルツルギや篝火によるノウハウを使うことである程度改良の為の運用データと知識がたまって来ましたので」
「……それはすぐに、いけるのか?」
「いえ。残念ながら装甲素材が足りません。少なくともこの世界の資料における前時代レベルの強度を持つ素材……間接部には磨耗に対する強度が高いリーブラ鋼レベルを使わなければなりませんので」
「リーブラ鋼、か」
順が難しい顔をする。
「それは高いものなのか?」
「朝霞エリアに遺跡があり、発掘に行けば取れないものでもない。ただ、今の状況で朝霞にいくと悪い予感もするんだよ」
「……あの姉妹校の話か」
薮崎は少しため息を付きつつも、手元のティーカップに手を伸ばした。
「あぁ、そうだ。調整は出来そうか?」
「無論だ。練成の為の選抜合同試合大会……それを開く手はずは出来ている。特進Aは断ってきたが、文化交流生も含め相応のメンツは揃えられそうだ」
「そうなのか……まぁ特進Aは元々腰が重いから仕方ないな」
「個人的にはあまり手の内を晒したくもないがな。一応は順達に選手に出てもらい、観客として紛れ込ませた生徒会の面子で情報を探ろうと思う」
「それが一番だろう。我々が目立てばそれで周りの目もこちらに向くしな」
「日程は決まってるんですか?」
「既に開催は決まっていて、明日に日程調整の返答の文書が届く手はずになっている。どうあるかは分からんがな」
薮崎は考え込むようにしつつ、視線を移す。
「順は他校の生徒と試合ったことはあるのか?」
「……言っただろう、騎馬で強いのがいると。ただ向こうもどんな面子がいるのかは知らんしな。そのうちいってみるか? リーブラ鋼の調達もしたいし」
「それならば私が外出許可を取ろうか。薮崎君には借りもあるしね」
するとそこで、後ろから聞きなれた声がした。
「……ダリゼルディス先生」
須賀谷達は思わず振り向く。
「私も一枚、あの大会には噛んでてね……相応におこだったよ」
「おこ?」
「あぁ、鬼おこだよ。あんのクソ禿がいたせいで私も評定が下げられててね。ぶっちぶちぶっちーんだった」
「なるほど、不満があったと」
「だから私が、あんた達のバックアップに付くよ。引率教官としてさ。他の堅物先生が引率に付くよりはやりやすいでしょうしね」
珍しく真面目な顔をしたダリゼルディスはそう語ると、胸元からタブレット状の菓子を出し、ガリガリと音を立てて噛み始めた。
「まぁともかく、ダリゼルディス先生が引率ならば問題はないだろうと思う」
薮崎は少し考えてから搾り出すように声を出す。
「理性的に考えてここからどうなるかだが……それは俺にも分からん。……ただ、いつ何があってもいいように色々と難しくなるので各自戻ったら家でとりあえず荷物の方だけ纏めて頂きたい」
自分でも考えあぐねているのか、そう話してくる。
「……一つだけ聞きたいのですが、今回のイベントで出席日数は削られませんよね?」
そこで一応ながら、須賀谷は聞いておく。流石にもう渡辺のような後任が来た訳ではないだろうが心の中に僅かながら出席日数という心配が出たからだ。
「無論だ。公欠届けとして申請しておくのでどうしようとも休み扱いにはならん」
「あぁ、それならばよかった」
安心の一言を受け、ほっと胸を撫で下ろし息を吐いた。これなら問題はないという訳だな。
ーー話は、進む。
「それではまずリーブラ鋼の入手……そして先行偵察が業務になりますね。向こうの都市、朝霞入りは順やイフットと同じくらいでいいと思いますが……陸路で此処からだと二日は掛かりますよね?」
「あぁ。だがそれについては問題ない。大型運搬機を調達したからな」
薮崎は手振りをしながら告げる。
「大型運搬機? 私は知らないぞ」
横からその声に反応したのは、順だった。
「あぁ、君が奔走していた時期に作っていたマルクカさんの新作だ。メイン搭乗者の魔力をそのまま動力に直結し、それを推進に使うという魔導ビークルだよ。うちの篝火を補助的に助手席に乗せることでコントロールが楽になる。全長16mで何人かが過ごせる居住空間もある、大量に物を積み込んだ状態で俺が動かしても35ノットは出せるから、各自が馬で行くよりはいいと思う」
「……マルクカさんって、学問の専門はなんなんですか?」
「再生エネルギー機構ですが、工学の勉強は昔から趣味でしていたのですよ」
「へぇ……」
「ともかくこのマシン……仮にはシックザールと開発コードでは命名していたのですが、これはやはり搭乗員の力に左右されます。写真をどうぞ」
言われてマルクカさんが部屋の奥に入り、持ってきたパンフレットを改めて取る。
それを見ると赤い大型のマシンがあり、拠点としての機能も持てるとかなんとか理論上は2935馬力は出せるとか色々な事が書いてあった。
「これの武装は? この最近の情勢である以上は迂闊に外に出ると野生動物にしろ強盗にしろ襲われることも考えられますが」
「単体では持ち合わせておりませんが、甲板にでて頂くことで魔法使いの皆様による直接攻撃が可能です。ただ、機体そのものには魔導シールド機構を搭載しているので多少速力を落とす代わりにマシン前部に流体シールドを張ることが可能になります。……あと最終手段として、機体後部に緊急離脱用ブーストポッドを採用しました。メイン動力となる搭乗者を複数用意することで魔力を直列でつなぎ短時間ですが、倍以上の速度を出すことが可能になります。……無論あまり使いすぎると故障するので魔導コンバーターとの相談も要りますがね」
「水上適正は?」
「……残念ながら、ほとんどありません。ホバーによる移動は可能ですが何らかのトラブルで魔力供給が絶たれると沈むので機密性の問題から浸水します。よって推奨はしません」
「見掛けは格好いいですが、まだまだ性能面では問題がありそうですね……」
「重々承知はしております。ただ、随時改良を行っているので素材さえ集めていただければ幾らでもアップデートはするつもりです」
マルクカはそう告げると自らの長い髪の毛を揺らし、この世界には私の知らない物質もまだまだ多いですので、と続けた。
「先行していくのはダリゼルディス、順、イフット、須賀谷……そして篝火2号だな。後発で生徒会メンバーを大会場に潜り込ませ、ある程度情報収集をするつもりでもある」
「……ちょっと待ってください。あの、自分以外全員女だと物凄く俺が居辛いんで……藪崎さんは来てくれないんですか?」
何も言わないでいるといきなりそう決められそうになり、慌てて異議を申し立てる。
イフット以外がずっと近くにいるのはどうにも息苦しいし、まず後方支援との連携の取り方に関する話がないというのは怖いというのもあった。
「そういう破廉恥な事を考えてると後ろから焼き払いますよ」
篝火2号がカリカリ音を立てながら口を挟んでくる。そういう意図ではないのだが……。
「そうしたいのは山々だが、荷物をフルに積むと6人は厳しいのだよ。特にこの篝火2号は、やたら重いから帰りにリーブラ鋼を持って帰るときに重量オーバーになってしまう可能性もある」
残念そうな顔をした藪崎は、なぁに俺も後で別口で向かおう、俺は現場が好きだからなと言うと、何かあれば篝火2号には通信機が付いていると言って、彼女の機能マニュアルを遣してくれた。
「まぁとりあえず寮に帰って色々支度はしますが……苦労はしたくないですね」
「それでも、頑張ってくれ。とりあえず報酬として飯を奢るくらいは約束しよう」
「リーブラ鋼については順が知っているんですか?」
「あぁ、だからそれについては問題ない。明日の向こうからくる手紙を待ってから、それ次第でシックザールを出すつもりだ」
「最近の子供の誘拐事件といい、練成試合を兼ねた偵察といい……やる事が沢山ですね」
「世界情勢は刻々と変化をしている。手を打てるうちに打っておくのが賢いやり方だ。……手遅れになってからでは、取り返しが付かないのだからな」
藪崎は何か意味ありげにちょっと下を向いてそう言うと、それではとりあえずこの場のミーティングはお開きにする、と語った。
それでこの場は皆、解散になった……。
「なぁ、イフット」
「なぁに?」
「俺は……いつになったら一人前になれるんだろうか」
ミーティングが終わり、帰り道で手を繋ぎながらイフットに問いかける。
色々自分ひとりで悩んできたというのもあるが、自分の実力不足さに嫌な気分になってくる。
物哀しさというか、自分の見識を広げたことによる哀しさだ。
騎士というものは格好いいものだと昔教わり育ってきた自分にとって、この世の中……養成所の渡辺といい、そういった人間が普通に幅を利かせていたことに対する嫌悪感というか憎さというものさえもある。
……今思えばこれが昔に聞いた順の理想に裏切られた行為というのものに近いのだろうな。
「そんな顔しないで」
ふと、唐突にイフットが横から抱きすくめてきた。
「……すまんな、色々至らなくて。気を使わせてさ」
須賀谷は軽く謝ると、頭を下げる。
「うぅん、こっちこそ色々気遣い出来なくてごめんね」
お互いにもどかしさもあるが、言いたいことが分かる。
……今日は帰って、飯にしよう。
それから沢山、話そう。




